タナイスのその他生物学的研究の成果.
last update: 201xxxxx
タナイスは,軟甲綱(Class Malacostraca)という甲殻類の一群に含まれています.軟甲綱の他のメンバー,エビやカニ,シャコ,ワラジムシなどに比べると,残念ながら現時点の,現時点のタナイスの知名度は非常に低いです.このままではタナイスが科学界から,「ああ,甲殻類のなんかよくわからんマイナーグループね」と,ジャ〇ーズに所属している影の薄い人みたいな扱いを不当に受け続ける可能性があります.(そんな人がいるのか知りませんが)
甲殻類の一味としてではなくタナイスを見てもらうには,彼らの興味深い側面を色々知ってもらう必要がありましょう.しかしタナイス屋は記載が大好き,他のことをあまりしようとしないため,楽しい報告が集まっていないのです.
ないのならばつくればよい,というのが正しい表現かわかりませんが,以下,私や共同研究者が明らかにしたタナイスおもしろ現象(のタネ)などを紹介していきます.
タナイスもじつは手をする足をする? というか音を出す?
節足動物の音というと,夏のセミや,秋の虫の鳴き声などが思い浮かぶことでしょう.しかし水中の節足動物,甲殻類の仲間にも,音を鳴らすものが多く知られています.
たとえば,テッポウエビの仲間はハサミでパチンという音を鳴らします.集団でパチパチやる音は,天ぷらを揚げるときの音に例えて,「テンプラノイズ」と呼ばれています.彼らはsnappingという方法で音を鳴らします(cf. Versluis et al 2000).ハサミを高速で閉じる際に,プランジャー(凸部)がソケット(凹部)に入って音が鳴ります.ここにある動画がとてもわかりやすいです.
またrubbing/strigulating,つまり摩擦により音を鳴らす方法も知られています.カニではハサミ同士,ないしはハサミと背甲(甲羅)を擦りあわせて音を出すものなどが知られます(Guinot-Dumortier & Dumortier 1960).近年では水生等脚類からも発音機構が見つかり,研究が進められています(Nakamachi et al. 2015).
さらにはstick-and-slip sound productionという発音様式も知られています.これはバイオリンの弦を弓で引いて鳴らすような方法になります.イセエビ類のあるものが,この様式で第1触角と第2触角の基部をこすり合わせてギイギイ鳴くことが知られています(Patek 2001, 2002).
では,そろそろタナイスの話です.
Nesotanais属には,オスのハサミの第3節の「外側」に洗濯板のような溝の列を持つ種が知られていました(N. rugula).同種ではさらに,第5節の一部が後方に伸び,その先端にあたかも上記の溝列に対応するような爪構造が確認されていました.なんとも不思議な構造です(きっとイメージが困難でしょう,いつか写真か図を用意しますので「気長に」お待ちください).このタナイスの記載者のBamber et al. (2003) は,この構造の役割について以下のように考えました.
「この構造は,オスによるコミュニケーションのための摩擦音を出すのに使われているかもしれない...」
「でももっとありそうなのは,(ハサミを)固定しておく装置としての機能だろうね」
まじか.
私には(ハサミを開いたまま?)固定しておく装置が何の役に立つのか想像できないのですが,ともあれ彼らはそう考えたようです.
そして時が流れ,2010年,私は沖縄島からNesotanais属の新種を報告しました(N. ryukyuensis).本種のオスにはしかし,ハサミ第3節の外側に溝構造が見られませんでした.その代わりに(?),ハサミ第4節と第5節の「内側」に溝の列があることがわかったのです(図1).なおN. rugulaのタイプ標本の再観察の結果,見落とされていただけで同様の構造があることがわかりました.(タイプ標本とは,新種に名前を付ける際に,実際観察に用いた標本のことを言います)
図1. Nesotanais ryukyuensisのオスのハサミの一部(内側).黒矢頭,第4節の溝構造; 白矢頭,第5節の溝構造.
左右のハサミの内側,つまり向かい合って存在する溝の列.生きた個体に,「なんかのろのろとハサミをすり合わせているような行動」が確認できたこと(cf. Kakui et al. 2010: appendix),今回見つけた構造が,とあるカニの摩擦音器(Boon et al. 2009)にとても似ていたこと,このことから私は,この構造を摩擦音器だろうと判断しています.
実際に音が鳴っているのか,音が鳴っているとして何のために使われているのか.まだまだ確かめなくてはならないことは多いですが,
「タナイスも音を出すっぽい」という形態・行動に関するお話でした.
論文:Kakui et al. (2010)
海を泳がず海を越えた?
タナイスのほとんどの種は海に住んでいます.しかし,いくつかのグループは汽水域に住んでいます.汽水域とはざっくり言うと,淡水と海水の混ざった場所のことを言います(河口域など).
