東京大学大学院工学系研究科
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「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~ 」
シリーズでお伝えしている機械工学総合演習第二の取り組み。前回までは、指導に携わった教職員とTA(ティーチングアシスタント)にお話を伺いましたが、今回の対象は、演習を受けた工学部3年の学生達です。スターリングエンジンの設計等をグループで行うため、オンライン上に34個の班がつくられましたが、その中で「16班」と「19班」の学生を中心に取材協力してもらいました。
オンラインツールを駆使して自宅から参加した彼/彼女らは、史上初のオンライン演習にいかに取り組み、何を思ったのでしょうか ―
【Zoom座談会参加者】
日塔諒太(16班/写真 2段目左) 福元康平(19班/2中) 細川真嗣(19班/2右) 磯野将希(2班/3段目左) 長友郁哉(16班/3中) 古田千花(19班/3右) 根本悠司(16班/4段目左) 中村優太(16班/4中) 福岡直也(19班/4右)
千足昇平(教員/1段目左) 長藤圭介(教員/1段目中)
【聞き手・編集】西村多寿子 (1段目左)
<Zoom、Google Meet、Slack、LINEの併用>
―事前アンケートの回答では、SlackとLINEはスマホを使った人と、LINEのみスマホを使った人が多かった一方、パソコンでZoom、Meet、Slack、LINEとすべて対応した人もいたようです。総合演習を受講した際、PCとスマホやipadなどをどのように使っていたかを教えてください。
日塔(16班):大学から配付されたパソコンは、基本的にCADを立ち上げていて、Google Meetに入って、Meetの画面共有でCADの画面を見せて、3Dで回しながら「ここのネジが干渉してるんだよね」などと話してました。それとは別に、Jamboardで部品のラフな絵を描いて、「こういう部品をつくっていこう」「こういう形の部品が欲しいんだよね」と話し合いました。
福元(19班): 自分の場合は、学科配布のWindowsのパソコンと、自分が持ってるMacのパソコンにiPad、場合によっては携帯も使い、最大4デバイスでやっていましたMacBookでZoomに入って、学科PCでMeetとCADをやって、iPadでJamboardをやり、スマホでSlackを見るみたいな感じです。
福岡(19班): 画面を2台、デュアルディスプレイにして、下にCADを出して、上にZoom、Meetを出していました。講義が流れているときは、基本的にグループワークはないので、必要に応じて上下画面を切り替えていました。
日塔(16班):班の中には、大学から配付されたパソコンとは別に、iPadを持っている人が結構いました。それで部品の図をスキャンして、Jamboardにスキャンした画像を入れて、班員それぞれが「ここの隙間は、もうちょっと開けたい」「ここは何ミリだね」と言いながら書き込んでいました。
Jamboardは、文字も書きやすいし、図面を貼り付けて、そこに書き込んでいく形で、「ここのところ、もうちょっと削ってもいいよね」というふうに、図面に記しながら会話ができました。授業時間だけでは足りなくなり、4人で集まってやろうとなったときに、夜の11時から2時に集まったことがありました。これは、オンラインだからこそ可能だったと思います。
演習がはじまってから、班の4人は、実際の対面では会っていません。もちろん会ってみたいと思いますが、ほぼほぼ会っているかのような感覚はありましたよ。週に4回も演習があり、午後はずっとZoomで繋げてやっているので。
<学生が主体的に動いた>
-ガイダンスの前に、演習に参加する学生が全員Slackに入っているかを確かめたり、学生が多方面で主体的に動いてくれた、という話を聞いています。オンライン授業が始まった当初は、出欠をとるにも長時間かかっていたところ、ある学生が出欠を短時間で確認できるアプリを作ってくれて先生が感動した、という話も聞きました。
福元(19班):僕ら学生がつくっているワークスペースでSlackに入っている人数を数えてみたところ、今回演習に参加する137人ほぼ全員いるようだったので、先生方と学生間のSlackもつくったら、もっと円滑にコミュニケーションができるのではないかと、先生に話しました。
