研究内容

1.研究概要

無脊椎動物の生物学(分類から生態まで)

私はこれまで、コケムシ動物門(外肛動物門) ・ 箒虫動物門 ・ 腕足動物門(特にシャミセンガイ目)の分類学的研究を行ってきました。

分類学は形態(かたち)にもとづく研究ですが、観察する形態は対象とする動物群によってまったく異なります。また、それらの形態形質は、その動物の生態や発生と密接に関わっています。

私は分類学的研究を通して、観察している動物そのものの生態や発生についても研究の幅を広げています。コケムシという群体性で動きもあまりみられない “動物らしからぬ” 動物の生物学を研究することで、動物の生態や発生の進化と多様性を明らかにしていきたいと考えています。


生物群集の形成と種間関係

さらに、大型藻類や造礁サンゴが生育できない環境において、こうした固着性の動物(付着生物)がつくり出す群集をどのような生物が利用しているのか、さらにそれらの群集をとりまく生物同士の種間関係についても明らかにしていきたいと考えています。

最近では小笠原海域の西之島における調査にも参加し、コケムシを代表とした早期に加入する固着性の動物が、海底に生じた裸地における生物群集形成の初期段階において重要な役割を果たす可能性も明らかとなってきました。また、近年では環境DNAを対象とした研究にも着手しています。


以下に私が行ってきた(行っている)研究について主要なものを紹介します。この他にも国内各地のコケムシの分類学的研究を行っています。また、国内外の研究者と共同で、淡水コケムシの形態学・発生学さらに化石種のコケムシを対象とした研究も行っています。

最近はこの他にも、ウミエラ(刺胞動物門)、ヨコエビ・ワレカラ・ウミクワガタ・ヤドカリ(節足動物門)、フサカツギ(半索動物門)、ウニ・ナマコ・ヒトデ・クモヒトデ・ウミシダ(棘皮動物門)を対象とした研究も進めています。

1.淡水コケムシの発生と系統分類

2.標本調査と野外調査による日本産コケムシの分類学的研究

3.砂泥底に棲息するコケムシの生活史

4.コケムシの摂餌生態と幼生の行動

5.起立性コケムシの成長履歴と群集構造

1.淡水コケムシの発生と系統分類

全種が淡水産である被喉綱コケムシは、有性生殖による幼生形成と無性生殖による休芽形成という二通りの繁殖様式を有しています。これらの繁殖様式において個虫がどのように形成されるのかは古くから研究されてきましたが、特に消化管の形成過程は種によって異なる特徴を示すとされてきました。しかし、オオマリコケムシの個虫形成においては休芽内での消化管形成過程に不明な点があり、消化管の形成過程を種の特徴とするには、休芽内での発生過程を調べ直し、幼生の場合と同一であるかを確認する必要がありました。

そこで本研究では組織学的な観察手法を用いて、オオマリコケムシの休芽内での発生、幼生における個虫形成、さらに出芽における個虫形成を観察し、消化管形成様式を比較しました。その結果、これらがすべて同一の発生過程を経ることを明らかとしました。

 個虫内で形成途中の休芽 新たな個虫の出芽過程 DAPI 染色による幼生の観察 シッフ試薬による多糖類検出

 現在、淡水コケムシの大部分を成す被喉綱ハネコケムシ科の分類は、休芽の微細構造に基づいています。しかし、日本産淡水コケムシの休芽の微細構造を詳細且つ網羅的に調査した研究はこれまでなかったため、日本に棲息するハネコケムシ科の分類学的な再検討が求められていました。

本研究では日本各地で淡水コケムシを採集すると共に、先行研究で得られていた古い標本についても再調査を行ない、これらの標本について走査型電子顕微鏡を用いて休芽を観察しました。その結果、日本初記録種5種と新種4種を発見・記載し、日本における淡水コケムシの高い多様性を明らかとしました。次いで、外国産種も含めた被喉綱のほぼ全属を対象に、16S rDNA、12S rDNA、およびcytochrome bの部分配列を用いた分子系統解析を行ない、その系統関係を明らかにしました。これら分子系統解析と形態観察の結果から、所属について長年議論されていた一群が形態・分子の両面から他属と明瞭に異なることを発見し、これを新属として再記載しました。また、ハネコケムシ科の休芽の微細構造に基づく正準判別分析を用いた形質の再評価も行ないました。 

