淡水コケムシ

淡水種のみが知られる被喉綱(掩喉綱)

コケムシ動物門は現在3つの綱に分類されていますが、その中で被喉綱は淡水産種のみが知られるグループです。被喉綱は口の上を覆う口上突起(epistome)と呼ばれる構造をもつ点で他の2綱と区別されます。また、ほとんどの種が馬蹄形の触手冠をもっています。

被喉綱は全世界から6科15属80種ほどが報告されており、日本からはこのうち23種がこれまでに発見・報告されています(表1)。被喉綱の大部分を占めるのがハネコケムシ科(Plumatellidae)で、約60種が世界から知られています。中でもハネコケムシ属(Plumatella 属)は被喉綱の約70%を占めるグループで、ハスの葉の裏側や沈木上に枝状分岐した管状の群体を形成します(図1A)。その他のグループは種数が少なく、オオマリコケムシ科のように1属1種しか知られていないグループも少なくありません。群体の形態も多様で、たとえばヒメテンコケムシ科は数mm程度の透明な群体を形成するものが知られています(図1B)。一方、オオマリコケムシ科は大きな群体塊を形成するのが特徴的で(図1C)、アユミコケムシ科はわずかに移動力を有したヒモ状の細長い群体を形成します(図1D)。

図1. 被喉綱コケムシの群体 A:ヤハズハネコケムシPlumatella emarginata、B:ヒメテンコケムシLophopodella carteri、C:オオマリコケムシPectinatella magnifica、D:アユミコケムシCristatella mucedo

表1.日本産の被喉綱コケムシ (2013年現在)

被喉綱コケムシの越冬

被喉綱の群体は一般的に春の水温上昇に伴って出現します。成長した群体は夏の間に有性生殖によって幼生を放出し、冬になると無性生殖で形成された休芽(statoblast)を残して消滅します(図2)。休芽はカプセル状の休止芽で、浮環(annulus)と呼ばれる多孔質の浮き輪に囲まれた浮遊性休芽と、浮環をもたない付着性休芽があり、これらは共に越冬に役立つとされています。休芽は春の水温上昇と日長変化を経験することで発芽し、新たな群体を形成します。特に浮遊性休芽は多数の棘を周縁にもつものや乾燥への耐性もあることから、水鳥の羽に付着するなどして分散にも役立っているとされています。中には水鳥によって捕食・排泄された後も発芽能力を有する休芽があることも報告されています。

なお、被喉綱では科の分類には主に群体の形態が用いられますが、種の分類においては休芽の形態や休芽表面の微細構造が重要な分類形質となっています。

図2. 水面に浮いたハネコケムシ科の浮遊性休芽(左)、周縁に棘を有した浮遊性休芽(右-A: カンテンコケムシ、B: ヒメテンコケムシ、C: アユミコケムシ、D: オオマリコケムシ)(スケール=1 mm)

発芽した休芽

オオマリコケムシについて

オオマリコケムシ(Pectinatella magnifica)は1972年に山梨県河口湖で初めて確認されて以降、急速に日本各地へと広まった北米原産の外来種です。本種の群体は大きくても直径1 cmほどですが、群体が大量の寒天質を分泌してそれ自体を付着基質とすることにより、複数の群体が集まった群体塊を形成します(図3)。オオマリコケムシの群体塊は直径数十センチの球形から、時には数メートルにも及ぶ板状や紐状にもなります。

本来この群体塊は水中に沈んでいるのですが、夏の水温上昇によって群体塊内部が腐敗してガスがたまることにより水面に浮かびあがってきます。そのため、浮いているオオマリコケムシの群体塊を採集すると、強烈な腐敗臭を放ちます。こうして水面に浮くことでオオマリコケムシは人目につく機会が多くなり、毎年各地で「謎のぶよぶよ現る」としてニュース等で紹介されるのです。浮かんだオオマリコケムシの群体塊は、ダムや排水口を詰まらせるなどの実害を及ぼすこともあります。

このように人間にとってはあまり良い印象がないオオマリコケムシですが、その個虫は透明な体壁と口元の赤い色素が被喉綱の中でも一際美しい種です(図4)。また、本種の群体塊はミズカゲロウの幼生や小型甲殻類、小型の魚類が隠れ家として利用していることもあります。さらに、個虫が濾過摂食した水中の有機物片はfecal pelletと呼ばれる膜に包まれた糞塊の状態で水底に沈み、他の底生生物の食料にもなっています。

図3.オオマリコケムシの群体塊: 岸に打ち上げられたもの(左)、水中に沈んだバイクに付着したもの(右)

図4.オオマリコケムシの群体の顕微鏡写真

淡水域に生息する櫛口目コケムシ

淡水域に生息するコケムシは被喉綱だけではありません。裸喉綱に属する櫛口目(Ctenostomata)の一部も汽水域および淡水域に生息しており、円筒形もしくは楕円形の虫室が多数連なった群体を水草や石の上に形成します。淡水産の櫛口目は全世界で20種ほどしか知られていませんが、日本にはチャミドロコケムシ(Paludicella articulata)とアカリコケムシ(Hislopia prolixa)が生息しており、汽水域からはチャミドロモドキ(Victorella pavida)も知られています(図5)。淡水産櫛口目の中には、冬芽(hibernacula)と呼ばれる休止芽を形成するものがいます。これは被喉綱の付着性休芽と同様に基質上に残って越冬します。櫛口目コケムシの虫室は石灰化せず、被喉綱のような休芽も形成しないことから、群体や消化管の形態が分類形質として用いられます。

図5. 日本の淡水産および汽水産櫛口目コケムシ A:チャミドロコケムシ Paludicella articulata の起立性群体、B:アカリコケムシ Hislopia prolixa の被覆性群体、C:チャミドロモドキ Victorella pavida の柔毛状群体