太陽光発電についての一考察

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2022/06/01 (文責 前真之)

東京都の太陽光発電設置義務化などに関し、議論が多く見られます。

東京都パブリックコメント 東京都環境確保条例の改正について(中間のまとめ) WEB 太陽光設備関連

東京都 企画制作部会 WEB 2030年に向けた新築の取り組み

都知事記者会見資料 PDF

好意的なコメントも見られますが、非常にネガティブな反対意見も多いように感じます。住宅の省エネルギーを25年以上研究してきた立場から、現状での知識を整理しておきます。なお、本稿は2022/06/01のラジオ番組「OH! HAPPY MORNING」への回答がベースになっています。


太陽光発電についてどう考えてきたか?

住宅の省エネルギーの研究者の間でも、太陽光発電に関して懐疑的な意見をいう人はいますし、自分も聞いたままネガティブな考え方を持っていた時期がありました。特に、特定の人に恩恵が集中する再エネ普及の制度設計には疑問をもっていました。2012年に固定価格買取制度(FIT)が始まった時、1kWhあたりの買取価格が、住宅用の10kW未満で42円、10kW以上で40円+税と、非常に高く設定されたので、お金に余裕がある人が「儲かるから」と競って屋根載せやメガソーラーに投資した。一方、高い買取価格の原資は、再エネ賦課金として電気を使う一般消費者が負担させられています。

住宅ではさらにゼロエネルギー住宅(ZEH)に別枠で300万円以上の補助金まで出したので、二重に手厚く補助されました。「高級住宅を買える富裕層が暖かく安い電気代で暮らす」ために、なぜ一般人が再エネ賦課金を負担させられ、さらに税金からZEH補助金まで出してまで優遇するのか。その不公平性には強い疑問を感じていました。なので最近になるまで、自分も太陽光発電やZEHにはネガティブな考えを持っていました。はっきり言えば「キライ」でしたね。

固定価格買取制度の概要 資源エネルギー庁


太陽光発電について今はどう考えているのか?

太陽光発電の初期コストが下がり、一般の人も導入しやすくなりました。またFITの買取価格も17円/kWhまで下がってきているので、再エネ賦課金の負担も近くピークアウトすることが予想されます。ZEHも補助金の金額が下がり、売電ではなく自家消費を重視するようになりました。このため、太陽光発電にまつわる「不公平」の問題はだいぶ解決されてきたと考えています。

太陽光発電の設置コストは? EVDAYS

再エネ賦課金単価はどこまで上がる!? ECUPA

結局のところ、電気代の心配をなくそうと思ったら、これまでにタイムプルーフされた確実に効果のある方法は3つだけなんです。一つは、熱の勝手な出入りを減らす「断熱」、少ない電気で熱や光を賄う「高効率設備」、そして自然エネルギーで電気を作る「再エネ」。最後の再エネについては、住宅で現実的に効果があるのは太陽光発電だけです。住宅で1日に使う電気は、暖冷房・給湯を除いた家電・照明とかでは10kWh程度です。この結構な量である10kWhの電気を、燃料費をかけずに住宅で作る現実的で確立された方法は、現状で知る限りでは太陽光発電しかありません。別に太陽光発電が好きだから普及させたいわけでなく、他に代替手段がないから普及が必要と考えるだけです。他に方法があるのであれば、ぜひ教えてほしいです。

これまでも太陽光発電の普及はいろいろやってきましたが、東京都で5%以下とほとんど普及していない。その普及を加速させましょう、ということですね。

住宅用太陽光発電システム市場の現状と見通し 資源総合システム

東京都の住宅における太陽光設置義務化の施策はどのように感じているか?

