接続するスピーカーを意識してΣ結線。コーン紙はアンプの言い分に従って動き出す
シグマドライブ開発機! 最初にして最後のDF20000のパワーアンプ
シグマドライブの開発機であり、フラッグシップのパワーアンプとして登場したL-08MのDF(ダンピングファクター)20000という数値は、L-08シリーズの後に登場する超高級プリメインアンプ、L-02Aのスペック(10000)の2倍になり、TRIO-KENWOODのアンプで最高値となる。シグマドライブを象徴する頂点となるアンプ、それがL-08Mだ。
TRIOはL-01AというLシリーズ初号機のときから、SPケーブルによる劣化をテーマに、DF数値を重要な指標だとしていた(L-01AでDFは1000。プリメインアンプとしてはDF値は突出している)。
シグマドライブによる「SP4本ケーブル接続」
通常のアンプは2本のSPケーブルでSPとつなぐ。しかし、シグマドライブは、それぞれのチャンネルにもう1本のセンサーケーブルをつなぐ4本となる。+側のセンサーは、逆起電力をはじめケーブルやSPの磁気回路の影響を抑える「歪制御」に、ー側のセンサーは、アースポイントと電源ループを分離を目的とし、SP入力端子とアースポイントとの電位差を0にする効果を狙う。
類似としてAurex(東芝)も「Clean Drive」というSPにセンサー1本を加えた製品もあった。
Σドライブ接続…4本のSPケーブルでの誤解
L−08Cのプリとパワーを結ぶシグマドライブ(Σ接続)には、専用の「Σオーディオケーブル」を使う。プリとアンプとのシグマ接続には、メーカーが用意した専用ケーブルが必要だ。
L-08CのOUTPUT1はシグマ接続用だが、通常接続用のOUTPUT2も用意されている。この場合は他のアンプと同じようにオーディオケーブルでL-08Mと通常接続ができるが、このときの出力端子までがシグマドライブ方式となっている(シグマドライブTypeBと同等)。
L-08CとL-08Mのシグマ接続には、「Σオーディオケーブル」のような特別なケーブルが必須だったが、L−08Mとスピーカー(SP)を結ぶには、専用のケーブルが必須ではない。トリオから専用のSPケーブルは用意されていたが、それが無くてもΣ接続はできる。スピーカーとアンプを結ぶシグマドライブ結線は、通常のSPコードを複数使うことで代用できるからだ。SPケーブルは通常の+ー2本に、センサー用の+ーの2本を別に用意すればよい。
【繋ぎ方は以下の順序で行う】
シグマドライブ用のスピーカーケーブル(Σケーブル)は、片チャンネル当たり4本のケーブルを用意する。
この4本で、+側SPケーブルと+側センサーケーブル、ー側SPケーブルとー側センサーケーブル、のペアが+ーで2セットとなる。このとき用意する4本は同じケーブルである必要はない。例えば信号を伝送する駆動側のSPケーブルを太く、センサー側のケーブルを細くするのがよい。その方が「センサーケーブルが細い」と見分けられる。また、プラス側の2本の両端に印をつけて、+ーを間違えないようにしておく。
ペアにした2本の一方をSP端子に接続する側として、線をより合わせる。SP専用ケーブルの多くは、数本から数十本の細い銅線のより合わせでできているはずなので、一度これをほどいてから、ほどいたセンサーケーブルと信号ケーブルを絡み合うように1本により合わせる。2本のケーブルのより合わせた端が、SP端子に接続する側となる。
メーカー取説ではより合わせた「SPケーブルの一端(SP接続側)をハンダ上けする」としている(右図参照)。しかし、実際には、しっかり丁寧により合わせていればハンダ上げしなくてもシグマドライブとしてSPを稼働できる(ハンダなし接続…この接続法はメーカー指定の方法ではないので、各自の責任で)。敢えてハンダせずに(ハンダは別金属の被膜となるので、音質的にはハンダ無しの方が良いと思われる)しっかり噛み合わせてからSP端子のネジで挟み込んで固定して使用しているが現状では問題ない(例として、L-08MとDIATONE DS-1000,3000との端子では問題なく動いている)。
SPケーブルのもう一端は、+側で2本、ー側で2本がSP端子から伸びている形となっている。それぞれを+側、ー側のセットを間違えないように、細い線をセンサー端子に、太い線を出力端子につなぐ。
L-08Mのようなモノラルパワーアンプは、+ー2セット(4本)を繋げて接続終了となる。もう一台のL-08Mも同様につなげれば良い。
4本接続は難しいか?
