タナイスの記載分類の成果について.
last update: 20190925
タナイスはこれまでに世界から1400種あまり(Anderson 2016),日本からは100種程度が記録されています(Kakui 2016).しかし近年も続々と未記載種(名前の付いていない種類;新種)が報告されており,記載分類学の盛んな動物群です.
ザクザク新種が見つかるのか,それは楽な動物群だな,とはならない事情がタナイスにはあります.タナイスでは,未だに全てのパーツについて解剖・観察・スケッチを行い,複数の相違点を組み合わせて他の種から区別する必要があります.
もう少し具体的に言うと,米粒大のタナイスの体から触角(2対),顎(7種類),ハサミ(1対),歩脚(6対),遊泳脚(5対),尾肢(1付)を針で外し,全てのパーツの長さを測り,毛・トゲの数を数え,スケッチを描く,ということを行います.個体変異もあるので,たくさん採れた場合はたくさん観察した方がよいです(スケッチはしませんが).その結果を元に,差異として使えそうな特徴を拾い出します.
1種の同定・記載にめちゃくちゃ時間がかかります.
写真ではダメなのか,という声が上がりそうですね,私も写真でやれればよいと思います.しかし,毛の重なった部分がうまく観察・撮影できないなど,まだタナイスではうまくいっていません.ただ,将来的には写真を用いたうまい方法を開発する必要があると考えています.
さてさて,まぁ論文の裏側は置いておいて.ここでは私の記載したタナイスについて,科ごとに軽く説明していきます.ひとまず,新種記載を含むものだけ.
Anarthruridae
Pseudozeuxidae
Tanaopsidae
Tanaididae
0. 記載した新種(太字)・再記載・新組み合わせ提唱等した属・種のリスト
(掲載受理されているもののまだ出版されていない論文中の新種は,種名を「????」にしてあります)
(新属設立 3; 新種記載 18; 再記載 6)
APSEUDOIDEA アプセウデス上科(仮称)
Apseudidae アプセウデス科
Paradoxapseudes shimojiensis Kakui & Fujita, 2020 シモジアプセウデス
Kalliapseudidae カリアプセウデス科
Phoxokalliapseudes tomiokaensis (Shiino, 1966) (comb. nov. in Kakui & Hiruta 2014) トミオカカリアプセウデス
Pagurapseudidae パグラプセウデス科(仮称)
Indoapseudes bamberi Kakui & Naruse, 2015
Parapseudidae パラプセウデス科(仮称)
Halmyrapseudes cooperi (Brown, 1954) (in Kakui & Angsupanich 2013)
Halmyrapseudes gutui Kakui & Angsupanich, 2013
Halmyrapseudes killaiyensis (Balasubrahmanyan, 1962) (in Kakui & Angsupanich 2013)
Sphyrapodidae アシナガアプセウデス科
Kudinopasternakia balanorostrata Kakui et al., 2007 エダスアシナガアプセウデス
Pseudosphyrapus cuspidiger Kakui & Kajihara, 2011 トンガリアシナガアプセウデス
Pseudosphyrapus quintolongus Kakui et al., 2007
PARATANAOIDEA パラタナイス上科(仮称)
Agathotanaidae クビレタナイス科
Agathotanais misakiensis Kakui & Kohtsuka, 2015 ミサキクビレタナイス
Agathotanais toyoshioae Kakui & Kohtsuka, 2015 トヨシオクビレタナイス
Anarthruridae アナルスルラ科(仮称)
Tsuranarthrura Kakui & Tomioka, 2018
Tsuranarthrura shinsei Kakui & Tomioka, 2018
Leptocheliidae ホソツメタナイス科
Parakonarus kajii Kakui et al., 2019 ハリダシカマキリタナイス
Nototanaidae ノトタナイス科(仮称)
Birdotanais Kakui & Angsupanich, 2012
Birdotanais songkhlaensis Kakui & Angsupanich, 2012
Nesotanais rugula Bamber et al., 2003 (in Kakui et al. 2010)
Nesotanais ryukyuensis Kakui et al., 2010
Nototanoides ohtsukai Kakui & Yamasaki, 2013
Paranesotanais longicephalus Larsen & Shimomura, 2008 (in Kakui & Yamasaki 2013)
Pseudozeuxidae チヂミタナイス科
Haimormus Kakui & Fujita, 2018 アシナシチヂミタナイス属
Haimormus shimojiensis Kakui & Fujita, 2018 シモジチヂミタナイス
Tanaopsidae タナオプシス科(仮称)
Tanaopsis japonica Kakui & Shimada, 2017
Teleotanaidae マダラタナイス科
Teleotanais madara Tanabe & Kakui, 2019 マダラタナイス
TANAIDOIDEA タナイス上科(仮称)
Tanaididae タナイス科
Arctotanais alascensis (Richardson, 1899) (in Kakui et al. 2012) キタタナイス
Hexapleomera sasuke Tanabe & Kakui, 2019 シノビウラシマタナイス
Hexapleomera urashima Tanabe et al., 2017 ウラシマタナイス
???? xx et al., 2020?
