構造体でありゾウリムは、図1に見るように、全身が繊毛で覆われており、それを上手に動かして泳ぎます。ゾウリムシの1日の行動を記述する前に、まずゾウリムシの動力装置について最新事情も踏まえて(にわか勉強ですが)整理しておきたいと思います。
図は、全身を覆っている繊毛の電子顕微鏡写真です。この電顕写真には、稲穂が風に揺られるように、繊毛が秩序よく波を打っている様子が伺えます。 電子顕微鏡の発達の賜です。電子顕微鏡の発達は1950年頃から始まりました。今まで見えなかった生物の詳細な構造が明らかになり、生物学の発展に目覚ましい貢献を致しました。当然、様々な動物の繊毛(と鞭毛)の構造の解明に活用されました。その結果、ゾウリムシやヒトも含め、太古の昔から多くの生物に脈々と受け継がれてきた細胞の基本的構造体であり(9+2構造、神谷氏)従って現存するすべての動物繊毛の構造は、ほぼ同じであることが明らかにされました。
図2)繊毛・鞭毛の模式図及び軸糸横断面の電顕写真。
A) 繊毛の模式図。Nature Reviews Molecular Cell Biology, 8, 880-893 (2007)。 URL:www.nature. com/nrm/journal /v8/n11/box/nrm2278_BX1.htmlより一部変更。基部体(図中の数字5-6で示す部位、1-4は省略しました) 繊毛・鞭毛形成及び細胞との結合の基部としての機能を持っています。移行領域(5-8):基部体と(9+2)軸糸に変る部位で、繊毛膜と軸糸間の隙間が非常に狭くなっており、ここで繊毛内に入る蛋白質が選別されているようです。“9+2”軸糸(8-9):9組の周辺微小管と1対の中心対微小管がある部位で、各周辺微細管Aにダイニンが付着しており、繊毛を動かす力を生み出す部位です。B)9+2軸糸横断面の電子顕微鏡写真。東京工業大学資源化学研究所久堀・若林研究室HP:http://www.res. titech.ac.jp /~junkan /Hisabori_HomePage/chlamydomonas. html)より。
図3) 筋肉の構造と筋収縮の模式図
A)筋肉全体、B)筋の一部の筋繊維(筋細胞)束、C)単一筋繊維(筋細胞)、以上、植村慶一監訳:オックスフォード生理学(丸善株式会社)より。D)個々の筋繊維の電子顕微鏡写真。日本細胞生物学会、新着細胞生物学用語集(筋細胞:http://www.jscb.gr.jp/glossary/category _glossary.php? category.id=2&category=アクチン・ミオシン)より改変。E)ミヨシンとアクチンとの相互作用による筋収縮と弛緩の模式図。ミヨシンとアクチンの重なりが大きいとき収縮をしています。カラダ・デザイン用語集、アクチン・ミヨシン(http://karada-design. seesaa.net/article/ 64453966.html)より改変。 F) 二本足を持つミヨシンVがATPのエネルギーを利用して股関節を軸とする回転ブラウン運動で二足歩行する様子の模式図。http://www.waseda.jp/jp/pr07/ 070525_p.htmlより改変。
アクチン繊維は熱振動をしているアクチン分子が重合してできています。ミヨシンVは、不規則に熱振動していて偶然身近になったアクチン分子との結合を繰り返し、あたかもステップを踏むように、アクチン繊維上を移動します。ミヨシンが移動する方向は、アクチン分子の構造が非対称になっており、それに結合できるミヨシン分子の構造とで決まっているとのことです(柳田等:http://www. jst.go.jp/kisoken/crest /report/shheisei14/n6softn/08yanagida. pdf)。沢山のミヨシンがアクチンをレールのようにして一方向に移動するので筋収縮が起こります。
図4)繊毛9+1軸糸とダイニンのまとめ
(A) 繊毛9+2軸糸の横断面の模式図。各微小管Aにダイニン外腕とダイニン内腕が結合し且つ両ダイニンは外腕・内腕接合子を介して連絡しています。隣接する軸糸ダブレット同士は、ネクシン・ダイニン制御複合体を介して連絡しています。(B)繊毛の有効打と回復打の様子。有効打は、微小管1と5を結ぶ線を一辺とする平面内(AとB図の屈曲面)で行われます。(C)資料を低温で生のまま観察出来る高性能透過型電子顕微鏡(詳しくは、http://structure.m.u-tokyo.ac.jp /summary-j /cryoEM/ cryoEM.htmlを参照してください)で観察された図を基に、コンピュータートモグラフでCG化された模式図。1本のダブレット軸糸に沿って描かれています。周辺微小管Aに、ダイニン外腕、ダイニン内腕、外腕・内腕接合子等の配置が描かれています。(D)1本の微小管Aに結合しているダイニンが隣のダブレットの微小管Bに向かって腕(ストーク)を張り出している様子。外腕は2本、内腕は1本のストークを張り出しています。