この研究の過程で、琵琶湖から日本初記録属となる櫛口目Hislopia 属の1新種を記載したほか、およそ50年ぶりとなるFredericella 属の新種を発見・記載しました。この成果については、新聞等でも紹介されました。

沖縄本島で発見・記載したハネコケムシ科2種の浮遊性休芽 

左:グスクハネコケムシRumarcanella gusuku Hirose & Mawatari, 2011

城(グスク)の近くの池で発見されたことから、城にちなんで命名しました

右:ヤンバルハネコケムシRumarcanella yanbaruensis Hirose & Mawatari, 2011

ヤンバルのダムに棲息していることから命名しました

ハネコケムシ科内の系統関係を明らかとした分子系統樹

このほかにも、カンボジアのトンレサップ湖からは淡水産櫛口目1種の再記載を含む6種の記載分類を行ない、世界最大として知られるトンレサップ湖の水位変動と関連した生態学的考察も行いました。

2.標本調査と野外調査による日本産コケムシの分類学的研究

相模湾の生物相は100年以上前からデーデルラインや昭和天皇によって調査研究が行なわれ、多数の動物標本が継続的に収集・蓄積されています。日本で記載されたコケムシの多くは、130年前に相模湾産標本にもとづいて記載されたものです。しかし、相模湾産コケムシ標本は130年前の原記載以降ほとんど再研究されておらず、分類学的重要性はもとより生物相の変遷を知る上でもこれらの標本の再研究が求められました。

本研究では、国内外の博物館に保管されている130年前から現在までに得られた総数約2000点の相模湾産コケムシ標本をすべて再研究しました。その結果8000以上のコケムシ群体を確認し、日本初記録属15属、属名の変更を伴う新組合せ22種、未記載種80種を含む唇口目コケムシ57科118属261種を発見しました。これらについては現在も記載論文の執筆・発表を続けており、その集大成を『相模湾産苔虫類』としてまとめたいと考えています。

さらに、各コレクション間の種構成を解析・比較し、130年前から現在に至る相模湾産コケムシ相の変遷について海流や堆積物の影響と関連付けて考察しました。

左: デーデルラインが相模湾で採集したツノコケムシの模式標本

右: 2012年に同じく相模湾で採集したツノコケムシの標本

これまでに相模湾産コケムシ標本の調査で訪れた国外の博物館

Zoologische Staatssammlung Munchen (ミュンヘン動物博物館)

Musee Zoologique Strasbourg (ストラスブール動物学博物館)

Senckenberg Forschung Institute (ゼンケンベルク自然博物館)

これまでに訪問したり標本を借用するなどしてコケムシ標本の観察を行った国外の博物館

Natural History Museum, London (ロンドン自然史博物館)

Zoological Institute of the Russian Academy of Sciences

Smithsonian National Museum of Natural History (スミソニアン博物館)

一方、コケムシは6000 m の深海域からも報告はありますが、深海性のコケムシについては調査採集やコケムシを認識する難しさもあり、未だに知見が乏しいのが現状です。本研究では日本周辺海域の調査航海に参加し、得られた深海性コケムシ標本について詳細な観察を行ってきました。その結果、日本周辺の深海域にも多様なコケムシが棲息していることが明らかとなってきています。

このうち、相模湾の水深400~900 m で得られた起立性のシロサンゴモドキコケムシ(Buchneria teres)については、フランスの博物館に保管されているタイプ標本(模式標本)の再観察に基づいて新組合せなどの分類学的な操作を行い、日本近海で得られた別種も加えた本属のレビューを行ないました。

また、深海性コケムシは水深200~1000 m では硬い炭酸カルシウムの骨格をもつものが多いのに対して、水深1000 m 以深になると海藻のように柔らかな種が多くなる傾向がみられました。このうち水深1000 m 以深のコケムシに着目すると、3科7属9種をこれまでに確認しています。

左: 小笠原の水深3500 mで得られたCalyptozoum sp.

