東京大学大学院工学系研究科
ポストコロナ社会の未来構想
教育・研究の取り組み
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「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~ 」
「IoT演習」は、デジタル社会に必須な Internet of Things(モノのインターネット)を実装する演習です。ヒトの動きを象徴するセンサの値をインターネットを介して収集し、データ処理、それに基づいたアクチュエーション(画面表示や機械の動き)することで、ヒトの生活を豊かにするデバイス(道具)を提案、試作します。「こんなのあったら良いな」と自分で思うところから、それを実際のデバイスで実現し、社会実装するためのプロトタイピングの能力を養います。
【最優秀賞】「列車運行のムダを削減するIoTデバイスSmart Station」 製作:福元 康平
Withコロナでの列車運行の合理化を目指したIoTデバイスです。私は駅員としてアルバイトをしていた経験があるのですが、現在の駅業務では。駅員同士の連絡には無線機、事務室への連絡には電話、放送にはマイク、出発合図には旗や出発指示器、駅員と車掌とのやり取りには構内スピーカを用いるなど、複数のデバイスを用いていて無駄が多いと感じていました。
今回の演習では、それらの操作を全て駅員のスマホで行えるように設計しました。作品では、駅員のスマホから列車相当のマイコンにWi-Fiを介して指示を与え、3Dプリンタで作成したドア模型が開閉するようになっています。
福元: 作品作りの際には、非常停止の合図には視認性を高めるために赤を用いたり、また発車メロディなどの音源はなるべく本物かつ高音質のものを用いるように心がけました。電子工作をするのは初めてで、学科で学んだ知識を活かす際に、理論と実装は違うところがあるということを体験できたのがよかったです。また、IoT参入の壁は思ったほど高くはないということを知ることができました。
(教員) 中尾:駅の業務を駅員に集約させたところが面白いね。車掌の分も駅員が働くことになった場合、仕事量が増えて駅員が対応しきれないという可能性はない?
福元:ドア閉めるときは、駅員が旗を振ったりボタンを押したりして合図をします。それを見て車掌が閉めるのと、駅員がそのまま閉めるのとの違いなので、駅員の仕事としてはそこまで増えないのかなと思います。ただ、実用化に向けてどうこうと言うことは難しいと思いますが。
(教員) 中尾:このシステムで使われている効率化のコンセプトは、鉄道以外にもいろいろ応用先がありそうな気がする。今ちょっと思いつかないんだけれども、例えば、ファミレスとか、セキュリティとかにも広く応用できるんじゃないかな。
【最優秀賞】「あんしん♪会食バイザー& らくちん♪オーダーバンド」 製作:鳥山 遍
「あんしん♪会食バイザー」は飲食のタイミングに合わせて自動で上下に開閉するフェイスシールドです。人間の、食べる際に頭を下に傾け、飲む時に頭を上に傾けるという動きを利用し、こめかみ付近に取り付けられた9軸センサで傾きを読み取っています。ある角度以上頭が上下したらサーボモータでフェイスシールドを開閉しています。
「らくちん♪オーダーバンド」は手を挙げるだけで店員呼び出しできる腕に取り付けるデバイスです。上腕に取り付けられた加速度センサで角度を読み取り、角度が一定以上になるとテープLEDが光り、wifiで通信して店員の持っているスマホと厨房に連絡します。」
鳥山:コロナ禍の状況をマイナスなことと捉えるのではなく、対策を施しつつ楽しく快適に過ごせるように工夫する、危機を好機と捉えられるような作品を作りたいと思いました。動画では、作品の魅力を伝えるためにテンションを変えて変な人になりきりました。コロナ禍というものがなければ生まれなかった作品をつくることができたと思います。
【優秀賞】「-道無き道をゆけ- 冒険者ナビ」 製作:日塔 諒太
登山時に携帯し、画面を見て自分の位置がわかる、登山道を外れた時にブザーが鳴る装置です。私は登山が趣味で、長野県の空木岳に登った際、山頂付近に雪が積もっていて登山道がどこか分かりにくく遭難しそうになったという経験からアイデアを思いつきました。使用者は経路を表すファイルをエリア判定用マップに変換し、ナビに入れます。ナビはGPSから受信した座標を中心としたマップを画面に表示し、エリア外の時にブザーを鳴らします。
製作にあたっては、要求機能を確実に満たせるようにシンプルな設計を心がけました。また、動画では実際に公園で使用した様子を撮影し、使用イメージが湧きやすいようにしました。今回ははスマホが使えない場所で使用することを想定して作成しましたが、 今後は場合に応じてスマホと無線接続もできるようにして利便性を向上させたり、スキー場で利用者が携帯してバックカントリーに迷い込まないようにする装置としても応用できるようにしたいです。
(教員) 萩尾:コンセプト出しの会議で日塔君の構想を聴いたときにまず思ったのは、今は世界中に地図があるから、はたしてどうなんだろう、ということでした。それで、どれが本当の道かわからない、砂漠とか雪山みたいなところでやってみたらどうかとアドバイスしたんです。そうしたらこういう風に、道なき道をやるというコンセプトに固めて仕上げてくれて、すごく面白い作品になりました。