さっき申し上げた「断熱」「高効率設備」「再エネ」。日本では、そのすべての普及が非常に遅れています。その中で、東京都は非常に頑張っていると思いますけどね。東京はたくさんの人が住んでいるので、住宅の省エネ・脱炭素化が特に大事なんです。東京が動けば日本全体が動く、という感じで、ニューヨークやロンドンなどの他の世界都市との競争に負けず、頑張ってほしいですね。

脱炭素化の視点でいうと、産業や自動車の部門をカーボンニュートラルにするのは相当大変なんです。でも、住宅は、カーボンニュートラルを実現するのは全部門の中でも一番簡単なんです。日本は産業界が強いので住宅は後回し、という誤解が蔓延していますが、実は住宅こそ真っ先に取り組むべきかなと。なにより、住む人の生活を守ることにつながるので。


設置が義務化に伴う設置コストはどう考えるのか?

まず大事なのは、家を買う個人に太陽光の設置義務が課されるわけではないということです。建売または注文住宅を供給するハウスメーカーなどの事業者は、自分たちが供給する住宅全体である程度の太陽光発電を載せる必要がある、というものです。なので、日当たりが悪い家の場合に、無理に太陽光を載せる必要はありません。条件がよい家にだけ載せるので十分です。この辺は、かなりよく考えて注意深く制度設計されていると感じます。

たしかに、義務を課される大手の事業者には、負担が生じる制度だとは思います。しかし、国は2030年には新築戸建住宅の6割に太陽光発電の設置を目標に掲げています。いずれにしろ、太陽光の普及に取り組まなければならないのですから、まずは東京都でノウハウを蓄積しようと、前向きに考えた方がよいのでは?

費用の負担についてですが、これは、シンプルに家を買う人が負担する場合と、PPAというタダで太陽光を載せてくれる業者に負担してもらう、いわば太陽光のリース会社が負担する場合、大きく2つに分けられます。家を買う人にとって、どうしても初期コストを負担したくない場合は、後者のPPAを選べば初期コストはゼロです。でも、コストが低いものはメリットも小さいのは世の習い。本当は、お施主さんが自分でイニシャルコストを負担する方が、結局はオトクなんです。

結局、太陽光発電はペイするのか?

私の知り合いの業者の人に聞いてみたところ、一般的な太陽光発電のサイズ、例えば発電容量4kWのコストは100万円程度です。一方、太陽光の余った電気を売る場合、設置後、はじめの10年間の買取価格は2022年度の現在、1キロワットアワーという電気の量あたりでは17円です。

こういわれてもピンとこないでしょうから、1か月の電気代でお話しましょう。残念ながら今、国際情勢のひっ迫などを受けて電気代・ガス代がここ1年ちょっとで4割も上昇しています。2022年07月の電気代に基づき、東京都の試算をベースにちょっと修正してみました。

東京都 太陽光発電の導入による効果

一般的な4人家族では月々の電気代は1万2千円くらい。そこに太陽光発電をのせると電気が作れます。昼間に高い電気を買わなくて節約できた分が約4500円、余った電気を売った収入で3500円、合計8000円くらいオトクになります。つまり、太陽光発電を載せていない場合は月々12000円の電気代が、8000円安くなって4000円くらいですむわけです。初期コストの100万円も10年以内に回収できます。

初期コストを回収した後は、この金額が丸々オトクになります。たしかに設置後10年以降は買取単価が下がりますが、発電分を自分でなるべく使ってしまえば大丈夫です。蓄電池を導入すれば、発電分のほぼ全てを自家消費することも可能です。

この計算は、太陽光発電の初期コストを自己負担したケースの結果です。さっきいったPPAでは、発電分のほとんどがリース会社のものになってしまうので、メリットは小さくなります。東京都は太陽光にも1kWあたり12万円とたくさん補助金も出しているので、5年くらいで元が取ることも可能です。ちょっと無理してでも、自分のお金で太陽光を載せた方が得だと思いますけどね。

東京都 断熱・太陽光住宅普及拡大事業 WEB

さらに蓄電池まで載せれば自家消費をさらに増やせてもっとオトクになります。東京都は蓄電池の補助金も1kWhあたり10万円と非常に太っ腹に出しているので、太陽光セットで利用すればさらに有利です。

脱炭素とかに興味がもてなくても、電気代の安心のために、太陽光はとりあえず載せておくという感じでOKかなと思います。昔のように売電して大儲けという時代ではありませんが、自分が払う電気代を減らすことができる、というのが一番肝心です。先々の不安に備えるためにも、「とりあえず」でいかがでしょう。

日本でも電気料金レベルに達した太陽光発電の経済性 自然エネルギー財団

2030年エネルギーミックスへの提案 自然エネルギー財団

古くなった太陽光パネルの廃棄などの環境への悪影響はどう考えるか?

