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いずれのタイプの奥さんにしろ、とにもかくにもあなたは奥さんを説得できたとしましょう。次にあなたはどうやってラーメン店を開くか考えます。フランチャイズに加盟するかそれともどこかに修行に入ってチェーンに加盟せず個人単独で開業するか…。

まず、フランチャイズに加盟することとしましょう。

あなたは大手出版社が開催するフランチャイズ展に出かけます。

フランチャイズ展には約八十店ほどが出展していますが、そのうちラーメン業種は三~五店くらいです。その中で感じの良さそうなブースを訪れます。

対応する本部の人はにこやかにあなたを迎え入れるはずです。そして本部の社員は自分のチェーンがいかに加盟店を大事にしているかを説明します。あなたは同じことをほかの二~三店でも繰り返しパンフレットをたくさん抱え帰宅します。

家に帰ったあとあなたは奥さんと話し合います。

奥さんと話しているだけで気持ちが高まるはずです。そしてあなたと奥さん、両方が気に入った本部に決めます。夫婦の会話はこういった感じです。

「俺は二番目に行った本部が一番いいと思ったけど、どう?」

「私もそう思う。だってあなたの気持ちを一番理解してたじゃない」

「そうだよな」

「それに、本部の人『あなたはラーメン店に向いてる』って言ってくれたじゃない」

「よし、あそこにしよう」

あなたは後日、本部を訪れ社長に会い自分たちの選択が間違いでなかったことを確信します。後日、詳しい説明を受け契約を締結します。

研修ではあなたと同じような加盟店契約者と親しくなり気持ちは弥が上にも盛り上がります。こうして研修を終えた数週間後、あなたはラーメン店の店主になっています。

本部が探してくれた店舗ですのでオープン当初は売上げは順調です。本部のほうでもサポートは完璧にやってくれますし応援員もきます。あなたはフランチャイズにしてよかったと満足するはずです。

半年経ち、一年を過ぎた頃になるとあなたはラーメン業界についていろいろと感じるようになってきます。それは業界紙を読んだり実際に自分で経験したことによります。そしていろいろな点で疑問を持つようになってきます。例えばロイヤリティが高いのではないか。または開業の際の内装費が高かったのではないか。…などなど。ときを同じくして売上げが横這いになり今までの最低記録を更新したりします。あなたは悩みます。

あなたはたまに訪れる本部のスーパーバイザーに相談します。返ってくる返事は

「まだ一年じゃないですか。まだまだこれからですよ。それにもっと自分で考えて工夫、努力をしないと…」

スーパーバイザーが帰ったあとあなたは奥さんに愚痴ります。

「あいつなにもわかっちゃいないな」

二年後、あなたの店の近くに新しいラーメン店が開業します。あなたの店は売上げが激減します。その頃はスーパーバイザーが店を訪れることもほとんどなくなっています。あなたは本部に電話をします。担当者は不在が多く、やっと連絡がとれた末に担当者は言います。

「今、いろいろ忙しくてなかなか行けなくてすみません。商売は基本が大事ですからもう一度基本に立ち返ってください。店内は清潔にしてますか?」

三年後、あなたはとうとう赤字一歩手前まできています。家族の食事はほとんど店の残り物になり生活も苦しくなっています。ここまでくるとどんなに我慢強い奥さんであろうとも限界を超えます。…喧嘩になります。

暗い夫婦関係になりながらもなんとか営業していたある日、スーパーバイザーから安売りキャンペーンの提案があります。チラシを配布する経費に躊躇はしましたが、なにもしないわけにもいかずキャンペーンを実行します。売上げは上がりました。スーパーバイザーは言います。

「やっぱりアイディアが大切ですよね」

キャンペーンが終わったあと、あなたは収支を計算します。そして愕然とします。売上げが上がったのは間違いないのですが、利益は減っていたのです。売価を下げたのですから当然ですが、実際に数字で見るとショックを受けます。

数ヶ月後、結局、キャンペーン以外に売上げを上げる具体的な対策をスーパーバイザーから提案されることはなく売上げは下がり続けます。損益計算書を見ますとロイヤリティという経費がどうしても気になります。これがなかったらどんなに楽だろう…。あなたは本部に電話をします。

「廃業したいんですけど…」

あなたはこうやってラーメン店に失敗します。

次に、個人単独で開業するケースを考えてみましょう。

あなたは地元である程度有名なラーメン店を訪れ「将来独立することを前提に働かせてほしい」と懇願します。最初は渋っていた店主もあなたの「無給でもいい」と言う熱意に負け了承してくれます。三ヶ月後、一通りの仕事を覚え開業に向けて準備をします。修行期間中に問屋さんなどとも顔見知りになり開業に向かって順調に進みます。師匠も快く応援してくれ開業することができました。

あなたは三年間は順調に過ごせます。三年目にはサラリーマン時代の収入を上回るようになり有頂天になっています。サラリーマン時代の友人と会ったときなど「自営業者の大変さ」とそれでも「やりがいがある」ことなどを口先なめらかに話します。

四年目あたりから売上げが前年を下回る日が出てきます。それでもあなたは不安になることはありません。「四年もやってたらそういう日もあるさ」と考えています。

売上げが悪かったある日、あなたは閉店後に考えます。その日は閉店三十分前からお客さんは一人も来ませんでした。

「なんか時間がもったいな。せっかく誰もこなかったんだから閉めてたほうかよかったかも」

次の売上げが悪かった日、あなたは確信します。

「誰も来ないんだったら店は早く閉めたほうが電気代を節約できる」

それからは閉店時間近くにお客さんが一人もいないとき、お店を早く閉めるようになります。そしてそれが普通になります。しかも一ヶ月を通して計算してみると閉店時間を早くする日があっても売上げは以前とあまり変わらない結果でした。あなたは効率よく売上げを作っていると考えるようになります。

