東京大学大学院工学系研究科
ポストコロナ社会の未来構想
教育・研究の取り組み
学術戦略室 特設サイト
学術戦略室 特設サイト
「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~ 」
オンライン演習の内容や実施方法を決定したのは、主に教員(教授・准教授・助教など)でしたが、急ごしらえで計画した演習を円滑に進めるには、技術職員のサポートが必要不可欠でした。Sセメに行われた「機械工学総合演習第二」に関する連載の最終回は、これまでにないタスクをこなした技術職員の方々の奮闘ぶりと、「改良設計」という新たな演習を立ち上げた非常勤講師の思いに迫ります。
【Zoom座談会・登場順】
長藤圭介(機械・准教授、写真上段中央) 諸山稔員(機械・技術職員、下段左) 渡辺誠(機械・技術職員、中段右) 永山直樹(マテリアル・技術職員、上段右) 福井隆史(富士フィルム・非常勤講師、中段中) 中根茂(機械・技術職員、中段左) 千足昇平(機械・准教授、下段右)
【聞き手・編集 西村多寿子 上段左】(取材日 2020年9月14日)
長藤:今日お集まりくださった方について簡単に紹介させてください。4月にCAD演習が4回ありましたが、ここで活躍されたのが諸山さんです。スターリングエンジンの手描き設計やCAD設計あたりは、前回集まった教職員が担当し(⇒第1回)、工程設計のところから技術職員の永山さん、渡辺さん、中根さん、浜名さん(座談会は不参加)が、現場の立ち位置から学生たちにアドバイスをしてくださいました。その後に改良設計がありまして、福井さんが尽力されました。福井さんは、本職は富士フイルムの設計者ですが、本学科学部時代の卒論がスターリングエンジンで今も趣味でスターリングエンジンを製作しコンペにも出されていて、非常勤講師として長年ご協力くださっています。
私は演習全体のスケジュールを担当しましたが、諸山さんはスケジュールを文字起こししたり、Zoomの部屋をつくったり、準備段階から関わってくださいました。4月のガイダンス前に、演習全体をどうするかといったところから、思い入れがあるのではないでしょうか。
諸山:コロナで新年度の演習はどうなるんだろうと心配していましたが、まさか本当に全部オンラインになるなんて、夢にも思わなかったですね。準備は、ほぼ全て長藤先生がやってくださいましたが、自分はとにかく言われたことを一個一個こなさないと演習が始まらないので必死でした。Zoomの調整をしたのは、なんとなく覚えています。でも雑務的なことが多かったし、正直、その後のほうがもっと大変で… とんでもない時期に引き継いでしまったというのが本音ですが、後に味わった苦労のことを考えると、準備段階のことは記憶が薄いです。
長藤:諸山さんの言葉で思い出しましたが、技術職員の中で一番Zoomを使っていましたね。教員は自分の授業があるからZoomを立ち上げますが、職員の方は、基本的にそういう機会がありません。演習は週4回もあるので、授業を持っている教員は他のZoom部屋を作ることができません(メインホストが同時に複数の部屋をつくれない)。それで諸山さんにお願いしようということになり、演習はずっと諸山Zoom部屋で行っていました。
諸山:初めのうちはトラブルが多くて、演習が始まって10数分でZoomが落ちることが何回かありました。最初のうちは僕も心配だったので講義に入っていましたが、Zoomが落ちて立ち上がらないことがあると、そのたびに心臓がキュンと縮まる思いをしました。結局何ができるというわけでもないので、Zoomが再び立ち上がるのを待つしかなかったのですが。
長藤:ZoomでCAD演習に入って気づいたことはありますか? これまでの演習と違って、やりにくかったこととか。
諸山:たしかに、やりにくかったです。これまでは、学生さんが分からないと言って手を上げると、その学生さんのところに行って、一緒に操作しながら「これでできたね」という感じで教えていたのですが、Zoomだとそれができません。学生さんの画面だけが出てきて、どこを押せ、何を押せと一個一個指示しないといけない。
困ったことにCADのソフトは、皆さんが一般的に使っているWordやExcelと違って、結構バグがあるんですね。途中で止まることが頻繁にある。そこにきて学生が慣れない作業をしているものですから、プロはやらないような、こねくり回したことをやるわけです。従来なら、ソフトが止まってしまったときに「これ駄目だ、バグだね。申し訳ないけど立ち上げ直して」と言えるんですが、いかんせんバグなのか、操作の仕方が間違っているのか、オンラインだと見分けがつかないので、二の足を踏みました。
TAはその辺のところをカバーしてくれるので、ものすごく助けらましたが、演習一回一回、暑さとは違う嫌な汗をかいた記憶が残っています。
