小笠原喜康研究員企画
博物館教育15講・モノとの対話・博物館教育基礎論講座
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◇◇◇ 博物館教育15講 ―初めて学ぶ人の実践的挑戦のために ◇◇◇
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はじめに—この講義の特徴とねらい 2
第1部 知る 9
第1講 ガイダンス—博物館教育は本当に必要だろうか 10
1 博物館は学校にくらべて必要だろうか
2 博物館の現状
第2講 博物館ではどんな教育をやっているのか―Home Pageで調べる 14
1 近隣博物館HP調査3段階
2 第1段階 近隣博物館のリストアップ
《アイエム「インターネットミュージアム」 (IM internet museum)》
3 第2段階 HPによる館情報の書きだし
《博物館基本情報》 《博物館教育情報》
4 第3段階 情報整理―機能による整理とその課題
第3講 博物館教育の実際を調査する―チェックリスト・展示実地・参加体験調査 18
1 チェックリスト調査
《写真撮影について》《解説シートをスキャン》
《文書の文字起こし「文字起こしばりグッドくん」》
《アナログ派のためのノート調査》
2 博物館実地踏査スリーステップ―ざっとみる・ぐっとみる・フムとみる
3 参加体験調査
a. さわれる展示・体験展示・体験コーナー
b. ワークショップ・イベント・実験
c. 講座
第2部 つくる 23
第4講 展示の基本思想をつくる 24
1 思想をもつ
2 知識観を変えよう:モノからプロセスへ
3 縦糸と横糸
4 AI時代の博物館の知のあり方
第5講 ルソー『エミール』からの博物館教育 31
1 ルソー『エミール』の思想
2 三つの教育—自然・事物・人間による教育
3 展示を読む三つのカテゴリー
第6講 多角的展示内容3研究—発生・文化・構造 37
1 教材を考える —「を」と「で」の違い
2 多角的展示内容研究
《多角的展示内容研究3分野》
3 多角的展示内容研究の具体例
⑴ 発生的研究〈語源〉〈歴史的経緯・背景〉
【発生的研究からの展示とワークショップ(WS)案】
⑵ 文化的研究
【文化的研究からの展示とワークショップ(WS)案】
⑶ 構造的研究
【構造的研究からの展示とワークショップ(WS)案】
4 展示という〈橋〉― 来館者と学芸員と展示物の間で
第7講 展示企画書をつくる 44
1 展示をつくるステップ
《博物館展示企画の基本的な6ステップ》
2 展示企画書をつくる
《展示企画書 1:概要》《展示企画書 2:展示内容》《展示企画書 3:展示場スケッチ》
3 縄文土偶の展示内容3研究
【発生的研究】 【文化的研究】 【構造的研究】
4 展示に向かう物語
《縦糸・横糸の経験》《遮光器土偶と私》
5 展示企画書
6 ふりかえり
第8講 Museumを評価する—「生成的関係評価」の提案 57
1 「生成的関係評価」の概略
2 博物館の評価の種類とその役割
3 評価とはなにか
(1) 評価尺度の問題
《名義尺度Nominal Scale》《順序尺度 Ordinal Scale》
《間隔尺度 Interval Scale》 《比率尺度 Ratio Scale》
(2) データが量的か質的かは本質的問題ではない
4 博物館評価法の流れ
5 「生成的関係評価」への道筋
6 おわりに:ratingからappreciationへ
第3部 考える 71
第9講 関係はどこに消えたのか—近代教育の思想構造を問い直す— 72
1 なぜ知を「関係」としてとらえなくなったのか
2 近代教育とは何だったのか―知を「関係」から切り離した思想装置としての教育
