02. 研究テーマ

動物(特に両生類)を対象とする遺伝・進化学全般に興味を持っています。これまでに様々な対象種で、系統解析から比較ゲノムまで、様々な手法を取り入れつつ研究を行ってきましたが、中心となる興味は、生物進化の実態をゲノム、遺伝子の情報から解明することです。

1. 生物の環境適応とゲノム進化

近年の気候変動からも明らかなように、生物の進化史は変動する環境への適応の連続であったことは間違いありません。また同時にそれぞれの生物で独自の戦略でそれらの変動を乗り越えた結果、固有な生態を獲得していると考えています。ゲノム情報が比較的簡単に手に入れることが可能になった今、種生態からゲノムまで、幅広いアプローチによって、生物進化の実態を追究することが可能になっています。そこで、様々な環境に生息する生物の固有性を明らかにするとともに、現状で可能な限り先端的なツールを用いて、それらの遺伝的基盤を明らかにすることを目指しています。

2. 両生類における分子系統・系統地理学的研究

両生類は水中生活の魚類から陸に上陸した最初の脊椎動物であり、3億年以上の古い起源を持つ動物です。それゆえ、形態や生態も多様に進化しています。私はこれらの多様性がどのように獲得されてきたのか、あるいは、どのような環境変化によって引き起こされたのかについて興味があります。これまでは、主にミトコンドリア遺伝子あるいは、核のいくつかの遺伝子を用い、それらの変異に基づいて系統関係を調べてきました。現在は、ゲノム配列を用いたより大規模なデータでの研究を実施しています。

関連論文

  • Robust molecular phylogeny and palaeodistribution modelling resolve a complex evolutionary history: glacial cycling drove recurrent mtDNA introgression among Pelophylax frogs in East Asia. Komaki, S., Igawa, T.*, Lin, SM., Tojo, K., Min, MS., and Sumida, M. 2015 Journal of Biogeography. 42:2159-2171

  • Complete mitochondrial genomes of three neobatrachian anurans: A case study of divergence time estimation using different data and calibration settings.. Igawa, T.; Kurabayashi, A.; Usuki, C.; Fujii, T.; and Sumida, M. 2008. Gene 407:116-129

  • Molecular phylogenetic relationship of toads distributed in the Far East and Europe inferred from the nucleotide sequences of mitochondrial DNA genes.. Igawa, T.; Kurabayashi, A.; Nishioka, M.; and Sumida, M. 2006. Molecular Phylogenetics and Evolution 38:250-260

3. 西南諸島に産する両生類の進化・遺伝的多様性の解明と保全遺伝学

-西南諸島産両生類における集団・保全遺伝学

(概要) 西南諸島(鹿児島県の大隅諸島から沖縄県の八重山諸島までの島々)は、日本産両生類62種11亜種のうち、8種3 亜種の固有な両生類が生息する進化のホットスポットです。陸地面積から考えれば、驚くべき多様性ですが、 残念なことに、陸地の狭い島々では元々個体数が少なく、最近の土地開発などの影 響で、すでに6種が絶滅危惧種に指定されています。個体群における遺伝的多様性は生物種の存続に非常に重要です。個体群の遺伝的分化についてメカニズムを解明し、生物種の保護に関わる基礎的なデータを提示することを目的に研究を行っています。

イシカワガエル種群で明らかになった対称的な遺伝的集団構造 (Igawa et al., 2013)。

12のマイクロサテライト遺伝子座に基づく系統樹をGeoPhyloBuilder (Kidd and Liu 2008)により3D投影したもの。各枝の先端が各集団の直上に、枝の長さは遺伝距離(Nei's Da distance)に対応する。

沖縄島の北部(やんばると呼ばれる森林地帯)は尾根が連続した単純な地形であるのに対して、奄美大島は起伏に富む。それに対応するように、沖縄島の各集団の遺伝距離は小さく(枝の長さが短い)、奄美大島は大きく(枝の長さが長い)なっていることが分かる。