右: 相模湾の水深800 mで得られたオウナガイの殻に付着したシロサンゴモドキコケムシ Buchneria teres (Ortmann, 1890)

3.砂泥底に棲息するコケムシの生活史

砂泥底に生息する唇口目コケムシの中でも最大のグループであるスナツブコケムシ科は、世界的にもその分布状況や多様性はおろか、生活様式すらよくわかっていないグループでした。本研究では、岩手県大槌湾から沖縄・小笠原に至る日本各地の砂泥底における調査で、これまでに5属16種のスナツブコケムシ科を得ており、日本周辺海域における本科の高い多様性を明らかとしてきました。

また、水深200 m から得られたスナツブコケムシの飼育実験と組織観察を行うことで、100年以上謎とされてきたスナツブコケムシの生活様式を明らかにし、砂泥底における本種の生存戦略に関する考察も行いました。

このほかにも、日本初記録属となるLanceopora 属やFedora 属などの未記載種も多数得られているほか、自由生活性のコツブコケムシの仲間も得られており、これらについても分類学的研究を進めています。

さらに、沖縄県大浦湾の砂泥底でみつかったLanceopora 属の一未記載種(仮称:コモチカエデコケムシ)については、「芽体」を形成して休眠することを発見し、詳細な形態観察と実際の棲息環境におけるロガーを用いた調査、さらに様々な環境条件を与えた飼育実験を行うことで、この芽体がどのような環境変化を鍵として成長を開始するのか調査しています。

左: スナツブコケムシ科の群体 (スケール:1 mm)

右: 起立したスナツブコケムシの群体

コモチカエデコケムシ

 東シナ海で得られたLanceopora sp.

4.コケムシの摂餌生態と幼生の行動

フサコケムシは養殖施設や養殖貝類に付着する汚損生物として知られています。フサコケムシと養殖貝類はともに水中の植物プランクトンや懸濁物を食料としていることから、これらフサコケムシは養殖貝類と餌料をめぐる競合相手にもなっている可能性があります。

本研究では、宮城県松島湾で採集されたフサコケムシを用いて、水温や流速を変化させた様々な環境条件下で摂餌実験を行うことで、単位時間あたりにどれくらいの餌を食べているのかを調べています。これにより、松島湾に生息しているフサコケムシが養殖貝類の競合相手となり得るのかを検証しています。

これまでの実験結果から、水温が高く流速が緩やかで餌料濃度が高いほど摂餌行動と摂餌量が増加することが明らかとなってきています。一方で、偽糞内の消化率はそれらの環境の違いによらず一定であることもわかってきました。

また、コケムシの幼生の行動についても調べています。コケムシの幼生は餌を食べずに短い遊泳期間を経て着底する卵栄養型幼生が多いのですが、それらの幼生を、餌となる藻類などの懸濁物が存在する環境と存在しない環境で飼育したところ、懸濁物が存在する環境下で有意に着底がはやいことが明らかとなりました。また、さまざまな実験から、これらの現象が餌などの化学刺激によるのではなく、物理的な刺激によって生じていることも明らかとなりました。さらに、こうした卵栄養型幼生における着底時間の変化は、他の懸濁物食の固着性動物の幼生においてもみられる可能性が明らかとなってきています。

5.起立性コケムシの成長履歴と群集構造

大型の起立性コケムシ群体は「コケムシ礁」とも呼ばれる群集を形成し、サンゴなどの固着生物と同様に基質資源として生物多様性を支えていることが知られています。本研究では北海道から南西諸島に至る日本の太平洋沿岸の複数海域を対象として、群集を形成するコケムシ群体の形態と種構成の多様性を調査してきました。その結果、群集を構成する起立性コケムシ群体には、北海道厚岸や岩手県大槌で共通してみられる寒流系グループと、高知県足摺沖や薩南海域で共通してみられる暖流系グループがあり、相模湾ではその両グループが群集形成に関わっていることが明らかとなりました。また、これと併せて、コケムシ群体を生活の場として利用する動物の多様性についても紹介しました。

また、南西諸島海域で得られた2種のツノコケムシ科の群体について、炭素・酸素同位体比分析による成長速度と季節消長の研究も行っています。枝の内側と外側を区別して分析した結果、これまでに、枝の外側は生物学的な同位体効果の影響を受けている可能性が示されています。これらの成果は今後、現生における各海域の比較研究のみならず、化石を用い古環境推定などにも応用できると考えています。