(1) 近代教育=知を個人の内部に移植する装置
(2) 近代教育を支えた思想的前提―知を「関係」から切り離す四つの視点
① 主体と客体の分離―世界は「認識される対象」であるという前提
② 理性中心主義―身体と感覚の周縁化
③ 知識の脱文脈化―生きられた知から情報へ
④ 評価・測定・標準化―世界を切り取る視線として
3 近代教育が見失ってきた三つの次元―それでも、関係の立ち現れは起きている
4 教育を「関係が立ち現れる場」としてとらえ直す―生成的関係評価がひらく教育観
第10講 人間は関係の外に立てるのか―主体概念の解体へ 79
1 なぜ主体概念は疑われなければならないのか― 主体概念はいつ、どのように作られたのか
2 主体概念の発生とその理論的行きづまり
3 主体概念解体の萌芽― 哲学と心理学からの二方向のゆさぶり
(1) 哲学などの思想界からのゆさぶり
(2) 心理学からのゆさぶり
(3)ゆさぶりからのもう一歩へ
4 主体を手放すと、何が見えてくるのか― 自由・個性・博物館教育への接続
第11講 関係が立ち現れるとき ― 主体なき博物館体験 88
第12講 矛盾する展示室 ― 驚きと理性の間で
第4部 その先へ
第13講 Museum Schoolが示す未来の博物館
1 ミュージアム・スクールという新しい学びの地平
(1) その概略
(2) AI時代におけるデュルケーム的学校からの脱却
(3)ミュージアム教師と学校教師がつくる「往還する学び」
(4) 選択の自由を支える制度設計案:「往還する学び」を可能にする新しい教育の枠組み
1)学びの場を単一化しない制度─複数の公共的学び空間の公式承認
2)ミュージアム教師と学校教師の協働カリキュラムの設計
3)週単位・日単位での学びの自由配置を認める改革
4)学校と博物館をつなぐ「学びのポートフォリオ」
5)評価制度の転換─関係の変容をとらえる評価へ
6)自治体レベルでの「ミュージアム・スクール連携センター」の設置
まとめ:制度の目的は「自由の保障」
2 ミュージアム・スクールの実践例
欧米のミュージアム・スクール
A型:博物館と学校が一体化した強いMuseumモデル
B型:学校と博物館の往還・協働型モデル
C型:可動式・脱学校型の学び(モバイル・ラーニング)
日本のミュージアム・スクール
タイプ1:博物館の教育普及室による「学校支援型」−学校の授業を補完するワンショット訪問型)
タイプ2:学校との共同プログラム(協働的だが限定的)−博物館と学校の共同授業作り・部分的往還
タイプ3:子どもが“展示の共作者”になる萌芽的モデル
タイプ4:学校・博物館・環境を往還する可動式モデル―日本では未実現
3 おわりに:なんとかしたい
《日本語文献》《海外文献》
第14講 博物館に学びはあるか—社会参加としての知識と学び
1 学校に学びはあるか
⑴「穴埋め○×教育」と「正解主義」
⑵ 基礎という名の型ハメ
2 博物館に学びはあるか
⑴「穴埋め○×教育」ではないが「正解主義」の博物館
⑵ 知識とはなにか
3 ネット社会の中で問われる博物館の姿勢
4 やさしい日本語
第15講 講義を終えるにあたって
あとがき
◇◇◇ モノとの対話 —博物館認識論 ◇◇◇
も く じ
0 はじめに
1. Chat GPTにきいてみた — モノが私に語りかける 11. C・メッツの映画連辞論からの展示解釈論
1 なかなかの生成だが…… 《前回の修正》
2 近代にうまれた客観をこえる 1 メッツの映画連辞論
3 「コト化」をこえて 《非時系列的連辞群》《時系列的連辞群》《時系列的連辞群》
4 モノが私に語りかける 《叙述的連辞群》《線状叙述的物語連辞》《シークェンス群》
2 展示おける8つのカテゴリーの具体例
2. 博物館からモノをもちだす 《自律的線分群》