シグマドライブ接続するには、片チャンネルあたり+ーそれぞれのセンターケーブルの2本を別途用意し、SP側の端子用にセンサーケーブルと出力ケーブルとをより合わせ(ハンダ上げ)るという、ケーブル作成を必要としている。さらに、アンプに接続する際には(片チャンネル毎に)4本のケーブルを出力端子の+側ー側のSP出力端子の他に、シグマセンサー端子にそれぞれ接続しなければならない。ここで+ーのセンサーを間違えてはならない。
この作業は難しいだろうか? メーカーの取説には「より合わせてハンダ上げ」と説明しているのを読んで(実際には、ハンダ不要でもほぼ問題ない)、シグマドライブ型のアンプを購入したユーザーの一定数が「ハンダ上げ? ハンダこてに、ハンダ線を別途、用意して作業するの?」と考え、その作業に抵抗を感じたのは間違いないと思う。 メーカーも「シグマドライブ用のスピーカーケーブル」を用意して、その作業をさせないようにしたとはいえ、「誰でも気軽に接続して使える」とは言えなかったのは事実だろう。
繰り返すが、センサーがSP端子で結線していればいいので「半田上げ」は必須ではない。丁寧により合わせて繋げれば問題ない(KA-1000やL-08Mで、ハンダ上げして繋げたことは一度もない)ので、そこまで神経質になる必要はないし、個人的には難しいとは思っていない。
▲KA-1000取説…より合わせてハンダ上げにする
「付属のΣケーブルが短くて使えない場合は、市販の2並行コードが4本か、4並行コード2本、またはΣケーブルの類似品で代用することができます(図2参照)。その場合の結線方法は図1と同じですが、極性(+ー)および各端子への接続は、十分ご注意ください。」とある。
上の取説ではハンダ上げ(半田付け)としているが、実際にはハンダ上げしないでも丁寧により合わせればシグマドライブ稼働する(接続は各自の責任で行うように)。
▲ 左から+側センサー端子(赤)、+側駆動端子(赤)、ー側駆動端子(黒)、ー側センサ端子(黒)となる。
中程の黒いケーブルが極性が印字された電源ケーブル、増設用端子(見えにくいが、L-08PSを接続する端子)が用意されている。
写真右端がプリアンプからの接続端子で、ここでは金メッキの「ネジ式のメーカー純正のΣオーディオケーブル」が接続されている。08C以外のプリアンプと接続するなら、PINケーブルでよい。
L-08Cとシグマドライブ接続するなら、L-08M側の端子はネジ止めできるような特殊な端子があるので、メーカー純正のネジ式端子のシグマケーブル接続を推奨する。純正以外のシグマドライブ用ケーブルは推奨できない。
ネジ式は、L-08CのセンサーがL-08Mの入力端子までをMFB(負帰還)範囲としているためで、接触不良による事故(センサー回路の破損)を防止するためである。
08シリーズのシグマ接続は接続ミスがセンサー故障になるために、接続方式にネジ式を採用している。08シリーズはセパレートアンプ構成であるが、シグマ接続によって、プリとパワー全体で一つのプリメンアンプのような回路構成になる。
▲L-08M,L-06M用の「Σスピーカーケーブル」(このケーブルを使っていた人は、どの程度いたのだろうか?)