(教員)長藤: Slackは、グループチャットのツールですが、LINEよりも長い文字情報を扱えますし、過去ログを読めば、後から入った人でも、それまでの経緯を追うことができます。加入は強制できないので難しいところではありますが、学生のあいだでの利用状況を聞いてもらい、教職員も入り、みんなが助け合う仕組みをつくりました。
(教員)千足:授業の出欠については、当初は先生方に「Google Meetの小部屋に入ってチェックしてください」とお願いしましたが、収拾がつかない状況だったときに、「アプリつくりました。ここクリックしたら終わりますよ」と磯野くんが申し出てくれて、僕はあのとき感動しました。その場にいる教職員、TA、学生が「これはやばい状況だ、一緒に助け合うしかない」という気持ちを共有していたように思います。
(教員)長藤:磯野くん、そのときの思い出ありますか。「頼りないな、こいつら」と思ってアプリをつくってくれた?(笑)
磯野(2班):最初に出欠を取ったときに、すごく時間がかかっていたのは印象的でした。これが毎回続くぐらいだったら、ちょっと勇気を出してやってみようかなと思いました。Slackはもともと所属するサークルで、よく使っているコミュニケーションツールだったので、自分の得意が生かせればと思いました。
(教員)長藤:最初は出欠だけで30分ぐらいかかっていたんですよね。Slackは活字だから手を上げやすい、発信しやすいとはいえ、137名の学生がどういう雰囲気で、どういうふうに見ているかも分からない中で、先ほど「勇気を出して」と言ってくれましたけど、あのようなメッセージのを発信するのは非常に勇気のいることだし、そういう様子をみて教職員も「しっかりしなきゃ」という気持ちになりましたよね。ありがとうございます。
16班の共有画面
19班の共有画面
<班ごとに個性的な作品が完成>
―各班でつくりあげた作品の概要、その形に至った経緯などを話してください。
日塔(16班):僕は16班のリーダーでした。メンバーは、長友、中村、根本と僕の4人です。最初にどういうエンジンをつくるかというコンセプトを決めるのですが、うちの班では、『できるだけ小さくて軽いけれど、出力がちゃんとあるものをつくる』というコンセプトにして、それを実現するために、どういうピストンを使うか、どういうリングの大きさにするかを決めていきました。
それから実際の寸法通りに描いたらどうなるかを考えて、班内で共有した後に、設計に入っていきました。部品がたくさんあるので、4人がそれぞれ担当を決めました。ある程度細かく決めているつもりでしたが、それでも詰め切れてなくて、設計の後に組み立ててみたら、ベアリングの厚さとか、意外とかみ合わないところが発生して苦労しました。
1回組み上げた後に、中間試問で見てもらって、先生方から「これだと組み立ての誤差が生じるんじゃないか」との指摘を受けました。それまではつくることしか考えていませんでしたが、「組み立てるときにいかに精度を高められるかというのが、これだと担保されないよね」と言われことがありました。
長友(16班):製作ができなかったことで、設計したものを実際につくったらどうなるんだろう?とは思いました。でも実製作がなかった分、工程設計という、時間やコストなどを計算する演習が新しく入ったと聞きました。あれって今年からですか?
(教員)長藤:はい。今年からです。
長友(16班):僕が担当したフライホイールという円柱の部品は、学校に用意してある直径のサイズではないので、自分たちで少し削らなくてはいけなかったのですが、それを工程設計で、何時間くらい削れば完成するのか計算しました。計算前は、30分程度でできるのかなと思っていましたが、計算したら3~4時間かかり、お金も結構かかることがわかりました。製作ができなかったのは残念ですが、その時間を使って工程設計ができたのは、新しい感覚を知ることができたという意味で良かったと思います。
根本(16班):個人的にはCADの使い方で、苦労したところはありました。最後に、日塔がフルアッセンブリをしましたが、ネジとかがいろいろ消えたりして、うまくいかないことが何度もあったので、これはオンライン特有かと言われると、どうなのか分かりませんが、そこは結構苦労したと思います。対面だと、CADはどういうふうに使う予定だったのですか?