— 光太郎の《手》がムンズと私をつかまえた 「a. 非物語世界的インサート・ショット」事例
1 「もちだす」ってなんだ? 「b. 主観的インサート・ショット」事例
2 物と景色とモノ 「c. 物語世界的インサート・ショット」事例
3 モノとはなにか 「d. 説明的インサート・ショット」事例
《非時系列的連辞群》
3. 記号としての展示 「2. 並行連辞」事例 「3. 大括弧状連辞」事例
1 記号とはなにか 《時系列的連辞群》
2 展示物は未完記号であって実物ではない 「4. 記述的連辞」事例
《叙述的連辞群》
4. 博物館は不完全な観賞の場かもしれない 「5. 交替的(叙述)連辞」事例
1 ちょっとふり返り 《線状叙述的物語連辞》
2 観賞としての向きあい 「6. シーン」事例
「7. エピソードによるシークエンス」と「 8.通常のシークエンス」事例
5. コトバのモノ化 — 可愛そうなラベルたち 3 おわりに
1 コトバがモノ化する
2 コトバの働き 12.「博物館はメッセージである」ことの意味—ベンヤミンの複製技術論から
3 モノ化の三様態 1 博物館はそれ自体がメッセージである
2 ベンヤミン『複製技術時代』におけるアウラ崩壊論の展開
6. コトバのモノ化 2 — 可愛そうなラベルを救う方策 ⑴ アウラとはなにか
1 前回のふりかえりと補足 ⑵ 大衆の意識変革をうみだす複製技術
2 モノ化の負の面をおさえる方策 3 『複製技術時代』が提起するもの
7.〈モノ〉の力 ― 進化遺伝子から社会遺伝子まで 13. 博物館教育の神話 ⑴—学校とどこが違うのか違わないのか
1 コトには回収されない〈モノ〉の力 1 三つの問題
2 進化遺伝子から社会遺伝子まで 2 学校教育と博物館教育の違い
① 教育対象が特定か不特定か
8. ミーム・プールとしての博物館 ― 認識における心からモノへ ② 一⻫授業か個人学習か
1 モノが心をつかさどる ③ 教科書中心か展示のモノ中心か
2 ミーム遺伝子とはなにか ④と⑤ 伝えるのは教師か学芸員か・理性か感性か
3 認識の主人公の転換 ⑥ 学習が定型で継続的なのか自由で非継続的なのか
3 問うべき問題とはなにか
9. ミーム・プールとしての博物館 2 ― 通奏低音としてのミーム
1 縄文土器のミーム 14. 博物館教育の神話 ⑵—モノは語りえぬのか
2 岡本太郎の縄文土器論 1 学校との違い③—教科書中心かモノ中心か
3 通奏低音としてのミーム 2 語られ・意味づけられている世界—言葉の二面性
3 世界は平等・普遍・不変ではない
10. 映像と言語 ― 感じる・みつける・考える
《前回の補遺》 15. 博物館教育の神話 ⑶ ― 対話としての知
1 映像への誤解 1 前回の補遺̶ ゴ"ルではなく入り口としての展示理解
2 映像と言語の関係 2 対話としての知
3 感じる・みつける・考える ⑴ わかるとは個人の内的状態ではない
⑵ 体験での対話
⑶ 文字・言葉での対話
a. 映像的・雰囲気的な文字・言葉による対話
b. 展示者の展示物とのかかわり・評価・意識表明による対話
c. 展示解釈を問い直すことで来館者の能動性を引きだす対話
3 終わりにあたって
◇◇◇ 博物館教育基礎論講座 ◇◇◇
第1講 この講義のスタンス
第2講 この講座の中心的テーマとスタンス
第3講 日本における直観教授論の問いなおし 1
第4講 日本における直観教授論の問いなおし 2 ―分析的直観から総合的直観へ(1) ペスタロッチの直観
第5講 日本における直観教授論の問いなおし 3 ―分析的直観から総合的直観へ(2) 総合的直観へ
第6講 日本における直観教授論の問いなおし 4 ―分析的直観から総合的直観へ(3)
「モノにふれて学ぶ」の意味の問いなおしー個人的主観から共同的主観へ