メーカーが用意するケーブル
プリメインアンプである KA-1000(KA-900)などには「付属品」として3mの「Σケーブル」が付いているし、取説では専用ケーブルでの使用をトリオでは推奨している。L-08Mでも同様に別売りの専用ケーブルを推奨していた。そのため「このシグマケーブルが無いと接続できない」という誤解もあったようだ。しかし、実際には専用ケーブルでなくても、普通のSPケーブル4本(片チャンネルあたり)でもシグマドライブ接続はできる。
シグマドライブ接続で増えた「2つの作業」がトラブルに
専用ケーブルではなく、「4本のうち、2本をペアにし、SPに接続する一方をよって合わせハンダ上げる」というシグマケーブルを作成する作業を、TRIOがユーザーに薦めなかったのは、一重に接続トラブルをさけたかったためだ。「ハンダ上げ」は事実上「アンプの回路制作」に近い。事実、シグマドライブは「SP端子までがアンプ内」である以上、SPケーブルはアンプ回路であり、その作業は「回路制作」とは言えなくもない。
シグマドライブ専用のSPケーブルを「作成」し、4本の接続作業を+ー間違いなくさせるという「センサー回路」の接続作業は、従来の2本接続作業より面倒で、トラブルの可能性があった。
「SPケーブルをよる」「4本の端子を接続する」という作業は、「SPをつなげ」ではなく「回路を作れ」と指示している。このことは、接続をまちがえるとアンプ側が壊れてしまうリスクはあった。
性能を取るか、安全を取るか
シグマドライブはアンプの回路をSP入り口まで拡張し、その性能を保証する。しかし、性能を維持する代償として、ユーザーにアンプの組み立てを要求した。当然、SPケーブルの作り方が不完全だったり、SP端子とセンサー端子の接続を間違える可能性は出てきた。
回路接続のミスは、アンプ側のセンサートラブルになる直結する。「音が出ない」だけならよいが、シグマ接続の場合は、接続不良によっては回路を壊すこともある。その点において通常の接続方法よりクリティカルであり、メーカーが保守対応する機会は増え、部品代、作業代(人件費)も増えてしまっただろう。
ユーザーのトラブルを防ぐために「Σケーブル」は用意され、専用ケーブルでなければ「シグマドライブ」は推奨したが、これが普及の妨げにも働いた。
安価なプリメインアンプの KAシリーズではシグマケーブルを付属品とし同梱し、セパレートアンプのLシリーズでも、「Σスピーカーケーブル」を別商品として用意したが、当時にこれが「シグマドライブ」は専用ケーブルがないと接続できない、とも思われた。
アンプ守備範囲をSPケーブルまでするならば、そのSPケーブルもアンプの一部であり、専用ケーブルはまさに「アンプの純正パーツ」と考える、それがシグマドライブを「難しい」「扱いにくい」と感じてしまう人たちを生み出してしまった。
特別なケーブルと、特別な接続スタイルが、シグマドライブを「商品」としては長く続けられなくなり、性能的には後退してしまう「2本結線」の「シグマドライブタイプB」に置き換わり、純正の「4本結線」のシグマドライブは終わってしまう。
後のTRIO技術者の後継会社である「アキュフェーズ」が今も、高いDF値のアンプを造っているのをみると(DF値が500〜1000前後)、シグマドライブ理論の流れ、DF値は低くして低歪でSP駆動させるという方向性は同じなのだが、あの技術志向の「アキュフェーズ」でさえ「シグマドライブ」までは踏み込まない(そこまで物理特性を追う価値がない)。4本接続のシグマドライブは、技術志向に突っ走ったTRIO開発陣が挑戦した、一つの技術的な頂点作品だったといえるのではないだろうか。
L−08MのDF値が、TRIO最高値20000を設定した理由
アンプとってSPはケーブルを経由しての「線」接続ではなく、アンプにSPを直付けした「点」接続されているのがシグマドライブ理論である。しかし、回路をアンプの外側に長く引き回し、センサーケーブルを長くすることはリスクを伴う。メーカーとしては、ユーザーがどこまでSPケーブルを伸ばすのかは分からないからだ(10m以上も伸ばすことはないだろうが)。
ユーザーが使うであろうSPケーブルの長さ(3〜5m程度)から、DF値(負帰還量)をどこまで上げるのかを決定していかなければならない。アンプ内だけであれば、回路の大きさはケース中に収まるし、回路設計もメーカーが決められる。しかし、シグマドライブはユーザーの設置するアンプ出力端からSP端子までの距離となり、ケース内の基板上と比較すると非常に長く、その距離も不確定だ。従って、DF値をどこまで上げる(帰還量を上げて、より強力にSPを稼働させる)のかというさじ加減は非常に難しい。
