東京大学大学院工学系研究科
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「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~ 」
本連載の第1~4回で取り上げた「オンラインものづくり演習」は、Aセメ(秋学期)に入り、さらに”進化・深化”しました。学生たちが製作した作品を紹介するシリーズ第2弾は「DE&SV」です。DEは「デジタルエンジニアリング」、SVは「シミュレーション&ビジュアライゼーション」の略、と言っても何のことだか想像しにくいですが、とびきり優秀な学生たちの”思考と試行の産物”を ぜひご覧ください! 【聞き手・編集 西村 多寿子】
DE
「デジタルエンジニアリング演習」では、CAD (Computer-Aided Design)→CAE (Computer-Aided Engineering)→CAM (Computer-Aided Manufacturing)→実験による性能評価という近年の“ものつくり”における一連の設計過程・設計ツールを経験することにより、機械工学における創造プロセスを体験、理解することを目的にしています。揺れない梁や、ヨットのように流れに逆らって上流に進む物体形状の設計・製作を実際に行い、性能を競います。これまで学習してきた材料力学、機械力学、流体力学、設計・生産の知識を総合的に用いて設計を実践する能力を磨きます。
今回の課題は「流れに逆らって早く走る翼の形状を作る」というものでした。水槽の端から端までを、流れに逆らって最速で走る翼を作成したチームが勝ちというルールで、チームごとに形状を考えてもらいました。
流れの中に置いた物体が流体からどのような力(揚力、抗力)を受けているのかを考えれば前へ進むための形状の必要条件が見えてきます。今回はさらに「断面積が大きく、かつ外周が短い形状を作る」という制約をつけて競ってもらいました。
【優勝】21班
私たちは、この演習で流れとはほぼ逆の方向に進む翼型を設計しました。逆に進むための条件は、抗力に対し揚力が十分に大きいことです。加えて、今回は周長を短く、面積を大きくという制約がありました。
最初は班員それぞれに形を作り、後端(先端)が膨らんだような形が一番性能がよかったので、これを基本に次の形を作っていきました。途中段階で、前縁がいいというコメントを頂いたので、下部や後縁を変更し、CFDの解析結果では十分な性能をもつ形が完成しました。
ただし解析では良くても進まなかったこともあり、最後に作った形については、形のデータを班員で共有してそれぞれに解析を行い妥当性を確認しました。
中村:最初は班員それぞれに形を作り、一番性能がよかった形を基本にして次の形を作っていきました。先生方にコメントをいただきながら、提示された目安を満たすまで改変を続けました。最後に作った形については、形のデータを班員で共有してそれぞれに解析を行い妥当性を確認しました。先生方が解析しない段階で形を見ただけで「この形進みそう/進まなさそう」とコメントをされていたのが印象に残っています。
(DE担当教員によると、明らかにダメだろうというのは形を見ただけでだいたいわかるが、たまに予想を裏切ることがあり、そこが面白い。7割ぐらいは予想がつくけど、あとの3割はどうかな、という感じだそうです)
田島:全部で3回計測があり、最初の2回はうまく進まなかったのですが、最後進んでくれてよかったです。オンラインでの作業は対面に比べコミュニケーションをとりづらかった分、自分の言いたい事を的確に伝える練習になり、また相手が何を理解していないのかを意識して話す訓練にもなりました。オンラインには一つの場所に集まる必要がないので集まりやすいという利点もあると思います。
長友:演習を通して、飛行機の翼が美しいことがわかりました。自分たちの作成した翼を見たときは特にきれいな形だとは思わなかったのですが、年末に帰省した際、実際の飛行機の翼を見て、実際に社会で役に立っている飛行機ってめちゃくちゃきれいだと思いました。当たり前かもしれないけれど、学生とはレベルが違うところがあるんだとわかりました。
豊田:翼の形状について解析をたくさん行って、いろんな形状を試しました。 皆で試行錯誤しながら作品を作り上げたこと、また流体力学やプログラミングで学んだことを実際に物作りで実践できたことは、とても有意義な経験になりました。社会に出ている既存のものは製作者の試行錯誤の結果なので、簡単に再現できるものではないのだとあらためて感じています。
DE演習担当教員から <理論だけでなく制約があって形が決まることを感じてほしい>
杵淵:流体力学的にどういう形が理想的かというのは、理論としては答えを出すことはできるんです。ただ、実際にはいろんな制約条件があったうえで、ものの形ができている。例えば車もそうです。空気抵抗が少ないということだけを追究するならば、人が乗る場所がないような車をつくればいいわけです。
