恒例のパネルディスカッションのスタートです。パネリストとして、講演を終えた佐藤洋一郎氏と、なすびグループの常務取締役・赤堀真太郎氏が登壇。ファシリテーターは静岡大学教授の横濱竜也氏が務めてくださいました。
横濱 佐藤先生のお話はこれまで何回も伺っていますが、今日のお話はこれまでの3年間のガストロノミーツーリズム研究会の総括という形になっていて、これまで講演された方、パネルディスカッションでお話いただいた方々のお話を踏まえたまとまりがあって、非常に感慨深いものがありました。赤堀さん、佐藤先生のご講演についてご感想をいただければと思います。
赤堀 先生ありがとうございました。私どもが店で使っている食材やお料理についてかなり深く掘り下げて歴史からお話をいただきまして、今後の商品開発に役立つなと感じました。
横濱 佐藤先生のお話は、持っている地理的な特徴とか、歴史的な特徴というものを踏まえた上で、こういう特徴があると説明されているので腑に落ちる感があるといいますか。そういう中で静岡料理が、今後一つの鍵で、どう展開すればいいのかということをまずお聞きしたいのですが、赤堀さんからお願いします。
赤堀 佐藤先生のお話の中で、本当に大きくざっくり言うと地産地消、よく聞く言葉ですけれども。バスクのサン・セバスチャンの料理って、実はそのレシピがオープンになっているらしいのです。各店が同じ料理を作れるような環境になっているのだそうです。ただその料理を他の国で作っても、現地の食材じゃないとその味が出ないらしいのです。そういう仕組みになっているのです。サン・セバスチャンは世界的に、私ども静岡の人間までもが知る優れた町ですよね。で、地産地消というところなのですが、静岡の特別なもの、特化しているものを、みんなで開発しながらやっていくことがいいのではないかと考えております。
横濱 佐藤先生にも伺いたいのですが、この静岡料理、今おっしゃったようにバスクと比較しながらお話しいただけるとまた面白いと思うのですが、どういうところに気をつけたらいいのか。
佐藤 一番大事だと思うのは、食べる人と作る人がコラボしながら、今度はこういうものをやってくれとか、こういうものをもっと何とかしてくれとか、そういう会話の中で作り上げるのが重要だと思います。京都が一番いいと言っているわけではないですが、森川さんという料理人がいて、彼が始めたのがカウンター割烹です。カウンターにとてもうるさい客がいっぱいいて、料理人に「今日のこれ、辛いじゃないか」とか言うわけです。普通はみんな嫌でしょう?だけどそういうやりとりの中で出てくる独特のインタラクションみたいなものがあって、料理人も育っていくし、消費者も育っていく。そういう雰囲気みたいなものができてきたら、しめしめだと思います。
横濱 私が静岡に来て13、14年ぐらいになるのですが、静岡って本当に食材が豊かだし、最初に気づいてハマったのが日本酒です。何しろ美味しいので。私はそれまで東京近郊にいたので、日本酒の美味しさが桁違いで、もうすごいと思って。食に対する欲求って、元々自分が知っているものっていうのもありますけど、やっぱり出会いなんですよ。気付かされて、関係が作られる。そういう場がすごく大切だと痛感するのですが、今、佐藤先生がおっしゃったように、料理人とのやり取りで、美味しいなと思うこともあり、こちらの求めに応じて料理人が作ってくれたものの中から生まれてくるものもあると思います。なすびグループが地域に根付いているというのも静岡に来てすごいと思いました。お客さんとのコラボレーションみたいなものを感じることはありますか。
赤堀 料理人って比較的恥ずかしがり屋が多くて。恥ずかしがり屋だからこそ料理人になっているというのが大多数ですね。ただ、私どもの会社の話をさせてもらいますと、「料理人は料理を作る人じゃなくて、料理が作れるサービスマンだ」と言うようなことを新卒で入った子や学校を卒業して入った子たちに話して、そこからスタートさせています。でもなかなか、やっぱり恥ずかしがり屋が多く。そういう子たちには無理をさせることなく、そういう場所を与えてあげるような、一人一人の特性を見極めた配置転換をしています。
横濱 なるほど、カウンターでやり取りするのが得意じゃない人でもやっていけるということですね。逆に言うと、カウンターに立っている人は相当なエンターテイナーっていうことですよね。
赤堀 そうなのですね。それがみんなの目標になってくれればいいなと、カウンターに立っている人たちは少し給料が高くなっています。
横濱 すごく大切だと思いますね。ラジオで、食をエンターテインメントにしていくことがこれからの課題だということをおっしゃっていたと思うのですが、そういうことも含めてなのですかね。
佐藤 一つ気になっているのは、日本中どこでも、カウンターではない、いわゆる料理屋さんみたいなところに行くと仲居さんが料理を運んでくるじゃないですか。「今日のこの魚は何」と聞くと、「確認してまいります」となる。あれはやめてもらいたい。お店の人のプライド、矜持として、「これは何とかでございます」と言えば、おっ、これはすごいなっていうことになるじゃないですか。そのためには食べさせなきゃいけない。全体の知的なレベルを上げること、そういう話だと思います。
