首里劇場のスクリーンで首里劇場を観る
―『一生売れない心の準備はできてるか』

投稿日: 2021/12/30

文 藤城孝輔


那覇市首里にある首里劇場は1950年に芝居小屋として開業した、沖縄に現存する最も古い映画館である。当初は琉球芸能の公演や一般映画の上映も行われていたが、地元では長年、成人映画専門館として知られてきた。しかし今年(2021年)、成人映画の上映を取りやめ、名画座として再出発した。これまでピンク映画『浮雲 空に咲く愛の地図』(荒木太郎監督、2011年)の舞台や、『Undercover Japan 沖縄編』(真喜屋力監督、2004年)や『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督、2017年)といった短編ドキュメンタリー作品の題材として取り上げられてきたほか、『オキナワグラフ』202110月号でも首里劇場の特集が組まれている。沖縄映画研究会も20199月に開催した第6回研究発表会に際して、首里劇場との共催企画「荒木太郎監督沖縄ロケ特集」でお世話になったことがある。

20211229日、映画『一生売れない心の準備はできてるか』(當間早志監督、2021年)が首里劇場で封切られた。20164月に首里劇場で開催されたフォークロック・バンド、やちむんの25周年記念ライブコンサートの記録映像を中心に構成された音楽ドキュメンタリーである。監督の當間早志とやちむんの奈須重樹はやちむんの活動開始以前から親交があり、當間の商業デビュー作であるオムニバス映画『パイナップルツアーズ』(真喜屋力、中江裕司、當間早志監督、1992年)にも奈須がスタッフとして参加していたことが作中のインタビューで語られる。やちむんの結成30周年を記念して制作された本作は、そのような彼らの歴史の延長線上に生まれたきわめてパーソナルな作品であるといえる。

映画では、新良幸人による座開きからアンコールにいたるまでのライブの模様が忠実に再現されている。実際には昼夜の2回公演で撮影された映像をシームレスにつないであるため、映画を観る観客はあたかも5年前のライブを追体験しているような気分にさせられる。当時のライブは18人構成による大がかりなものであり、客席も満場の観客が埋め尽くして立ち見の姿がちらほらと見られるほどである。幕間には、劇場の表に集まった数台のキッチンカーに観客が集まり、縁日の屋台のような賑わいがあった。このように活気に満ちあふれた首里劇場の姿を、当時よりもさらに荒廃が進み、公開初日とはいえソーシャルディスタンシングで閑散とした首里劇場で目にすると、まるでパラレルワールドを観察しているかのような奇妙な感覚に襲われる。

ライブの活気と普段の劇場の静けさの落差は、名画座となった首里劇場を奈須が数年ぶりに再訪して「ボロになっている」と感想を漏らす冒頭シーンにも示される。ツァイ・ミンリャンの『楽日』(2003年)を彷彿とさせる古い劇場に対するノスタルジックなまなざしは、首里劇場が戦後の沖縄で興行を続けてきた歳月の重みを感じさせる。本作における首里劇場は、単なるライブの会場を超えて、やちむんの30年の遍歴、1982年の琉球大学入学以来ずっと沖縄で生きてきた宮崎出身の奈須の歩み、さらには友人として同じ時間を奈須とともに歩んだ當間自身の映画作家としての人生というさまざまな時間の流れを象徴する存在である。映画のチラシで「熟成30 沖縄的古酒伊達者(オキナワン・クース・ダンディー)」と奈須が紹介されるとおり、年月の経過による円熟こそがテーマであるといっても過言ではあるまい。映画に登場する首里劇場を首里劇場のスクリーンで観るという趣向も、時間の流れを感じさせる本作の仕掛けの一つであろう。

本作は25周年ライブの映像のみならず、當間によって新たに撮り下ろされた奈須のインタビューや新作「ストリーキング」が収録された盛りだくさんの内容である。コロナ禍のもとで奈須が始めた居酒屋での流しの営業の様子も映し出され、奈須が「一生売れない心の準備」をしたミュージシャンとしてあがき続けるさまが強調される。さらに、上映後に行われた初日舞台挨拶では、やちむんのメンバーたちが過剰なまでのサービス精神を発揮し、「そばとロックの日々」を演奏して観客を唱和に巻き込んだ。やちむんの代表曲のひとつ「恋とライブと弁当は足りないぐらいが丁度いい」の歌詞に「人間万事腹八分」とあるが、腹八分目どころか十二分に楽しめるおなかいっぱいの作品である。胃薬の用意をお勧めしたい。

『一生売れない心の準備はできてるか』は2022110日まで首里劇場で公開中。

首里劇場友の会ページ:https://shurigekifans.fakefur.jp/archives/388

画像提供:當間早志