東京湾は,内湾で波も穏やかな遠浅の海が広がり,沿岸域には広範囲に干潟が広がっていた.特に1960年代以降の高度経済成長に伴い,沿岸の干潟域は工業用地や住宅用地に転用するため大規模に埋め立てられた.現在は元来の干潟面積の10%程度しか残っていない.残存する自然干潟は,三番瀬,葛西三枚洲,盤州干潟,富津干潟などであり,そこは現在もアサリの潮干狩り場として利用され,首都圏近傍にある身近な干潟である.
しかし,東京湾には,実のところ小さな干潟がもっと身近にたくさんある.それは東京湾の千葉県側沿岸に位置する人工水路にある干潟である.千葉県側では,埋立地の造成に際し,旧海岸線と埋立地の境界部に幅20~40 m の干潟を残して埋立地側に護岸を造成した(図).その理由として,市街地と工業地域を分離し,後背地の排水機能を維持するためとも言われている.そこが結果として小さな人工水路となり,満潮時には海水により水かさを増すが,干潮時には見事に干潟となる.また二次的にヨシ群落を含む小規模な塩性湿地や泥干潟が非意図的に形成されている.
この都会の身近にある小さな人工水路には,実は東京湾では絶滅危惧に瀕している「貝類」や「カニ類」が多く生息している.これらの「貝類」や「カニ類」は,生息場として塩性湿地が必要なものが多い.これらの人工水路は希少種が生息する湿地として,環境省「日本の重要湿地500」の「生物多様性の観点から重要度の高い湿地(養老川から富津の水路)」の一つとして選定されている.また海洋の生物多様性保全と持続可能な利用の推進に資することを目的に,環境省「生物多様性の観点から重要度の高い海域(養老川河口周辺)」として選定されている.
ここでは人工水路干潟を中心に,大都市の身近にある東京湾の干潟を案内したい.近所にお住まいの方はふらっと散歩がてらに,東京都にお住まいの方でも電車や自家用車で,1時間程度で足を伸ばせば出会える干潟である.各干潟の案内には,最寄り駅や公園などを掲載したので参考にして頂ければと思う.またここでの絶滅危惧種は「環境省版海洋生物レッドリスト2017」,「環境省版レッドリスト2017(貝類)」,「干潟の絶滅危惧動物図鑑―海岸ベントスのレッドデータブック(日本ベントス学会編:2012年)に従った.