汽水域のタナイスには海水域から見つかる種も含まれますが,汽水域にしかいない種が多いようである.また,タナイスは浮遊幼生期を持たず分布拡大能力が低いと言われているので,各地の汽水域の種は,その地域の固有種である場合が多いようである.以上が今のところのタナイス業界の理解になります.
さてさて,そんな汽水生タナイスの一つに,Halmyrapseudes属が挙げられます.2013年に記載したH. gutui のほかこれまでに計7種が記載され,以下のような分布をしています:中米,南米(大西洋側),南アフリカ,マダガスカル,スリランカ,インド,タイ,インドネシア(図1).
図1. Halmyrapseudes属の世界的な分布.赤丸,報告地点.GMT5 (Wessel et al. 2013) により作成.
・・・.
なるほど,Halmyrapseudes属のタナイスは,空が飛べるとみた!
浮遊幼生期を持たず,汽水域にしか生息しないHalmyrapseudes属のタナイスにとって,アメリカとアフリカを隔てる大西洋横断は難しそうです.しかし過去に遡ると彼らにも横断のチャンスが出てきます.
現在離ればなれに見える南アメリカ,アフリカ,マダガスカル,インド,スリランカは,過去,ひとつの大陸の一部でした.その大陸はゴンドワナ大陸と呼ばれ,オーストラリア,ニュージーランド,南極も含まれています.詳しい流れは割愛しますが(詳しくはWikipediaやChatterjee et al. (2013) などを参照ください.),Halmyrapseudes属の分布に関係する部分だけざっくり言うと,1億7000万年前くらいから始まったゴンドワナ大陸の分裂と大陸移動により,南米はアフリカと離れ北中米に繋がり,インドはアフリカと離れた後,ユーラシア大陸にぶつかり,現在の配置になったとされています.
つまり,Halmyrapseudes属は大陸に乗って大西洋を越えたのかもしれない,と考えたわけです.
ゴンドワナ大陸起源じゃないか,と言われている動物は実は色々います.特に淡水魚のいくつかのグループは,Halmyrapseudes属の分布とよく似た分布を示し,系統関係からもゴンドワナ大陸起源ではないかと考えられています(cf. Kakui & Angsupanich 2013).
浅海域での大絶滅イベントをどう切り抜けたのかなど,突っ込みどころはありますが,「ゴンドワナ大陸起源のタナイス類がいるようだ」というのは一つの仮説として,汽水生のHalmyrapseudes属の分断分布を説明しうるものだろうと考えています.
この話には少しおまけがあります.
ゴンドワナ大陸の残りの部分のオーストラリアと,続くメラネシアに,実はHalmyrapseudes属にとてもよく似たPseudohalmyrapseudes属というのが分布しています.さらに,まだ数点しか採集報告がないのでなんとも言えないのですが,2属の分布が有名な生物境界線であるウォーレスラインに隔てられているように見えるのです.
以下はただの妄想に過ぎないのですが...もしかしたら2属の共通祖先はゴンドワナ大陸にいたかもしれない.両者は大陸移動によりユーラシアとオーストラリアという離れた場所にたどり着いたものの,Halmyrapseudes属がスンダランドを南下し,Pseudohalmyrapseudes属がオーストラリアから北上した結果,現在ウォーレスライン周辺で再び相見えているのかもしれない....
誰か興味があれば是非研究してみてください.笑
論文:Kakui & Angsupanich (2013)
タナイスの寄生虫
寄生性生物,いわゆる寄生虫が寄生する対象生物のことを宿主といいます.寄生虫には宿主として特定の種のみを用いるものが多く,このことから宿主の種数だけ寄生虫の種数がいると言われることもあります.
また,寄生虫には最終的な宿主(終宿主といいます)に寄生する前に,別の宿主(中間宿主といいます)を利用する,つまり一生のうちに複数の動物種に寄生するという種が多く含まれています.(中間宿主から終宿主へは,前者が後者に食べられることなどで移動します)
タナイスは現在までに1200種程度が知られます(Anderson 2013).また,浅海域では1平方メートルあたり1万匹を超える高密度になることもよくあります(cf. Larsen et al. 2015).
割と種数がいて個体数も多いタナイスですが,実はあまり寄生虫の報告が有りません.この現状は,タナイス寄生性生物が少ないことを意味しているのではなく,ひとえに研究の遅れを反映しているものと思われます.もしかしたら非常に重要な中間宿主であるタナイスもいるかもしれない.(ヒトに寄生し死を招くこともある肺吸虫という寄生虫の中間宿主はカニ類でした)またタナイスに関わるあらゆることは私の守備範囲(にすべく頑張っているところ).そんな思いから,寄生虫だってやってみよう,とやれる範囲で扱ってきました.
