私の部屋は散らかっています。
休日に掃除することもありましたが、「私は意志の弱い人間だ」「片づけができない人間なのだ」と決めつけてしまうほど、長続きしませんでした。
しかし、何はともあれ、私は認知行動療法家です。
問題があるときには、安易な自己規定をしたり、意志のせいにしたりする前に、どういった随伴性の下に事象があるのか分析し、より良い方向へと変容を起こすことが仕事です。
だって綺麗な部屋で生活したいっしょ。
ということで、本論では自分自身の「片付け行動」を従属変数(ターゲット行動)として、その行動を分析し、そして増やすことによって、汚部屋を清潔な部屋にすることを目的とします。29日間の取り組みで、実際に目標を達成しましたので、その流れを紹介したいと思います。
まずは片付け行動を定義します。
続いて現状を把握します。ゴミ箱に入れたものを収集所に持っていくことは、最低限行っているものの、髪の毛や埃はそのまま、ダンボール箱もそのまま、ペットボトルや空き缶は部屋の隅に積まれている…といった状況でした。ゴミを眺めるたびに「もっと綺麗な部屋がいいなぁ」という認知が浮かびます。
行動を増やすには、行動分析学の知見を用います。いくつか方法がありますが、基本的には強化の原理を用います。
オペラント行動:その行動が生じた直後の、刺激の出現もしくは消失といった環境の変化に応じて、頻度が変化する行動
オペラント条件づけ:オペラント行動が自発的に行動された直後の環境の変化に応じて、その後の自発頻度が変化する学習
強化:オペラント行動の自発頻度の高まり
好子:出現したことによって直前のオペラント行動の自発頻度を高めた刺激
(『ウィキペディア―フリー百科事典』、https://ja.wikipedia.org/wiki/オペラント条件づけ)
ここでひとつ疑問がわきます。
一度や二度では目に見える変化が現れず、行動の積み重ねによってはじめて好子や嫌子が現れる随伴性は、それを記述したルールがあっても行動が制御されにくい
好子や嫌子が現れる確率が低い随伴性は、それを記述したルールがあっても行動が制御されにくい
(島宗,2014)
私の片付け行動は、「塵も積もれば山となる型」の随伴性にあると思われます。すでに汚い部屋からダンボールがひとつ無くなっても、全体として片付いていない、環境がほとんど変わっていないのだから、行動は強化され得ません。むしろ消去されてしまいます。
効果的な好子を見つけて、用いることもできますが、もっとシンプルな方法があります。
それはプレマックの原理です。
より生起確率の高い行動は、より生起確率の低い行動を強化する
プレマックの原理が提唱される以前の強化手続きの考え方は、行動(オペラント反応)と刺激(強化子)の随伴性によるものとされていた。しかし、プレマックや一部の研究者らは、ほぼすべての強化子は刺激と行動の両方を含んでいることを指摘しており、例えば食餌という刺激は摂食という行動を、水やサッカリンなどは飲水という行動を含んでいる。この事実から、オペラント反応を強化しているのは食餌という刺激ではなく摂食などの行動ではないかと考え、行動と別の行動の随伴性が強化手続きを特徴づけていると提案したのである。
(『科学事典』、http://kagaku-jiten.com/learning-psychology/theory-of-operant-conditioning.html)
プレマックの原理に従うならば、本論で従属変数としている片付け行動は、生起確率の低い行動となり(低頻度行動)、操作すべき独立変数は、生起確率の高い行動となります(高頻度行動)。
独立変数:原因となっている変数
従属変数:原因を受けて発生した結果となっている変数
(『統計WEB―説明変数と目的変数』:https://bellcurve.jp/statistics/course/1590.html)
改めて自宅での高頻度行動を探したところ、「食事」と「ゲーム」がありました。「食事」は外食することもありますが、「ゲーム」は基本的に自宅で、しかも毎日行います。
これは使えそうです。ということで、上記を踏まえた仮説を立てました。ここでのゲーム行動の定義は、「PCまたはゲーム機を使って遊ぶこと」としました。
