東京大学大学院工学系研究科

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「コロナ禍の大学教育・研究活動 ~試行錯誤の記録を残す~(最終回) 」

第10回 スターリングエンジンの設計製作演習 最終報告会」

Sセメ(春学期)の演習「機械工学総合演習第二」の最終報告会が、3月24日13時から多元生中継で行われました。工房には、Sセメ終了後にスターリングエンジンを実製作した学生と技術職員がいて、複数のカメラで実況中継・発表し、司会の教員は別のところからZoomを介して工房に声をかけ、自宅から参加した人の中には、本演習を履修したB3学生やTAほかに、来年度に演習を受けるB2の学生もいました。ライブの模様をお伝えします。

Sセメのスターリングエンジンの設計製作演習を履修したのは137人、34班ありました。この中で、夏休み、Aセメ、春休み期間に工房を利用して実製作をおこない、完成報告までこぎつけた班は4つ、21班、3班、34班、32班でした。

開始時間になると、指定のZoom部屋に続々と人が集まりました。司会は千足先生です。スケジュールにあるように、4つの班の完成報告、職員・教員からのコメントという流れになっていました。

どの班も、事前に1度はエンジンを回して計測を行っていましたが、報告会当日も3つの班が挑戦しました。

千足 昇平先生

 21班  α型ロス機構エンジン

 (丸岡 三浦(乙利)三浦(友裕) 村上)

回転数の高いスターリングエンジンの制作を目指して、ロス機構を採用し、小型化にも力を入れました。

設計目標は、回転数1500 rpm、出力4300mW 、計測値では、回転数994rpm、最大出力1349mWでした。

代表的な部品である天板は、設計当初はねじ穴数が15個ありましたが、これを8個に減らすことで、コストと時間を約40%削減できました。

加工プロセスでは、設計段階で段取り時間を長く見積もっていましたが、穴の数を減らしたため時間を節約できた一方、ねじ穴のポンチ打ちの際に細かい計算が必要になり、所要時間が想定より延長したところもありました。

形状を調整するための加工の工夫として、T字の足元部分に別の材料をかませて固定し、先の削り残りを防ぎました。

(発表時には、学生がスライドを提示すると、工房にいる職員の方がカメラで同部分を撮影していました)

動画:https://youtu.be/N3a7KnOE0n8

SE加熱時に赤くなっている部分(写真左)の温度をモニタリング(写真右)

3班 β単気筒型エンジン(稲田 五十子 岩崎 上野)

「シンプルなものを作りたい」という思いがあったので、β単気筒型を選びました。

β型は、ディスプレーサーとピストンが同じシリンダー上に配置されています。このことにより、エンジンが小型化できるのはメリットですが、デメリットとしては駆動部が複雑になることが挙げられ、実際に調整がなかなか大変でした。ピストンも再製作しました。

2月12日に始動したのですが、ディスプレーサ軸の破損により残念ながら動かなくなりました。

工程設計では、総加工時間は20時間15分、調整時間12時間で、総製作時間は32時間15分でした。

(当日にエンジン加熱や計測は行われませんでしたが、五十子さんが工房にて発表していました)

動画:https://youtu.be/1BtK3mnmx5c

 34班 2気筒V型エンジン (宮ノ原 深山 劉 和久田 渡邉) 

エンジンで何かを動したいと思い、羽をつけて羽ばたかせることを考えました、それで羽と調和のとれた設計を目指すためにV型を選択しました。設計目標は、回転数1400 rpm、出力1650mW 、計測値では、それぞれ700rpm、970mWでした。

実際の加工時間は、工房の予約1枠を3時間として計算したところ、夏休み中に15時間、Aセメ中に12時間、春休み中に39時間、合わせて約66時間かかりました。工作機械に不慣れで、加工ミスした部品の作り直しなどで時間がかかりました。

複雑なV型エンジンを組み立てる際の工夫として、寸法とりが難しい板の穴を大きくして調整しながら組み立てる、2つのコンロッドとフライホイール間に隙間を残してズレを吸収できるようにする、ピストンを動かしながら締め付ける、といったことをやりました。

製作後の感想として、「フライスの送り方向ミスで削らなくてよいところを削ってしまったり、設計不備が加工段階から見つかって修正したり、当初思っていたよりも苦労が多かったが完成して良かった」「設計している最中はこんなの動くんか?と思っていたが、上手に組み立ててくれたので素晴らしい動きを見ることができた。組み立ててみないと分からない不備も多く、このような状況下で実製作ができて良かった」という声がありました。

(当日は4人が工房に現れ、技術職員の皆さんと一緒に、何度も加熱と計測に挑戦していました。Vサインをしながらの記念撮影も楽しそうでした)

動画:https://youtu.be/gaNTiL54Iro

https://youtu.be/N6tBgLk4-ag (羽根なし) https://youtu.be/xxHH7IkRL7w (羽根はばたき機構付)

 32班 α型ロス機構エンジン(潘 伴 森田 山木)

とにかく薄くすることを設計目標にしました。サイズは 324.8×185×30(mm)つまり薄さ3cmを達成しました。B4の封筒に入るサイズです。

行程設計による加工時間は約12時間でしたが、実際には組み立てや調整時間を含むと96時間かかりました。

(当日は、伴さんがリモートで指示を出し、工房の技術職員の方々が加熱部をバーナーで熱し、エンジンの回転具合を見ながら、モニターに表示された「回転数(RPM)、はかりの読み(g)、出力および最大出力(mW)」を確認していました。リアルタイム表示される出力のグラフがいきなり下がってしまうこともありましたが、何回か挑戦した結果、最大出力468mWを記録しました)

<実況中継の様子>

千足(Zoom司会):長い時間回すとうまくいかない班もあるんですけど、なかなかいい子(エンジン)ですね。出力400台をキープしていますね。

永山@工房:だいたいこのあたりで安定している感じですね。(周りでも「いま安定しているよ、すごい安定している」の声)

伴(学生):ありがとうございます。

千足:永山さん、じゃあ、そろそろ終わりでよろしいでしょうか?

