東京大学大学院工学系研究科

ポストコロナ社会の未来構想

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「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~

1回 「演習やるやらない本当にできる?」

  機械工学総合演習第二 スターリングエンジンの設計製作演習 

 新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、大学における教育・研究活動の多くがオンラインで実施されています。オンライン授業の中でも、多種多様なモノと情報のやりとりが必要となる実験や演習の進め方については、ICTスキルに長けた工学系の教職員でも大いに悩み、試みと失敗を繰り返しながら、より良い教育のあり方を模索しています。

本企画の趣旨は、①教育・研究活動を継続しようと奮闘する教職員や学生たちの「今」の姿を、なるべく当事者の生の声で残すこと、②各種オンラインツールの併用法など、オンライン授業を構築・改良する際に役立ちそうな情報を積極的に取り上げて発信すること、の2点に集約されます。

 最初に紹介するのは、工学部機械工学科の「機械工学総合演習第二」として履修科目に組み込まれているスターリングエンジン(SE)の設計製作演習です。この演習は、同学科の3年生がSセメスターに学ぶもので、本年度対象の学生数は137人です。学生にとっては、週8コマ相当の時間を費やすことになります。教える側も、複数の研究室の教員のほか、技術系職員とTA(ティーチング・アシスタント)を含めて、多いときは20人近くが関与します。

演習全体の大きな流れとしては、CAD(コンピュータ支援設計)演習のあとに、SE設計、SE製作と続き、SE以外の実験やコンセプトスケッチ、CAE(Computer-Aided Engineering)、計算機演習も含まれます。例年は、工学部8号館にある工房にて、学生達はグループに分かれてスターリングエンジンを製作し、出来上がったエンジンを披露する評価イベントが開かれます。しかし、一同に会することが難しい状況で、演習をどのように実施することになったのか、また今後どのように実施していくのか、その経過を追っていきます。

 連載の第1回は、機械工学総合演習第二に関わった教職員とTA(ティーチングアシスタント)の学生によるZoom座談会の模様です。従来は大学構内にて、講義、CAD(コンピュータ支援設計)演習の後、スターリングエンジン(SE)の設計、加工、組み立て、評価を行ってきましたが、コロナ禍で演習を対面で実施することが難しくなり、オンラインでの演習を進めています。

ものづくりはオンラインで可能なのか? 演習の意義は? ―教員、技術職員、TA学生それぞれの「本音」と「本気度」を探ってみました。

  Zoom座談会参加者・登場順】 

長藤圭介 准教授 SE設計 演習全体スケジュール(写真 上段中) 及川和広 技術職員 CAD PC準備・配布(中段右) 中根茂  技術職員 SE製作 SE製作工程設計(中段中) 土屋舜太郎 学生M1 TA幹事 (中段左) 伊藤太久磨 特任講師 SE設計 進捗管理システム(下段左) 千足昇平 准教授 SE設計とりまとめ 教員TAシフト作成(上段右) 柳澤秀吉 准教授 CAD Zoom,Meet,Slack練習(下段右) 木崎通 特任助教 SE設計  SE製作工程設計(下段中)    (聞き手・編集 西村多寿子(上段左))

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長藤:振り返ってみると、3月中は「授業をオンラインでやるの? 本当にやるの?」とまだ半信半疑なところがありましたが、4月に入ってオンライン授業が実際に始まると「演習どうする、どうする?」となりました。スターリングエンジンの設計や製作など、自らの手を動かし周りと議論しながら進める演習を、果たしてオンラインで実施できるのか、まったく未知数でした。しかし、シラバスを提示する関係上、5月中旬までには、6月以降の演習を対面にするかオンライン継続かの判断をしなければなりませんでした。

3月末には、ノートパソコンをセットアップして、学部3年生に一人一台配るという影の一大イベントが行われました。ほとんどの学生は、大学まで取りに来ましたが、コロナの影響で帰省している等の理由で、パソコンを手渡しできない学生数人には郵送したようです。


及川: 授業をオンラインで行うことが決定し、配布する期間が短くなったので、急いでSE設計担当でもある志賀先生らと協力して、予備を含めて200台近くのコンピュータを全て初期化しセットアップしました。

学生に配るコンピュータのソフトウエアは、しっかりしたものでないといけないので、かなり気を遣いました。対面であれば、環境構築に失敗したパソコンがあっても、まだ対応しやすいです。でも今回は、渡したパソコンが駄目だったら簡単に替えがきかず、送り返ししている間に授業や演習が次々と進んでしまいます。

短期間でインストールするために、たくさんのLANケーブルが必要だったので、「LANケーブル持っている人は貸してください」と学科全体にお願いを出しました。インストールのときは、何本もケーブルが伸び、数十台のコンピュータが繋がっていて、なかなか壮観な景色でした(笑)

