TRIO-KENWOODが生み出した『シグマドライブ』とは
1980年代のオーディオ全盛期、魅力的な機器が数多く生まれた。その一つにTRIO-KENWOODが80年代に生み出した「Σ(シグマ)ドライブ」がある。
シグマドライブは、接続先(負荷側)の接続(入力)端子までの配線ケーブルまでも、駆動(出力)側の機器がNFループに取り込む接続方法である。リモートセンシング技術の一つである。代表的なのが上図のカタログのような、アンプとスピーカー(以下、SP)を駆動させるシグマドライブ接続だが、実際のTRIOの商品には、プリアンプ出力(L-08C)、CD出力(L-03DP)、チューナー出力(L-02T)など、SP出力端子とは別に、オーディオ機器間を繋げる接続方式として、専用のΣオーディオケーブルを使って接続するシグマドライブ接続「シグマ接続」が存在した。
シグマドライブは、接続ケーブルによって劣化する信号を、少しでも減らすための一つの接続方法である。これまで接続ケーブルの信号劣化を抑える手段としては、出力端を「ローインピーダンス化」させることで対応させるしかなかった。しかし、この方式では出力端子までしか(NFループ内に置けず)、その先のケーブルに対しては間接的に劣化の影響度を下げるように(ローインピーダンス)させることはできなかった。しかし、TRIOのシグマドライブは出力端子から先のケーブル先端までを、NFループ内に取り込めるようにセンサーケーブルをアンプの外にまで延長させた。
こうすればケーブル先端までもNFループ内に取り込むために、伝送ケーブルの信号劣化を抑えることができるようになる。このセンサーケーブルを上の赤線のように結線することで、ケーブル先端までをNFループ内に取り込んだ方式が「シグマドライブ」である。シグマドライブ方式によって、従来よりもはるかに低歪で信号伝送ができるようになったが、この機能を働かせるために、従来の2本の信号ケーブルの他に、センサーケーブル2本追加して接続させるという作業をする必要も生まれてしまった。
シグマドライブの代表アンプ、L-08シリーズ
シグマドライブのアンプで有名なのが「L-02A」という超弩級プリメインアンプ(定価55万円)があるが、一番クリティカルで先鋭的でかつ魅力的だったのは、シグマドライブの第一世代のセパレートアンプ、そしてTRIOの最後のセパレートアンプになってしまった、「L-08シリーズ」だ。
ここではΣドライブをL-08シリーズを中心にまとめていく。L-08を語るにあたって、その前身となるL-07シリーズに触れる必要があるので、これらを振り返りつつ、基本的な接続方法と使い方や、各シグマドライブの機器を紹介していきたい。
シグマドライブはリモートセンシング技術の一つ
シグマドライブの考え方は「リモートセンシング技術」の一つである。海外でも同様の方式を採用したアンプがある。だた、各社がそれぞれSPの駆動方式として、リモートセンシング技術をどう扱うのかは、アンプ回路内でNFBをどう扱うのかと同じように、目指す音によって異なっている。TRIOが比較的低い周波数(50~100Hz)を中心にNFBをかけていたのに対して、海外ではより高い周波数にNFBをかける仕様もあり、この辺りの設定値については「シグマドライブの音をTRIOがどう位置付けているかによるだろう。一概に「高い周波数まで深い帰還量をかける方がいい」と言えないからだ。
「シグマドライブ」の味付け、DF値の設定
シグマドライブはアンプの回路技術の中心にあったNFB技術の応用(内部回路にかけていたNFBを、伝送ケーブルにまで拡張)だ。そのNFBの使い方(どの周波数に、どの程度深くかけるか)に関しては、各社のそれぞれの音質決定の大きな要因として、さまざまな手法や提案がなされ、商品化されてきた。
例えばテクニクスは「LFB(リニアフィードバック)」という技術は、とにかく帰還量を大きくさせる回路であり、パイオニアの「スーパーリニアサーキット回路」は逆に無帰還(小さなNFループを持っている見ていた他者の技術者もいたが)にしたなど、NFBのかけ方は多様である。