(教員)長藤:対面でもデータはオンラインで共有することになります。でも今回のオンライン演習では、画面自体を4人で共有するのが大きな違いだと思います。
中村(16班):僕は自宅から演習に参加すると、同じ部屋に家族がいるので、気を遣ってあまり議論に参加できないところがありました。それは対面のほうがよかったかなと思う部分ではありました。でも周りの3人が議論してくれて、自分も手を動かす仕事はできました。
(教員)千足:演習全体を通して、学生間や教員とのコミュニケーションはどうでしたか? Meetで十分だったという感じですか? それとも相談しにくいのか。
根本(16班):本音を言えば、対面が一番いいですね。全然違うと思います。対面のほうが意思疎通が早いですし、対面だったらもっと早く図面ができたんじゃないかと思います。でもできないなりに、お互いで補い合ってやるという経験にはなったので、それはそれで良かったところもあると思います。
<オンラインでは他の班の様子がわからない>
―16班に引き続き、19班の話を聞かせてください。
福元(19班):19班のリーダーの福元です。うちの班は『α型2ピストンというエンジンをつくって、出力を上げる』というのが一番のコンセプトで、エンジンとして回る部分と車輪の部分があります。車輪と併せることで、エンジンとして走る車みたいな感じです。
対面の演習だと、休み時間に他の班の様子を見に行ったりして雑談しているうちに「ああいうふうにやってるんだ」となんとなく分かるのでしょうが、オンラインだと自分たちの班以外が見えないのが残念なところだと思います。一方で、Excelとかファイルの共有は、オンラインはやりやすかったです。先生方のフィードバックも図面に書き込まれる形だったので、それを手元で見ることができました。
細川(19班): CADを1回組んでしまうと、例えば1カ所を変更したいときに、いろんなところを直さなきゃいけなくなって、それぞれが分担して行った作業の枠を越えて修正しなければならないことが起こります。最終的に時間なくなってきたときに、今からだと間に合わないかもとなって、作業量と相談みたいな形になってしまう。最初に手描きで、しっかり詰めてからCADをつくったほうがいいという考え方もあると思いますが、僕らは先にCADを組みました。
リーダーの福元くんが、最初の段階で大雑把に「こういう感じでいこう」と決めてくれたから、その後がスムーズに進んだ印象がありましたが、最初の一歩が、対面のほうが話しやすかったり、周りの様子を見ることができたりして楽なのかな、と感じました。
古田(19班):オンラインでは実物が見えていないので、「エンジンは大体どのぐらいの大きさなんだろう」みたいなサイズ感が分からないのが難しかったです。先生が撮ってくださった映像はあったのですが、決める寸法がいっぱいあって「それは、どのくらいの大きさ?」みたいなサイズ感がなく、計算で出した結果が少し不安なときに、他班の様子が見えないところもつらかったです。
福岡(19班):オンラインだと、実物の大きさが確認できないこともありますが、さらに実物を通して「○○がこうだから、ここをこうしたい」という意見交換ができないところがきつかったです。ただ、他の人も言ってくれたように、時間帯を問わずに話ができたり、資料を常に見ることができたのは良かったと思います。
16班の共有画面
19班の共有画面
<雑談も大切>
―オンラインの講義は、基本的に先生が一方的に話すので、学生同士のコミュニケーションが取りづらかったけれども、演習は、スターリングエンジンのために集まっているとはいえ、雑談というか、スターリングエンジンと関係ない話をグループの中でできて良かったという話を聞きました。
古田(19班):オンラインだと、他の授業で課題が出たときに、「分からない」「困ってる」というのを相談できる人が全然いません。その点、演習のすきま時間などに、そういうことを相談できたのは、とても助かりました。
日塔(16班):うちの班でも、会話の延長でJamboardを使って、数学の課題どう?とか話したことがあります。演習の時間外でも質問しやすいのは同じ班の人だったし、いろんな課題を共有するコミュニティになりました。
(教員)長藤:あえて雑談しろと、こっちが言うわけではないわけですけど、そういうふうに使われていたのは良かったと思いました。講義しか担当してない先生は、その辺がすごく不安で、小テストを出して「5分、10分でちょっとやってみて」というつもりで出したのに、学生はすごく頑張って30分とか1時間とか使っていることがあって、それが後で分かったと。対面だと「これは適当に出しとけばいいやつか」「これは成績に関係するんだな」みたいな雰囲気がなんとなく伝わるけれど、オンラインだとそういう雰囲気の共有が難しいですね。
<教職員と学生が議論する場>
―オンラインで行った『中間試問』の感想を聞かせてください。事前アンケートでは、役に立ったか否かの質問だけだったので、どういうふうに役に立ったのか教えてください。例えば、長藤先生が3つの班の試問を行うとしたら、1班目の試問を2班と3班の人が見学するような感じですか?