「片付け行動」の後に、「ゲーム行動」を行うことで、「片付け行動」は次第に増加する。
仮説が定まった後は、従属変数である「片付け行動」の測定方法を決める必要があります。「片付け行動」は「要らないものを捨てたり、しまったりすること」ですが、埃にまみれた髪の毛をひとつふたつと数えることはできません。そのため、「片付け行動が生起した時間数(分)」を測定することとしました。
続いて記録方法です。本論では岡嶋先生が考案された「課題達成リスト」を用いました。縦に並んだ空欄に課題を書き入れ、横列の日付を参考にしながら、課題達成した日に丸を記録する等して使います。本論では空欄に「片付け行動」と記入し、その日の時間数を数字で記録していきました。
(『Miyo Okajima 認知行動療法カウンセリング―動機づけ面接』:https://www.hearts-and-minds.net/motivational-interviewing)
介入計画を立てます。
本論ではABABデザインを採用し、介入の効果がある程度証明されれば介入継続し、効果が無ければ、2回目の介入前に仮説修正することとしました。
介入案としては、平日は仕事から帰宅後に、「片付け行動」をおこない、そのあと「ゲーム行動」をして、休日は起床後に「片付け行動」をおこない、そのあと「ゲーム行動」をするようにしました。
(『大阪樟蔭 行動分析実習(5)―行動の記録・実験(実践)デザイン』:http://slidesplayer.net/slide/11547333/)
ベースライン期と介入期における片付け行動の生起時間を比較してみると(表1)、ベースラインⅠでは平均1.6分だったのが、介入Ⅱでは平均7.1分に増加していました。
ベースラインⅡではしっかり介入効果が消失しており(平均1.7分)、介入が有効であったことが読み取れます。実際、介入Ⅰの「片付け行動」により、10個以上あったダンボールは全て片付きました。
以上より、介入Ⅰのやり方を継続することとしました。介入Ⅱでは介入Ⅰと同様に、時間数の増加が認められました(平均18.9分)。図2から、介入期に時間数が増加していることが、視覚的にも読み取れます。
統計的検定として、それぞれの期間における生起時間を10分以上/未満で区切り、χ二乗検定を行いました(表2)。他の検定を使った方が良さそうですが、準備に時間が掛かりそうだったので、簡潔なところで手を打ちました(汗)。
介入期において時間数ゼロの日は、学会や研修会等で、そもそも自宅にいない日や、勉強会の帰りで夜遅くに帰宅した日が含まれています。通常の平日・休日は、ほとんど何かしら片付け行動が生起していたと言えます。
介入Ⅰを終えた時点で、ひとつだけ修正した点が、「片付け行動の定義」です。
ひとつだけと言いつつ、大前提を修正したので、厳密さを求めるならアウトですが、初期の定義だと問題が生じてきたのです。
たとえば、自宅に帰ってきて「片付け行動」を開始したとします。そうすると、ゴミを片付ける合間に、どうしても「洗濯・着替え・食器洗い」などが入ってくるのです。
これらを定義に含めないと、現在の測定方法では、計測が煩雑になりすぎてしまいます。
このため、「片付け行動」を「要らないものを捨てたり、しまったりすること。および片付けに類することをすること」と再定義しました。
この定義だと、「これは片付けだ」と私が認知すれば、何でも片付け行動になってしまいますが…全ての片付けに類する家事に名前をつけて定義に放り込むのも、現実的ではありません。厳密さにこだわりすぎて、記録しにくくなっては本末転倒です。そのため、上記の定義でベースラインⅡ以降はカウントすることとしました。
本論ではきちんと計画を立てて、つまり新しいルールに基づいて、行動の順序を操作しました。そして結果的に、介入Ⅰでは片付け行動が生起し、介入Ⅱでも効果が確認されました。
しかしながら、
今回の行動変容が、“随伴性形成行動”に基づくのか、それとも“ルール支配行動”に基づくのか、疑問に思いながらやっていました。プレマックの原理を用いたと言いましたが、本当にその原理が働いていたのでしょうか?
