研究テーマ【3】

研究テーマ

データビジュアライゼーションの探究と生産マネジメントへの応用

(平成29-31年度科学研究費助成事業)

キーワード

見える化,可視化,情報可視化,インフォグラフィックス,統計的工程管理(SPC)

概要

データは「見える化」するだけでは意味がありません.見える化したデータから気付きを得て,実際にアクションにつなげて初めて意味があると言えます.今,情報通信技術(ICT)を駆使した「見える化」「可視化」の取組みが,データビジュアライゼーションとして新たに進展しています.本研究では,生産現場での「見える化」「可視化」に焦点を絞り,生産マネジメントをより効率的・効果的に実践するための方法を探究します.このとき,より緻密なデータ分析やICTと組合せることで,より視覚に訴求したデータビジュアライゼーションを実現し,すぐわかる,誰でもわかる,意識しなくてもわかる,さらに「見える化」したデータから気付きを得て,実際のアクションにつなげられる方法を探究します.

研究背景

「見える化」や「可視化」といった言葉が叫ばれるようになって久しいように思います.一方,近年の情報技術の著しい進展の中,コンピュータによる情報の「見える化」や「可視化」の新しい取組みとして,「データビジュアライゼーション」[1]という言葉をよく目にするようになりました.データビジュアライゼーションは情報伝達の一手法であり,そのままだと視知覚しづらい情報を,人間が理解できる形に落とし込む方法を探究する取組みをいいます.

具体的に,「データビジュアライゼーション」とはどういったものなのでしょうか?「データ」の「可視化」という点では決して最近の話題というわけではありません.しばしば「データビジュアライゼーション」の例として取り上げられる図を2つご紹介します.

ひとつは,ナイチンゲールが作成したクリミア戦争における死因分析を表したグラフ(図1)です.このグラフは「鶏のとさか」と呼ばれる円グラフの一種で,ナイチンゲールによって考案されたものです.各扇形が各月,半径が死者数,さらに色が疾病,負傷などの死因を表しています.この図によって,彼女は傷を負った後の治療や病院の衛生状態が死因の多くを占めることを示し,これらを改善することに取組み,多くの命を救ったと言われています.なお,ナイチンゲールと図1との関わりについては[2]を参照下さい.

図1 クリミア戦争における死因分析のグラフ

(出典:http://www.stat.go.jp/training/1kenshu/online2-poster.htm

つぎに,ミナールによって作成されたナポレオン軍によるロシア侵攻の図を示します(図2).この図は,ナポレオンの軍隊が1812年のモスクワへの遠征で被った損失の数を示すために考案されたものです[3].太い薄い線がロシアへの侵攻,黒い細い線が撤退の進路を示しています.このとき,線の太さが兵士の数を表しており,この戦役での凄惨さを十分に物語るものであると私は感じます.なお,図中には河川や気温も記入されています.

図2 ナポレオン軍のロシア侵攻の軌跡

(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Joseph_Minard

いずれの図も,「データビジュアライゼーション」の好例といえます.既述の通り,ナイチンゲールはデータの分析によって死亡の原因を明確にし,傷病兵の死亡率を劇的に下げました.このとき,分析結果を「データビジュアライゼーション」することで周囲の多くを納得させたと言われています.また,ミナールによって作成された図は,ナポレオンによるロシア侵攻の凄惨さを十分に表現したものであり,多くのインフォメーション・デザイナーに評価されています[4].いずれにおいても,単なる「可視化」「見える化」の枠を越え,多くの人々に内容を上手く見せること,つまり「見せる化」に成功した結果,今日にも語り継がれているものと考えます.

ここに紹介した例は1800年代に作成されたものです.進展著しい情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)を活用することにより,現代の問題やニーズに合った新たなデータビジュアライゼーションの方法の構築が期待されています.現在,オムロンは製造工程での位置情報を活用したラインの可視化に取り組んでいます.具体的に,オムロンでは,電子基板の表面実装ラインにおいて,ラインにあるすべての装置での通過データを製品個体と紐付けて蓄積し,製品の流れと停滞,装置の運転状況を可視化する取組みを実践しています[5].ここでは,縦軸を経過時間,横軸を表面実装ライン上の各工程とするグラフ上に,各製品の動きを折れ線で表現しています.これによって,折れ線と折れ線の間の空白部分をラインの停止・停滞状況として示すことができました.

図3 稼働状況の可視化

(出典:http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1404/22/news067.html

本研究グループでは,早い段階からインダストリー4.0の取組みに着目し,特に品質管理におけるデータ分析とその結果の可視化に取り組んできた.データ分析を通じて,顕著には表れていない工程状態の変化の軌跡をリアルタイムに抽出する方法を提案し,アプリケーション・ソフトを開発しました[6].これにより,熟練者でなくとも,設定された閾値を超える前に,工程異常の兆しに気付くことができ,予防的保全を適用できます.

多数のBI(Business Intelligence)ツールが普及するひとつの理由でもありますが,今,何をどのように可視化し,データ分析を通じてそこに見えないなにかを浮かび上がらせ,いかにアクションを取るのかがデータビジュアライゼーションを通じて考えられようとしています.

研究目的

データはグラフやチャートとして「見える化」するだけでは意味がありません.大切なことは,見える化したデータから気付きを得て,実際のアクションにつなげられるかどうかです.気付きを得るような情報を分析によって抽出し今まで見えなかった,あるいは見えにくかった情報をオリジナルのデータをサポートする形で積極的に見せる,すなわち「見せる化」することが必要です.本研究では,生産現場での「見える化」や「可視化」の取組みを再吟味・再考します.

特に,生産現場では,各工程やラインの一定時間毎の計画と実績などを記録する生産管理板や異常などの稼働状況を通知するアンドンなど独特のモノが考案されてきました.これらのツールも,昨今の生産現場の情報化の流れの中で,カメラやサイネージ,タブレットなどで置き換わりつつあります.この際,単なる置き換えでなく,既述のようなデータビジュアライゼーションに特化し,すぐわかる,誰でもわかる,意識しなくてもわかる,さらに「見える化」したデータから気付きを得て,実際のアクションにつなげられる方法について探究します.

参考文献

[1] 加藤慶信,西村崇:“データビジュアライゼーションの極意”,日経情報ストラテジー,2016年1月号,No.285,pp.22-41(2015)

[2] 総務省統計局:“ナイチンゲールと統計

[3] Mazza,R.: Introduction to Information Visualization, Springer (2009)(情報を見える形にする技術-情報可視化概論(中本浩訳),ボーンデジタル(2011))

[4] 日経ビッグデータ編:「データプレゼンターションの教科書」,日経BP社(2015)

[5] 川又英紀,加藤慶信,小林暢子:“IoTを究めるオムロンの挑戦”,日経情報ストラテジー,2016年3月号,No.287,pp.23-35(2016)

[6] 竹本康彦,有薗育生:状態変化追跡方法, 工程管理支援装置, 工程管理支援方法, 及び状態変化追跡方法及び工程管理支援方法を実行させるためのプログラム,特願2011-163838.