研究テーマ【1】

研究テーマ

サプライ・チェーン環境下での制度設計による流通合理化・最適化

(平成26-29年度科学研究費助成事業)

キーワード

再販売価格維持制度,委託販売制度,責任販売制度,ゲーム理論,インセンティブ両立条件,コーディネーション・アプローチ,ナッシュ交渉解

概要

本研究では,サプライ・チェーン環境下での流通問題において,社会環境に即した全体合理化・最適化を実現するための制度設計について考察します.現在,市場の構造変化や情報技術の進歩により,旧来の取引制度や取引形態が必ずしも適切に機能しているとは言えません.例えば,書籍流通における再版制度は多くの出版物の廃棄を誘発しており,莫大な損失はもとより,環境問題に対する業界の社会的責任が問われています.また,国際的な電子出版の風潮の中,日本での電子出版における新たな取引制度の設計は喫緊の課題です.本研究において,社会環境に即した最適な取引制度を考察し,省エネルギー・省資源化を実現するエコ・サプライ・チェーンの設計・構築を目指します.

研究背景

現在,市場の構造変化や情報技術の進歩によって,旧来の取引制度や取引形態が必ずしも適切に機能しているとは言えない状況があります.出版業界は,若年層の活字離れ等を受け,1996年をピークに長期逓減傾向が続いています.他方,出版物の新刊点数は増加傾向にあり,結果として4割にも及ぶ返品率が問題となっています(図1参照).出版物の取引では,出版社が小売価格を拘束する再販売価格維持制度(以下,再販制度)が取引慣行として存在します.他方,出版社が売れ残りを卸売価格と同額で買い戻す委託販売制度が運用されています.これらの制度の併用による商取引は,必ずしも市場の構造変化に対応できておらず,,結果として出版社への書籍の返品率が4割に及ぶ惨状となっています.

図1 新刊点数と書籍・雑誌の返品率

[出典]出版科学研究所,「出版指標年報-2011年版」,全国出版協会,2011

近年,この問題に関して取引制度である委託販売制度を見直し,高い利益率を保証するが書店が返品する場合に小売価格の数割程度でしか買い戻さない責任販売制度の運用を試みています[2].現在,利益率・買戻率ともに定価の35%とする設定が出版社より提示されているものの,これが書店にとって旧来の制度での収益構造に比して制度移行の合意へのインセンティブを有するものであるかの根拠は示されていません.

この問題に対して,出版社と書店の2者間での商取引をモデル化し,両者に制度移行へのインセンティブを与える利益率と買戻率の条件を示し,合意への1つのアプローチを示しました[3].しかしながら,出版流通の経路は多様であり,流通経路によって利害関係を持つ組織体も異なります.さらに近年では,情報技術の進展に伴う電子出版物が広く普及してきており,出版流通の形態はますます複雑さをましています.これら多様な利害関係者の中で,包括的な制度設計が喫緊の課題として考えられています.このとき,新しい制度設計の問題だけでなく,これら多様な利害関係者の中で,合意を得つつ,制度移行を実現するための手続きについても考察する必要があります.

出版業界だけに限らず,市場の構造変化等から取引の様相は一変しており,さらに多くの利害関係者が混在する形となっています.現状に即した新たな取引制度を構築すること,また利害関係者の中で合意を得て制度移行を実現するための条件や手続きを明らかにすることが課題と言えます.

図2 出版物に関する従来の取引

図3 従来の委託販売取引と新たな責任販売取引

研究目的

本研究では,既述の通り社会的に顕著となった出版流通ならびに小売流通における問題を整理し,旧来の取引慣行をふまえ,社会環境に即した最適な取引制度の構築を試みます.さらに,かつての取引制度における利益等を保証しつつ,新しい制度へのスムースな移行を実現するための条件ならびに手続きを示すことを考えます.特に,利害関係者が多数に及ぶ場合に着目し,その中で取引制度の移行を実現する方法について検討します.

商取引は,当事者間での合意のもとで成立します.このとき,合意は当事者達が属する業界において,明示的にまたは暗黙的に了解されてきた節があります.他方,現在の市場の構造変化や情報技術の進展による取引方法の変化等は,旧来の方法と比して利害関係者すべてに有益であるとは限りません.ここに,現在の環境に即した新たな取引制度の構築は重要な課題となります.一方,移行前の取引制度から新しい取引制度への移行を実現するために,利害関係者においてインセンティブを誘引するメカニズムが設計されている必要があります.本研究では,利害関係者が複数に及ぶ場合にも着目し,公正な利益分配並びにスムースな制度移行を実現するための条件および手続き,すなわち制度移行のインセンティブ設計について検討します.

参考文献

[1] “「返品自由」か「責任販売」か”,朝日新聞,2008年7月16日

[2] “広がる責任販売制”,朝日新聞,2009年7月13日.

[3] 竹本康彦,佐藤元紀,有薗育生,“書籍流通システムにおける契約手法に関する研究”,日本経営工学会論文誌,査読有,63(2), 76-83, 2012

[4] 日本著書販促センター,http://www.1book.co.jp/