横濱 そういう能力を培う場所として基本的には料理学校というのがあるわけですけれども、もちろんお店に入ってからのトレーニングもある。能力を開発する場所にとして、バスク・クリナリーセンターの話がありましたけれども、日本にどういう風にそういうものを入れていくか。
佐藤 僕はプライドだと思います。ヨーロッパに行って感じるのは、どんな田舎に行っても、我々が行くと、「よく来たなあ、どこから来たんだ」「日本か、まあ見ていけよ」みたいな、すごいプライドを持っているじゃないですか。それが日本の地方へ行くと、「家には何にもないんだけど」となっちゃうんですよ。若い人たちが、自分が生まれたところにプライドを持っていて、うちにはこれがあるのだという、そういう知識をちゃんと持てるような体制がいると思う。だから学校給食で、その地方、地域の美味しいものをどんどん出すべき。今、給食費の問題というのがありますけれど、それは行政が知恵を絞ればいい。もっと若い人が自分の地域の美味しいものを食べて、東京に行った時に、「ああ東京のは違う。やっぱりうちのがいい」。そういうプライドを持ってくれるのが一番だと思います。
赤堀 先生がつくりたいとお考えの学校って、4年制なのですか。
佐藤 インターネットの時代なので、いつ入ってきて、いつ出ていってもいいと思いますけど、4年でもいいし。バスク・クリナリーセンターは博士号をくれますから。だからそういうのを目指してもいいし。
赤堀 サン・セバスチャンの学校は4年制ですよね。誇りを持って料理を作り、外に出せるような料理人を作るという学校らしいです。日本にある料理の専門学校は1年制か2年制で、そこを出れば調理師免許がもらえるというぐらいの内容ですよね。だからクリーナリーセンターで4年間きっちり料理を学び、レシピを共有しているので、学校を出た若い子たちがそれぞれの店の調理場で、第一線で輝けるらしいです。そうなってくると、先程のカウンターで自分たちの誇りをお客さんに話せる。学校も含めたまちづくりのシステムが出来上がるのですよね。それがまちを作り出すと思います。
横濱 バスク・クリナリーセンターは、もちろんバスクの食へのコミットメントとか、文化の盛り上がりがあるわけですが、その前と言うか、影響を受けたものとしてイタリアのピエモンテの食文化大学というのがあるわけですね。それをたどるとスローフード運動の話もあるわけです。だから食を化学としてとらえるなど、それに関わる人たちが持っていなければいけない知識の量は、たぶん今日本で考えられているよりずっと多い感じがするのですがどうですか。
佐藤 僕は、食は教養だと思います。だからもし学校を作るなら、まず教養。教養ってすごく簡単にネットで身に付くみたいな感じがありますが、本当に自分が必要な知識を体系的に身に付けるにはネットだけではどうにもならない。自分が何を勉強したいのかという目標がはっきりしていて、それに必要な知識は何かということがわかる、可視化できるというのが重要なので、広い意味での教養を自由に身につけられるような場が必要だと思います。今の日本の大学の教養課程は、みんな、高等学校を卒業して2年間は遊びだと思っているようなところがある。あの2年間はすごくもったいないと思いますね。耳が痛いでしょう。
横濱 私も教養科目を担当させてもらっているので、非常に反省させられるのですが、食をエンターテインメントにするということだけではなく、食を商いとしてやるために必要な知識って、佐藤先生のお話を伺っていると、地理の話とか自然環境の話、歴史の話、今の社会のあり方についても分かっていなければいけない。だいぶ知っておかなければならないことが多いなって感じがするのですが、赤堀さん、どう思われますか。
赤堀 そうですね。私は比較的、知識を得てそれをお客様に還元したいタイプの人間なので、その資格はみんな一生懸命勉強して取ってお客さんに還元する方なんですけど。なかなかそういうのが苦手な人間が多いですよね。静岡料理にプライドが出てくるようになると、自然とそのものに誇りを持つようになって、話ベタな人間であっても話せるようになっていくと思うのです。それを楽しみに、日本国内はもとより、世界から静岡にいらしてくれるようになって、静岡に食文化が育てばいいなと感じています。
横濱 食材がすごく豊かで、本当においしい。私は東京と大阪にいましたけれど、魚に関しては間違いなく美味しい。種類も多いですし。農作物も多い。だから、これだけ豊かな条件が揃っているのに、その誇りというところにはなかなか繋がらない。どう考えればいいのですかね。
