海のコケムシ

海産コケムシの多様性

コケムシはおよそ4億5千万年前から海に棲息しており、特に古生代では高い多様性を誇っていたことが化石記録から知られています。しかし、ひとえに海産コケムシと言っても、古生代のコケムシと現在のものは分類学的に大きく異なるグループに属しています。古生代のコケムシは、そのほとんどが狭喉綱(Stenolaemata)に属するコケムシでした(図1)。狭喉綱は化石種を含めると5つの目(order)に分類される多様な分類群でしたが、現在では円口目(Cyclostomata)のみが生き残っており、他の4目はすべてペルム紀の終わりから三畳紀の間(P-T境界)に絶滅したとされています。

一方、現生種の中で最も多様な海産コケムシは裸喉綱(Gymnolaemata)に属しています。裸喉綱には、虫室がクチクラのみから成る櫛口目(Ctenostomata)と虫室壁が石灰化する唇口目(Cheilostomata)の2目が知られています。中でも唇口目は現生種の中で最大のグループで(図1)、ジュラ紀の終わりから約1億年の間に急激に多様性を増加させてきました。

ここでは主に、現在の海に棲息しているコケムシについて紹介します。

図1. コケムシ動物門の主要なグループの化石記録

古生代に繁栄した狭喉綱

狭喉綱は筒状の虫室に個虫が入った形態をしています。虫室口には口蓋とよばれる蓋がなく、個虫の触手冠の出し入れは筋肉の動きのみによって行われます。狭喉綱は虫室構造の違いによって5目に分類されていますが、その中で現生種がみられるものは円口目(Cyclostomata)のみです。円口目の多くは数本の管が集まった枝が分岐する樹状群体となり、それらが岩の上を被覆したり付着基質から起立します(図2)。しかし、中にはサンゴコケムシのようにサンゴのような太い枝をもつ大型の起立性群体も知られています(図3)。円口目の中には、ハナザラコケムシやミカドコケムシに代表される皿状群体を形成するものも知られており、これらの美しい群体は岩や海草上にもよくみられます(図4)。

図2.石に固着したクダコケムシの仲間(Tubulipora sp.)の群体(左)とクダコケムシの仲間の走査型電子顕微鏡写真

図3.サンゴコケムシの仲間(Heteropora sp.)の群体

図4. ハナザラコケムシ(Lichenopora radiata)の生きた群体(左)とミカドコケムシ(Lichenopora imperialis)の群体の走査型電子顕微鏡写真(右)

現生種の中で最も多様な裸喉綱 唇口目

唇口目(Cheilostomata)はおよそ150科1050属が知られる現生コケムシの中でも最大のグループです。虫室は基本的には箱型で、虫室口には口蓋とよばれる蓋が存在します。個虫の触手冠の伸展は、体壁筋が個虫表面の表膜を引き下げた際の個虫の内圧上昇によって行われます。唇口目は腹壁が石灰化しない無嚢類Anasca)と腹壁が石灰化する有嚢類(Ascophora)とに大別されます(図5)。以前は、無嚢類から有嚢類への進化は過去に一度だけ生じたと考えられていましたが、近年の分子系統解析結果では無嚢類・有嚢類ともに多系統群となり、無嚢類から有嚢類への進化は複数回生じたと考えられています。そのため、現在では無嚢類と有嚢類という名称は分類群名としては使用されてはいませんが、虫室の構造をよく表していることから、便宜上「類」として特定のグループを指す際に使用することがあります。有嚢類は特に多様性が高く、無嚢類が全世界から400属ほど知られるのに対して有能類は650属ほどが報告されています。

図5. 無嚢類(左)と有嚢類(右)の個虫の走査型電子顕微鏡写真

唇口目の多様性を支える様々な異形個虫

唇口目の群体のかたちは特に多様で、岩や海藻の表面をコケのように被覆するものから、サンゴやヒドロ虫のように起立して枝分かれするもの、さらには砂泥底で自由生活するものなども知られています。このような唇口目コケムシの多様性を支えているものが、多種多様な異形個虫(heterozooid)と呼ばれる機能分化した個虫です。通常の常個虫(autozooid)が触手冠を用いて自ら食料を食べるのに対して、異形個虫は触手冠を持たないものが多く、栄養を周囲の常個虫に頼りながら自身は異なる機能を担っています。


鳥頭体(avicularium) (図6)

顎(mandible)とよばれる嘴状の構造で群体表面の外敵を排除したりするなどの役割を担っている。

鳥頭体の形態は多様で,唇口目コケムシの重要な分類形質の一つとなっている。

図6.ヒロフサコケムシ(Bugula pugeti umbelliformis)の有柄鳥頭体

ma : 顎

振鞭体(vibraculum) (図7)

鳥頭体の顎が長い鞭状になった異形個虫で、この鞭を動かすことで群体表面についたゴミを払い落とすほか、自由生活性のコケムシはこれを用いて海底を歩いたりもする。

図7.Cupuladria sp. の群体周縁部に並んだ振鞭体

空個虫(kenozooid) (図8)

群体を支持する役割を担っており、触手冠はおろか個虫としての内部形態もほとんど欠く。

細い根のような役割を担うものは rhizoid とも呼ばれる。

図8.一本の透明な空個中で起立するLanceopora 属の群体

卵室(ovicell) (図9)

卵を保育することに特化した個虫。

図9.Pacificincola perforata の大きな球形の卵室

砂泥底に進出した唇口目コケムシ

コケムシの多くは硬い基質に固着して生活しています。しかし、前述の多種多様な異形個虫の存在により、唇口目コケムシは硬い付着基質の存在しない砂泥底においても生息が可能となっています。

砂泥底に生息する唇口目コケムシの多くは、ヒドロ虫のように柔らかい樹状群体をつくる無嚢類コケムシです。水深1000 m以深のコケムシも、その多くが海藻のような群体をつくる無嚢類の仲間です(図10)。

図10. 水深1000 mの砂泥底から得られたフサコケムシ科の群体(Halophila sp.)

一方、有嚢類の中で砂泥底に棲息するグループはあまり多くは知られていません。砂泥底に棲息する有嚢類の代表格は、スナツブコケムシの仲間です。この仲間は、直径1~4 mm ほどの小さな円錐形や板状の群体を形成し、クチクラでできた数本の細い空個虫を伸ばすことで海底から起立しています(図11)。

砂泥底に生息する有嚢類コケムシには、スナツブコケムシの他にも空個虫を用いて起立するものがいくつか知られています。Lanceopora 属(通称カエデコケムシの仲間)もその一つで、このグループは一本の太い空個虫を用いて海底に力強く起立しています(図8)。

図11. 海底から起立するスナツブコケムシ科の群体 Conescharellina 属(左)、Flabellopora 属(右)

砂泥底に生息する唇口目コケムシの中には、完全に自由生活を行うものも存在します。無嚢類のCupuladriidae 科に属するCupuladria 属などの群体は、幼生が砂粒や貝殻の破片といった基質に固着した後、最終的にそれらの基質を超えて成長して円盤型をした笠状の群体を形成します(図12)。これらの群体の周縁には異形個虫の振鞭体が配されており(図7)、これらを動かすことで泥から這い出すなど多少移動することも可能となっています。

図12. Cupuladria 属コケムシの群体 (直径約1 cm)

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