世の中で機能するものを作るには、流体力学だけでなく、制約も考えなくてはならない。世の中できれいだなと思うものは、理論と制約のバランスがうまくとれているのかなと思います。そういうことを体験していただくのがこの演習の狙いでもありました。
杵淵 郁也 先生
SV
「SV(シミュレーション&ビジュアライゼーション)演習」は、コンピュータ上で物理現象を再現(シミュレーション)し、それを可視化(ビジュアライゼーション)する演習です。ボールや原子や天体などの多数の粒子が衝突したり振動する現象を、分子動力学や個別要素法といった解析手法をプログラミング言語に書きおろして実際に計算し、画面上でリアルタイムで見えるようにする能力を養います。自分で表現したい物理現象を取り上げ、オリジナルのテーマを実現します。
講評会では、ひとりずつデモンストレーション動画を発表しました。シミュレーションでは、パラメータを変えると画面の対象物が、時には予想外の動きをします。先生方から「おおーっ」「面白い」と声が上がり、盛り上がりました。
【優秀作品】「太陽系シミュレーション」 製作:小川京悟
太陽系の惑星の軌道を数値計算によって求め、表示するプログラムを作りました。星の質量、位置、速度を調べることができます。また自由に惑星を追加、除去できるようにしました。実際、動かしてみると、太陽が木星などの重力によって多少動いているということも視覚化できます。
まさか自分が優秀作品に選ばれるとは思っていなくて、他の人の作品がすごいなと思っていたので、びっくりしています。基本的に個人作業だったので、オンラインでもデメリットは特になく、作品作りに集中できました。
【優秀作品】「交通渋滞シミュレーション」 製作:金田 遼太郎
演習が始まった時期に「きっかけ車」(周囲の車のスピードによらずある一定の速度で走り続ける車、渋滞解消のきっかけとなる)のことを知り、交通渋滞のシミュレーションを作成しようと思いました。Optimal Velocity Modelという交通流を表す既存のモデルを使って、先頭の車両の速度を変化させると、後ろの車がどうなるか、渋滞が起こる様子が可視化できるようになっています。また、各種パラメータを変えることで車の挙動が変わるので、運転者の性格まで加味したシミュレーションを行うことも可能です。「渋滞してる感」を出すためのビジュアライゼーションというか、デザインの部分も少しこだわりました。本物っぽい動きをさせるまでがかなり大変でしたが、苦労の甲斐あって、そこそこ実際の動きに則したものになったかなと思っています。
【優秀作品】「Boids modelによる鳥のシミュレーション」 製作:田島 幹大
ボイドモデルという既存のアルゴリズムをもとに、鳥の動きのシミュレーションを行いました。このアルゴリズムは、結合(他の個体と接近する)、整列(他の個体と方向を合わせる)、分離(衝突を回避する)の三つの法則に従うことで、鳥の集団としての動きを再現するものです。
今回はこのモデルを作るだけではなく、獲物、障害物、風といった外的要因が加わることで、動きがどのように変わるかについても再現できるようにしました。鳥の群れをモチーフとしたので、背景を黄緑色、障害物を緑色にして自然のような雰囲気を出しています。過去のSV演習の優秀作品では物理や機械に関するシミュレーションが多く、生物に関するシミュレーションは少なかったので新鮮なものが作れたと思います。
SV演習担当教員から <ソフトを実装した経験が、ソフトを使うときに役に立つ>
志賀:チャレンジングな課題であったと思いますが、皆さん創意工夫をして、大変面白い作品を作ってくれました。今後、シミュレーションを用いた研究などに携わる方もいるかと思いますが、研究では、シミュレーション用のソフトウェアを使用して、ソフトの中では何をやっているかがわからないという状況もままあります。今回、ソフトを自分で実装した経験は、研究でソフトを使う側になったときに大いに役に立つと思います。
志賀 琢麿 先生
<編集後記>
今回の取材は、対象者に事前アンケートへの回答をお願いしたり、演習中の規定課題や自由課題にかんする説明資料の準備をお願いしました。インタビュー当日は、写真のようにZoomの共有画面にその資料を示したり、学生さんの製作した作品を紹介してもらいながら進めました。事前資料を読んでいてもトンチンカンな質問を連発する西村に、学生さんは内心あきれていたかもしれませんが、丁寧に答えてくださり感謝しています。
インタビューの中で「美しい」や「きれい」という言葉が出てきました。物理学者や数学者が一般向けに書いた本の中でも時々みかける言葉です。学問を追及していくと「アート」に通じるものがあるのではないかと想像しています。