太陽光発電で故障が多いのは、パネルではなくて、パワコンという直流を交流に変換する部品なんです。これは10~20年で交換が必要ですが、それほど高価なものではありません。コストの多くを占めるパネルですが、現状、多くのメーカーは20~25年と長期間の保証をしています。実際にはもっと長く持つとも言われています。また、パネルの分解・解体に取り組む業者も出てきていますので、廃棄の問題を順次解決していくと考えています。環境省も、使用済み太陽光パネルの再資源化を義務化する方向で検討していますしね。

そもそも、廃棄が問題になりえるものは、他にもたくさんあるのではありませんか? 太陽光パネルだけ、廃棄の問題を殊更に取り上げられるのは、なぜなんでしょうか?

2040年、太陽光パネルのゴミが大量に出てくる?再エネの廃棄物問題 WEB

使用済み太陽光パネルを再資源化 環境省、義務付け検討 東京新聞

太陽光発電のリサイクルに向けた取り組み 事例

太陽光パネルのリサイクルサービス NPC

後で日陰になった場合の判例 メガソーラービジネス


パネルのほとんどが輸入品である、ということを嫌う人もいますが?

かつては日本メーカーの太陽光発電が世界一だったので、現状を大変残念に思います。なんとか挽回してほしいと一国民として願います。セルはほとんど輸入のようですが、パネルは国内で組み立てている企業もがんばっているようなので、国産を重視する場合は優先的に選ばれてはいかがでしょう?

太陽光パネル、世界一からの転落 繰り返された「負けパターン」 朝日新聞

2020年の世界太陽電池市場、シェアトップ5社は? メガソーラービジネス

ソーラーパネル(太陽光モジュール)の生産国について 太陽光発電総合情報


太陽光パネルの生産において環境破壊や人権侵害が発生しているという意見もありますが?

われわれみんなが、世界の人たちの環境や人権を大事に思うことは、とても大事です。自分は再エネが原因となる環境破壊や人権侵害の専門家ではありませんが、そうした問題はありえますから、常に関心をもって、解決されていくことを強く希望します。

なお、他国の弱い立場の人たちの環境や人権を破壊しているのは、食料や木材など、たくさんあります。富裕国が好む食品の生産が、現地で環境破壊と労働搾取をもたらし、森林の破壊が先住民の生活を奪っている例は検挙にいとまがありません。我々がお金でほしいものを外国から得る場合、なんであっても現地の人にとって搾取になっていないか、注意することは大事でしょう。そして、化石燃料やウランの採掘も、たくさんの人命を奪い、環境を破壊しています。化石燃料の利用にともなう環境破壊・人権破壊がことさら大きく議論されないのは、単に昔から多くの問題を起こし続けてきたからにすぎません。化石燃料こそ、採掘国における弱い立場の人たちの人権と環境を大きく破壊しています。

我々が経済問題・環境問題を考える際には「フェア」であることが大事です。我々のように比較的豊かな国の人間の都合で、貧しい国の弱い人たちの人権を蹂躙するのは、全くもってアンフェアです。同じように、今の世代が好き勝手に地球を破壊することは、未来の世代からの収奪であり、これもアンフェアです。直さなければなりません。

