沖縄は100年後も基地の島だった-劇場版『PSYCHO-PASSサイコパス Sinners of the System Case.2 First Guardian』

投稿日: 2020/03/03 6:08:03

文 世良利和

1.

アニメ『PSYCHO-PASSサイコパスSinners of the System』(2019)は、TV放映された「サイコパス」シリーズのオリジナル劇場版第2作で、それぞれに独立した3つのエピソードで構成されている。今回取り上げるのはそのうちの第2話『Case.2 First Guardian』だ。物語の大半はTV版第Ⅰ期より古い2112年という設定なので、TV版Ⅰ&Ⅱ期および劇場版第1作のヒロイン・常守朱(つねもり・あかね)監視官は、冒頭の導入部でわずかに顔を見せるに過ぎない。また須郷徹平(すごう・てっぺい)執行官が国防軍の大尉として登場し、中心的な役割を演じている。

「サイコパス」シリーズは、現在から約100年後の日本が舞台となる。サイバネティクスやドローン、ホログラムの技術が発達したこの時代、人々はシビュラシステムによる監視社会に暮らしている。街にはシビュラの目となり耳となるスキャナーが張り巡らされ、そのシステムが市民の精神状態や心性を分析し、サイコパス(PSYCHO-PASS)として数値化される。職業適性などもそれによって判断されるのだ。

市民のサイコパスは色相で示され、精神状態が健全なら色相は澄んでいるが、ストレスなどがあると色が濁り、カウンセリングが義務付けられる。また市民が犯罪者になる危険性が犯罪係数として計測され、一定数値から下がらない者は潜在犯として隔離の対象となる。こうした管理システムは、すでに中国などで実施されている信用度の数値化を想起させるかも知れない。

そんな近未来社会で治安維持を担当しているのが、シビュラシステムを管轄する厚生省直属の公安局だ。本シリーズの主人公たちは公安局刑事課に属し、サイコパスを測定できる特殊な銃(=ドミネーター)で犯罪者を殺処分する資格を持つ。ただし、彼らの身分は監視官と執行官の二つにはっきり分かれている。監視官が色相のクリアなキャリア官僚であるのに対し、その管理下で捜査を担当する執行官は犯罪係数の高い潜在犯で構成されている。

執行官には犯罪者の心理や行動を予測する資質が求められるだけでなく、犯罪者と向き合う監視官の色相悪化を防ぐ役割も期待されていると言えよう。中には狡噛慎也(こうがみ・しんや)のように監視官から降格してきた執行官もいる。こうした監視官と執行官の関係は、刑事ドラマなどでお馴染みのエリート刑事と現場からのたたき上げ刑事というパターンに重ね合わせることができるだろう。

2.

前置きが長くなったが、ここからようやく本題に入る。本作の冒頭では、外務省から厚生省公安局に出向してきた花城(はなしろ)フレデリカが、執行官の須郷を外務省の新設部隊に引き抜こうとする。そこから場面は、須郷が国防軍特殊部隊の優秀なドローンパイロットだった2112年へとさかのぼる。4年前の沖縄だ。そこでは名護に駐屯する第15旅団の特殊部隊による作戦訓練が行われ、大友逸樹(おおとも・いつき)が指揮する地上部隊と須郷らが操縦するジェットドローンの連携が確認される。須郷は先輩の大友と親交があってスパーリングの相手も務める仲だ。また同じ基地に勤務する大友の妻・燐(りん)は訓練学校からの同期で、須郷は彼女への思いを心に秘めている。

やがて大友と須郷は東南アジア地域での「フットスタンプ作戦」に投入された。だが作戦は失敗して大友が率いる地上部隊は撤退を余儀なくされる。須郷は大友たちを援護しようとするが、なぜか残弾がデータより少なく、作戦を指揮する統合参謀本部の高江洲嘉人(たかえす・よしと)大佐からは補給物資を投下して帰還するよう厳しく命じられた。結局大友は消息不明のまま戦死扱いとなって妻の燐は流産し、須郷は色相が悪化して訓練からはずされてしまう。そして作戦実施から3か月後、東京の国防省ビルが重火器で武装したドローン機に襲われ、幹部が死傷するという事件が発生した。

捜査のために公安局刑事課2係の青柳璃彩(あおやなぎ・りさ)監視官と1係のベテラン・征陸智己(まさおか・ともみ)執行官が沖縄に派遣されるが、共犯を疑われた須郷は取り調べに反発するとともに、軍を去った燐を強く擁護する。そんな須郷に高江洲と第15旅団長の港屋門斗(みなとや・もんと)は、刑事たちの捜査情況を報告するよう命じた。一方、大友は自分が捨て駒にされることを見越して、自身の参加した作戦のログや旧在沖米軍の極秘資料をマイクロチップに残していた。

「フットスタンプ作戦」は、高江洲や外務省参事官らが厚生省に対抗すべく独断で行った極秘作戦であり、須郷が投下したのは補給物資ではなくナノ強化VXガスという化学兵器だった。大友の死を悟った燐は、須郷の端末を装って盗んだ武装ドローンで国防省本庁や外務省の出先機関を襲撃し、スパーリングロボットに夫のホログラムをまとわせて捜査を攪乱していた。そして旧在沖米軍が放置したままになっている潜水艦の原子炉を使ったテロで報復しようとする。「フットスタンプ作戦」の真相を知った須郷は絶望感にさいなまれながらも、夫を見殺しにした高江洲たちへの復讐に突っ走る燐を止めようとするが……。

3.