「自作アンプ」ならば設定するSPケーブルの長さを自分で決定するので、過激なDF値のセッティングもできるだろう。しかし、様々なユーザーが使うことを想定した「商品」となると、安全性のマージンを考慮しなければならない。これが、理論的に優れたシグマドライブであっても、商品にしたときの弱点となり、性能優先の設定値にできない難しさが出てきてしまう。
さらにDF値が高い「シグマドライブの音」は従来の音質とかなり異なる。物理特性だけみれば「シグマドライブ」はSP端子まで極めて優秀で、ベールを剥いだような高解像度な音だ。しかし、それが万人受けする誰もが「良い音」「好きな音」であるかは別になる(物理特性が悪いアンプでも良いアンプがあるように)。特にDF値の高いアンプは基本、低音域は引き締まって解像度が極めて高くなるが、これがSPによっては制動が効き過ぎて「低音不足」と感じてしまう。
ベールを外したような「高解像度」な「シグマドライブ」が、市場(ユーザーや評論家など)に受け入れられるのか否かは、シグマドライブのDF値の設定値を高くするほど(物理特性を上げるほど)、評価が別れる可能性が高かった。実際、TRIOも悩ましかったであろう。それがDF値にシグマドライブ搭載アンプにも反映しているようで、価格帯によってもDF値が異なり、それぞれのアンプのプライスゾーンとユーザー層に向けたDF値の設定になっていた。
L−08M : DF値=20000(55Hz、出力端子)、定格出力=170W(8Ω)、定価150,000円 × 2台(1980年)
KA-1000: DF値=600(55Hz、出力端子)、定格出力=100W+100W(8Ω)、定価145,000円(1980年)
KA-900: DF値=500(55Hz、出力端子)、定格出力=80W+80W(8Ω)、定価79,800円(1980年)
L-02A: DF値=10000(55Hz、出力端子)、定格出力=170W+170W(8Ω)、定価550,000円(1982年)
KA-990: DF値=1000(100Hz、出力端子)、定格出力=105W+105W(8Ω)、定価79,800円(1982年)
KA-2200: DF値=1000(100Hz、出力端子)、定格出力=150W+150W(8Ω)、定価79,800円(1983年)
L-03A: DF値=2000(55Hz、出力端子)、定格出力=150W+150W(8Ω)、定価180,000円(1983年)
KA-1000以下はプリメインアンプであり、必然的にSPケーブルはセパレートアンプよりも長くなるため、強力なフィードバックをかけるのを避け、DF値を500前後に抑えている。これは長いSPケーブルに対する安全性と、極端な音節変化を抑えたかったからであろう。プリメインアンプであるL-02AのDF値を「10000」としたのは、TRIOとしては挑戦的で(サービス側はL-02Aのシグマ接続を嫌がったという)あり、55万円という超高額なアンプに妥協はしたくなかったからであろう。
この中において、唯一SPケーブルを短く設置できる「DDAS接続(SP近くにパワーアンプを置くスタイル)型シグマドライブ」であったモノラルパワーアンプL-08M(とL-06M)だけが、DF値を20000に設定したのは、シグマドライブの「フラッグシップマシン」として譲れない数値たった。
「DFが大きい=音質がいい」と誰もが評価するわけではないが…
シグマドライブは確かに歪み率を下げる。逆起電力にも強い。アンプの出力端子ではなく、SPケーブル先端、SPの端子まで正確に駆動できるシグマドライブは、従来の接続方式では50〜100前後のDF値から最大で100倍以上の数値を実現した。しかし、ここまでSP端子までの物理特性を上げたとはいえ、この音質変化を誰もが「良い音」だと評価するのか…となると、そうではなかった。
逆起電力はウーファーなど大きな質量を持った低音域を中心に発生し、シグマドライブはこの低音域に深く帰還をかけていたが、それは低音域の制動が大きくなり、歪みが減り解像度が上がった反面、(スピーカーによっては)低域不足に聴こえてしまう。