自分の知るところ、全く問題のない、完全にフェアなエネルギーというものの存在を知りません。一方で、化石燃料は地域間・世代間のいずれでも、ひどくアンフェアなエネルギーです。我々が好き勝手に化石燃料を使えば、近い将来において島国の低地に住む弱い立場の人たちが自然災害の犠牲になります。再エネにも問題はあり、しっかり解決していくべきですが、化石燃料とは比較にならないほどフェアです。人権を重視される方々は、フェアであることを大事にされているのでしょうから、当然こうした事情はご理解されているのだと考えています。

太陽光パネルの生産の問題が減っていくように注意を払いつつ、断熱・高効率設備としっかり組み合わせて、ほとほどの太陽光を載せていく、というのが、現状においてもっともフェアなやり方だと考えます。

アジアのサプライチェーンにおける人権尊重の取り組みと課題 WEB

ナイジャーデルタ:石油採掘がもたらす環境破壊と暴力 WEB

石油流出事故 Wikipedia

炭鉱事故 Wikipedia

アフリカにおけるウラン鉱山開発 J-stage


東京都は太陽光設置義務化に向けてパブコメをしているが?

批判的な意見も多く聞かれますし、論破で有名なユーチューバーとか悪口を言っていたりするみたいですね。でも技術的には、さっき言ったように、省エネとか脱炭素、なにより電気代の心配を減らすために、確実に効果があるのは「断熱」「高効率設備」「太陽光発電」の3つだけなんです。みんなが何十年も研究を続けてきた結果、こうなっているんですから。単に、なんか太陽光はムカつくからとか、今の都知事が好きじゃないから、とかで、潰していい案ではないと思いますよ。

今回の東京都の案を潰して、結局、損をするのは誰でしょう? 私は、今まで通りの進歩がない低性能な家を買わされ、その後にずっと高い電気代を払わされるお施主さん、住まい手だと思いますけどね。そして、この案を潰して得をするのは? それはご想像におまかせします(笑)


東京都での義務化を皮切りに、設置義務化が全国に広がる可能性は?

従来は、京都府・京都市の太陽光の「説明義務化」が有名でしたが、今回の東京都は「設置義務化」なので、非常に強力で実効性があります。この東京都の試みが成功するかどうかは、日本の住宅の未来に大きな影響があると思いますね。

カリフォルニアでは、2020年以降の新築一戸建て住宅では太陽光発電の設置が義務付けられています。ドイツはウクライナの影響をもろに受けているので、断熱・高効率設備・再エネの普及を死に物狂いでやっています。一方の日本は未だに省エネ基準が義務ではないので、最低限の断熱・省エネすら確保されていないのが現状です。本来、東京などの太平洋側の気候は、冬に気温は低くても晴れの日が多いので、太陽光発電には非常に有利です。

京都府 太陽光発電の説明義務化 WEB

世界の革新的な脱炭素政策:米国カリフォルニア州 自然エネルギー財団

ドイツ 建築物の省エネと自然エネルギー利用のための施策と法整備 自然エネルギー財団

ドイツ ドイツにおける太陽光発電装置設置の義務化に向けた動向 土地総研リサーチ・メモ

家を買う時、省エネとか脱炭素まで考える余裕がある人ばかりじゃないと思うんですよ。特に私なんてナマケモノだから、面倒なことはしたくない(笑)。住宅の省エネを専門にしていなかったら、太陽光とかZEHとか考えたくないもないと想像してしまいます。

自動車なら特にこだわらなくても、今時ならそこそこ燃費もよくて、事故ってもエアバックがついてて助かった、という感じだから、安心して買えますよね。残念ながら家は今のところ、そうじゃない。

理想は、「何も考えずに家を買ったけど、なんか知らないうちに断熱とか高効率設備とか太陽光発電がついていたから、冬もあったかくて電気代も安くて、助かった~」ということかなと。断熱も設備も太陽光発電も、数が出ればイニシャルコストが安くなって、もっと普及が進みます。義務化をすることで、一番得をするのは、忙しくて時間の余裕がない、お金の余裕もない、私のような普通の人たちだと考えています。