Pagurapseudidae パグラプセウデス科(仮称)
アプセウデス上科に属する,第1歩脚がひょろ長く棒状になっているグループです.歩行型ともいうべき上記特徴は,タナイスの進化を考える上で重要だと言われています.PagurapseudinaeとHodometricinaeの二つの亜科に分けられます.
私は以下の種を記載しました.
1. Indoapseudes bamberi Kakui & Naruse, 2015
1.Indoapseudes
体がゴツゴツした骸骨みたいなグループです.ハサミや第1歩脚に外肢があるか,鰓室が発達するかなどの形態で同じ亜科の他の属から区別できます.サンゴ礁から主に報告されています.
Indoapseudes bamberi は西表島船浦湾の水深30mから採集されました.2015年2月に他界したタナイスレジェンドの一人,英国のRoger Bamber博士に献名しました.体長2.5ミリ強,正式な報告としては日本初のPagurapseudidaeのタナイスになります.本種の執筆中だったか査読中だったかに,台湾産の同属の新種記載論文の知らせがもたらされ,久しぶりに大いに肝を冷やしました(運よく別種でした).西表島からは別種とみられる個体を採集できています.南日本からもう少し種数が出るかもな,という印象です.
もう片方の亜科も実はたくさん採れているので,早く手をつけねばなりません...
Indoapseudes bamberi (メス;固定後)
論文:Kakui & Naruse (2015).
Parapseudidae パラプセウデス科(仮称)
アプセウデス上科に属する,体にほとんど棘の無いつるっとしたグループです.浅海域で多様性が高く,汽水生のグループも含まれます.
私は以下の種を記載しました.
1. Halmyrapseudes gutui Kakui & Angsupanich, 2013
1. Halmyrapseudes
汽水域(マングローブ林)から報告されるグループです.第1触角の外鞭が2節,腹部背側の剛毛列が全ての腹節に存在していればこの属になります.成熟したオスは3本の突起が途中に生えた特徴的なハサミを持っています(H. cooperiとH. spaansiを除く).
Halmyrapseudes gutui はタイのLidee島のマングローブ林から採集されました.タナイスレジェンドの一人である,ルーマニアのModest Guţu博士に献名しました.体長4ミリメートル弱,もっと大きい気がしていたのですが...採れる場所ではかなり大量に採れるようで,9,987個体/m2という報告があります(Phetchaiya 2009).この属は,汽水生ながら中南米,南アフリカ,マダガスカル,インド・スリランカ,東南アジアという飛び地的な分布をしています.論文中では,この離ればなれの分布について少し議論を行っています.
Halmyrapseudes gutui (オス;固定後)
論文:Kakui & Angsupanich (2013).
Sphyrapodidae アシナガアプセウデス科
アプセウデス上科に属する,第1歩脚がびよーんと長くなっているグループです.そんなわけでアシナガアプセウデス科という和名をつけました(in Kakui & Kajihara 2011).第2触角も2節と4節がびよーんと長くなっています.私の大好きなグループです.大陸棚以深を分布の中心としますが,浅海からの記録もあります(e.g. Hansen 1913;Guţu 2002;Bamber & Marshall 2013).日本からは4種が知られます(Kakui & Kajihara 2011;Błażewicz-Paszkowycz et al. 2013).
私は以下の種を記載しました.