多くのスピーカーの開発者は、SPケーブルがあることを想定して音質を調整している(SP開発側の主張)という。つまり、SP開発側は、SPケーブルも“スピーカーの一部”だと考え、「シグマドライブ」開発側はSPケーブルも“アンプの一部”だとして設計しているため、両者の開発者による「SPケーブル」に対する音質設計の差(SPケーブルを製作するメーカーがこれに加われば、さらに複雑になる)。
DF値が100以上となれば、ほぼSPとケーブルへの影響はとても小さい(DF100とDF1000ではSPの電磁制御力は1%程度の向上)ので、必要以上のDF値の向上が、数値ほど劇的な音質効果があるのか、という疑問。
DF値を無闇に上げるのではなく、普及価格のKAシリーズ(プリメインアンプ)が、DF値を500〜600前後にしたのは、劇的にシグマドライブの音室効果を感じられる部分(DF値100〜1000程度)に設定したのだろう。一方で、物理特性を徹底的に追求し、DF値を異様に高くするために、余裕をもって低域をドライブできる、贅沢な回路と電源強化が用意できるセパレートアンプ(08シリーズ)か、超高級アンプ(L-02A)だけにDF値10000超えを設定した。
個人的にKA-1000、L-06M、L-08Mをそれぞれのシグマドライブ接続をして聴く限りにおいて、KA-1000でも十分な音質の向上があった。しかし、音の好みは…まあ、人ぞれぞれではある。L-08Mのより高みの音を愉しむなら、是非、大口径のウーファを持つに接続することをお勧めしたい。
▲ TRIO「LS-1000」SP端子
TRIOのスピーカー、LS-1000には、シグマドライブ用センサー端子が用意されていた。
LS-1000とシグマドライブアンプで接続する場合、片チャンネルあたりのSPケーブルを4本用意しても「2本をよって半田付け」作業は不要で、4本をそれぞれセンサー用、駆動用端子に繋げればいいことになる。
この接続法では、スピーカー内部の部品までシグマドライブの制御下となる。本当の意味でスピーカーは点で接続されたことになる。
LS-1000はシグマドライブ専用のSPとして特異な存在だった。
ニューハイスピード回路
L-08Mで採用したニューハイスピードアンプは、07から培ったハイスピードアンプ技術を進化させた回路と高帯域に対応した素子の採用、07では徹底的に周波数特性を上げ、ライズタイムの数値を重視したハイスピード回路の設計だったが、08シリーズ(ニューハイスピードといった)ではライズタイムの向上よりも、周波数対増幅率と周波数対帰還率を考慮したバランスをとった回路で高速化を目指した回路となっている。
オープンループゲインでの周波数特性で見ると、ニューハイスピード回路はヒトの聴感特性に合わせた20KHzまで均等に増幅する(実線)増幅特性にしているのがわかる。
07シリーズの系譜を受け継いだシグマドライブ接続
L−08MはTRIO最大のDF値20000を誇る唯一のモノラルパワーアンプである。シグマドライブ初号機であり、セパレートアンプであるが故に「20000」という思い切ったDF値を与えた。インパクトのある数値を出したかったこともあるだろうが、それができたのは、一重にセパレートアンプ構成であること、しかもモノラルパワーアンプだったからに他ならない。
モノラルパワーアンプならSPの傍に設置できる。このスタイルは、L-07シリーズで提唱したDDAS(Direct Drive Amplifier System)理論からだ。DDASのポイントは
SPケーブルによる音質の劣化と、プリアンプとパワーアンプとの音質劣化を比較すると、後者の劣化が抑え込みやすい。そこで、プリとパワー間を長くして、パワーアンプをSPの近くに配置して、SPケーブルを長く引き回すことによる音質劣化を抑えられる。DDASは、SPケーブルを短くして、プリとパワー間を長くする、ということになる。
これを実現するために接続するプリアンプであるL−07CIIの出力インピーダンスを10Ωまで下げ、プリとパワーを長くすることによる劣化を抑え、モノラルパワー・アンプ構成にして、左右のSPの近くにパワー・アンプを設置するスタイルを提唱した。これがDDASである。
L-08ではこのスタイルにシグマドライブを採用した。プリアンプのL-08CとパワーアンプのL-08Mをシグマドライブ接続にした。シグマドライブによってL-08Cの出力インピーダンスは0.01Ωまで下げられ(プリアンプとしては史上最高)、L-07Cllよりも1000倍も強力な駆動力を持たせた。
