接続コードを含めて、増幅系における責任分野をすべてつきつめる
08シリーズがTRIO-KENWOODの最後のセパレートアンプシリーズとして、シグマドライブを世に送り出した最上位機種として登場した。しかし、シグマドライブが登場するまでの背景を語るには、SPケーブルによる伝送劣化問題に触れなければならない。70年代後半、すでにアンプ単体の物理性能は測定器限界レベルまで改善されていたが、SPまでの伝送を含めた領域は未だ手をつけていなかったからである。この問題にTRIOは、07シリーズでDDAS(ダイレクトドライブアンプシステム)を提唱し、次のL-08シリーズの「シグマドライブへ」へと繋がっていく。
▲プリアンプに繋げられる負荷はパワーアンプという電気回路に対して、パワーアンプの負荷はスピーカーという磁気回路。二つを比較すれば扱いにくい負荷を持っているのはパワーアンプである。(L-07CII取説より)
L-07CIIの取説には「ダイレクトドライブシステム」。または「ダイレクトドライブアンプリファイアシステム」もあり、ここではそちらの呼び名を採用し、略してDDASとしている。
接続コードを含めて、増幅系における責任分野
07シリーズのカタログ最終ページには、DDAS(Direct Drive Amp System)について触れているが、このSPケーブルによる音質劣化問題への提起が、後の「シグマドライブ」開発へと続くことになる。
DDASでは、アンプに接続されているケーブルの先端までの特性を考えること、を提唱している。この考え方が最終的にシグマドライブにたどり着くことになるのだが、TRIOではアンプ単体の性能だけでなく、接続するケーブル先までの性能を追うことに、07以前から注目していた(厳密にはL-01Aの時代まで遡る)。
アンプに接続されるSPケーブルの先端まで性能を上げる、これはTRIOのアンプ制作の重要な指針の一つであった。
そのために専用のケーブルも用意し、パワーアンプの設置場所をSPの近く置くのを提案した。
この考え方は、アンプとスピーカー間だけでなく、オーディオ機器をつなぐ全てのケーブルを対象としていた。プリアンプとパワーアンプ間(L-07CII、L-08C*など)、チューナーとアンプ間(L-02T*、L-03T*など)、CDとアンプ間(L-03DP*、L-D1など)もすべてシグマ接続か、強力ばバッファアンプによるローインピーダンス化が図られている。*はシグマ接続
上記以外でも、安価なTRIO製のオーディオ機器でも、ローインピーダンス化されているものが多い。
Direct Drive Amplifier System
07シリーズで特にSPケーブルの悪影響を排除すべきアンプのスタイル(システム)が、TRIOが提唱した「Direct Drive Amplifier System」だ。DDASをさらに推し進めたのが、08のΣドライブシステムになる。
DDASのいうところをまとめると、
「SPケーブルの悪影響を抑えたい」
アンプの回路技術の急激な進歩で低歪化は測定器レベルまで改善されつつあったが、実際のSP駆動したときの歪みは大きく劣化している。いくら優れた回路と素子を駆使したアンプでも、SPコードの先では大きく劣化してしまう。そこでDDASでは、SPケーブルの劣化が避けられないのなら、その要素を最小限に抑えるために、影響の大きいSPケーブルを短くすることで、歪を抑えたいと考えた。ただ、アンプをSPの近くに置かなければならない制約が出てしまう。左右のSPの距離や、アンプとプレーヤーとの距離もあるので、SPケーブルを最優先に短くすることは実際には難しい。
「SPケーブルを短くする=モノラルパワーアンプをSP近くに設置」
セパレートアンプは本来、より高音質を目指して、小信号増幅と大信号増幅を分離して個々の純度を上げるシステムであるが、TRIOはこのプリアンプ(コントロールアンプ)とパワーアンプを分離して配置できるところに注目した。「SPケーブルの悪影響」を下げるために、パワーアンプをSP近くに設置してケーブルを短くさせることにした。
「プリとパワーを伸ばす方が、SPケーブルを伸ばすより歪みが少ない」