左: ニセツノコケムシの起立性群体

中央: 同位体比分析用のマイクロサンプリング模式図

右: 太平洋沿岸域に分布するコケムシ群集

さらに、岩手県大槌湾の湾口部(水深約70 m)地点に生息するサンゴ状のコブコケムシの一種について、マイクロフォーカスX線CTによる解析と同位体比分析とを併せた成長履歴に関する研究も行っています。これまでの分析の結果、このコケムシの枝には一定の間隔で成長線(growth band)が形成されており、それが骨格の酸素同位体比の周期的変動とおおむね一致していることが明らかとなっています。一方で、これら成長線の中には酸素同位体比の変動と一致しないものも含まれており、そうした通常とは異なる成長線においては骨格の密度が低い傾向にあることも明らかとなってきました。今後はこれらの成長線の数や石灰化の密度を基準として、群体の年齢や当時の生息環境を推定できると考えられます。

この他にも、遠隔操作無人探査機(ROV)を用いてコブコケムシ群集に棲息する底生生物を採集することにより、これらのコケムシ群集が生物の多様性の維持や形成に果たす生態学的役割についても調べています。

コブコケムシの一種の起立性群体と枝の断面図

群体のマイクロCT観察像((株)島津製作所 提供)

1.日本産箒虫動物の系統分類学的研究

2.日本産シャミセンガイ目の分類学的研究

3.フサカツギの分類学的研究

4.ウニの骨片および棘と系統分類に関する研究

5.三陸沿岸域の底生無脊椎動物の多様性

1.日本産箒虫動物の系統分類学的研究

これまで日本産の箒虫動物は、ホウキムシ(Phoronis australis)とヒメホウキムシ(Phoronis ijimai)の2種のみが知られていました。しかし,箒虫動物の分類に最も重要とされる内部形態の詳細な観察にもとづく分類学的研究は皆無でした。 

本研究では、浜名湖および天草で得られた箒虫動物について、日本で初めて組織切片による内部形態の観察や腎管の立体再構築を実施しました。その結果、90年ぶりの日本初記録種となるイサゴホウキムシ(新称)(Phoronis psammophila)を浜名湖から発見・記載しました。また、天草から得られた1未記載種をアマクサホウキムシ(Phoronis emigi)として新種記載し、ヒメホウキムシの再記載や分子系統解析結果と併せて発表しました。

この他にも、沖縄の沿岸域で得られた日本初記録となるPhoronopsis 属について観察と記載を進めています。


箒虫動物に関する詳しい紹介はこちら

左: アマクサホウキムシ(ホルマリン固定標本)

右: ヒメホウキムシの横断面図

2.日本産シャミセンガイ目の分類学的研究

これまで、シャミセンガイの仲間の分類は殻の色や模様に基づいて行われてきました。しかし殻の形質は変異も多く、近年では殻の開閉に用いられる筋肉痕の配置などが分類形質として重要とされています。 

ところが最近まで、日本産シャミセンガイの筋肉痕の配置に関する記載は、Emig(1984)が陸奥湾から得られたシャミセンガイ標本の筋肉痕の配置を既知種と比較した研究が知られるのみでした。そこで本研究では、瀬戸内海で得られたシャミセンガイ目の2種(Lingula sp., Discradisca sp.)の観察を行い、特にLingula sp. については筋肉痕の詳細な観察を行ってこれらの筋肉に新たに日本語の名称を付しました。今後は本研究に基づいて、日本産のシャミセンガイの分類においても、殻の形質と併せて筋肉痕の配置が用いられるようになると期待されます。

また、現在は日本各地のスズメガイダマシ科の標本を収集し、その形態観察とDNAの解析を進めています。海外の博物館に保管されているタイプ標本の観察結果とあわせて、これらの分類学的再検討を進めています。


シャミセンガイの分類に関する詳しい紹介はこちら

左: 千葉県館山で得られたシャミセンガイの一種(Lingula sp.)

中央: 瀬戸内海で得られたシャミセンガイの一種(Lingula sp.)の解剖写真

右: 瀬戸内海で得られたスズメガイダマシ科の一種(Discradisca sp.)