シグマドライブ接続の強みは、ただ単にプリアンプの低インピーダンス化だけではない。伝送経路に潜むアース問題を解決し(さらにL-08Cに定電圧電源を排除し)、セパレートアンプでありながら全体としては巨大な一つのプリメインアンプのように稼働できるようにした(後継機のL-02Aは、この考え方の延長に生まれた)。
プリとパワーのシグマ接続によって、モノラルパワーアンプであるL-08Mを左右のSPにすぐ近くに設置しても、極めて低歪みで高品質な信号を伝送できるようになった。L-08Mのシグマドライブ接続するSPケーブルの長さは、短かくできるようになった(その分、L-08CとL-08Mとのシグマオーディオケーブルは長くしても良いとした)。L-08シリーズでは、SPケーブルとシグマドライブのセンサーケーブルの長さを、可能な限り短くして接続できるようなスタイルにしたのである。
L-08MのSPケーブルが短くするスタイルによって、L-08MのDF値を「20000」に設定できたのである。必ずそうしろ、と説明書には書いてはいないが、そのような設置を推奨したのである。
L-08MのDF値を20000という数値を設定できたのは、セパレートでかつモノラルパワーアンプであることが鍵となっているわけである。
同系の廉価版パワーアンプ、L−06M(定価65,000円)もDF値はTRIO-KENWOOD最強の20000となる。L-06Mもモノラルパワーアンプであるからできたのである。
シグマドライブの完成形。それが2つのシグマ接続による「DDAS型シグマドライブ」
アンプからSPまでのケーブルを低歪みでつなげるために生まれたのが「シグマドライブ」だ。そして、その理想を徹底して貫いたスタイルのために、プリアンプとパワーアンプとの間に採用したもう一つのシグマドライブ、「Σドライブ接続」である。この「プリアンプとパワーアンプ間のシグマドライブ(シグマ接続)」と「パワーアンプとSP間のシグマドライブ(シグマ接続)」、この「2つのシグマ接続」がTRIOが目指したセパレートアンプの一つの完成形(カタログで謳う「ビッグピリオド」)となった。
L-07シリーズで提唱したSP直近に設置するというDDAS接続、L-08シリーズで提唱したシグマドライブ理論、この07と08シリーズの2つの理論が、見事にL-08シリーズで結実しているのだ。この二つの理論の集大成が、セパレートアンプ(モノラル型)によるシグマドライブのスタイルとなった。言うなれば「DDAS型シグマドライブ」といえる。アンプからSP端子までを完全駆動する「セパレートアンプ型のパーフェクトΣドライブ」である。
DF=20000という数値を設定できたのは、「DDAS型シグマドライブ」だけであり、それを具現化した唯一のパワーアンプとなったのがL-08Mというモノラルパワーアンプである。
(L-06MもはDDAS型シグマドライブであるから、もっと評価されてもよいパワーアンプである)
DF値だけがL-08Mの魅力ではない!
L−08Mを語るのにシグマドライブが注目されてしまうが、パワーアンプ単体性能としても非常に高性能で、贅沢な回路構成を持つ。L-08Mも単体としても優れたパワーアンプで、シグマドライブばかりに注目されるが、それはまちがいである。
単体でも十分な能力があるため、シグマ接続しないで、通常のモノラルパワーアンプとして使ってもよい(それはもったいないが)。通常結線にしたければ、2本だけのSPケーブルを通常接続をして、センサー端子には何もつながなければ良い。これはL-02Aでもいえるが、シグマドライブ搭載のトリオの高位機種をシグマ接続せずに使うユーザーもいた。
巨大なヒートシンクデザインのアルミボディ
L-08Mの個体はヒートシンクのデザインをしているが、この形のまま、すべてアルミニウムの塊でつなぎ目がなく、一つの型で形成されている(L-08Mであれほどアルミを多用するなら、L-08Cでもそうすべきであったと思うが)。L-08Mを手にしたとき、その重さに驚くだろう。
個体は重く強固で、定価から考えると現在ではできない。L-08Mは全体がアルミのヒートシンク形で成型されているため、A級動作する内部素子の熱対策にも有利にはたらき、振動にも強く、素子だけでなく、音質にも良い影響を与えている。
