・なぜ生物はここまで多様性を持つようになったのか?
生物の多様化には多くの種分化が関与してきたと考えられており、中でも地理的な分断による隔離などが要因である異所的種分化 (allopatric speciation) は、河川、海および高山などの物理的な障壁があると、生物の分散や拡大に大きな障害になります (Mayr, 1963)。その結果、隔離された集団がそれぞれ異なる変異の蓄積を経ることによって生殖的隔離を獲得した場合、隔離が解消されたとしてもその集団間では交雑できなくなります。その後、それぞれが同所的および異所的にかかわらず独自の歴史を形成することになります。実際に、飛翔能力が退化した甲虫は種分化率が高いことが報告されており (Ikeda et al., 2012)、移動能力が低い生物は地理的な隔離によって異なる変異を蓄積しやすいと考えられます。このことは、移動性の乏しい生物を広範囲で解析を行うことが新たな異所的種分化過程の発見につながる可能性が高いことを示しています。
[ニホンアカザトウムシの分子系統学的研究]
そもそもザトウムシとは節足動物門・鋏角亜門・クモ綱・ザトウムシ目に属する外見がクモに似た生物です。
クモと異なる点は体の何倍もある長い脚を持ち、単眼が二つ、胸部と腹部に分かれず寸胴になっています。また、ザトウムシは一部の種を除き乾燥に弱いため、山の近くに住んでいない人々にとっては見たことも聞いたこともない虫かもしれません。このザトウムシ類は歩行以外での移動手段を持たないため、分布拡大が物理的な障壁 (海、森、高山など) により制限されやすいと思われます。このことから、ザトウムシは地理的に隔離した小集団を形成しやすく、過去に起こった氷河期などの環境変化による種分化の歴史を調べるうえで適した研究材料であると考えられます。
イラカザトウムシ
ここで注目したのがニホンアカザトウムシPseudobiantes japonicus Hirst, 1911です。この種は、千葉県以西の本州、四国、九州の広範囲の林床広く分布し、体長3.5~4.0mmで、林床の朽木や石下、および落葉落枝中に生息しています。本種は腹部背甲の第2区に一対の小さな顆粒がありますが、この顆粒の形態は変異に富んでおり、西日本のものは小さなイボ状に過ぎないものの、近畿以東のものでは明瞭なトゲ状であることが報告されています (鈴木, 1986)。この様な種内で見られる形態的多型に加え、移動性の乏しいニホンアカザトウムシが国内に広く分布しているその背景には、種内に様々な異なる歴史を含んでおり、その結果として現在みられるような形態や分布が形成された可能性があります。
ニホンアカザトウムシの横面。左から四国東部型、西日本型、東海型、九州型。
背甲第2区の形状と眼丘のトゲの長さにも違いがみられる。Bar=1㎜
ニホンアカザトウムシ Bar=1㎜
このニホンアカザトウムシを西日本で広く採集し、分子系統解析を行った結果、本種は4つの単系統群を形成することが明らかとなり、さらにそれが外部形態でも区別できるかもしれないことを示唆しました(Kumekawa et al. 2014)。単系統群は紀伊半島から東海地方にかけて分布する集団と四国東部に分布する集団。四国西部から西日本にかけて広く分布する集団、九州中部から南部にかけて分布する集団に分かれました。また、今回系統樹を作成するにあたって外群として設定した別属でニホンアカザトウムシと分布はほぼ同じであるオオアカザトウムシEpedanellus tuberculatus Roewer, 1911と沖縄本島で採集したシマアカザトウムシKilungius insulanus (Hirst, 1911)がニホンアカザトウムシの九州集団と単系統を形成しました。
ニホンアカザトウムシがこのような分布様式を示したのは、過去に広く分布していたニホンアカザトウムシの共通祖先が氷河期にレフュージア (refugia: 避難地) として機能した四国東南部、四国南西部、紀伊半島、九州南部へ分布を縮小させた可能性があります。実際に、花粉化石などの証拠から最終氷期最盛期には関東から九州の太平洋側に氷河期に生じたレフュージアの存在が報告されており、またこのレフュージアから分布を拡大させた生物として、被子植物ではブナ (Fujii et al., 2002)、および様々な常緑広葉樹 (Aoki et al., 2004) で報告されています。これらの生物も氷河期にレフュージアに隔離され、その後の間氷期に分布を拡大したことが示されており、これらの結果を考慮すると、ニホンアカザトウムシに関しても氷河期や間氷期といった地球規模での環境変動が多様性形成に強く関与していると考えられます。
まだまだ分類学的に課題が残っているので、これをまとめることが必要です。
・引用文献
Aoki K., Suzuki T., Hsu T. W., Murakami N. 2004 Phylogeography of the component species of broad-leaved evergreen forests in Japan, based on chloroplast DNA variation. Journal of Plant Research 117: 77-94.
Fujii N., Tomaru N., Okuyama K., Koike T., Mikami T., Ueda K. 2002 Chloroplast DNA phylogeography of Fagus crenata (Fagaceae) in Japan. Plant Systematics and Evolution 232: 21–33.
Ikeda H., Nishikawa M., Sota T. 2012 Loss of flight promotes beetle diversification. Nature Communications 3: 648.
Kumekawa, Y., Ito, K., Tsurusaki, N., Hayakawa, H., Ohga, K., Yokoyama, J., Tebayashi, S., Arakawa, R., and Fukuda, T., 2014. Phylogeography of the laniatorid harvestman Pseudobiantes japonicus Hirst 1911 and its allied species (Arachnida: Opiliones: Laniatores: Epedanidae). Annals of the Entomological Society of America, 107: 756-772.
Mayr E. 1963 Animal Species and Evolution. Cambridge Mass Harvard University Press: 797.
鈴木 正将. 1986 広島県のザトウムシ類. 比婆科学132: 7-45.
サゴヤシ野生林
インドネシア・西パプア州・南ソロン県にて
[ニューギニア島での現地調査]
サゴヤシMetroxylon sagu Rottb.は東南アジアでは古くから食用として利用されており、現在でも重要なデンプン資源です。このサゴヤシは地域によって名前が付けられ、現在は民族変種として扱われているため分類が難しいです。しかし、デンプン収量の多い等の優良系統を効率よく栽培するためにも、分類を可能にすることが重要であると考えられます。
そこでITSとマイクロサテライト領域を用いた分子同定を行い、サゴヤシの民族変種を分類する研究を行いました。その結果、ITS領域と核DNAのマイクロサテライト領域においては長さの変異が存在することが判明し、一品種を認識できることを示唆しました(Kumekawa et al. 2013)。しかし、核DNAのマイクロサテライト領域は同一品種内で異なる塩基を有していたことから、この領域をサゴヤシの品種の同定に用いることはできませんでした。今後は地理的に異なる場所に由来する集団を用いた詳細な解析が必要であると考えられます。
・引用文献
Kumekawa, Y., Murjoko, A., Hayakawa, H., Ohga, K., Mori, M., Miyazaki, A., Ito, K., Arakawa, R., Fukuda, T., Matanubun, H. and Yamamoto, Y., 2013. Molecular analyses of folk varieties of the sago palm (Metroxylon sagu Rottb) using the internal transcribed spacer (ITS) region and nuclear microsatellite DNA. Sago Palm, 21: 14-19.