.フサカツギの分類学的研究


準備中

.ウニの骨片および棘と系統分類に関する研究


準備中

 5.三陸沿岸域の底生無脊椎動物の多様性

本研究では、岩手県大槌湾を主なフィールドとして、湾全域における底生生物相について潜水調査やドレッジ調査、さらに無人探査機(ROV)を用いた調査を実施し、その多様性解明を進めています。

これまでに、大槌からの未報告種や数十年ぶりに発見されたコケムシなど、多数の生物を採集しています。特にドレッジ調査では、未記載種も多数得られています。

ROVを利用した調査では、初めて大槌湾口部や大槌沖の海底の様子を撮影し、多様な付着生物群集が存在することが明らかとなってきています。また、そこに生息する生物の多くが、震災前から継続して生息していることも明らかとなっています。

これらの調査で得られた底生生物はすべて生きた姿の写真を撮影して色などの情報を残すとともに、標本として将来の研究に利用可能なかたちで保管しています。これにより、将来、大槌湾の環境が様々に変化した後でも、大槌湾にどのような生物が棲息していたのかを標本たちから知ることができます。これらの調査で得られた無脊椎動物の一部は、三陸臨海教育研究センター2018年度年次報告として編纂した図鑑「三陸の海産無脊椎動物」に掲載・公表しています。

ROV で初めて撮影した大槌湾口部の海底

ヤギの仲間(刺胞動物)が群生し、

その間に様々な底生生物が生息している

大槌湾口部のドレッジ調査で得られたサンプル

湾内藻場のSCUBA潜水調査で得られた底生生物

本研究で構築した生物標本コレクション

4.底生無脊椎動物の行動・再生に関する研究

1.ワレカラ類の摂餌行動

2.棘皮動物の摂餌行動

3.イトマキヒトデの腕の再生

4.ウミクワガタのプラニザ幼生の色と宿主魚種との関係

1.ワレカラ類の摂餌行動


準備中

棘皮動物の摂餌行動


準備中

.イトマキヒトデの腕の再生


準備中

ウミクワガタのプラニザ幼生の色と宿主魚種との関係


準備中

5.固着性動物がつくる群集に関する研究

1.三陸沿岸域における固着性動物の分布と季節変動

2.固着性動物群集を利用する表在性動物の多様性と生活史

3.海洋島(西之島)の海底の生物群集形成に関わる固着性動物

4.環境DNAにもとづく固着性動物の検出および調査手法

1.三陸沿岸域における固着性動物の分布と季節消長

三陸沿岸の内湾では、マガキやホタテなど海水中の動植物プランクトンを餌とする濾過食者が重要な水産資源となっています。一方、三陸沿岸の内湾には養殖対象種以外にもフジツボ類やコケムシ類など多くの濾過食者が存在し、その動態は養殖生産の効率に影響を及ぼすと考えられます。しかし、それら天然の濾過食者に関する知見は震災以前においてもほとんどありません。

そこで本研究では、岩手県大槌湾・越喜来湾および宮城県松島湾の各地点に付着板と温度ロガーを設置し、濾過食性付着生物の分布や種組成の変化を明らかにしようとしています。

2.固着性動物群集を利用する表在性動物の多様性と生活史

三陸沿岸域では養殖漁業が盛んであり、リアス式の湾内にも多数の養殖施設が設置されています。これらの養殖施設は人工的な構造物ですが、それらは多くの付着生物にとって付着基質として利用されています。そして、そうした付着生物群集を利用する表在性動物もまた、これら養殖施設の恩恵を受けていると考えられます。

本研究では、岩手県越喜来湾を中心として、湾内の養殖施設に垂下させた付着板の上に棲息する表在性動物の種組成や生活史を調べています。これにより、三陸沿岸域の養殖施設が小型の底生生物の多様性維持や生態にどのように関わっているのかを明らかにしたいと考えています。

これまでの調査の結果、水温が上昇する春から夏にフトヒゲカマキリヨコエビがほとんどの水深帯で優占し、多い時期には15 cm四方の板の両面で合わせて1万個体に達することが明らかとなっています。一方、ワレカラ類はいずれの種も水温が上昇する初夏に全体の個体数や成熟メスが減少し、小型個体が多くなることが明らかとなっています。これら付着板上で確認された表在性動物の種組成は、同じ環境にみられた海藻上のものと違いがみられなかったことから、三陸沿岸域においては養殖施設も海藻群落と同様に底生生物の再生産や維持に大きく関わっていると考えられます。

付着板上から得られた様々な表在性動物(甲殻類)

3.海洋島(西之島)の海底の生物群集形成に関わる固着性動物


準備中


4.環境DNAにもとづく固着性動物の検出および調査手法


準備中