一方で、電源ボタンの周りのパーツは樹脂でできている。これは部品を非磁性体でという設計思想に基づくのだが、ここがL-08Cと同様に、傷つきやすいので注意したい。ただ、 L-08MはL-08Cと電源の連動機能があるので(L-06Mには別売)、それを使えば電源ボタンは08Cの操作1つとなるので、パワーアンプ側の電源ボタンを押す必要はない。 DDAS型ΣドライブとしてSPの近くに置くスタイルなので、基本は連動させるのが良いだろう。
上下完全対象回路の採用
L-08Mは電圧増幅段はA級動作で、二段目に以降に「上下完全対象回路」を採用している。上下対象回路は、2段目以降が完全なプッシュプル動作が可能になり、正相と逆相のトランジスタの数がそろえられるなど、音質的に優れた贅沢な回路だ。
1段目をデュアルトランジスタのカスケード出力、2段目をデュアルトランジスタ差動入力カスコード出力で構成された上下完全対象回路は、 負帰還をかける前の裸値特性が優れた回路設計で、高域まで利得が均一で歪率も非常に低く抑えられている(1KHzでの全高調歪率は0.0005%)。上下対象回路は外乱に強く、SPからの逆起電力を受けにくい回路である。
電圧増幅段、電力増幅段の別トランス化
L-08Mはモノラルパワーアンプであるから、当然、左右チャンネルが独立したトランス構成になる。2つは電源ケーブルから完全に分離しているため、セパレーションはステレオのパワーアンプとは比べて優れている。さらに、L-08Mは、A級動作の電圧増幅段用と、B級動作の電力増幅段用に、それぞれ独立したトランスを用意し、電圧増幅段と電流増幅段はトランスから物理的に分離している。つまり、L-08Mは左右2chで4つのトランス構成となる。
さらに追加トランスユニット「L-08PS」があれば電源を何段も強化できる(L-08PSは数珠つなぎで、電源強化できる特殊なユニット)拡張性が用意されている。
入出力アースの同電位化
シグマドライブ理論では、電源アースの問題は重要なテーマとなっている。パワーアンプへの入力は入力端子のホットとアース間に入力され、出力はスピーカー端子とアース間から駆動される。出力を制御するNFループのアース端子と、入力のアース端子は共通化されているため、入出力のアース間に不要な電流が流れて歪みの原因になっていた。
L-08Mでは回路がΣドライブ理論に基づいて、ホット、アースともに直接スピーカーの入力端子から帰還をかけるように変更されている。このため、入出力のアースの負荷電流対して無視できるほど僅かな電流しか流れないように改良されている。これは「アースに不要な電流を流さない」という思想に基づいている。
▲ L-08Mの回路構成図
クラスAアンプ(電圧増幅段)のブロックでは、1stカスコードアンプ>2ndデュアルカスコードアンプの部分が上下2列になっており上下対象回路になっている。また、クラスAアンプ用としてトランスが1つ(Class A Remote Contol Transformer :A級増幅段とリモート回路へ電源供給)と、クラスBアンプ(Class B Power Transformer:B級増幅段)用のトランスがそれぞれ独立してある、電圧段・電力段が、物理的に独立している2トランス構成になっている。
さらに電源を強化できるL-08PSが用意されていた。
▲ L-08PS(L-08M専用強化電源ユニット)
L-08Mの内蔵電源と同容量の260VAという大容量トランスを内蔵した強化電源トランス。コネクターを用いて何個でも追加できるデイジーチェーン方式で、520VA(1個)、780VA(2個)、1040VA(3個)…と電源部の容量を増やして音質を向上できた。
L-08PSの追加によってL-08Mのパワーアップは、8Ωで220W(1個)、240W(2個)、250W(3個以上)となる。
「シグマドライブ」のその後
4本接続を捨てる
SP端子までをアンプの守備範囲とする考え方において、センサーを含めた4本構成にしたシグマドライブは接続方法としては、極めて優れていた。その一方で、この技術志向に特化した接続方法は、普及価格帯の商品としては難しかった。
4本は2本より使いにくい(たった2本の差でも)、接続ミスがある(サポートと保障が大変)、強力な駆動力をもつΣドライブの音(組み合わせるSPによっては低域不足、解像度が高すぎるて滑らかさがない)に嗜好が合わない、など様々な声が「シグマドライブ=4本接続」の商品としての継続を難しくしてしまう。3本接続の「Clean Drive」を採用した東芝(Aurex)は、一世代で止めてしまったように、たとえ1本といえども、接続の手間が増えるのは、ユーザーに大きな抵抗があったのである。
