ズナガニゴイ

Hemibarbus longirostris (Regan 1908)

 ズナガニゴイは、ニゴイの体形にカマツカの体色をつけたような(実際にはかなり違っていますが…)、日本のコイ科魚類の中でも独特の雰囲気を漂わせる、気品溢れる魚です。私はズナガニゴイが大好きです。お腹は底につけずニゴイのように底付近を泳ぎますが、驚いたときに砂に潜るところはこれまたニゴイとカマツカを足して2で割ったような感じです。

 ニゴイの仲間だという先入観と、砂に潜るという性質から、初めて採集するまでは流れが緩やかな砂地の中下流域に生息するものだと思い込んでいました。しかし、イメージするような場所で採集するも採れるのはカマツカばかり。実際には中流域の上流寄りで、カワムツやムギツクが多いような、水の澄んだ大きな礫や石が豊富にある砂礫底の場所に多いことに採集していて気づきました。水の澄んだ場所に潜り、カワムツやムギツクとともに群泳するズナガニゴイを見たときは感動しました。泳ぎはとてもしなやかで、あまり物陰に隠れようとせず、オイカワのように泳ぎ去ることが多いです。本当に緊急のときにだけ砂に潜るようで、カマツカのように「ずごっ、ずごっ」と潜るのではなく、海産のベラの仲間のように、砂に突っ込むように一瞬で砂中に姿を消してしまいます。

 オイカワやハスなどの仲間は、産卵期のオスの臀鰭が顕著に長くなりますが、ズナガニゴイは逆で、成熟したメスの臀鰭が長くなります。これは産卵行動と関係があり、臀鰭を使って砂を巻き上げるようにして産卵します(矢野 2014)。野外での産卵行動についての詳しい情報は、矢野(2014)に生き生きと書かれていますので、読まれることを強くおすすめします。

 水槽での飼育は難しくありませんが、いくつか押さえておくポイントがあります。臆病なので数匹以上の群れで飼う方が落ち着きやすいこと、よく泳ぎ回るのでできるだけ広くかつ身を寄せることができる隠れ家を設置した水槽で飼うこと、水質の悪化に弱いので水換えを怠らないこと、アカムシなどの動物質の餌を豊富に与えることがポイントになると思います。大型個体の方が痩せにくく、飼いやすいです。同じカマツカ亜科の底生魚やドジョウ類と一緒に飼うといいと思います。

 ズナガニゴイの自然分布域は中国地方から近畿地方までで、西日本に分布する純淡水魚の中でも狭い範囲に分布しています。一方で朝鮮半島には広く分布しています。Taniguchi et al. (2020)は、ミトコンドリアDNAのND2領域塩基配列に基づく系統地理解析により、韓国と日本のズナガニゴイに3つのグループが存在することを明らかにしました。日本にはそのうち1つのグループのみが分布し、地域間で遺伝的な分化は見られませんでした。多くの日本産淡水魚では鈴鹿山脈の東西で遺伝的分化が見られます。ズナガニゴイは鈴鹿山脈東側の伊勢湾流入水系のいくつかにも分布しますが、西側の個体群との遺伝的分化はなく、人為移殖に由来するものようです。韓国南西部には日本の集団と同じグループに属する集団がおり、両者の間には遺伝的分化が見られ相互単系統となっています。そして、韓国には北部と南東部にさらに遺伝的分化の大きいグループが1つずつ存在します。これらの結果から、日本のズナガニゴイは韓国の3グループのうちの1つが分布を広げてきたものと推定されています。韓国に最も近く淡水魚類相が豊かな九州や、近畿と魚類相が共通する四国の吉野川水系になぜ分布しないのかは、まだ興味深い疑問として残っています。(2020年12月22日更新)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

産卵期のズナガニゴイのオス。追星と婚姻色が現れ、体色が若干金色が強くなっています。(兵庫県にて、2008.5.15)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

抱卵した産卵期のズナガニゴイのメス。臀鰭はオスより長く、黒い線状の模様が入ります。(兵庫県にて、2008.5.15)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイのオスの追星の拡大写真。(兵庫県にて、2008.5.15)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイの幼魚。模様・形ともに成魚のミニチュアでかわいらしい。(兵庫県にて、2005.11.19)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイのメスの大型個体。雰囲気が変わります。(和歌山県にて、2007.9.5)

ズナガニゴイの平常時のオス。(三重県にて、2008.10.16)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイの平常時のメス。平常時でも臀鰭が長いのがわかります。(三重県にて、2008.10.16)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイの大型のオス。かっこいい!(三重県にて、2009.9.27)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

ズナガニゴイの大型のメス。やはりかっこいい!(三重県にて、2009.9.27)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

水中で見るズナガニゴイは体側の金色のラインが目立ちます。(京都府にて、2008.7.19)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

優雅に泳ぐズナガニゴイのメス。(奈良県にて、2015.9.23)

ズナガニゴイ Hemibarbus longirostris

上から見たズナガニゴイ。砂利に紛れる模様です。(奈良県にて、2007.9.4)

参考文献

  • 片野 修 (1989) ズナガニゴイ. 川那部浩哉・水野信彦編, 「日本の淡水魚」, pp322-323, 山と渓谷社

  • 中村守純 (1969) ズナガニゴイ. 「日本のコイ科魚類」, pp106-111, 資源科学研究所

  • Taniguchi S, Bertl J, Futschik A, Kishino H, Okazaki T (2020) Waves out of the Korean Peninsula and inter- and intra-species replacements in freshwater fishes in Japan. doi: https://doi.org/10.1101/2020.10.05.325811

  • 矢野加奈 (2014) 美しく未知なズナガニゴイ. 長田芳和編著, 「淡水魚研究入門 水中のぞき見学」, pp222-232, 東海大学出版部