(キーワード) 集団遺伝学 マイクロサテライト 集団構造 景観遺伝学 GIS 移住 隔離 生息適地モデル

関連論文

-変態時における温度ストレスと近親交配の影響

(概要) 近年、様々な生物種において、近親交配の遺伝的影響(遺伝的荷重)が解明されてきていますが、特に両生類においては、野外集団の遺伝的多様性と生存率の間に負の相関があること(近交弱勢)があると言われています。しかしながら、多くの研究例は、野外に産卵された卵を観察するのみで、環境の違い、卵の状態の差異、親個体の遺伝的な由来など、厳密な背景は不明確なままです。特に両生類では、体外受精、変態といった発生の重要な段階が外部環境に暴露されているため、環境要因による影響も大きく、純粋に遺伝的影響を抽出することは非常に難しいと考えられます。また、近年では地球環境温暖化の傾向にあり、多くの両生類種が温度ストレスによる影響を受けつつあることが考えられます。

これらの点について、本研究施設では、長年、非実験動物の野外個体群を人工授精法により交配することに成功しており、厳密な管理下での交配が可能です。さらに、絶滅危惧種の繁殖にも成功しており、子孫世代同士での交配も可能になっています。本研究では、絶滅危惧種における遺伝的な影響の程度を解明することを目的として、他研究施設では難しいこれらの技術を利用し、温度ストレスによる影響、近親交配による遺伝的な影響を均一な条件(Common Garden Experiment)により調査しています。

(キーワード) 人工授精 オタマジャクシ 近交弱勢 生存率

4. 特定外来生物ウシガエルの遺伝的多様性および導入圧に関する研究

(概要) ウシガエル(Lithobates catesbeianus)は本来、アメリカ合衆国東部、カナダ南東部、メキシコ北東部に自然に分布している種ですが、現在では世界各地への移入が確認されています。元々、大型かつ貪欲であるため、在来の生物を捕食し本来の生態系のバランスを崩す可能性が懸念されており、世界の侵略的外来種ワースト100に指定されています。特に、日本では2006年に外来生物法により、特定外来生物に指定されています。

生物種の歴史を考えた場合、分布の拡大は当然のことながら、新たな場所への侵入によって成し遂げられます。しかしながら、全く新しい場所への侵入はリスクが伴い、必ず成功するとは限りません。侵入が成功するためのプロセスを説明する仮説は種によって様々あり、一般化することは難しいと言われています。しかしながら、散布体の導入圧(導入された個体数あるいは、導入回数)は、数少ない全体的に合意を得られている要因の一つでです。具体的には、遺伝的・人口学的背景によって、より多くの個体、あるいは、より多く回数の導入イベントを経験した個体群が、より定着し易いという考え方です。このことは、絶滅危惧種と同様に遺伝的多様性が、生物の進化的可塑性(集団が環境に適応して、進化する潜在的な能力)と密接に関係していることとほぼ同様のことであり、限られた個体数から創始された外来種がどれほどの多様性を保持しているのかは、保全遺伝学的な観点からも興味が持たれます。

現在、野生化しているウシガエルの大部分の由来は、1918年にアメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオリンズから輸入されたオス12匹とメス5匹に遡る可能性が高いことが知られており、河野 (1913)によれば、これら17匹の子孫は茨木県および、滋賀県水産試験場において大量繁殖に用いられ、1930年までに52万匹が全国に配布されたとされています。しかし、その後、各地の養蛙場において、何度も独自に輸入したらしく(長谷川 1999、岩澤 1968)、本邦における導入個体群の由来、および有効集団サイズ、現在の個体群における遺伝的多様性の実態は未だに不明です。本研究では、遺伝的指標を用いて、導入個体の由来ウシガエルの侵入成功プロセスにおける導入圧を検証することを目的として研究を行っています。

(キーワード) 侵入成功 移入 近交弱勢

5. カジカガエルにおける性連鎖遺伝子GOT-1の分子進化学的研究