共通T----------美学概論-試験

美学概論の課題は、テキスト課題の提出後に

単位を認定してもらうための試験があります。

試験となると緊張しますね。

しかも、人生で久しぶりの「試験」です!

試験内容は年度始めに配布される「単位認定試験のしおり」に

おおまかな試験問題の傾向が載っていて、持ち込みも可なので

前もって下書きを準備しておけるのが助かります。

どのような問題かは、試験の始まる時に配られる問題集でわかるのですが、

文字数も決まりはなく、文字が多めに書けるようにして、変な文章でも問題の答えにカスルよう、

どんな問題が出ても対応できるように準備していきました。

今回はカントについて出題されて、こんなものを準備していってます。

項目を組み合わせて答えを書いてきました。

なかなか難しい内容でしたが、芸術、美術を勉強するのにはいい内容です。

人間の思考の方法なども含めていますので、人生にも役立つかも?

これで共通Tの必須の20単位が取得できました。

やれやれです。

共通——————————————————————————

言語活動は感情を伝える為の1つのツールであり、心の中の感情を他者に伝えるために「言葉」に変換したものである。現象や感情を言葉で表現する場合、コミュニケーションによって人々の主観的な感情の違を知り、お互いが会話の中で歩み寄りながら、徐々に共通する客観的な真実の想いへと近づけていくのである。人の感情は1つの言葉では説明できない複雑な心の作用をもったものである。感性論という学問が存在するということも、人自身が「考える」という活動をすべて把握できていないからである。

「矛盾」という言葉があることも、判断することに対して不安定性があることを意識するために作られたもので、普遍的な認識や活動があることを解明するためには必要なことである。人間の心的作用は流動的で、時代と地域によって変化し、一元的な思想を語ることは皆無に等しい。カントは、人間の思考の営みの根源を求め、絶対的な思考の存在を求めてしまう心的作用を証明しようとした。そして、認識する過程を深く探求し、人間の思考活動に対して最も正しい判断ができるように導いたのである。カントは感情表現能力の限界を解き明かそうと試みた。

(総文字数 548文字)

批判哲学(矛盾と総合力認識)について—————————————

「超越論」と「無限」の思考というものにも矛盾があり、矛盾の中に秩序が成立できるのも言葉である。このことを把握していなければ、思想に矛盾が成立してしまう。理性の客観性は、感性の主観的な認識を絶対的な判断として受け付けることは避けられる。しかし、理性による判断も、感性によって受け止められたことを元に客観的な理論を語る。ものごとの判断は、反省の積み重ねによって現状よりも良い状態に変化させいる。より正しいもの求めるために必要なことは、現状の思考に対して疑いをもち、再考できる柔軟性が求められる。理性は感性の柔軟な認識を受け入れ、感性は理性による客観的判断を拒絶することなく受容されなくてはいけない。人間の活動は、多くの認識能力が絡み合って行なわれている。より人間らしい思考活動をするためには、すべての能力を融合させた総合力によって判断されなくてはいけない。

(総文字数 630文字)

批判哲学2(美的感覚と判断力と)について————————————

まず、正しい批判をするためには、知識の広い視野をもち、すべての情報を拒まずに受け入れられることが必要である。現実に起こった現象を元に考えられた人間の思考も現実に発生した現象であり、そこにはリアリティーがある。しかし、客観的に受け入れられなければ、批判自体が歪められてしまう恐れある。美的な感覚は不純なものを受け入れない傾向にあるが、美的な判断も時代によって変化することを受け入れなければならないものである。

絶対的な美を求めることは人の願望である。なかには破壊的な活動から新たな美的感覚が発生する場合もある。しかし、本当の美的意識は、時代を超えてすべての人を永続的な幸福へと導くための意識が真の美といえるものではないか。カントは、人間の精神活動は多くの認識能力が絡み合って行なわれおり、冷静な判断力をひも解いた。より人間らしい思考活動をするためには、すべての認識能力を融合させた総合力によって判断されなくてはいけない。

(総文字数 512文字)

美の世界(趣味判断と美の役割)について——————————————

カントは、美を趣味的判断であると語る。趣味は、自由な感覚でものを捉えることができ、人によっての違いが認められるものである。しかし、人々はこれまで絶対的な共通の美的感覚を追求し続けてきた。そのなかで、美は感性の特権のように思われているが、理性的な美的感覚も人の感情には存在する。これまでの人間の美的思考を「理性」と「感性」を分けて考えることよりも、先天的な人間の美を感知する能力について深く考え、理性と感性の美的感覚のギャップを知り、2つの感覚を同時に揺れ動かされるものが絶対的な美になりうるものだといえる。

「美」という言葉は広義に利用されている。悪意の中にも最善の策を求めた美として利用される場合もある。しかし、悪意には悲しみに陥る作用を生み出している。最善の美は、すべての人々に幸福感や安心感を与えるもので、知覚した人の総ての感情が共通の方向に向かう精神的作用が働き、人々を高揚感で満たすことである。この方法を探求することが美術表現の重要な役割といえる。

(総文字数 512文字)

おまけ(芸術の可能性)———————

未だ感性と理性では表現をできていない美的感覚が存在するはずである。芸術は感性が直感的に受け止めた高揚感を、人が知覚できる形にする精神活動である。そして、アーティストの作り出した作品は、理性によって客観的に語られて優れた美意識が発見される。「美」は感性の特権的なものではなく、理性と共に育まれていくものであり、絶対的な美は人間の知覚すべてに高揚感をもたらすものだといえる。

(総文字数 183文字)

参考文献——————————————————————————————

・佐々木健一著『美学への招待』中央公論新社 2009年5月15日

・酒井紀幸・山本恵子編著者『新版 美/学』大学教育出版、2009年7月10日