1. Kudinopasternakia balanorostrata Kakui et al., 2007
2. Pseudosphyrapus cuspidiger Kakui & Kajihara, 2011
3. Pseudosphyrapus quintolongus Kakui et al., 2007
1. Kudinopasternakia エダスアシナガアプセウデス属
本属は,ソ連のタナイス研究者,Rosalia Kudinova-Pasternak博士に献名された属名です.3節の大顎髭と,第2触角に偽鱗節(pseudosquama)を持っていればこの属になります.大陸棚以深からのみ報告のある,深海生グループです.
Kudinopasternakia balanorostrata
Kakui & Kajihara (2011) でエダスアシナガアプセウデスという和名をつけました.エダスとは,釣りの仕掛けの枝ハリスの略称で,本属の偽鱗節が第2触角から生える様が,枝ハリスとハリスの関係に思えたことに因みます.本種は東シナ海の水深646-1058 mから確認しています.東シナ海の深場は結構曳きましたが,なかなか採れない種類で,私も10個体程度しか持っていません.体長5 mm程度.人生で初めて記載した種類の一つ(P. quintolongus と同じ論文中で記載しました)です.メス1個体に基づき記載し,のちにオスと幼体の記載を追加しました(Kakui & Kajihara 2011).深海生のあまり採れない種類にはよくある話ですが,やはりちゃんと揃えて書きたいものです.
Kudinopasternakia balanorostrata (オス;固定前)
2. Pseudosphyrapus ヒゲアシナガアプセウデス属
本属は3節の大顎髭は持つものの第2触角に鱗節(squama)も偽鱗節もないという特徴があります.本属も深海生グループになります.
Pseudosphyrapus cuspidiger
トンガリアシナガアプセウデスという和名をつけました.腹部側縁,額角(頭部先端部)がとがっていることに因みました.本種は東シナ海1042-1018 mから採集した3個体しか知られていません.(追記:2014年に同海域水深1500 mからさらに1個体が採集されました)体長3 mm程度.同海域には下で述べる同属のP. quintolongus が大量に産します.本種とP. quintolongus の分かりやすい区別点を以下に示します(カッコ内P. quintolongus).
第5腹節の側方突起が第3, 4腹節のものより短い(明らかに長い)
第1歩脚基節の末端に太い剛毛がある(細い剛毛)
性的二型の完成したオス個体も採集できておらず,追加のサンプルが望まれる種です.
Pseudosphyrapus cuspidiger (メス;固定後) 写真もへなちょこだ...
Pseudosphyrapus quintolongus
人生で初めて記載した種類の一つです.和名はまだありません.第5腹節の側方突起が他の腹節のものに比べて長いという特徴があります.東シナ海の300くらいから1150 mくらいまで知られ,時に爆発的に採れる種類です.太平洋側からも広く採集できているのですが,雄の性的二型に違いがあるように感じられるので,慎重に研究する必要があると考えています.体長3 mm程度.いやー,どいつもこいつも小さいなぁ.
Pseudosphyrapus quintolongus (メス;固定後)
論文:Kakui et al. (2007); Kakui & Kajihara (2011)
Agathotanaidae クビレタナイス科
タナイス亜目パラタナイス上科に属するグループです.本上科のほとんどのタナイスは,ハサミが頭胸部の腹側面に接続しているのですが,クビレタナイス科は頭胸部の腹面に接続するという特徴があります.本科は加えて,頭胸部が縦長である,口器を構成する上唇という構造が前方に突出しない,メスの腹節が胸節や腹尾節より細くなるといった特徴を持ちます.腹部が細くくびれているように見えることから,「クビレ」を和名に付けました.
私は以下の新種を記載しました.
1. Agathotanais misakiensis Kakui & Kohtsuka, 2015
2. Agathotanais ohtsukai Kakui & Kohtsuka, 2015
1. Agathotanais クビレタナイス属
第2触角が1節もしくは2節であるクビレタナイスです(他のクビレタナイス類は5節以上).体がやや黄色っぽく見えることが多いように思います.かなり硬い筒のような形をしたタナイスです.
Agathotanais misakiensis
採集地である神奈川県三崎沖に因んで学名をつけました.
Agathotanais toyoshioae
2014年の豊潮丸(広島大)航海で採集された標本に基づき記載しました.
標本を採集いただいた,練習船豊潮丸に献名しました.