パソコンの配布については、当時はまだ大学構内に入ってもよい時期だったので、感染対策をしっかりした上で、学生たちに手渡ししたことを思い出しました。大学に取りに来られない学生には郵送することも含め、さまざまな作業が発生したので、機械系の多くの教職員が協力して行いました。


<演習をやらないという選択肢もあった>

長藤: そもそも演習を始める前に、やるかやらないかという議論ありました。やらなくてもいいのではないか、という意見も一部にありましたが、今日集まった皆さん方を中心に「いや、やりますよ」という雰囲気になって動いたという経緯があります。「これやめちゃったら、ヤバイでしょ」という気持ちが関係者の間に芽生えてきたのだと思います。ただ、ものすごく大変だろうということも理解していました。

そういう議論をした上で、この演習がスタートしたということも、大きな節目だったかもしれません。あのときに「やめようか」となったら、ラクチンなSセメスターが送れたかもしれないですけどね。後ほど、4月のガイダンスの話をしますが(⇒第2回)、本当にみんなで、みんなをサポートするつもりでいきます、ということを言いました。教職員、TA、3年生みんなで機械系を盛り上げていきましょうと。

ところで、中根さん(製作担当の技術職員)にお聞きしたいのですが、途中でオンラインから対面に変わって、例年どおりスターリングエンジンの製作ができる、とガイダンスで説明されていたら分かりやすかったでしょうが、実際は5月中旬まで判断を保留しました。工房で学生のエンジン製作を支援していた職員として、対面での演習がなかったらどうなるんだろう?と当時思っていませんでしたか?


中根:僕、もう要らないんじゃないかと思いました(笑)


長藤:やはりそうでしたか。あの時期に、面と向かってそういうことは聞けなかったですが、オンラインが続いたときに、製作担当の方々が設計段階からどのように関わってもらえるかを、当時からぼんやり考えていました。自分にとっては、製作の現場で教育されている人の存在意義みたいなことを考える機会にもなりました。


中根:そうですね、今回はいろいろ意見を言いました。今まで設計はタッチしていませんでしたが、今回は設計も関わりましたから。これから学生たちが工房に来て、いざ作らせるときは、こっちも設計を手伝っていますから、文句は言えないですね(笑)

今までは、学生が図面を持ってきたら、「こんなんできるわけないじゃん」とか「じゃあ、自分でやってみな」とか、そういうふうに言ってきました。図面と学生が来れば、もうこっちのものですから。自分たちで作らせて、わからなければ「こうやって作るんだよ」と作り方を教えて、作れなかったら、僕がおかしいわけじゃなくて図面がおかしいんだって。図面どおりに作れば、図面どおりに組み立てられるわけですから。でも今回は設計のほうも参加しましたから、組み立てられないときは、こっちにも責任がある(笑)


<教育の成果を評価するのは難しい>

長藤:研究は研究室ごとに色々コントロールして、コロナ禍でもできることは進めて、その成果として研究論文という分かりやすいものがありますが、大学の教育は、はっきりとしたアウトプットがありません。学生たちが「ああ、やってよかった」と言ってくれたり、言ってくれなかったり、そういうフィードバックしかない。それに、どのように良かったのかという検証ができません。

でも大学という場で、学生たち、特に卒論の配属になる前の3年生が、友だちをつくる場として大学を見ている学生も少なくない中で、対面でできない授業・演習を教育と言うのであれば、友だちをつくる機会が極端に減っている学生のメンタルをフォローするような意味でも、教育というものを見直すような仕組みが必要なのではないかという気がします。

もともと演習は、一方通行の講義よりも、いろんな先生といろんな学生がしゃべったり、学生同士でしゃべったり、あるいはわれわれ教職員にとっても、コミュニケーションの場であったわけです。それがオンラインでの実施になって、それでもここまでやろうとなったのでラッキーでしたが、やっていなかったら本当にみんな孤立して、学生も職員も教員も、心がばらばらになっていた可能性もあるように思います。


土屋(学生):自分はTAの取りまとめのような役回りでしたが、いろんな先生方が気を遣って声を掛けてくだったので、とても感謝しています。これは別の機会にも発言したことですが、この状態が最悪あと2年、3年続いたとして、演習の中に対面も半分程度入れるとなった場合、学生によっては、祖父母と住んでいるなどの理由で、通学が難しいこともあると思います。そういったときには、大学に来なくてもいいし、来ないことは悪じゃないというか、来なくても同じようにコミットできるような環境が今後つくられていくといいのかなと思います。


伊藤:自分は学生時代、この演習がけっこう楽しかったです。学部時代で面白かったベスト3に入っているぐらいです。残念ながら今の状況では、完全に同じ経験をさせてあげることはできないけれど、提供側に回った身として、少しでもこの演習を楽しめる形にしたいなという気持ちでやっていました。期末のアンケート見ると、演習を楽しんだ学生、満足している学生が結構いたみたいなので、結果としてはよかったのかなと思います。


