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真面目に一生懸命働きつつ、さらにもっと成長したいと考えていた七年目の秋。

あなたはラーメン店特集の雑誌に目が止まります。記事に紹介されている店を見てあなたは思います。

「俺も雑誌で紹介されるほど有名になりたい」。

根が一本気なあなたは「今のやり方ではこれ以上売上げを伸ばすことはできない」」と考えます。

あなたの店の評判は決して悪いわけではありませんでした。売上げの面でも、爆発的に売れているわけではないですが、それなりの利益は出すことができていました。しかし所詮は自我流というコンプレックスがありました。テレビで紹介されているような「修行してラーメン店を開業した」わけではないからです。

あなたは「もう一段階ステップアップをしたい」という思いからコンサルタントに相談することにします。インターネットで調べ、いくつかのコンサルタント会社とメールでやりとりをしました。その中で一番親近感を持った会社を訪れることにしました。

コンサルタント会社はビジネス街の大きなビルに入っており、あなたはビルの前に立つだけで気後れしてしまいます。エレベーターで二十八階まで行きましたが、そこから先は認証カードを必要とするシステムになっていました。歩いている人は皆首からカードを下げています。あなたは携帯電話を取り出します。

「すみません。入口まで来てるんですけど入り方がわかりません」

大きな透明ガラスの向こうからGさんがやってきました。爽やかな笑顔の持ち主でした。

Gさんとはメールのやりとりはしていましたが会うのは初めてです。メールの雰囲気のままに感じのよさが伝わってきました。Gさんの案内で応接室に通されます。

Gさんはあなたより年令は若いのですが、流行のスーツを着こなし話し方も理路整然としていてあなたが知らないカタカナの専門用語が随所に出てきました。Gさんの自己紹介によると、Gさんは一流大学を卒業後、やはり一流銀行に就職し三年後にアメリカに留学したそうです。あなたが名前だけは聞いたことがあるMBAの資格も持っていました。あなたはその経歴だけでGさんに圧倒されてしまいます。

次の週の定休日、Gさんが来店しました。実際の店舗を見なくては対応方法が決まらないからです。Gさんはまず店の外観を見ました。店の前に立ち看板を見上げ、道路を渡って車道を隔てた場所から店を眺めたりしました。戻ってくるとあなたに尋ねます。

「店の前を通る人は右から行く人と左から行く人とどちらが多いですか?」

あなたはそんなことは考えたこともありませんから口ごもります。すると

「ああ、そうですか。それでは男性と女性はどちらが多いですか?」

あなたは普段来店している客の男女比率はなんとなくわかりますが、通行人の男女比率は考えたこともありません。しかし二度も続けて質問に答えられないのはさすがに恥ずかしく来店者の男女比を答えます。するとまた質問です。

「年令構成はどうですか?」

あなたはやはり来店者の比率を答えます。するとGさんは見透かしたかのように

「おかしいなぁ。私が事前に調べたこの地域のデータと違いますね」

あなたは返答に困ります。

「一日の通行人は何人ですか?」

あなたは答えます。

「ええっと…、たくさん」

Gさんは無表情のまま「ちょっと近辺を見てきます」と言って外に出かけてしまいます。

一時間ほどするとGさんが帰ってきました。

「なかなか立地条件は悪くないじゃないですか。正直な感想としてはその割には売上げが低いように思います」

あなたは照れ笑いをします。

「それでは今日はこれくらいで失礼します。会社に戻り情報を整理してレポートにまとめますから。それから今後について一緒に考えましょう」

その夜、あなたは奥さんに話します。

「Gさんてすごいよ。俺なんか考えたこともないようなこと聞くんだ」

一週間後。

あなたはコンサルタント会社の事務所にいます。そう、あなたは呼び出されたのです。本来、サービス業なら自分のほうから顧客に出向くのがあるべき筋です。なのにあなたが赴いているのです。しかもあなたはそのことになんの抵抗感も感じていませんでした。むしろ大きなビルの中に入ることに満足感さえ持っていたのです。

「今日はごくろうさまです」

「いいえ、いろいろ煩わせてすみません」

あなたは完全に相手のペースにはまってしまっています。あなたが生徒でGさんが先生です。上下間関係がはっきりと決まっていました。

Gさんは十ページほどのレポートを示しながら、そしてパソコンに映し出されている表やグラフを駆使してあなたに現在のお店の状況を報告します。そこにはあなたが見たことも聞いたこともない難しい専門用語がたくさん並んでいます。Gさんはあなたが理解しているかどうかには全く関係なく説明を進めます。あなたはただ頷くだけです。

一通り説明が終わると、Gさんは今までの表情を一変してあなたに向かい直ります。

「経営をなめてはいけません。今までのあなたのやり方は経営の「け」の字も入っていません。どうですか。本気でラーメン店の経営者になりませんか?」

あなたはGさんの迫力に圧倒されます。

「あ、はい。よろしくお願いします」

Gさんは「わかりました」と言うと、部屋を出ていきます。あなたはGさんが出ていったあと大きなため息をつきます。背中をソファにもたれ部屋を見渡します。壁には表彰状がたくさん飾ってあります。あなたは表彰状の内容はわかりませんが、数をかぞえはじめます…。