(作成中)
論文:Kakui & Kohtsuka (2015)
Nototanaidae ノトタナイス科(仮称)
タナイス亜目パラタナイス上科に属するグループです.パラタナイス上科のメンバーの多くはぱっと説明するのが難しいのですが,この科は特にややこしいです.というのもTanaissuidae科という超近縁な科がいて,2科に分けるべきか,まとめるべきかの議論真っ只中にあるからです.判別形質を並べるとみなさん目が回るので,ここでは割愛します.
私は以下の新種を記載しました.
1. Birdotanais songkhlaensis Kakui & Angsupanich, 2012
2. Nesotanais ryukyuensis Kakui et al., 2010
3. Nototanoides ohtsukai Kakui & Yamasaki, 2013
1. Birdotanais
私が人生初めての新属として設立した属です.属名はニュージーランドのタナイス研究者で,ノトタナイス科を精力的に研究している,Graham Bird博士に献名しました.本属は腹肢内肢の内側中央に1本の羽状剛毛を持ち,ノトタナイス科の進化を考える上で面白い属です(ああマニアック・・・).タイのソンクラー湖の汽水域から採集された,B. songkhlaensis 一種のみを含みます.
Birdotanais songkhlaensis
私にとって初めてとなる,海外研究者との共同研究の成果として記載できた種です.ほぼ人生初海外となるタイの調査は色々大変でしたが,本当に行ってよかった.種小名は採集地である,Songkhla湖に因みます.体長2 mm.オスのハサミがちゃんとしたハサミ型ではなく鎌形に近くなっています(subchelate).オスの平たい頭胸部がキュートなタナイスです.
Birdotanais songkhlaensis (上,メス;下,オス;固定後)
2. Nesotanais
本属は日本最強のタナイス学者,故椎野季雄博士が設立した属です.細かいノトタナイス科の別属との違いはKakui & Yamasaki (2013) に譲るとして,オスのハサミが途中から内側に90°ねじれている変な属です.世界から4種,日本からは1種が報告されます(Kakui et al. 2010).
Nesotanais ryukyuensis
採集地である沖縄(琉球)に因んで学名をつけました.汽水域から採集されます.体長1.8 mm.本種の採集地については,小澤宏之さん(沖縄県環境科学センター)にアドバイスをいただきました.本種のオスは両ハサミの内側に洗濯板のような溝を持っていて,音を鳴らす可能性があると考えています(詳しくはこちら).また生殖様式も,未確認ながら,面白い可能性があります.そんなわけで,個体数を稼ぎたくて,友人たちに迷惑をかけながら何度もおどろおどろしい採集地へ赴きましたが,記載までにオス個体は1個体しか得ることができませんでした.その数年後,やっとたくさん採れる場所を見つけ,本種の行動と生殖に関する研究をするための準備が出来た段階にあります.いつやるか?!今ではありません...
Nesotanais ryukyuensis (上,メス;下,オス;固定後)
3. Nototanoides
腹部側縁に剛毛列を持つ,珍しいパラタナイス上科のグループです.メキシコ湾と日本近海からそれぞれ1種ずつが知られています(Sieg & Heard 1985; Kakui & Yamasaki 2013).
Nototanoides ohtsukai
本属2種目の種です.本種は2008年の蒼鷹丸(中央水研)航海,2011年の豊潮丸(広島大)航海で採集された標本に基づき記載しました.私が参加させて頂いた豊潮丸航海の主席研究者であり,非常にお世話になっている広島大学の大塚攻先生に献名しました.体長2.7 mm.屋久新曽根という海域から採れました.曽根とは,ざっくり言うと海底がにゅっと高くなった「山」の頂上付近,浅くなっている場所のことを言います.といっても水深155-201 mなのですが.触角の形態や口の形態に既知種との差を見出しました.ノトタナイス科の種にはあまり棘とか剛毛とかが生えてなくて,差異を見出すのに経験値が必要だと感じます.見つかってしまえばなんだそんな簡単な違いか,というのが少なくないのですが.
Nototanoides ohtsukai (上,メス;下,オス;固定前)
論文:Kakui et al. (2010); Kakui & Angsupanich (2012); Kakui & Yamasaki (2013).
Tanaopsidae タナオプシス科(仮称)
(作成中)
論文:Kakui & Shimada (2017)
Tanaididae タナイス科
(作成中)
論文:Tanabe et al. (2017)