一つ気になったのは、実際に操作を理解しているから手を挙げないのか、分からなくても手を挙げないのかが、こちらから見えないことです。対面でも教室を回って近くに行くと「すみません」と遠慮がちに手を上げる学生さんもいれば、ずいぶん遠く離れた位置からでも、手を挙げてくれる学生さんもいます。
CAD演習の後、CAD設計の授業で学生がつくった図面を見たときに、壊滅的な図面も相当ありましたので「遠慮して質問しない学生さんがいたんだな」「オンラインのGoogle Meetの中でも巡回して見ていくことが大事だったんだな」と思い知らされました。こちらも初めての演習スタイルで余裕がなかったことは確かですが、あとになって反省しています。
<製作担当の職員が設計の授業に参加>
長藤:もう一度、総合演習の流れを説明させてください。
まず4回のCAD演習で、CADの使い方を学びます。その後、手書き設計の3回でコンセプト設計と性能概算をやってもらいます。このあと1回目の中間試問があります。これは対面のときも同じです。
その後CAD設計。CADを使って実際に寸法を決めたり、材料を決めていったり、組み立てを考えるというのが7回あり、この途中で2回目の中間試問があります。最後の3回、CADで仕上げていって、ちゃんとした図面にします。ここで最終チェックがあります。今年度、実製作の代わりにオンラインで行った「製作工程設計」と「改良設計」は、最終チェックで一度図面にした後の話になります。
過去の記事にまとめられていますが(⇒第2回)、 5月中旬ぐらいに、学生に「オンラインで演習します」とアナウンスしたのですが、そこで設計側の教職員だけでなく製作の方々のお知恵を借りなければ、うまく回らないだろうという話になりました。
渡辺:あの頃は、自分はまだSlackを使ったことがありませんでした。長藤先生からSlackを使うように言われて、まだ十分に使いこなせていない時期に、中根さんや永山さんは学生からの質問にすばやく対応していました。永山さんは、機械ではなくマテリアルの所属ですが、専攻を越えて学生にアドバイスしてくださって、すごく助かりました。
皆さんに刺激されて、後半は自分も少しずつSlackで学生の質問に答えるようになりましたが、あとから振り返ると間違った回答があったかもしれないと思います。でも、そのときの質問者が誰だったのか、人数が多過ぎて分からなくなった。対面でやると、なんとなく顔を覚えているのでフォローできるのですが、後でもっといい方法を思いついたときに元に戻り切れなかったのは、反省点だと思っています。
長藤:渡辺さんのコメントにもう少し追加すると、設計の教職員はSlackを使って学生たちとやり取りすることに比較的慣れています。でも製作の人はコロナ前にはSlackは不要でした。製作の方々にも同じようにやってほしいと頼むのは、私としても無茶ぶりに近いのは認識していましたが、技術職員の皆さんは本当に頑張ってやってくださったと思います。
通常授業のときは、製作の人が設計に加わることはありません。製作担当の仕事は、学生達が設計を終えた図面を持ってくるところから始まって、製作のためのお世話をすることです。したがって、どういういきさつでその図面になったかがよく分からないまま、お手伝いしてくださっていたということです。
渡辺:ふだんは設計して図面ができあがった段階で、われわれが工房で実製作や加工を担当します。その際に初めて図面を見ます。でも今回は、ZOOMやGoogle Meetで設計の途中から少し関わったので、製作の立場からアドバイスすることができました。その点では、従来の対面のときよりも良かったと思います。
永山: 僕は、最初のほうは、学生への対応もときどきしていましたが、全体としては、できるだけ裏方に徹していました。学生対応は、機械の先生方と職員さんでやって、ちょっと抜けたときにだけ対応する感じだったので、学生サイドのほうは正直あまり分からないところがあります。ただ、意思疎通が取れている子と取れていない子では、対面時よりも相当差が出る感じはしました。
もう一つ、教職員間での意思疎通が濃密にできたのも良かったです。Google Meetの中で、教職員の反省会みたいなところがあって、そこでは率直な意見交換ができました。「あの先生、こんなこと考えているんだ」「こんなこと言っていいんだ」とか、対面ではあまり言えないような話題も出ていましたし、千足先生や長藤先生は与太話もしてくれるし、こちらもざっくばらんに話せて面白かったです。
福井:演習の後、教職員がMeetで話し合う場があったのは、非常勤の私にとっても、とても助かりました。授業に毎回出ているわけではないので、学生たちの状況が把握できないこともあります。でも今年は頻繁に状況を聞く機会があったので、「学生たちは、こういうところで困っているんだな」とわかるし、進捗管理スプレッドシートを参照することもできるので、「この班は今こういうことをやっているんだ」「○○先生はこんな助言をしたんだ」と、状況が班ごとに時系列で分かりました。