モノラルパワーアンプを、左右のSPの直下にパワーアンプを置くことで、SPケーブルを最短にできるが、それに反比例してプリとパワー間の距離は伸びてしまう。プリとパワー間の劣化は、プリの出力インピーダンスを十分に下げることで信号劣化を大幅に抑えられる。トータルでみると、SPケーブルによる劣化を下げる方が、大きな音質改善が見込めた。
つまり、SPケーブルを長くするより、プリとパワーアンプとの接続ケーブルを長くする方が、低歪で信号の伝送ができるのだ。
これは、プリの伝送相手が、同じ電気回路であるパワーアンプが負荷になっているのに対して、パワーアンプの負荷になっているSPは、電気から磁気への変換、磁気回路はこれを物理的な空気振動、音に変換させている。SPは電気>磁気>音 という変換をしている非常にクリティカルな負荷だ。
パワーアンプが担っている負荷は、プリアンプよりもはるかに複雑な要素が絡み合っている負荷なのである。そのために伝送は劣化しやすく、SP側からの逆起電力なども相手にする必要がパワーアンプ側にはあった。
パワーアンプの負荷を少しでも減らし、歪みの劣化を抑えようと、パワーアンプをスピーカーにすぐ近くに配置させる、これがDDASのシステムの特徴であり、これはセパレートアンプだからこそできる、信号増幅のシステムだった。
07ではケーブルを短くすることで影響を抑えようとしたのに対して、08では更に発展させて、ケーブルそのものにも帰還をかけて積極的に制御しようとした。これが後の「シグマドライブ」になるわけである。
L-07CII 最大の特徴「ウルトラ・ハイスピード アンプ」
L-07CIIの第一の特徴といえば「ウルトラ・ハイスピード回路」となる。L-07CⅡはライズタイムが0.1μs(マイクロ秒)を誇るハイピードアンプとして設計された。ライズタイムをここまで高速化するには、アンプの周波数特性を大幅に広帯域化する必要がある。L-07CIIの周波数特性はDC〜3.5GHz(-3dB)と極めて広帯域にした。市販されたアンプの中で、ここまで広帯域化されたものはない。TRIOは元々、高周波測定器ばど高周波系の機器を製造するメーカーなので、アンプをいかに低歪でかつ広帯域化させるのは得意分野であった。
GHzまで帯域を伸ばすため、回路は高周波数に対応できるよう採用される部品と基板(ガラスエポキシ)で設計。TRIOは測定器や高周波系電子機器を得意とし、回路の広帯域化はお家芸だ。L-07CIIでは徹底した広帯域化を目指し、ライズタイム0.1μsを狙った。
3.5GHzという周波数特性をもつアンプは類がない(人の可聴帯域20KHzからみれば3500KHzというのはあまりに広帯域)。当時の、アンプの物理特性競争の産物の一つとも言える。
これはTRIO技術者の意地、こだわりだったのだろう。カタログにある「ウルトラ・ハイスピード」という言葉はこのプリアンプを評するに相応しい言葉だ。L-07CIIはスピード能力に関しては、「世界最速プリアンプ」としてTRIOの技術陣がこだわって設計した(このスピードはおそらく現在も破られていない)プリアンプだ。
▲オシロスコープ測定写真(右半分は時間軸を拡大し一目盛は0.1μs)。上段がL-07CIIのライズタイム(10〜90%立ち上がる時間)で、確かに0.1μsで反応している。下段の広帯域アンプは0.4μsとなるが、これでも十分なトランジェントレスポンスを誇っている。
▲ 出力インピーダンスを低くし接続先を強力に駆動させるという手法は、多くのTRIO -KENWOOD製品に一貫して採用されている。TRIO製品の多くがローインピーダンス化された商品が多い。
出力インピーダンス10Ω、残留ノイズ3μV以下
07シリーズのプリアンプは、パワーアンプを遠くに設置することを想定して設計された。そのためL-07CⅡの出力インピーダンスは、強力なバッファアンプを組み込むことで、10Ω以下となっている。これは20Pf/mのシールド線を20m接続しても、500KHzで0.1dBしか低下しない。
また強力なバッファアンプは低雑音でなければプリアンプの質に影響するが、L-07CIIの残留雑音3μV以下と非常に低く設計されていた。
・右図:バッファアンプは、カレントミラー差動回路アンプ段+コンプリメンタリSEPP回路となっている(L-07CIIの左チャンネル)。