TRIOのシグマドライブで扱うNFループは、アンプ外部のケーブルにまで拡張している。当然、周波数に対する帰還量によって、音質は大きく変わることになる。その目安となる指標が、対応周波数ごとのDF(ダンピングファクター)値となる。
「シグマドライブ」では、〜100Hzの周波数からなだらかにNFループをかけ、海外のリモートコントロールアンプよりも低めの周波数に設定していた。
SPの中でも逆起電力の大きい(物理的に質量のある)ウーハーの低音域を主軸にDF値をかけ、なだらかに高域にDF値を下げていくののが、音質的に良いと判断したようだ。この辺は、各社のNFBに対する解答が異なるように、同じリモートセンシング技術でも、TRIOと海外製との解答が異なるのは当然といえよう。試聴を繰り返して決定した、NFループの「味付け」が、TRIOの「シグマドライブ」の対周波数特性のDF値である。
それでも、同じシグマドライブアンプと中でも、最高額のL-08から、最安価のKA-990までの間に、DF値の設定にはかなり違いがあるし、世代によっても、シグマドライブの味付け(設定値)は多様だといえる。同じ「シグマドライブアンプ」といえども、そのアンプの音色と味付けは「かなり異なっている」と言える。
第一世代のシグマドライブアンプのDF値(音色)
第一世代のシグマドライブのアンプは以下のようになる。
L-08C , L-08M , L-06M ,KA-1000 , KA-900 (同シリーズKA-800だけは、シグマドライブ機能がない)
このサイトではデザインも機能も特性も、最も先鋭的だった第一世代を中心にまとめる。残念ながらシグマドライブの歴史の後半は、4本結線を捨てた「シグマドライブTypeB」であり、ケーブル間の伝送劣化を低減させる目的で進化してきた「シグマドライブ理論」にそぐわない。よって、本サイトではこれらTypeBのアンプを、正式なシグマドライブ・アンプとは呼ばない。
1980年に発表された「シグマドライブ(ΣDRIVE)」だが、第一世代(L-08、KA-1000の1980年)から次の第二世代(L-02A、L-03A、KA-1100の1983年)までが、純正のシグマドライブ・アンプとなる。以下に並べたTRIOのアンプの中でも、4本接続型のシグマドライブ・アンプはとても少ないことが分かる。1984年からの「シグマドライブTypeB(以下のTypeB)」の接続方法は通常結線(2本)であり、この方式はL-08Cのページで紹介するが、1980年には「TypeB」とは呼ばなかったが、シグマ接続ができないときの予備の接続方式でしかなかった。よって、正式な「4本接続型シグマドライブ・アンプ」に該当するのは、以下の青文字のアンプだけとなる。
(↓型名、発売年、DFダビングファクタ値、値段、シグマドライブ有無)
L-08C+L-08M(1980年)DF:20000(55Hz) +DF:15000以上 (3mSP端子終端)¥180,000 + ¥300,000 (150,000 ×2台) ΣDRIVE
L-06M(1980年) DF:20000(55Hz) +DF:15000以上 (3mSP端子終端)¥130,000(65,000 ×2台)ΣDRIVE
KA-1000 (1980年) DF:600(100Hz)+DF:600 (3mSP端子終端) ¥145,000 ΣDRIVE
KA-900 (1980年)DF:500(100Hz)+DF:500 (3mSP端子終端)¥79,800 ΣDRIVE
KA-990 (1982年)DF:1000 ¥79,800 ΣDRIVE
KA-2200(1982年) DF:1000(100Hz) ¥158,000 ΣDRIVE
KA-1100 (1983年) DF:1000(100Hz) ¥118,000 ΣDRIVE
L-02A (1983年)DF:10000(55Hz) ¥550,000 ΣDRIVE
L-03A (1983年)DF:2000(55Hz) ¥180,000 ΣDRIVE
KA-990SD(1984年)DF:1000(50Hz) ¥79,800 TypeB
KA-990V(1985年) DF:1000(50Hz) ¥79,800 TypeB
KA-990D(1986年) DF:1000(50Hz) ¥79,800 TypeB