本来であれば、各オーディオ機器の接続を全てを「シグマ接続」に拡張していくのがTRIOの技術陣の構想であっただろう。L-08Cで開発した「Σオーディオケーブル」は他のTRIO製品に採用され、高級チューナーである「L-02T」「L-03T」や、CDプレーヤー「L-03DP」などにシグマ接続用の専用端子が用意された。しかし、「Σオーディオケーブル」という専用ケーブルが必須で、TRIOの一部の高級機だけに採用されただけであった。
妥協の産物、シグマドライブtypeB
シグマドライブtypeBは、シグマドライブ理論から言えば、後退への折り返し地点であった。センサーケーブルによって、オーディオケーブルの伝送劣化を改善できるのに、そのセンサーケーブルをTypeBで捨ててしまったからだ。高性能な純正Σドライブである「4本接続」よりも、性能が劣化した「簡単な2本」をTRIOは選ぶことになるのは、利益を追求する会社としては辛い妥協点だった。4本結線方式を捨て、「通常の」2本接続として、内部の構造だけは「シグマドライブ」という妥協の産物「シグマドライブtypeB」を登場させたのである。
この名称「TypeB」も名称としても消えてしまう。しかし、シグマドライブで生まれた理論、設計思想はTRIO=KENWOODの機器の中で生き続ける。基本、TRIO-KENWOODのオーディオ商品はロープライスなものでも、出力インピーダンスが低いものが多い。アキュフェーズの機器も同様で、アンプはどれもDF値が最低でも500前後はあり、他メーカーに比べて出力インピーダンスは低い。
消えていった純正の4本結線のΣドライブ機器
「シグマドライブ」はオーディオ全盛期に生まれた「技術志向に特化した規格」だった。最終的は撤退したとはいえ、「接続するケーブル先端までの性能を保証する」という実際の接続したときの性能までをつきつめた「Σドライブ機器」は、オーディオ機器の一つのエポック的な存在であった。
最後にシグマドライブ機器を世に生み出したTRIO-KENWOODに敬意を表したい。
▲ SU-A4(Technicis)1978年 定価 200,000円
▲ P-309(ONKYO)1983年 定価 250,000円
<欄外> L-08C以外のプリアンプを探すなら何がいい?…L-08Mのプリアンプ候補
L-08Mはパワーアンプであるから、プリアンプを変えることができる。2つのシグマ接続の一翼を担う、L-08Cがプリアンプとして使うのがベストではある。しかし、L-08Cは性能は高いが、樹脂製の個体は傷つきやすく、実際の使用にはスライド式+Fader操作は、人によっては使いにくい。
そこでL-08C以外で、L-08Mをスピーカー横に設置することができる、出力インピーダンスが低いプリアンプを探してみよう(発売時期が近い世代)。
L-07CII:出力インピーダンス10Ω。最有力候補は、やはりTRIOのL−07CⅡとなるだろう。08の一世代前の直系の設計思想であり、親和性は高い。ライズタイム0.1μSという数値は、プリアンプ史上最強の高速アンプであり、07CIIは08Mを接続にお薦めできる組み合わせだ。
SU-A4:出力インピーダンス0.2Ω。テクニクスの名プリアンプで、L-08Cの次に出力インピーダンスの低い(駆動力が強い)。もちろん、パワーアンプのSU-A3と組むことを前提に設計されているが、テクニクスもパワーアンプをプリから離して設置できるようにも設計されたプリアンプ。シグマドライブなしでの出力インピーダンス0.2Ωは、さすがの高性能プリアンプである。 後継機の「SU-A4mark2」下位機種「SU-A6」も、出力インピーダンスがそれぞれ2Ωと、テクニクスのプリアンプはプリ出力が強力なものが多い。
P-309:スーパーサーボ接続。オンキョーのP-306系も候補にして良いが、名機として有名なのが、その上位機種となるP-309。オンキョーのセパレートアンプは、「ダブルスーパーサーボコード」というプリとパワーを専用ケーブルで接続する方式を採用している。これはシグマ接続に近いシステムと言える。P-309はプリアンプとしては異常とも言える、A級5Wクラスの出力を持ち、これだけでパワーアンプになれるほどの強力なプリアンプ。ただし、「スーパーサーボコード」は、あまり長いものはないので(長く延長して伸ばすことを想定していない)、パワー・アンプをSPの近くに置くのは難しいかもしれない。