千葉真一主演『柔道一代』に見る沖縄

投稿日: 2022/7/10

世良利和(沖縄映画史・映画批評)



映画『柔道一代』(1963)で千葉真一が扮した本郷四郎のモデルは、講道館の草創期に四天王の一人として活躍した西郷四郎という実在の柔道家だ。後に空手などの格闘技アクションで世界的な名声を得る千葉真一にとって、本作は格闘技映画第一作であると同時に、沖縄と関わりを持った数多い主演作の最初の作品でもあった。

この映画の原作は近藤竜太郎の小説「柔道一代 風雲講道館」だ。近藤の小説では、講道館を興す嘉納治五郎の若き修業の日々や門弟たちの姿が描かれているが、本郷四郎にスポットをあてた後半部分は、富田常雄の小説「姿三四郎」の焼き直しという印象を与える。実は1960年代の前半から中頃にかけて、富田の小説の再刊、美空ひばりが歌う「柔」の大ヒット、加山雄三主演による映画『姿三四郎』のリメイクなど、本作も含めて柔道が一つのブームとなっていた。その背景として、1964年10月開催の東京オリンピックで柔道が初めて正式種目に採用されたことが挙げられよう。

近藤の小説は1962年にテレビドラマ化され、村田英雄が歌う主題歌「柔道一代」がヒットした。これを受けて東映はテレビドラマ放映中に千葉を起用して映画化に踏み切る。原作者の近藤は千葉が主演したテレビドラマ「アラーの使者」(1960)の監督でもあった。また映画には村田も火の玉一家の若親分として出演しており、むしろ村田の方が大きく扱われたポスターもある(画像)。クレジットの順番は村田の方が先であり、内容的にも千葉とのダブル主演に近い。ただし村田の役柄は映画版だけのオリジナルで、原作にはその原型と覚しき魚河岸の親分や刺青のある元やくざが描かれているに過ぎない。

さらには筑波久子が演じた与那嶺ミキという沖縄の女性も原作には登場しない。映画の冒頭、柔術修行のために上京してきた四郎は列車の中でスリの被害に遭い、居合わせたミキが切符の罰金の立て替えを申し出る。四郎はミキが営む琉球料理店「入船」にしばらく住み込み、下働きをして借金を返済することになるのだが、ミキが座敷で三線をつま弾きながら「安里屋ユンタ」を歌うと、千葉がそれに合わせて一節を口ずさむ場面も出てくる。

また映画の後半にはミキの兄で唐手家の与那嶺拳心が雲水風の出で立ちで登場し、いきなり三四郎を襲ったり、大きな甕を手刀で割ったりと、乱暴な振る舞いに及ぶ。拳心は小説版でも敵役の沖縄拳法家として登場しているが、姓は「大牟田」で沖縄出身ではなく、沖縄で修行してきたという設定だった。原作では薄い沖縄色が映画に濃く盛り込まれたのは、1950年代から60年代の映画における沖縄ブームの反映とひとまずは言えるだろう。

それに加えてここでは、富田の小説「姿三四郎」からの影響についても指摘しておきたい。というのも、映画『柔道一代』は近藤の小説という原作があるにもかかわらず、むしろ富田の小説(および黒澤明によるその映画化作品)に近い内容をいくつも含んでいるからだ。たとえば映画『柔道一代』には、四郎が最初は他流派に入門する場面や警視庁の武術大会で他流派の師範と試合をする場面、他流派師範の娘と四郎の恋愛模様、その娘が芸者になる展開、四郎が外国人ボクサーと試合をする場面などが出てくる。

これらの場面は近藤の小説には描かれておらず、いずれも富田の「姿三四郎」からの影響と考えられる。さらに富田の小説の冒頭あたりには、そば屋を営む後家の年増女が三四郎に言い寄る場面があるが、この年増女は近藤の小説には出て来ない与那嶺ミキのプロトタイプと言えるだろう。

そして富田は小説の中で唐手の沖縄伝来について解説し、脱清派や頑固党の琉球人を思わせるスパイまで登場させている。姿三四郎のライバル・檜垣源之助も「琉球に生れて内地の人間と接触の少なかった、孤独だった三人兄弟」の長兄として描かれており、三四郎に挑む彼の弟たちの暴力的で狂気じみた姿は、そのまま映画『柔道一代』の与那嶺拳心に写し取られている。

以上のように、映画版『柔道一代』はその原作小説だけでなく、富田の小説「姿三四郎」(および黒澤明によるその映画化作品)のイメージを取り込んで構成されており、その中から与那嶺拳心という琉球出身の唐手家が造型されたのではないか。また常に暴力的敵対者として顕われる拳心と、芸能をたしなむミキの四郎への恋情を対照的に配することで、映画の中の沖縄のイメージが糾われている。ちなみにこの沖縄の兄妹の組み合わせは、新東宝の1955年公開映画「柔道流転」シリーズともよく似ている。

本作が公開された1963年、現実の沖縄では国場君事件やキャラウェイ高等弁務官による自治権神話発言、米軍のベトナム戦争介入本格化の影響など様々な事件や問題が生じていた。だが映画では物語の時代設定や後に千葉を世界的スターに押し上げる空手が敵役の使う技である点、さらにミキが寄せる恋心に四郎がまったく気づかない点も含めて、沖縄への視角は浅く、地理的にも時間的にも心理的にも距離が遠い印象だ。

ただし、本作に描かれた「唐手を使う粗暴な男」と「芸能・水商売の女」、そして「安里屋ユンタ」に代表される琉球民謡といった組み合わせは、1970年代に千葉真一が主演する東映娯楽アクション映画群の中で、沖縄のイメージとしてくり返し登場することになる。