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方広寺三生院を開基した在徳和尚の末弟で、滝山(正寿院)の修行僧一超が著しました。
禅師の本名は元選、号は無文と言われました。
第九十五代後醍醐天皇の皇子さまです。
母は昭慶門院(亀山帝皇女)と言います。
元亨三年(1323年)みずのと 亥年の二月十五日に母は離宮を出られて京の梅津(現在の左京区梅津)の私邸で隆生・隆誕されました。
生まれて幾日もならない間に、五条の橋の下に棄てられたのです。
※その当時は、鎌倉時代末期にあたり京都は世情不安の混乱した時であり、政争に巻き込まれないよう、幕府の取り締まりから逃れ、命を助けるためでした。(新野徳宗著「無文禅師物語」より)