このたび、国際井上円了学会理事のハサン・カマル・ハルブ教授(カイロ大学)より、井上円了著『教育宗教関係論』のアラビア語翻訳本をご寄贈いただきました。
本書は、1893(明治26)年4月に公刊されたもので、もともと哲学館の学生に対して行われた談話をもとに編纂された論考です。著者の井上円了は、当時の教育部内で発生していた「勅語とヤソ教との衝突」の議論が、将来的に社会全体に紛擾を生じさせることを危惧し、その予防策として、教育と宗教の関係性について学理上・実際上の両面から論じることを「目下の一大急務」であると考えました。
円了は、長年にわたる教育宗教問題の研究の結果、哲学館(後の東洋大学)の創立に至っており、本書はその精神的基盤を示すものです。彼は、仏教が明治維新以来、内部の停滞と、外部からの理化学およびヤソ教の侵入によって衰頽している状況を憂い、仏教を復興し、国家を盛んにするための理論的・実際的な手段を考究しました。
本書は、序論、本論、結論の三部に分かれ、本論は理論上と実際上の二段で構成されています。
【理論上の関係】 円了は、教育と宗教を学問上から考察するとき、両者がともに哲学を根拠とすると論じます。教育は主に知識を開発することを目的とし、心の現象に基づく心理学に属します。一方、宗教は心霊を安定することを目的とし、心の本体に基づく純正哲学に関係します。教育は可知的に留まるのに対し、宗教は不可知的に関わるという差異があるものの、両者は究極的には真理に基づき、人心の完全を期するという目的において一致するとしています。
【実際上の関係と国家目的】 実際上、教育と宗教はともに国家を目的とすると論じられます。円了は、学術上は真理を愛し、国民としては国家を護るという「護国愛理」の二大義務を提唱し、これを実現するためには、教育と宗教の二者を振起するより適切な方法はないと主張します。特に宗教は、人心を団結させ、社会の調和を保ち、国家の独立を維持する上で、言語や歴史と並ぶ重要な要素であると位置づけられています。
【結論】 結論部において、円了はわが国の教育宗教の方針を定め、教育は「勅語に基づき」忠孝一致の国体為本の方針をとるべきであり、宗教は「仏教をとらざるべからざるゆえん」を述べます。これは、仏教が外国と関係なく完全に独立しており、千有余年の間わが国の歴史や人情に深く結合し、国体と両立並存できる固有の宗教であるためです。また、学理上もヤソ教より優位にあることを強調しています。
『教育宗教関係論』は、日本の近代化の過程で、いかにして西洋の文明を取り入れつつ、日本の固有の精神と独立を維持するかという、切実な問いに対する井上円了の答えであり、教育、哲学、そして宗教が国家の形成にいかに貢献すべきかを論じた、現代にも通じる普遍的な論考です。