福元(19班):そうですね。各先生が担当する班がいくつかあって、最初に発表する班のところに、他の班の人が入るみたいな形でした。そういうときに、他班の足並みというか、どれぐらい作業が進んでいるかが分かりました。
(教員)長藤:中間試問自体は成績に関係せず、各班の進行状況を確認して、アドバイスをする場です。対面だと1班に1人の教員が対応しますが、2人目の先生が入るとちょっと窮屈なぐらい、ましてや他の班の学生がそれをのぞくというのは不可能です。しかしオンライン中間試問は、物理的・空間的な制約がなかったので、他の班の学生や教職員も見学できる形で行いました。
各班に共通のよくある質問やコメントは結構あるので、「前の班でアドバイスしたことと同じだよ」と言ってあげれば時間の短縮になり、その班に特有のアドバイスに集中できます。これは、教職員側のメリットですね。中間試問について、何かデメリットはありますか? さらし者みたいだと思ったとか。
日塔(16班):うちの班は最初の班にあたったので、全ての人がやってきての試問でしたが、特にデメリットは感じませんでした。
中間試問の後も、僕たちの質問を受けるために、先生方が班のMeet部屋に来てくださったのですが、毎回違う先生が来てくださると、着眼点、最初に目を付けるところが違います。「ここの角をどうするの?」といきなり聞いてくる先生もいるし、「ここの幅がちょっと長くない?」と言ってくださる先生とか、先生方も発想の違いがあることがわかりました。
それから複数の先生方と議論するという点で、思い出深いエピソードがあります。改良設計で、作成時間の見積もりというのがあったのですが、そこでクランクのパーツをどういう手順で切っていくのがよいのかを考えていました。それで分からないことがあったときに、技術職員の方に質問していたら、他の職員に聞いてみると言って、その方も他に聞いてみるとなって、気付いたら5、6人の先生がうちのMeetに集まってきて、先生方で議論が活発に交わされていくという展開がありました。「T字のパーツの場合は、穴と穴の距離を保つことが大事だから、それ以外の部分はどうでもいいんだ」という意見とか、重要視する部分が違う様々な意見が聞けて面白かったです。
(教員)長藤:先生によって言うことが違うというのは、対面でもよくあることですが、5人の先生が同じMeet部屋に入ったというのは初めて聞きました。そこは結構つぼにハマった設計だったんじゃないですかね?
日塔(16班):T字のリングの削り方がどうのこうのという議論が、盛り上がったところだったと思います。どういう順序で削っていけばよいのか、最初は全然分かりませんでした。お手本のテンプレートの設計工程では「ココとココを削った後に、ソコを削る。ココも削り取る」みたいに書いてありましたが、あまりイメージが湧きませんでした。
(教員)長藤:答えは1つではなくて、どういう形にしたいかによって、あるいは、どこをきれいにつくりたいのかにもよっても、答えが変わりますね。学生がどうしたいかというのが常にあるので、それに対していろんな先生がいろんな方面から意見を言って、おそらくその時も、最後に決めるのは学生というスタンスで意見交換が行われていたのだろうと思います。
製作工程設計では、工具の付け替えの順番まで検討します。本年度は、実製作に変わるオンライン演習として、「製作工程設計」と「改良設計」を加えました。今後、実際に製作しない場合には、製作の疑似体験かもしれませんが、これからつくっていく場合には、シミュレーションという言い方ができると思います。
総合演習は、われわれの教育の実験ではないから、シミュレーションをやった学生とやっていない学生のあいだで、実製作がどうなったかという実験ではありません。今年の学生は、これらの演習を組み込んだので、シミュレーション後に実製作をすることしかできないですけれど、教員目線で言うと、実際にどういうつくり方があって、その中でこういう理由で特定の作り方を選び、それにどれぐらい時間かかるかを検討したのは、非常にいい経験だったのではないかと思います。
(第4回に続く)
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この連載記事は「ポストコロナの未来社会に関する新たな研究課題のスタートアップ支援」の助成を受け、西村多寿子(東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 特任研究員)が執筆します。西村は、連載記事の文責を負い、関連動画の編集に関与しています。