8ミリ短編映画『カモメ』(又吉演監督、1987[2018]年、16分)をめぐって

投稿日: 2019/02/03 7:31:52

文 藤城孝輔

沖縄の海でカモメを目にした記憶があまりない。冬の渡り鳥として知られるカモメには白く波立つ北国の鈍色の海がよく似合う。エメラルドグリーンに輝く亜熱帯の海とは、どうもイメージが結びつかない。調べてみると冬には小型のユリカモメが沖縄にも飛来しているとのことだが、本土の港町で目にするカモメの大群に比べたらやはり数は少ないらしい。

沖縄の浜辺で撮影された8ミリ短編映画『カモメ』(1987年[デジタル再編集版2018年])にも、タイトルにそぐわず実物のカモメは一羽たりとも登場しない。主人公の少年は砂の上に腰を下ろしてカモメのスケッチを描いているが、彼の目線の先の空が大きく映し出されることはない。彼のガールフレンドは少年の目線を追って空を仰ぐが、カモメの姿はどこにも見つけられない。

少年が描いているのは、もちろん現実のカモメではない。漁港でおこぼれをつけ狙う貪欲なカモメの群れでもなければ、ましてやヒッチコックの『鳥』よろしく人間を襲撃する不気味な怪物としてのカモメでもない。少年が口にするのは「ジョナサン」という名前だ。食べるためではなく、飛ぶためだけに飛び続ける孤高のカモメ。リチャード・バックのベストセラー小説の主人公。かつて『かもめのジョナサン』や『ライ麦畑でつかまえて』が感受性豊かな思春期の少年たちのバイブルであった時代があった。少女であればそこに『悲しみよこんにちは』あたりが加わったことだろう。この映画はそんな時代の物語である。少年が目にする世界を少女が共有し、心を通じ合わせるまでの過程が、姿の見えないカモメのモティーフを通して微笑ましく描かれる。

主人公の少年は夢見がちで、どこか地に足のついていない印象を見る者に与える。彼の現実からの乖離は衣装を見るだけでも一目瞭然だ。襟付きのシャツにネクタイを締め、ジャケットの上に羽織っているのはトレンチコート。おまけにフェルト帽まで頭に載せた彼の姿は、『Gメン’75』の丹波哲郎か、はたまた『カサブランカ』のハンフリー・ボガート気取りといったところだろうか? そんな男性性の過剰な演出は、ジーンズを履いたニキビ面の十代の少年には似合わないし、いくら冬とはいえ沖縄の浜辺とも全然釣り合わないように見える。少年はガールフレンドを浜辺に残してどこかに旅立つ様子であるが、どこへ向かうつもりなのかは最後まで明かされない。男女の別れが誘う甘い感傷に比べれば、行き先なんて大した問題ではないようだ。主人公が背伸びをして手を伸ばそうとするロマンティックな世界と現実とのギャップやちぐはぐぶりが、本作にキュートな魅力を与えている。

少年と少女の若々しさは、軽快に躍動するカメラの運動によって生き生きと描き出されている。撮影を担当したのは現在も映画監督として活躍する中江裕司だ。少女がビーチを駆けるシーンではカメラが彼女と一緒に走り、主人公二人の会話のシーンでは切り返しを用いずに勢いよくカメラを振る。二人が股のあいだから景色を眺めるさまを上下逆さまに撮影したショットをはじめ、映像には遊び心も大いに見られる。とりわけ注目すべきは、少年が持つ写真のカメラを奪い合うように二人が走り回るシーンである。中江のカメラは最初は二人の姿をとらえていたのに、いつの間にか互いにカメラを向け合う二人の視点ショットに切り替わる。見る者をその場に引き込み、登場人物たちの青春時代を疑似体験させるかのような工夫である。

本作の監督を務めた1969年生まれの高校生、又吉演(えん)はその後もさまざまな役割を通して沖縄の映画界を支え続けた。中江の商業デビュー作『パイナップルツアーズ』(真喜屋力、中江裕司、當間早志監督、1992年)では制作主任を務めたほか、2003年に沖縄フィルムオフィスの設立に携わって以降は行政側から映画制作の支援を行い、短編映画『ニービチの条件』(岸本司監督、2011年)などフィルムオフィス制作作品にはプロデューサーとして名を連ねた。さらには塚本晋也監督の『KOTOKO』(2012年)や中川究矢監督の『アメリカ』(2018年)などに俳優として出演している。以上のような八面六臂の活躍の出発点は、又吉にとって初監督映画であった『カモメ』にあると言っても過言ではない。

この映画で若い恋人たちを演じた又吉自身と仲宗根ひさねがその後2011年に結婚に至ったことも、本作が又吉にとって大きな意味を持つことを示す逸話であろう。劇中での二人の初々しいキスシーンに、プロの俳優の演技にない現実味やら、身近な人間のプライベートの瞬間を覗き見る気まずさやらを感じて思わず顔を赤らめたことを言い添えておく。

8ミリフィルムで撮影された『カモメ』は2018年にデジタル化され、又吉監督自身の手で再編集が行われた。2019年2月9日(土)、沖縄県沖縄市の映画館シアタードーナツにて本作の上映会およびトークショーが催される。詳細はリンクをご参照ください。

さらに沖縄映画研究会では来月の2019年3月23日(土)に開催する第5回研究発表会の目玉として、仲宗根ひさね主演の長編映画『はれ日和 ぼくらのクソ記念日』(當間早志監督、1988年)を上映する。『カモメ』とは一味違う彼女の愛らしさが引き出された映画である。会場や時間など詳細は追って発表するので、しばしお待ちを。