07シリーズのDDASを支えているのは、このL−07CⅡのローインピーダンス出力のおかげだ。
実用的かつ俊逸で使いやすいデザイン
08シリーズはデザインとしては突出して先鋭的であるが(08は先鋭的過ぎて使いにくいと評される事が多い)、L-07CIIは無骨で王道なデザインであり、基本をおさえた使いやすいデザインだ。
初代のL-07Cはデザイン的には好みが分かれるが、この2世代目のデザインは非常に俊逸である。実用性の高さ、使いやすさからみれば、L-08Cよりも上のため、L-08MとL-07CIIの組み合わせで使うことも多い。
ハイスピードを支える高精度な部品群
ライズタイム0.1μsという超高速を実現するために、GHzの高周波に対応した部品、高周波に適した回路配置、各部品は高精度、高耐久性の「ガラスエポキシ基板」に両面実装されている。
0.2μmまで平滑された4連連動ボリュームを、増幅回路の前後で挟み込むように配置し、実際の使用時の音量時のノイズを抑えている。この回路構成でL-07CIIの残留雑音は、3μV以下と低雑音化されている。ボリュームはアルミの削り出しで、実際に使用すると、その重さ、滑らかさ、抵抗感も絶妙である。
トーン回路はステップ型
L-07CIIのトーン回路は「可変型」ではなく「ステップ型」を採用している。ステップ型は回路上に可変抵抗を使わないため、音質的に不利な「可変抵抗特有のブラシ接点」が存在しない。1.5dB単位でプラスマイナスに5ステップの補正ができる。
可変抵抗のような無段階な音質調整はできないが、ステップ型は可変抵抗特有のブラシ接点がなく、動的な接点による音質劣化が原理的に発生しない。さらに0dB(フラット)のとき、トーン回路そのものが信号回路から切り離される設計になり、回路をシンプルにしている。このステップ型によって、回路上の可変抵抗は音量ボリュームのみとなり、音質的で有効な手法でありながら、実用性を兼ね備えている。
多くのアンプが実用性を優先して可変抵抗を採用するところを、L-07CIIでは固定抵抗によるステップ型を採用した。回路的にいえば、可変抵抗を一つ入れるだけのところを、複数の抵抗と分岐回路を組みステップ構造の回路するのだから、面倒なのであるが、信号経路上に劣化しやすい可変抵抗を排除でき、インピーダンスの変化も抑えられることになる。後に、最後の可変抵抗であったボリュームさえも排除した仕組み、アキュフェーズのAAVA等は、このステップ型を進化させたものだ。
不要な回路は載せない
L-07CIIでは回路上にある「可変抵抗」は、音量ボリュームだけになっている。後継機のL-08Cでは、トーン回路そのものがない。TRIOのLシリーズアンプでは、L-02A、L-A1などでも、最初からトーン回路がない。これらのアンプには複数のスピーカーを切り替えられる「A,B端子の切り替え」もない(DDAS型モノラルパワーアンプは構造的に、AB切り替えはない)。
音場や音質を変えたいのなら、SP設置方法、音響部屋の状態などから手をつけるべきである。その後、音源ソースによって音場を微調整したいのなら、中途半端なアンプのトーン回路を通すのではなく、本格的なグラフィックイコライザを使えばいい。アンプはシンプルに増幅に徹底できるのなら、その方がいいだろう。
L-07CIIの物理特性
周波数特性:1Hz〜3,500KHz(+0dB,-3dB)
S/N比:108dB(Aux,Tunner,Tape),90dB(Phono MM),70dB(Phono MC)
THD(歪率)Aux,Tunner,Tape:0.004% (1V Output,20Hz~20KHz),0.003%(3V Output,20Hz~20KHz), 0.005%(1V Output,10Hz~100KHz)
ライズタイム:0.1μs(-0.1V <>+0.1V:Volume 0dB),0.1μs(-2.5V <>+2.5V:Volume 0dB),0.2μs(-0.1V <>+0.1V:Volume -6dB),0.2μs(-2.5V <>+2.5V:Volume -6dB)
出力インピーダンス:10Ω以下((1V,10V)、 入力インピーダンス:50KΩ