これまでに以下のタナイス寄生性生物を報告してきました.順に紹介します.
1. 吸虫類
吸虫とは扁形動物門に含まれる動物群で,ざっくり言うとプラナリアなどに近縁な寄生虫になります.ヒトに寄生してしまった際に,ヒトを死に至らしめることのある種も知られています.吸虫のうち二生類と呼ばれるグループは一般的に次のような一生を送ります(Poulin & Cribb 2002).
1.終宿主から放出された卵が孵化してミラシジウムという段階になり,第1中間宿主に寄生
2.第1中間宿主からセルカリアという段階で脱出,第2中間宿主に寄生
3.第2中間宿主内でメタセルカリアという段階に成長,宿主ごと捕食されることで終宿主に寄生
第1中間宿主の多くが巻貝であるのに対し,第2中間宿主として用いられる動物群は多岐にわたっており(cf. Cribb et al. 2001; Lefbvre & Poulin 2005),そのことが二生類吸虫の全生活史の記載を困難にさせている原因の一つと言えます.
私は2014年,世界で初めてタナイスの体内から吸虫のメタセルカリアを報告しました(図1).限定的な形態観察と複数遺伝子のDNA配列の決定を行った結果,主として終宿主に鳥類を用いるMicrophallidaeという科に含まれるであろうことを明らかにしました.
論文公表後,北米でもタナイス寄生メタセルカリアを採ったことがあるとの連絡を研究者から受けました.今回の報告を皮切りに,今後色々なタナイスから吸虫類が見つかってくるかもしれません.
論文:Kakui (2014)
2. 繊毛虫類
図1. タナイスに寄生するメタセルカリア(矢頭).
繊毛虫とは,全身に繊毛という構造を持った単細胞生物,でよいのでしょうか(弱気).申し訳ないですがよく知らないグループです.理科の授業で出てきたラッパムシやツリガネムシなどの固着するものや,ゾウリムシなどの動き回るものが含まれる動物群です.タナイスの飼育水槽にはしょっちゅう動き回る繊毛虫が湧きます.ぐぬぬ.
私は,ミサキクビレタナイスの体表に固着性の繊毛虫が付いているのを報告しました.種名はおろか,科すらも同定せず(できず),ただ付いてたよというだけの素朴な報告です.
実は,タナイスのみならず小型の甲殻類の体表には,固着性繊毛虫がよく見つかります.気づかずに繊毛虫ごとDNA抽出操作をしてしまい,実験に失敗することも時々あります...そんなありふれた繊毛虫ですが,タナイスの体表から見つかった種としては,これまで3種が記載されているにすぎません(Lang 1948; Fernandez-Leboranz 2009).宿主特異性の有無など全く知らないのですが,さすがにもう少し種数がいそうな気がします.
論文:Kakui & Kohtsuka (2015)
図1. ミサキクビレタナイスの頭胸部腹側に寄生する繊毛虫類(矢印).
3. カイアシ類
カイアシ類,特に寄生性カイアシ類(奇コペ)はステキ甲殻類です.詳しくは別ページをご覧ください(あまり詳しくありませんが).寄生性カイアシ類はこれまでに数千種類が記載されていますが(Boxshall 2005),タナイス寄生性種はニコテ科Nicothoidaeに属する2種,Rhizorhina tanaidaceae Gotto, 1984 と Arhizorhina mekonicola Bamber & Boxshall, 2006の報告に限られ,それもそれぞれ1個体,計2個体が世界中で知られる全タナイス寄生性カイアシ類でした(Gotto 1984; Bamber & Boxshall 2006).
なんというレアさ.やばすぎる.きっと採らぬまま私はじじいになるのだろう...
と思っていたら,2014年に採れてしまいました.2種も.
そんなわけで,私は以下の新種を記載しました.
1. Rhizorhina ohtsukai Kakui, 2016
2. Rhizorhina soyoae Kakui, 2016
それにしても丸い(図1).付属肢という付属肢が退化しています(小さな丸い球は卵の詰まった袋です).既知種は,なんと体の形(丸いか四角いか)とサイズ,生殖孔の位置のみで区別されていたため(Boxshall & Harisson 1988),私もそれに概ね倣ったのですが,将来的な分類上の困難が予見されたので,DNA配列情報の決定も行いました.
世界3例目,北太平洋初のタナイス寄生性カイアシ類の報告であると同時に,私にとって初めての非タナイスの新種記載論文(私が主著者の)となった,思い出深い研究です.
論文:Kakui (2016)
図1. A-C Fageapseudes sp. に寄生するRhizorhina soyoae(固定前); D-F Leptochelia sp. に寄生するRhizorhina ohtsukai(固定前).スケール: 1 mm (A-C), 0.5 mm (D-F).