<150人余がオンラインで一同に会したり、分散して作業するための基盤構築>

千足:柳澤先生が、まずZoomとGoogle Meetの併用を提案されたように記憶しています。それから教員間の打ち合わせの中で、ZoomとMeetを一緒に動かすことをやってみて、なんとか行けるかなという感触をもちました。その後、ガイダンスのときに、試しに学生も含めてみんなでやってみよう、練習というか、なんとかなるか大人数でやってみようという話になり、実際やってみた。あのときになんとかならなかったら、終わっていましたね(笑) 


長藤:柳澤先生は、3月末ぐらいから先行して自主的にいろんなツールを試されていましたね。機械系全体の中で一番知っている人みたいなポジションになり、ヘルプデスクの人になりかけた(笑)


柳澤:講義も演習も最初に担当することになっていました。前例が何もない状態で、自分の担当をなんとかオンラインで実現しなくてはいけないと考えていました。講義はまだZoomのようなものを使えば、うまくできるかなと思っていましたが、演習の場合、グループワークがありますよね。それがむしろ演習の一番大事なところだと思います。それをいかにオンラインで実現するかというところに腐心して、いろいろ実験する中で、東大ですでにMeetとかWebexとか、いろいろなツールを契約していることが分かってきました。それらを試す中で、ZoomとMeetの組み合わせであれば、なんとかうまく演習が実施できそうだと思いました。


伊藤: 4月の前半は、准教授の先生方がすごく動いてくださっていて、当時はまだ他人事のように大変なんだなあと見ていましたが、スターリングエンジンの段階になってきてどうしようとなったときに、ここから自分も頑張ろうと思い、後ほど説明しますが、進捗管理のスプレッドシートを作成しました。

ゴールデンウイーク中に試行錯誤して、プロトタイプを作って、「こんなのどうでしょう、何か意見ください」とフィードバックをもらい、またそれを返してと進めていき、大体のひな形ができたのが、ゴールデンウイークの終わりぐらいでした。連休が明けて、この演習に参加される先生方に説明して、再度フィードバックをもらって最終形を作って、いざ演習開始となりました。思った通りにいったというよりも、試行錯誤しながら少しずつ改良して、演習が始まってからも細かいところで変更した部分もありまして、みんなと一緒にシステムを作っていったという感じです。


木崎:製作の一番の意義というのは、実際に加工ができるということだと思うのですが、その加工ができない状況で、どうしたら加工したような気分になれるかなということを考えていました。演習をオンラインでやる、実際に工作機械を使った加工をオンラインでやるって、すごく矛盾した言葉なのかなと思いつつ… でも実際にやってみると、オンラインでもできることは、かなりあるんだなと実感できました。来年以降、対面に戻るのがベストだと思いますが、オンラインだからこそ分かったこと、効率よくできたことは、来年以降も生かせるといいと思っています。


柳澤:システムの話とか、工程設計なども初めての試みで、教員側もよく準備したと思いますが、学生も2年生の演習時にたった3時間しかモノに触れてないのに、すごい創造力だなと驚きました。


千足:今回、オンライン化せざるをえない状況の中で、いろんな試みをして得られたものはとても大きく、大人数で一斉にできるとか、出張先からも演習に関われるという意味では、いろんな可能性が見えてきたように感じています。

今回、いろんな先生方、若い先生方にかなり負荷をかけてしまったところもあって、その努力に結果が見合ったかどうか分からない、評価が難しいところもありますけれど、少なくともやった甲斐はあったと感じています。そういう意味では、今後に向けた可能性もあります。しかし、やはり学生から見ると、何も触らずに設計をさせられて終わったら得るものは少ない、実際に最後に作ってみて終わるというところまで行かないとなんとも言えないかなと思ったりして…ピュアなオンラインだけでは限界があります。

教員側は本当に大変だったので、満足感は半端ないですが、でもここで終わってしまうとよくないというか、学生が作ったスターリングエンジンを見て、フィードバックをかけるところまでやるべきだと考えています。今回設計したもので実際にスターリングエンジンを作ったときに、全然回らないとか、動かないなんてこともありえます。

希望する学生には、実際に製作してもらうことも含めて、今後についてもいろいろ計画しているところです。そういう意味では、われわれの教育はまだ終わってないし、成功しているかも分からないし、終わってみてきちんと評価しなければいけないと考えています。 

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 この連載記事は「ポストコロナの未来社会に関する新たな研究課題のスタートアップ支援」の助成を受け、西村多寿子(東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 特任研究員)が執筆します。西村は、連載記事の文責を負い、関連動画の編集に関与しています。