しばらくするとGさんは上司を伴って戻ってきます。

「上司のHです」

銀縁の眼鏡をかけたにこやかな表情をした上司は「よろしく」と言うとソファに座り話しはじめます。

「今、Gから話は聞きました。決心をしたようですね。あなたは偉い。私どもの会社に相談にいらっしゃる方の中には決断力がない方もたまにいましてねぇ。私に言わせるとその決断力のなさが業績低迷の原因なんですけどね」

あなたはH氏の言葉を聞きながら、にこやかな表情とは裏腹に目つきだけは鋭いことに気がつきます。あなたは答えます。

「そうですか。ありがとうございます」

本題に入ってから最初にH氏から言われた言葉は辛辣なものでした。

「あなたの店はコンセプトが間違っているというよりもないですね」

あなたは今までのやり方をことごとく否定されます。Gさんに否定されたときより強い言葉で責められます。H氏の話を聞いている間中、あなたは針のむしろに座っている気持ちでした。当然、落ち込みます。H氏とGさん、二人に徹底的に問いつめられると反論する気も起きません。最終的には全てGさんたちの提案通りにする以外に選択の余地はありませんでした。あなたの店は今の時代に相応しいおしゃれな店舗に変えることになったのです。

コンサルタント会社をあとにしたあなたは解放された安堵感だけが残っていました。

数日後、コンサルタント会社から封筒が届きます。中を開けてみるとそこには見積書が書いてありました。

「えっ、三百七十万…」

あなたの発した驚いた声を聞いて奥さんが近寄ってきます。

「三百七十万ってなんなの?」

「コンサルタント会社への支払い額…」

奥さんが詳しく話を聞こうとすると電話が鳴ります。

「ああ、Gさん」

「どうも先日はありがとうございました。昨日、見積書をお送りしたんですけど届きましたか?」

「ええ、今見ているところです」

Gさんの口調は有無を言わさない雰囲気でした。「改装費を含めた金額で三百七十万円は格安です」と強調します。Gさんの話では、本来なら今回のような案件は四百万円を下らないそうです。それをあなたの「真面目な人柄と熱心さ」に感心した上司が値引きをした、と話していました。

電話を切ったあなたに奥さんが尋ねます。

「あなた、そんなお金どこにあるの?」

「ローンを組むんだけどそのローン会社もGさんが紹介してくれる…」

あなたが言い終わる前に奥さんが聞き返します。

「大丈夫…?」

結局、全てGさんのペースで話は進められ工事の日取りは来月半ばと決まってしまいます。その間ローン会社との手続きなどもあり、定休日と言えども心休まることはありませんでした。それどころか反対に、契約書に印鑑を押すたびにあなたと奥さんの心は不安で一杯になっていったのです。

それでも、店内に「改装のお知らせ」を張り出すと常連客から「楽しみにしてるよ」などと言ってもらえ、期待感も沸き上がりました。

工事は二週間で終わり店はみごとなまでにきれいになりました。あなたは完成した店を見た瞬間はうれしさがこみ上げてきました。それは奥さんも同じでした。

店の雰囲気も変わりました。まず今までは着ていなかった制服を着ることになったのです。Gさんの説明では店のコンセプトを統一することが一番重要だということです。Gさんの言葉を借りるなら「ラーメン屋から麺通道」に変わるのです。

リニューアル開店日は宣伝効果もあり行列ができました。今までは来たこともないような客層のお客様がたくさん来ました。あなたはうれしさもありましたが、それ以上に戸惑いのほうが大きかったのです。そんなあなたの気持ちなどお構いなくGさんとH氏はあなたに満面の笑みで話しかけます。

「こんなにたくさんのお客様に認めてもらえて私たちもコンサルした甲斐があります」

二週間後、リニューアル開店日から徐々に減っていった客数はリニューアル以前と変わらない数字になりつつありました。あなたは少し不安になります。ローン会社から通知がきました。来月から引き落としが始まる通知書でした。毎月六万円あまり…。

初めてローン会社の引き落としがあった日、客数は完全に元に戻っていました。そして悲しいことに客層が以前と変わっていました。あなたがあまり好んでいないタイプの客層になっていたのです。リニューアル以前に来ていた常連客は来なくなっていました。偶然、店の前で会った以前の常連客は言いました。

「なんか前みたいに来にくくなったよ」

リニューアル二ヶ月後、客数が落ちたまま横ばいの状態だった頃、あなたはリニューアル開店日以降顔を見せなくなったGさんに電話をします。

「売上げが前と変わらなくなったんですけど…」

「私もたまに店の前を通ってるんですけど、前より店の雰囲気がよくなっていますよ。あとはその雰囲気を壊さないように頑張ることが大切です。必ず少しずつ伸びていきますから」

半年後、奥さんが営業時間を終えたあとレジの計算をしながら奥さんが言います。

「お客さん、来なくなったね」

奥さんは毎月のローンの返済が儲けを減らし生活費を圧迫している、と訴えます。あなたは寸胴を洗う作業を止めホールに出て椅子に座ります。天井を見ながら奥さんに聞きます。「いつまでローン払うんだっけ?」

「あと五年以上…」

あなたはこうやってラーメン店に失敗します。

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