「閉店時間を早くする」ということは自分の自由になる時間が増えることです。はじめの頃こそ家でくつろいでいたのですが、それにも飽きてくるようになりました。あなたは趣味でパソコンをやるようになります。

元々機械いじりが好きだったあなたはパソコンに夢中になります。

「自分がラーメン作りに夢中になっている間に世の中はこんなにも進歩していたんだ」などと感動しています。それからは営業時間中であっても暇な時間がとれるとパソコンの本を読むようになります。以前なら店内の汚れたところを清潔にしたり売上げを上げる方法を考えたりしていました。さらに、ソフトがうまく使えないときは徹夜さえするようになってしまいます。

徹夜を何日かすると当然、睡眠時間が少なくなってきます。するとあなたはこう考えます。

「開店時間を少しくらい遅くしても売上げに影響はないだろう」

閉店時間を少しくらい早めても一ヶ月を通した売上げはあまり変わらなかったのですから開店時間についても同じように考えて不思議ではありません。要は効率的であればよいのですから…。

徹夜をした日の翌日、開店時間が十分遅くなります。そうしたことが何日か続くと次は二十分遅くなります。なんの罪悪感もありません。チェーン店に加盟しているのであれば規約がありますが、個人で開業しているあなたは誰からも文句を言われる筋合いでもありません。あなたのお店は徐々に営業時間が短くなってきます。それでも売上げは極端に減ることもありません。徐々にしか減ってはいきません。そして「徐々に」はあなたから緊迫感を取り除いてしまっています。あなたは客離れが起きていることに気がつきません。気がついたときは利益が半減しています。

あなたはこうやってラーメン店に失敗します。

また、違うあなたはこうやってラーメン店に失敗します。

売上げも順調、利益も順調、下がる気配もありません。あなたは仕事が終わったあと飲みに行くようになります。自由になるお金もサラリーマン時代より多くなっています。飲みに行った先で知り合いも増え夜の街に出かけることはあなたの楽しい生活の一部となっています。

最初の頃こそ飲みに行く頻度は二週間に一回程度でしたが段々と増え毎週一回となり、やがて週に二~三回となっていました。奥さんには注意されますが、それほど気にも留めません。金払いのいいあなたは夜の街で好感を持って迎えられ、またお金に不自由していないことを示すことはあなたにとって優越感でもありました。今のあなたは飲みに行った先でヒーローになっていました。あなたはみんなの憧れの的です。

しかし飲みに行く回数が増えると自然とお金も使うようになります。

ある日、あなたは飲みに行こうとしたとき手持ちのお金が少ないことに気がつきます。当然です。飲みに行く回数が多くなっているのですから。あなたはレジに入っている売上げの一部を持ち出します。一度が二度になりそして三度になり…。それでもラーメン店は日銭が入る商売です。毎日数万円のお金がレジに貯まります。あなたは少しくらい持ち出しても影響はない、と考えます。いや、考えようとしています。

月末に取引先の問屋さんが集金にきます。あなたはお金を払います。レジからお金を持ち出しはじめても最初の数ヶ月は問題なく支払うことができます。問屋さんへの支払法は月末締めの翌月払いですから当月の売上げから支払うこともできます。しかし、徐々に自転車操業に陥っています。数ヶ月後、問屋さんに支払うお金が足りなくなっています。

あなたはこうやってラーメン店に失敗します。

一般的には、今回の二つのケース「営業時間を早める」ケースと「飲みに出かける」ケースは複合して起こることが多いものです。

この話には続きもあります。

支払うべきお金が足りないことを苦慮しているある朝、あなたは店のポストに入っていたチラシに目が止まります。

「自営業者に朗報! 三百万円まで即ご融資」

あなたは「少しくらい借りても毎日の売上げで少しずつ返していけば問題ないだろう」と考えます。

チラシに書いてある電話番号に電話をすると、対応に出た若い女性は優しい声で受け答えをします。お金はすぐに振り込まれました。あなたが考えていた以上に簡単にお金を借りることができたのです。

お金は振り込まれましたが、もらったものではありません。当然、返済しなければなりません。借りた当初はきちんと返済していました。しかし、元々お金が足りなかったのですから単純に考えて返済が滞るのは当然です。

返済を二ヶ月滞納したある日、仕込みをしているあなたをキリッとスーツを着こなした三十代の男性が訪問します。男性が名刺を差し出すとあなたはすぐに謝ります。名刺にはあなたが借り入れを申し込んだ会社名が書かれていました。

男性は夕方に再度訪れます。あなたはレジから返済金を支払います。それからは毎月男性が直接受け取りに来るようになりました。しかしそれもすぐに限界がきます。収入が増えたわけではないからです。

あなたは返済金を取りにきた男性に言います。

「すみません。返すお金がないんです」

「じゃぁ、ほかに貸してくれるところを紹介しますよ」

甘い言葉に誘われあなたは闇金融への道へ歩み始めます。そしていつしか雪だるま式に膨れ上がった借金に身動きがとれなくなります。

あなたはこうやって最も悲惨な形でラーメン店に失敗します。

(2)終了


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