日本映画学会第14回大会 シンポジウム「沖縄の記憶と記録」 報告書

投稿日: 2019/02/03 15:51:11

日本映画学会第14回大会 シンポジウム「沖縄の記憶と記録」

去る2018年12月8日(土曜日)、沖縄映画研究会会員の世良利和、名嘉山リサ、藤城孝輔の3名が日本映画学会第14回大会の中で沖縄映画に関するシンポジウムを催した。最高気温11.5度、最低気温6.9度という急激な冷え込みにもかかわらず、日本映画学会に所属する映画研究者を中心に約50名が会場に集まった。あるいは私たちのシンポジウムの直後に行われた大林宣彦監督による講演が目当てだったのかもしれないが、聴衆の目的はここではそれほど重要ではない。私たちは語り、彼らは確かに私たちの言葉を聞いた。詳細は以下のとおりである。

開催日時 ・ 2018年12月8日15時20分~17時10分

開催場所 ・ 大阪大学全学教育推進機構A201講義室(豊中キャンパス)

参加人数 ・ 約50名(参加登録者数に基づく)

司会進行: 名嘉山リサ(和光大学准教授)

パネリスト(発表順)

世良利和(岡山理科大学兼任講師)「『沖縄県の名所古蹟の実況』の再々発見」

世良利和は、戦前の記憶映画『沖縄縣の名所古蹟の実況』(吉野二郎監督、1932年)に注目し、制作背景、ハワイおよび沖縄での本作の受容、フィルムの散逸とベーカムを用いたビデオ録画、そして2016年のフィルムの再々発見にいたるまでの経緯を解明した。沖縄とハワイの沖縄系移民社会の往復を繰り返した本作が、沖縄戦をはさんだ郷愁と移民の歴史を繋ぎ、記憶と記録を呼び覚ます役割を果たしてきた事実を指摘するとともに、映像を通して明らかになる昭和初期の沖縄の姿やハワイ移民のまなざし、そして日本映画史への知見を示した。

発表する世良会員

名嘉山リサ(和光大学准教授)「アメリカ統治期沖縄の産業界の記録―米国民政府企画テレビ映画『沖縄の生産業シリーズ』(1965年)の場合」

名嘉山リサは、USCAR広報局が1965年に制作した全13回のテレビ映画『沖縄の生産業』シリーズを取り上げ、その制作背景を解説した。USCARから制作を委託された沖縄科学教材社(琉球文化映画社)やポストプロダクションを担当した東亜発声の当時の関係者への聞き取り調査を通して、復帰前の県内の制作会社と本土の制作会社との関係や、製作意図に教育的意図が見られる事実が明らかになった。これらの事実を踏まえ、戦後ほぼゼロから出発した沖縄の産業を記録した本作の沖縄の産業史および映像制作史における意義を検討した。

発表する名嘉山会員

藤城孝輔(映画研究家)「他者の記憶と間テクスト性――『レベル5』未公開シーンをめぐって」

藤城孝輔は、沖縄戦を主題とするクリス・マルケル監督作『レベル5』(1997年)の劇場未公開シーンを紹介し、その内容を考察した。当時、関係者に配布されたVHSに劇場公開版には収録されていない約6分間のシーンが含まれていた。同シーンに見られるアンドレイ・タルコフスキー監督作への言及やマルケルの過去作品『サン・ソレイユ』(1983年)との関連性を指摘し、火のイメージや手紙の比喩が持つ象徴的意味を通して沖縄戦の記憶の継承の難しさが表現されていることを示した。

発表する藤城会員

3名の発表に続いて質疑応答および3名によるパネルディスカッションが行われた。過去10年に制作された沖縄関連映画の傾向や沖縄映画の定義の問題などについて幅広く議論が交わされ、会場からも活発に質問が挙がった。

(写真左から)会場からの質問に応える名嘉山会員、藤城会員、世良会員

報告書作成:沖縄映画研究会 ©

写真:伊藤弘了(京都大学大学院)