KA-990EX(1987年) DF:1000(50Hz) ¥79,800 TypeB
KA-1100D(1986年) DF:1000(50Hz) ¥129,000 TypeB
KA-1100SD(1984年) DF:1000(50Hz) ¥129,000 TypeB
上記のDF値で、TypeBはアンプのSP出力端子での測定値だが、実際のSPケーブルの先端でのDF値は「(4本の)シグマドライブ」より大きく低くなることに注意したい
こうしてみると真のシグマドライブ・アンプは非常に少ないことがわかる。プリメインアンプで7機種(1000,1100,900,990,2200,02A,03A)、セパレートアンプで2機種(08,06)しかない。
性能は高いが・・・シグマドライブ接続は難しかったか
難しくはない。しかし、そう感じたユーザーが少なくはなかったのも事実だ。
「シグマドライブ」はアンプの負帰還回路が、SPケーブル先端まで繋がっていることになるため、性能が高い分、取り扱いは難しくなっているのは間違いない。また、SPケーブルも、アンプの一回路である以上、結線のリスクは通常結線よりも高くなってしまう(センサー回路が故障するなど)。結線ミスはユーザーに責任があるとはいえ、従来の接続方法とは異なる特殊な接続を強いているのだから、TRIOとしては丁寧な説明と対応をするしかなかった。
この2本のケーブルの追加と接続、これが様々な課題を生み出し、方式としては極めて優れていても、普及させることはできなかった。TRIOの描いた「シグマドライブ理論」は理想的で優れた方式であったが、残念ながら「商品」としては終焉を迎えてしまうことになる。
すべての信号経路の伝送劣化を解決できる「シグマドライブ理論」に挑戦したTRIO
リモートセンシング技術でSPを制御する、というのは、一般向けには難しい。アンプ側はプラスとマンナスにそれぞれセンサー端子各1本ずつ追加接続し、SP側の端子は信号線とセンサ線をよって1本にハンダ付け(実際にはハンダは不要だが)にする。これをだれもが確実にできるか? というと「商品としては難しい設定」だった。他社メーカーも同様の接続方法は検討し、採用した例(Aurexのクリーンドライブなど)もあったが、すぐに撤退したのは、技術としては優れていても商品としたは「見合わなかった」と判断したのだ。
「シグマドライブ」の性能は高く、アンプの一つの究極形ではあった。既にL-07シリーズからケーブルにおける信号劣化を低減させることをテーマしていたTRIOとしては、「シグマドライブ」は一つのファイナルアンサーであったことは間違いない。だからこそ、L-08シリーズのカタログに、大きく「ビッグ・ピリオド」と謳ったのだ。その優位性は他のページで触れていくが、従来の接続方法を超えたシステムであったことが見えてくる。
シグマドライブというと「スピーカーの接続方式」のひとつの方式だと思われがちだが、決してそうではない。SPとアンプ間の他にもプリとパワー間、各オーディオ機器とアンプ間においても、TRIOは「シグマドライブ」の端子やケーブルを用意した。こうしたTRIOが用意した機能や製品が目指した理想形とは、オーディオ機器のすべてを「シグマドライブ理論」で繋ぎ、すべてのケーブル接続における伝送劣化問題を解決させることにあった。「シグマドライブ」ですべてのオーディオ機器間をつなぎ、バランス接続をも超えた「シグマ接続」で、オーディオ機器すべてを接続する。L-08シリーズでTRIOが提唱した「シグマドライブ理論」の行き着く先は、オーディオ機器全体を一つの「シグマドライブ・システム」にするものだった。
しかし、そこに辿り着くことはできず、残念ながら、この究極のオーディオシステムは短かくして終わってしまう。しかし、L-08シリーズは確かに存在したし、L-02Aも、KA-1000も、L-02Tも、どれもTRIO-KENWOODの銘機として生まれた。そのどれもが「シグマドライブ」であった。その理論と思想は形を変えて、TRIO-KENWOODの中で(そしてアキュフェーズの中でも)受け継がれている。
「シグマドライブ」という大きな一歩を踏み出し、シグマドライブ理論に沿った優れたオーディオ機器を送り出したTRIOに、最大の賞賛を贈りたい。