本作の設定によれば、100年後も沖縄では軍隊による実弾演習が行われ、現在米海兵隊が駐留する名護市辺野古のキャンプ・シュワブは、国防軍の名護基地として引き継がれている。しかも東南アジアの紛争地域で行われる軍事作戦は、かつて米軍が沖縄を拠点に介入して嘉手納基地から戦略爆撃機B-52を出撃させ、現地で枯葉剤やナパーム弾を使用したベトナム戦争を想起させる。地下深くに眠っていた旧在沖米軍の原子力潜水艦とも相まって、まるで米軍統治時代の亡霊が呼び覚まされたような印象すらある。

「フットスタンプ作戦」の指揮官は高江洲という沖縄姓を持ち、劇中にはオスプレイ風のティルトローター機も登場している。意識的に沖縄の現状を肯定しているのか、それとも無意識のうちに現状をなぞっているだけなのかはさておき、ここに描かれた近未来の沖縄は、過去や現在の沖縄をも包摂しているのだ。たかがアニメ、SFの世界の話と笑うなかれ。娯楽エンターテインメントなればこそ、沖縄に向けられたまなざしが何を映し、そこにどんな欲望や契機が隠れているのかが透けて見えることもあろう。

また本作では、沖縄をめぐるもう一つのサイドストーリーが描かれている。それは征陸と宜野座伸元(ぎのざ・のぶちか)監視官の父子関係だ。宜野座は過去の確執から父である征陸を憎み、母方の姓を名乗っている。その母は沖縄で赤瓦の古い家に一人で住んでおり、征陸は青柳監視官の配慮で久しぶりに別れた妻を訪ねることができた。潜在犯である執行官には単独行動の自由がないのだ。ただし彼女はユーストレス欠乏症を発症しており、介護ドローンの世話を受けて暮らしている。話しかけても反応すら見せない元妻に向かって征陸は、自分に反発する息子への深い愛を語る。

TV版Ⅱ期では征陸が宜野座をかばって死んでいるだけに印象深い場面だが、果たして征陸と宜野座の関係は、父子の相克というお馴染みのパターンをなぞっているだけであろうか。元妻/母の置かれた状況も含めて、そこにわずかながらでも本土と沖縄の関係を重ねることは深読みに過ぎるだろうか。また宜野座という沖縄姓も、本シリーズの登場人物にしばしば用いられる難解な姓の一つとして選ばれただけかも知れないが、米軍のキャンプ・シュワブが名護市に隣接する宜野座村にもわずかながら食い込んでいることを、監督や脚本担当者が知らなかったはずはない。

4.

宜野座監視官はTV版Ⅰ期から主要人物として登場しており、いずれ沖縄絡みのエピソードが描かれるものと期待されていた。それが本作で実現したわけだが、この時代も沖縄は同僚刑事が「とっつぁんと青柳監視官は沖縄かぁ」と派遣をうらやましがるような場所らしい。監督である塩谷直義自身のツイッターによれば、本作を手がけるにあたって自ら沖縄でのロケハンを行ったという。そして実際に本島北部の辺野古、大石林山、中部の勝連城跡、南部の首里城や斎場御嶽、さらに西表島にあるカンピレーの滝、竹富島の赤瓦の家並などが作画のモデルとして劇中に使われている。

ただし勝連城跡は車で移動中の背景として配され、首里城は写真立ての中に収められていた。また大石林山やカンピレーの滝は、大友の地上部隊が派遣された東南アジアの風景として使われている。風景風物の切り貼りによる沖縄イメージの演出と転用いう側面は否定できないものの、登場人物が観光目線で各地を訪れてはしゃいだり、三線の音色や紅型衣装で異国情緒をことさらに掻き立てたりするような描き方は慎重に排除されている。もちろんおじぃもおばぁも登場しないし、介護ドローンがウチナー口をしゃべったりもしない。そこには現在の私たちを取り巻く過剰な沖縄ブームや一方通行的で偏った沖縄賛美はほとんど感じられない。

また、あえて宜野座本人を沖縄に派遣しないという設定は、物語に構図の巧みさを与えるとともに、沖縄との適度な距離を保つ効果をもたらしていると言えるだろう。須郷の切ない過去を描き出すストイックなメインストーリーに宜野座監視官の家族関係を控えめに絡めた本作には、基地の島としての沖縄をめぐる歴史と現在が交錯しながら色濃く影を落としている。それをどう解釈するのかを観客に委ねている点も含めて、本作は沖縄を描いた数多いアニメの中でも佳品として評価できるのではないか。そして最後にもう一つ付け足しておけば、外務省から出向してきた花城フレデリカの「花城」という姓が、宜野座と同じく沖縄と何らかの関わりを持つのかどうか、今後のシリーズ展開を楽しみに待つことにしたい。