長藤:設計の教員間でも話したことですが、これまでは製作現場の事情がよく分からないまま設計を教えていたところもありました。それが設計と製作の教職員が一緒に学生にアドバイスすることによって、お互いの立場が理解できたのは良かったと思います。学生のアンケートの中にも、「設計の人と製作の人が同時にアドバイスをすると、立場によって設計の考え方が違うんだと気付かされた」という言葉がありました。対面に戻ったとしても、こういう要素は残すほうがよいと思います。
<新たな演習 ―改良設計>
長藤:福井さん、「改良設計」という新しい演習を立ち上げたときの話を聞かせていただけますか? 新しい演習ということで、講義資料も新たにつくってくださいました。
福井:製作の回で最後に動かないという学生たちのエンジンをどれだけ動かすかというのが、元々の私のミッションなのですが、一回設計したら、作りっぱなしになっているのは、ずっと前から気になっていました。本来、製作したものについて考え直すのが一番いいとはいえ、一回設計したものを一度振り返るだけでも、学生たちの学びになったのではないかと思います。
16班の改良設計 提出シート
長藤先生や千足先生は、改良設計をやると僕が大変になるのを、なんとなく分かって遠慮されていたんじゃないかなと思う節があったのですが、私としては以前からやりたかったことなので。せっかくの機会だし、ある意味、非常時でどうしようかと考えなければいけない時期だから、私もやりますと言いやすかったところもあります。コンテンツをつくるのは大変でしたが、結果的にはよかったと思います。
長藤:改良設計と一言で言っても、限られた演習時間の中で、どんなレベルの改良をさせるべきか、どういうふうにガイドすべきかという問題があります。ガラガラポンで全部書き直すことはしないほうがいいですが、かといって、重箱の隅をつつくような「ちょっと削って薄くなったから軽くなりました」を改良と言っていいものか… その辺のうまいあんばいを、福井さんにすごく考えてもらった記憶があります。
福井:今回、Google DriveにCADの図面などが入っていて、僕も事前に全34班分の図面を見ることができたので、学生たちが大体どういうことを考えて、どういうところが足りてないかを、あらかじめ把握することができました。実際には4つの班とディスカッションする形になりましたが、普段だと、図面を紙に出して試問する先生にしか見せないから、全部の班の図面を同じように見ることは難しいんですね。でも今回は、全部の班の改良をイメージしながらできたという意味では、そういう環境があったからできたと思います。
<必死に頑張りました。ただそれだけです>
永山:今回のシステムですが、最初「CAD設計にちょっと出てよ」と言われて、ZoomやMeetやSlack、進捗管理シートなどを使用して授業を展開すると聞いたとき「こんなの絶対無理」って一瞬思ったんですよ(笑) はっきり言って、こんなの全然分からない。操作は分からないし「Slack入ってよ」と言われて入った途端、バンバン連絡入ってくるし、「どうやったらいいの」とずっと悩んでいました。最初に中根さんと一緒に「無理ですよね、あれね」と言いつつ、ああだこうだと試行錯誤しました。とはいえルーチンワークだから、一回慣れてしまえば要領はつかめてきて、それでも失敗しますけど、何とか回っていきました。
すごいなと思ったのは、4月下旬、5月ぐらいの段階で、オンラインで授業するシステムができあがっていたということです。正直なところ信じがたくて、こんな複雑なシステムをつくっているのに、職員も学生もよくついていってるなと思いました。まあ、ふたを開けてみると、ついていけてない学生もいたのかなという感じはしないでもなかったですが、導入のところは簡単な説明だけ。やり慣れている子は大丈夫でしょうが、おっかなびっくりの子もいて、その差は出やすい。
長藤:一つ言い訳させていただくと、5月の段階では、まだ完成はしてなくて、授業を回しながら、みんながどういうふうに使うかを話し合いつつ、徐々に連動して仕組みができあがったという経緯があります。「導入のところの説明が簡単すぎる」というのは確かにおっしゃるとおりで、来年だったら丁寧にできるかもしれないですけど、3年生も含めてみんなでつくり上げた、そういう仕組みだと思っています。
製作の方々も、Slackの使い方とかMeetの使い方、ああいうふうに使われたから、そういう仕組みができあがった、ということだと思います。中根さん、中根さんは基本的に常時工房におられ、対面で学生の製作に関わってこられましたが、今年は状況が一変しました。これまでの職員の方々の話聞いて、何か言いたいことはありますか?