図5) ダイニンの電顕像及び模式図
A)ダイニンの顕微鏡写真。大岩和弘等、蛋白質 核酸 酵素、50, p.37 (2007)より改変。 B)ダイニンと微小管の結合の模式図。Roberts, A. J., et. al., Cell, Structure, 20, 1670-80 (2012)より。 C) ダイニン2量体の模式図。2量体の片方は薄く描かれています。6個のATP加水分解モジュール(ATPが結合できるモジュール)は時計回りに配置され、頭部リングを形成しています。Kikkawa, K., J. Cell Biol., 202(1) 15-23 (2013)を基に2量体に変更。
図5で見ように、ダイニンが働くのはATPから供給されるエネルギーに依ります。ダイニンはATP分解酵素でもあります。しかし繊毛の中にはATPの供給元はありません。細胞体にあるミトコンドリアで合成されたATPが繊毛に運ばれて消費されるようになっています。その仕組みは、図8に示すアルギニンリン酸シャトルといわれます。細胞の中のミトコンドリアで産生されたATPのリン酸がアルギニンキーナーゼによってアルギニンに転加され、アルギニンリン酸となります。そのアルギニンリン酸が、軸糸の運搬機能によって繊毛膜と軸糸間の隙間が非常に狭くなっている移行領域をくぐり抜け、繊毛でATPが必要な部位に運搬されます。実は、この必要な物質の運搬にもダイニンが関係しています(詳しくは、http://www.nict.go.jp /press/2014 /09/30-1.html等を参照してください)。
以上、繊毛の動力装置の概要を見てきました。下記の繊毛の動画をクリックして、繊毛の動きを見てください。これも宮城教育大学見上一幸教授が作ったものです。
図6)ダイニンの微小管との相互作用の様子。
(A)ダイニンの微小管たぐり寄せ機構のモデル。詳細は本文にて。Carte等, Science, vol. 322, P.1691-1695 (2008)より改変。+は繊毛の先端方向、-は根元方向。 (B)微小管Bを構成するαチューブリンとβチューブリンの2量体の溝にMTBDが結合する様子。高性能透過型電子顕微鏡を基に描いた原子構造モデル。H1はMTBDの中のαヘリックスです。ATPが結合していない場合は、MTBDの先端部がH1で橋渡しされる格好で両チューブリンと結合しています。ATPが頭部リングのAAA1に結合すると、αヘリックス(CC1及びCC2)のところで回転し且つストークスが引っ張られて、微小管BのチューブリンからMTBDが乖離するとのことです。Nature Review Molecular Cell Biology 14, 713-726 (2013) より改変。
今回のページでは、自動車に例えれば、車輪周りの構造を見てきたことになります。その車に Mr. X氏が乗り込み、一日どのように動かすか(車はどのように動くか)を次回以降で見てもらいたいと思います。
図7)ダイニンの二足歩行と繊毛の屈曲運動
A)ダイニン2量体の二足歩行の様子。微小管Aから突き出ているダイニンが隣りのダブレット微小管Bの上を二足歩行しながら、微小管Bを“ー”方向(繊毛の先端方向)に蹴り出します。図は、細胞内物質輸送、細胞分裂、細胞運動など、様々な細胞機能を司る細胞質ダイニンの二足歩行のモデルです。吉川氏の総説(J. Cell Biol., 202, P.15)の図1Aを拝借。細胞質ダイニンも繊毛を動かす軸糸ダイニンも動力装置の仕組みはほぼ同じです。 B)ダイニン2量体の足跡。上記吉川氏の総説より、本HPに沿うように改変。C)二組のダブレット微小管による繊毛の屈曲の様子。両微小管は、ネクシン・ダイニン制御複合体の橋渡しで固定されているので、図のように屈曲します。“ー”は繊毛の根元(マイナス端)、+は先端(+端)を表します。「生物史から、自然の摂理を読み解く」(http://www.seibutsushi.net/blog/2009 /01/640.html)より。
図8)繊毛にエネルギーを運ぶアルギニンリン酸シャトル。
繊毛の中にはATPを産生する機構はないため、細胞の中にあるミトコンドリアで合成されたATPのリン酸(Pi)は、アルギニンキナーゼ(図中でariginine kinse)によってアルギニン(Arg)に受け渡され、アルギニンリン酸(PArg)と言う形になって、繊毛膜と軸糸間の隙間が非常に狭くなっている部分(移行領域)をくぐり抜けて運ばれます。繊毛中にはPiが消費されたADPが遊離しています。そのADPに繊毛内のarginine kinase によって受け渡されてATPとなります。Piを放出したArgは、細胞体に戻り、再びPiの運搬に利用されます。一連の動きをアルギニン酸シャトルと言うようです。詳細は、元富山大学教授の野口宗憲氏等のhttp://www.geocities. jp/scinoguchi/oldHP/perfusionJP.htmlを参照ください。