ルール支配行動とは、「行動随伴性を記述したタクトが生み出す言語刺激(=ルール)」によって制御される行動である
直接効果的な随伴性によって強化または弱化される「随伴性形成行動」と区別されている
1). ルール支配行動は、刺激弁別の一種ではないのか?
2). ルール支配行動は、確立操作の一種ではないのか?
3). ルール支配行動は、新たな行動を開始する時のみに重要であり、どっちにしてもその後は基本随伴性で強化される必要があるのではないか?
4). ルール支配行動がうまく遂行されるためには、それを補完するような基本随伴性が必要ではないか?
(『長谷川芳典(2015).スキナー以後の心理学(23)言語行動、ルール支配行動、関係フレーム理論 岡山大学文学部紀要, 64, 1-30』:http://www.okayama-u.ac.jp/user/hasep/articles/)
長谷川(2015)は、ルール支配行動に関するHayesらの成果をまとめて、「プライアンス」「トラッキング」「オーグメンティング」という3つの分類について、説明しています。詳しくは論文を見ていただくとして、もう少し本論をふり返ってみます。
本論では、新しいルールを作る以外にも、目的をはっきりさせて、独立変数を見つけて、片付けるタイミングを考えて、全体の計画を立てて、記録もしっかり行いました。こうした行動はオーグメンティングとして、片付けの強化機能を高めていたように思います。
「実際、今では片づけがとても楽しい」
少しずつ部屋が片付く様子自体も、もちろん直接的に行動を強化していたことでしょう。そうした文脈の中で、低頻度行動が影響受けるような、機能的なルールを設定すれば、行動は十分に制御可能になる、ということかもしれません。
「片付け行動」に向かう心構えを形成し、随伴性形成行動も活用し、使えるものは使いながら、メインとなるルールを決めることができれば、従いやすくなるように思えます。もっと専門的に表現したいけれども、ちょっと知識が足りません…。
最後に感想です。
片付け行動を何日もしていると、だんだんと部屋が綺麗になるため、最近では「どこを綺麗にしようか?」と考えないと、片付けるポイントが見つからなくなってきました。「もっとこうしたら綺麗かな」といった、片付け以外の発想も、自然とわいてくるようになりました。
「こうやって活動を連鎖的に広げていくことができるのか」と、身をもって実感することができました。
行動分析学を自分に適用するだけではなく、もっと患者さんに提供したいのですが、今いる人にすぐ、という訳にもなかなかいきません。最低限、自分に対してできることは、これからもやっていきたいと考えています。
今回やってみて、一番大事だと思ったのは、「従属変数と独立変数を定めること」です。
カウントすることも大事ですが、そもそも「何を操作するのか?」「何を計るべきか?」が分かっていないと、何もできません(!)。
何も分からない状況で介入するのは、それこそ、“無責任”な介入となりますし、「意志が弱い」といったトートロジーに陥りやすいでしょう。
下手な科学者になったつもりでやると、うまくいくかもしれません。たとえ下手でも、科学的な視点を持てることが、人間の利点のひとつであり、また、それこそが認知行動療法の特徴であると言えます。
長谷川芳典(2015).スキナー以後の心理学(23)言語行動、ルール支配行動、関係フレーム理論 岡山大学文学部紀要,64,1-30(http://www.okayama-u.ac.jp/user/hasep/articles/)
奥田健次(2012).『メリットの法則―行動分析学・実践編』集英社
レイモンド・G・ミルテンバーガー(2006).『行動変容法入門』二瓶社
島宗理(2014).『使える行動分析学―じぶん実験のすすめ』筑摩書房
『科学事典』、http://kagaku-jiten.com/learning-psychology/theory-of-operant-conditioning.html
『Miyo Okajima 認知行動療法カウンセリング―動機づけ面接』:https://www.hearts-and-minds.net/motivational-interviewing
『大阪樟蔭 行動分析実習(5)―行動の記録・実験(実践)デザイン』:http://slidesplayer.net/slide/11547333/
『統計WEB―説明変数と目的変数』:https://bellcurve.jp/statistics/course/1590.html
『ウィキペディア―フリー百科事典』、https://ja.wikipedia.org/wiki/オペラント条件づけ
平成29年10月20日
佐藤裕樹