オイカワ

Opsariichthys platypus (Temminck & Schlegel 1846)

 オイカワは、何と言っても産卵期のオスの婚姻色が一般的な日本産淡水魚の地味なイメージから逸脱した、非常に美しい魚です。泳ぎがとてもうまく、特に暖かい時期は物陰に隠れる性質がほとんどありません。なので、安物のタモしか持っておらず、釣りも下手くそだった小学生の頃はなかなか捕まえることができず、婚姻色が出たオイカワは憧れの的でした。初めて婚姻色バリバリのオスを捕まえたときは本当に感動しました。しかしながら、人間とは残念なことに珍しいものに目を取られてしまい、いくら美しくても見すぎてしまうとその良さを忘れがちです。オイカワは西日本の川では圧倒的に見かける機会が多い魚なので、私も採れると「なんやオイカワか~」と嘆いてしまうことが多々…。特に河川改修が進んで起伏に乏しい砂地の河川ではほとんどオイカワとカマツカしかいないような川もあり、日本の川の行く末が心配になるとともに、この2種の作戦は皮肉にも見事に成功したんだと複雑な気持ちになります。かつてはタナゴ類も今のオイカワのような扱いをされていたようですが、非常に多くの愛好家がタナゴに集中している現状を見ると、タナゴ類がいかに減少したかを物語っていると思います。仮に、オイカワが絶滅寸前になれば、間違いなく今のタナゴ類のような扱いをされるはずです。きっとカマツカも…。オイカワはオスの婚姻色の美しさもさることながら、平常時でもスマートな体に銀鱗を輝かせて縦横無尽に泳ぎまわる姿は美しく、川の貴公子と言えるでしょう。

 夏場には、浅瀬で産卵行動を簡単に観察できます。産卵場には大きなオスを中心に、大小多数の個体が集まります。婚姻色が出ていない成魚は全てメスと思ってしまうかもしれませんが、よくよく見るとオスらしき個体もいます。産卵の瞬間、まわりにいた個体がいっせいに飛び込んで卵を食べたりするのですが、この時、婚姻色が出ていない個体がスニーカーになるのでは?と考えると興味深いです。

 大型の個体は特に酸欠に極端に弱いので、エアレーションなしでバケツに入れていたりすると真っ先に弱ってしまいます。遊泳力がありよくジャンプするので、成魚を水槽で健康に飼うのはなかなか難しいと思います。硝酸塩などが溜まって水質が酸性に傾くのにも弱いらしく、新しい水を好むので、調子が悪くなったらとにかく水換えが効果的です。このように書くと繊細な魚のようですが、野外では、水質汚濁が進んだ場所にも見られ、酸欠になりやすい止水の池などを除いて、本当にどこにでも適応できるようです。あまり隠れ場所を必要とせず、砂さえあれば繁殖できる点も強みでしょう。

 夏に川で採ったオイカワの塩焼きは食べれたものではありませんでしたが、冬に琵琶湖のエリでとれた大型のオイカワは脂が乗っていてとてもおいしかったです。琵琶湖本湖周辺に生息するオイカワは巨大で、琵琶湖の懐の深さを感じます。

 Kitanishi et al. (2016)は、ミトコンドリアDNAシトクロームb領域塩基配列に基づく系統地理解析により、日本産オイカワには東日本、西日本、九州の3グループがあることを明らかにしました。東日本グループは伊吹山地・鈴鹿山脈より東側の関東地方付近までの本州に分布し、さらに愛知県・静岡県付近を境に西と東のサブグループに分化しています。渡辺 (2000)によると、関東平野には小型で婚姻色が緑色をしており、西日本よりも遅い8月に産卵の盛期を迎える集団が存在しているとのことで、これが在来の東サブグループなのかもしれません。九州グループは九州に広く分布し、西日本グループは主に伊吹山地・鈴鹿山脈以西の本州と九州の玄界灘流入水系に広く分布します。玄界灘流入水系の集団は遺伝的にまとまっていて、この地域の独自性を示唆しています。西日本グループは自然分布域ではないと考えられる北日本や九州南部、四国南部、山陰地方などにも分布しますが、これは琵琶湖産アユの移殖に伴ったものと考えられています。西日本グループは関東平野にも広がっており、在来の東日本グループとの交雑も起こっているようで、形態や生態が違う可能性のある在来集団が失われてしまうのはとても残念なことです(2020年12月22日更新)。

オイカワ Opsariichthys platypus

美しい婚姻色を現したオイカワのオス。(兵庫県にて、2003.8.3)

オイカワ Opsariichthys platypus

オイカワのメス。銀白色の体色は、それはそれで美しいです。(兵庫県にて、2003.8.3)

オイカワ Opsariichthys platypus

オイカワ。一見メスに見えますが…オス?(兵庫県にて、2003.8.3)

オイカワ Opsariichthys platypus

大型のオイカワのオス。大型個体は体高・体幅ともに増し、婚姻色も濃くて迫力があります。(広島県にて、2008.6.17)

オイカワ Opsariichthys platypus

オイカワのオス。水から出したときの輝きはすごいものがあります。産卵期のオスは体表がざらざらしており、簡単に手でつかむことができます。(兵庫県にて、2011.8.17)

参考文献

  • Kitanishi S, Hayakawa A, Takamura K, Nakajima J, Kawaguchi Y, Onikura N, Mukai T (2016) Phylogeography of Opsariichthys platypus in Japan based on mitochondrial DNA sequences. Ichthyol Res 63:506–518

  • 森 誠一・名越 誠 (1989) オイカワ. 川那部浩哉・水野信彦編, 「日本の淡水魚」, pp244-249, 山と渓谷社

  • 中村守純 (1969) オイカワ. 「日本のコイ科魚類」, pp224-231, 資源科学研究所

  • 渡辺昌和 (2000) オイカワの不思議. 渡辺昌和・坂戸自然史研究会, 「魚の目から見た越辺川」, pp83-86, まつやま書房