中根:これまでSlackもMeetもまったく使ったことはなかったですが、周りの人のおかげで、こうやってできるようになりましたね(笑) 必死に必死に頑張りました。ただそれだけです。
千足:今後(夏休みとAセメ)希望者はスターリングエンジンを製作することになり、対面とオンラインのハイブリッドでやっていくということで、工房の使用を少しずつ再開していますが、学生たちは来ていますか?
中根:今ぼちぼち…まだ学生がなかなか来られない感じですね。よく来る学生はいますが、来ない班は全く誰もこない。みんな遠慮しているのか、だるくなっちゃったのか、よく分からないです、僕のほうでは。
長藤:徐々にという感じですね。チームでやっているので、ひとりだけが突っ走ってもよくないでしょうし、かといっていったん解散したメンバー全員でまた集まってというのも難しい中で、うまく入れ替わり立ち替わり、役割分担しながら、オンラインでコミュニケーション取りながら進めるというのは、まだ難しいんだと思います。
中根:彼らも元々知り合いではないんですよね。オンラインでは会っているけれど、まだバーチャルな状態なので、急にリアルな加工をしようという気にあまりなれてないのかなと。そういう意味では、先ほどおっしゃったハイブリッドになってない、かい離しちゃった状態なのかなという気もするし、今後どうなるか心配しています。
《 編集後記 》
第1回と第4回のインタビューに登場してくださった技術職員の中根茂さんは、工学部8号館地下2階にある「ナカネ工房」の管理者です。コロナ禍の工房の様子や、中根さん自身の心境の変化について伺いました(追加取材 11月6日)。
教育・研究活動が再開されるまでは、工房にて独りで過ごす時間が長く、あまりの静けさに恐怖を感じることもあったそうです。また自分はここにいてもよいのかと悩み、早く帰宅することばかり考えていたとも語っておられました。学生がまだ工房を利用できない期間に、中根さん達は、工房にある工作機械の使い方を説明するビデオを作成しました(動画撮影中の中根さん(写真左)と永山さん(右))。
現在は学生がちらほら工房に姿を見せるようになりましたが、このビデオを閲覧してから工房に来る学生のほうが、作業効率が格段に高いそうです。感染予防のために工房で作業する人数を制限していることもあって、工房にある装置の使用をめぐる順番待ちは少なくなり、学生達は余裕を持って工作していて、部品も精度が高いものが出来上がっているとのこと。
グループ分けした34班中、半分くらいの班が製作を開始し、スターリングエンジンがそろそろ完成する班もでてきそうだとのお話でした。
「平時は、4人が現場に来て現物を見て作業しながら話すことで仲良くなる。今期はオンラインで、そういう機会がなくなっている。1人ポツンとしている学生をみるとかわいそうに見える」―中根さんの学生への眼差しはとても温かく、直接声をかけなくても一人ひとりの様子を見ておられるようです。
学部3年生を対象とする「機械工学総合演習第二」の模様を記録した連載記事は、今回で終了です。Sセメで本演習を履修した学生の多くは、Aセメで「創造設計演習」をとっていて、オンラインと対面を組み合わせた演習が現在進行中です。スターリングエンジンの実製作はどうなったのか、創造設計演習の自由課題で学生たちはどのような作品をつくるのか、今後も追跡していく予定です。
*********************************
この連載記事は「ポストコロナの未来社会に関する新たな研究課題のスタートアップ支援」の助成を受け、西村多寿子(東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 特任研究員)が執筆します。西村は、連載記事の文責を負い、関連動画の編集に関与しています。