『わたしの宝もの』、あるいはコントラストについて

投稿日: 2017/09/26 8:08:39

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文 藤城孝輔

* かなりネタバレしています

薄暗い部屋で一人の少女が机に向かい、何かがちまちまと書かれた大きな折り紙を折り畳んでいる。クロースアップでとらえられた彼女の表情は真剣で、呼吸さえも殺しているかのようだ。薄明を表現した暗い青色の光と机の上の白熱色の照明が彼女の顔を二色に染めている。秘密に封をするかのように、畳んだ折り紙に注意深くウサギの顔と文字を書き込む様子からは、何かの儀式めいた緊張と静謐さが伝わってくる。折り紙の手紙が完成し、作品のタイトルが子どもの字のような可愛らしい書体で現れた瞬間、場面は唐突に一変する。俯瞰で撮影された快晴の那覇の街を自動車やモノレール、ネコや小さな人間がいそいそと動き回る。風景はチルトシフト処理によってミニチュアの玩具のように映し出され、童謡「じんじん」の陽気で軽快なリズムが街の活気を際立たせる。静と動。室内と屋外。暗がりと明るさ。沈黙と喧騒。一人と街全体。クロースアップとロング・ショット。暴力的と言ってもいいくらいの鮮烈なコントラストが目を眩ませ、作品の冒頭から私を打ちのめした。

『わたしの宝もの』(宮平貴子監督、2016年)が提示する数あるコントラストの中で最も中心的なものは、新しいものと古いものが織りなす風景のコントラストであろう。転校生の佐藤さんから渡された宝ものの地図をたどって二人の女の子が那覇市壺屋のすーじぐゎーを歩き回るというシンプルなストーリーに盛り込まれているのは、伝統と変化が混沌と混じりあった那覇の風景である。2013年に設置されたばかりの壺屋の新しいランドマークである大シーサーを出発点に、古書店の本、焼物博物館の屋上展望台からの眺め、公設市場の店に貼られた組踊のポスターなどを手掛かりとして二人は宝ものに迫る。持ち主の変わった古本、かつての日用品を伝統工芸として所蔵する博物館など、彼女たちが訪れるそれぞれの場所では過去と現在の交錯が見られる。「こんな所あったんだ!」という驚きの言葉が発せられることから分かるとおり、彼女たちにとって宝さがしの冒険は歴史ある街が見せる意外な顔を目にする体験に他ならない(ただ、県外から来たらしい転校生の佐藤さんがどうしてこれほどまで地元の地理に詳しいのか劇中で説明されることはない)。

転校生の父親が登場する重要なシーンの舞台にホテルが選ばれるところには、「レインボーホテルの娘さん」と周りの大人に呼ばれてきた宮平貴子監督自身の家族に対する個人的な思いが垣間見える。家族経営の老舗ホテルであった沖縄レインボーホテルは彼女のプロデュース作『カラカラ』(2012年)の撮影の際にスタッフ・キャストの宿泊やミーティングの施設、そしてロケ地の一つとして使用され、彼女の父親である宮平社長もエキストラとして作品内に登場した。ロビーの壁には彼女の初監督長編作品『アンを探して』(2009年)のポスターが貼られ、フィルムメーカーとしての娘の活動を全面的に応援している様子が感じられた。

夢に没頭する子どもを支える親の姿が反映されているのかどうかは分からないが、『わたしの宝もの』に登場する地元の大人たちは子どもの遊びを軽視しない。少女たちの宝さがしを見守り、時には彼女たちが来るのを待ってヒントを与えたり一緒に考えたりして力を貸す。宝ものをさがす二人の実の親たちは登場せず、佐藤さんの父親はジェネラル・マネージャーとして多忙でホテルに「住んでいる」ような状態であると形容される。だがその代わり、地域の大人たちが共同体として彼女たちを育んでいる様子が描かれる。この作品が示す子どもと大人の関係は、核家族化の行く末という現代の家族のありようであると同時に、伝統的な地域共同体への憧れでもある。新しさと古さの両面を持ち合わせたものであるといえよう。

レインボーホテルは2013年に閉館し、宮平社長は2015年に逝去した。一方、『わたしの宝もの』で転校生の父親が勤務するハイアットリージェンシー沖縄は2015年7月にオープンしたばかりである。劇中で「空から落ちてきた壁」と言い表される外資系ホテルの背の高い近代的な建物は、壺屋の風景から突出して見える。『2001年宇宙の旅』(1968年)で人類の祖先の前に突然出現したモノリスのような異質な新参者だ。転入したばかりでクラスにまだ溶け込めていない佐藤さんと同様、その建造物は周囲から浮いている存在であると言ってもいいかもしれない。しかし変貌した風景を拒絶するわけでも同化を強いるわけでもなく、映画は異質さを異質なままの形で子どもの日常に放り込む。異質なもの同士を取り合わせることでコントラストが生まれる。コントラストは個々の要素の意外な魅力を引き出し、既存のものに新しい色合いを与える。均一性や予定調和とは無縁の、常に変わりゆくコントラストの風景を映画はみずみずしく描き出している。

本作『わたしの宝もの』は沖縄映画研究会の第1回研究発表会で上映された。沖縄県のフィルムツーリズム事業で制作された県の著作物であり、沖縄フィルムオフィスで手続きを行うことで誰でも無料で一般上映をすることができる。映画上映会を開催予定の方には上映をぜひとも検討していただきたい必見の作品である。