日塔:自分が登山をするときに欲しいなと思って作成したんですけど、エリア内に居るかエリア外に居るかというのを人が分かるようにするというのは、道を外れたとき以外にも、例えば公園で、子どもたちがエリアから外れたらブザーで知らせるとか、応用がきくように思うので、今後も改良していきたいと思います。
(教員) 中尾:緑色のポチ(自分がいる場所を示すマーク)をもう少し大きくして、わかりやすくしたらパーフェクトだよ。そうしてもういちど紹介ビデオを作ってみたらいい。
【優秀賞】「サッカー選手用の加速度センサー」 製作:稲田 創
GPSと加速度センサを用いて、サッカー選手のトラッキングシステムを製作しました。手で握れるサイズのデバイスを背中に装着し、走行距離やスプリント回数を計測、そのデータをLIVEでクラウドに送信します。これにより、練習や試合での疲労度を可視化し、フィジカルトレーニングの効率化や戦術分析が行えます。
私はもともとサッカー部で分析官をしていて、IoTでない類似製品を使用していたため、今回の演習ではこれをIoTにしようと意気込んで製作しました。設計から製作までを一人でやるのは初めてで、何からやればいいのかわからずに悩む場面も多かったですが、先生方のご協力により無事プロトタイプが完成しました。
(教員) 萩尾:稲田くんは分析官として、選手のトラッキングデータがリアルタイムで欲しい、というのが出発点だったんだよね。有効だとわかっていたけれど、デバイスがなかった。
稲田:東大のサッカー部で使用しているものはIoTではなくて、ライブでデータが取れないのです。IoTバージョンも市販されているのですが、1台10万円ぐらいして、2メートルぐらいの誤差がある。それならば、自分は、誤差をセンチメートル単位に抑えた、恐らく日本でしかできないであろう技術を使って新しいデバイスを作ろうと思いました。商品化まで考えてなかったので、とりあえずこれがIoTになればいいなと思ってました。
(教員) 中尾:ボールの位置も分かるといいよね。球を持ってない人がいかに走るかというのは勝つための大切な条件なので。
【優秀賞】「サックスの指の練習デバイス」 製作:田中 康貴
コンセプトは「低コスト&静音&実際の楽器を持っている感覚で音楽練習を支援するデバイス」です。日本では騒音問題により音を伴う楽器練習が困難ですが、そこで初心者のハードルともなる運指練習を音を出してできるようしたらどうだろうという発想が生まれました。さらには、自分自身もマンションに住んでいてコロナ禍で演奏ができなかたっため、久しぶりに演奏を楽しみたいという思いもありました。
実装としては、3Dプリントモデル上のボタンの組み合わせから適切な周波数の音をスピーカーから出力し、その演奏データをサーバに送り、テンポ感や正確性などの評価をしてくれるシステムを目指しました。
田中:「自分の環境に不満を感じるのではなく、置かれた環境下で最大限のパフォーマンスを引き出すための方法を探す」という考え方の中から生まれたアイデアを形にした作品です。この価値感は今後も大切にしていきたいです。コロナ禍で大学へ行くことはできなかったため、部品購入などで不便な面はありましたが、その反面、slackやビデオ通話で逐一連絡・質疑ができて、充実したサポートが得られました。
-最後に、IoT演習を担当された先生方からコメントをいただきました。
萩尾:皆、自分が欲しいものを純粋に作ったんだと思います。自分が欲しいものを作ったからこのクオリティになった。周りは、その作品を見て、「これってあれにも使えるじゃないか」とか「もっとこうしたらいい」とか言うけれども、そういうコメントが得られるだけの作品になったのは「作る人が、自分が欲しいと思うものを作った」からでしょう。これからも、その気持ちを大切にしてほしいなと思います。
中尾:コロナ禍という制約環境の中で、レベルを落とすことなく、例年通りに面白い作品を作ってくれました。一昔前まではプロでも数か月かかっていた技術、つまり、センサが発した信号を無線通信でインターネットに乗せて、クラウドで計算してまた無線通信でスマホに情報を返す、というプロセスを、誰でも2週間くらいで修得して仕上げてしまった。現代の技術はすごい。そうなると、作品を左右するのは、デザイナーの思いです。常日頃から、あれをやりたい、これがあったらいいなあ、と違和感や好奇心を持ち続け、ネタを貯めておくことが大事です。コロナに負けずに社会に出て、アンテナを伸ばして面白いものを探しましょう。
萩尾 正己 先生
中尾 正之 先生
写真上段 稲田(B3) 西村 長藤(教員)
中段 中尾(教員) 萩尾(教員) 福元(B3)
下段 日塔(B3) 鳥山(B3)
<編集後記>
Zoomでの取材は2021年1月下旬に行いました。対象の学生は工学部3年生。2年次まで駒場キャンパスで過ごし、本郷キャンパスに来た途端にコロナ禍で通学不可になり、オンラインでの授業を受けてきた学生達です。人やモノに触れることを制限された中で、インターネットを介して「ものづくり演習」を受けて、こんなにユニークな作品を創りだす若者のポテンシャルに驚かされました。
特に「会食バイザー」や「サックスの運指デバイス」は、製作者自身の言葉にもありますが、コロナ感染拡大防止のための様々な制限下で、それでも日々の生活を豊かにしたいと思う中で生まれた作品と言うことができるでしょう。
本演習で製作された作品のいくつかは、民間企業との共同開発や、特許出願の準備を進めているそうです。彼/彼女らがデザインするIoTデバイスが、私たちの未来の生活を豊かにしてくれることを願っています。