永山@工房:いま潤滑剤を噴いたのでもうちょっと上がるかも、という話をしています。

千足:はい、じゃあそちらにお任せします。

動画:https://youtu.be/N7kHm3E8TKc

-概ね実験が終了したところで、工房を代表して中根さん(技術職員)が感想を述べました。

中根:コロナの中でも製作に取り組み、4つの班のエンジンが回りまして非常にありがたいと思っています。来年度もがんばりましょう。お疲れ様でした。

中根 茂 氏

―次は、リモート参加の草加先生からのコメントです。

草加:初めてのオンライン演習でこれだけうまくいくとは思っていませんでした。千足先生をはじめ若手の先生方、職員、TA、皆さん頑張ったと思います。昔はわずかな教員でドタバタしていましたが、コロナの状況でもこうして演習が回せて素晴らしいです。

参加した学生さんも、教員たちが初めての経験の中で演習を受けられたのは、ある意味よかったのではないかと思います。毎年同じように演習が続いている状況だと、先輩から受け継いだ中でモノをつくればいいので、あまり考えなくていいところがあります。でも今回は自ら一生懸命考えて行動するところが多かったでしょうから、君たちにとってもいい経験になったのではないかと思います。

今回、この授業が研究科長表彰を受けたのは、教職員の努力だけでなく、履修学生の皆さんの積極的な授業への取り組みがあったからだと思います。学生の皆さんのご協力にも感謝します。

32班の伴君がリモート参加で、自分たちのエンジンを工房の人に回してもらっていましたが、そのときの表情が印象的でしたね。回る前の心配そうな顔と回ったときの嬉しそうな顔をみて、まさしくこれが生みの親の表情なんじゃないかと思いました。

今回、CAD上では寸法どおりでも、実際に作ってみると真っすぐできなかったり穴が合わなかったり、動くはずのものが動かないといったことを経験したと思います。最近は、設計は必要ない、企画さえできればモノはできるというようなことも言われますが、現実には、企画を実現させるための色んなノウハウが必要だということがわかったと思います。そういう経験を積み重ねて、いい設計者になってもらえるといいなと思います。

草加 浩平 先生

この1年を振り返って

―千足先生は、今回の報告会では司会進行役を務められましたが、本連載でも第1回・第2回に登場していただきました。Sセメの「機械工学総合演習第二」全体の取りまとめ役として、多方面でご尽力されました。

千足:このSE演習において,講義(座学)での「知識・理解」と現実の「モノ」、個人 の「ひらめき」とグループワークを通じて共有されていく「アイデア」、図面上 での「設計」と自ら加工・製作・組み上げた「部品・アセンブリ」...これ らの違いを体験・体感し、その面白さを実感して欲しいと思っています。さらに 今年度は、現実には触ったことも見たこともないSEをフルオンラインで設計、そして(全ての班ではありませんでしたが)実際に製作し動かすことに成功した、という特別な経験をすることもできました。この演習での経験、特にコロナ下で の特別な経験を、今後の設計や研究活動において是非生かしてもらいたいと思い ます。本当にお疲れさまでした。

千足 昇平 先生

―最後に、長藤圭介先生にご登場いただきます。千足先生と共にSセメの演習を主導され、Aセメの演習ではメカトロの担当教員として学生達を指導しつつ、スターリングエンジンの実製作も支援してこられました。

長藤:本学科で実施しているスターリングエンジン演習は、主体的に設計するための素養を身につけることを目指しており、国内外の大学の機械系で比肩するものがないほど多角的で深い学びの機会を提供する、東大機械が誇る演習です。

2020年度Sセメスタは、大学への入構が制限される厳しい状況の中で、教職員・TAと3年生が一体となって実施することができました。そのために各自が費やした努力は計り知れないものがあります。

夏休み以降、学生の熱い思いのもと実製作が始まり、Aセメスタの授業と両立しながら、全体の7割の班が何かしら加工、4つの班が完成かつ測定まで行き、年度末の発表会までできたのは、夢のようです。ふりかえると、この演習が最もリモート活動、すなわち現場現物現人(3現)抜きの活動に向いていない「ものづくり演習」であることを再認識しました。

私の今後の役目は、このコロナ渦で実施した実績を、今後の機械系学生へ伝え続けること、今回のように学科外に発信し続けることだと思っています。また、今回の計200名近い経験者と、2021年度から始まるリモート/対面ハイブリッド授業をはじめ、キャンパス活動ニューノーマルを先駆すべきと思っています。

長藤 圭介 先生

<編集後記>

最終報告会は、多元生中継の模様をZoomで視聴しましたが、Sセメの本演習から取材を続けてきた私にとっても、学生と職員の方々が工房にてスターリングエンジンを回す姿は、とても感動的でした。加熱するためにバーナーを近づけたり遠ざけたり、助走のためエンジンを少し手で回してみたり、潤滑剤を噴霧してみたり、実験中はグラフの上下に一喜一憂したり、、これらは工房で毎年みられる光景なのでしょうが、2020年度は工房に入ること自体かなわなかった時期を越えて、Sセメ終了時ではなく、夏休み、Aセメ、春休みに実製作に取り組んだ末で、ようやく完成した作品のお披露目だったという点で、例年とは大きく異なります。各班の作品紹介の文末にあるyoutubeのリンクをクリックして、ぜひ動画をご覧になってください。

 最後に。取材に協力してくださった皆様、本当にありがとうございました。   西村多寿子

東大機械スターリングエンジン演習2020