佐藤 静岡の若い人たち、静岡を知りませんもん。この間、駿河シャモを一羽買ったんです。僕は大好きで、井川の人に持って来てもらいます。こんなにおいしいシャモがあるのに「なんで学校給食に出さないのか」と言ったら、「高いから」だと言う。伊勢丹の肉屋に行って「駿河シャモを置いてくれ」と言ったら、「そんなの買う人はいない」と言う。子どもが学校給食で駿河シャモを食べて美味しかったら、うちに帰って話をするでしょ。「駿河シャモが出てきてすごくおいしかった」と。その話を聞いた親は「そうか、じゃあいっぺん家でも料理してみよう」となってスーパーに行って、駿河シャモがないか聞くでしょ。そういう循環を作り出さないと、静岡に生まれ育っているのに駿河シャモを知らないとか、シャモに限らず、そういうことがものすごく多いような気がするのです。静岡の人は静岡を知らない。これがいかんなと。もったいない。
横濱 もったいないですよね。それこそ美味しいと思うんですよ。そのわりにちょっと地味で目立たない。京都の話をなさっていましたが、京都は食材にさほど恵まれていないけれど、洗練の度合いが非常に高いというか、目立たせるのがうまい。もったいないじゃないですか、目立てばたぶんそれは誇りに繋がる話にもなるだろうから。そういう方向に繋げるためにはどうすればいいのか。環境的な条件はかなりいいわけじゃないですか、その先、じゃあもう一つ、誇りが持てるためには何が必要なのか。
赤堀 静岡の人は当たり前に美味しいものの中で育ってきています。私も静岡で、仕事はずっと東京でしていましたが、当たり前に美味しいものに慣れているところがあって。そうするとそれに一手間、二手間加えて美味しくしようというより、さっき先生が話しておられましたが、切って出せばいいくらいになってしまっている。これが現実ですよね。そうすると、切って出す位なら私でもできるという話です。駿河シャモもそうですよね。あれはそのまま焼いて食べるとものすごく旨いです、シコシコしていて。ですが、それをもっと美味しくするために一手間、二手間加えようとは、素材があまりにもいいから動いていかないような気がします。最終的に静岡料理っていうところに着地するときには、サン・セバスチャンと同じようにレシピがあっても、よそでは同じ味にならない。静岡の美味しい食材を使った静岡料理は、静岡のここでなければ食べられない。となるところが着地点になるかなと感じています。
佐藤 もう一つそれに付け加えたいのは、物語だと思うのです。いろんな料理の中できっと誰でも思っているのは、「あの時、あそこで、あの人と、一緒に食べたカレー。」 美味しい記憶ってそういうものなのですよね。そういう情報を取り払ってしまうと、ひとしくカレーライスになっちゃう。だけど、あの時に昔の彼女と一緒にあそこで食べたカレーという、そういう記憶のタグみたいなものがすごく重要で、そういう記憶のタグを増やそうと思ったら経験を増やすしかない。それともう一つ、ここは静岡なので、富士山があります、何がありますという、そういう舞台装置は一級ですよね。「日本平のあそこで富士山を見ながら食べたあの時のあれ」という記憶を作るというのは、京都の人が逆立ちしたって富士山はできない。そういう静岡ならでは、あるいはその自分の持っている人間関係、ネットワークならではのものを提供する。そういう機会を増やす。時間はかかると思うけれど、そういうことなのだと思います。
横濱 私たち静岡大学の地域社会研究所でも、クラフトビールや日本酒を作ったりしていまして。野生酵母で作ったり、赤米で作ったり。なぜかというと、手間はかかるのですがストーリーなんですよね。訴求力が絶対違うだろうと信じてやっているのです。なすびさんも、その物語づくりに関心を持ってらっしゃるのかなと思うのですが、いかがですか。
赤堀 実は私、インバウンドを取り込むために、静岡の魚は美味しいということでひとつプランを作りました。まず朝、焼津の市場に一緒に行きます。焼津は私の出身地なので市場に行くと知り合いの魚屋さんがいっぱいいて、そこでセリを見てもらいます。外国の方は特に、何の魚か分からないですよね。だからこの魚はこういう魚で、こういう風にして食べると旨いと言う話を、私はできませんので、できる人にしてもらって、お客さんが「あれが食べたい」と言ったらそれを競り落とさせます。その後、茶畑など静岡を観光して私の店に着いたら、朝競り落とした魚が料理として出てくる。そういうプランを作ってみたんです。
横濱 贅沢ですねえ。
赤堀 お高いですけどね。朝市場を見た人には、何で美味しいかというストーリーが出来上がるのですよね。あの市場のシーンだけで。あまりに特化した話ですけれど、そういったことをするように、私どもの会社では基本的に天然の魚しか使いません。焼津港と由比港と、用宗港と、後は函館も今はやっていますが、直接食材を買っています。それと、昔の料理人みたいに市場に行くのって、朝早いと夜が大変じゃないですか。だから全部、市場情報をLINEで共有しています。朝入った食材が全部見られるようになっています。そうすると各店の料理長や魚担当の人間が、昨日の出具合を見て、「今日は太刀魚を10本ください」と言うような形で連絡が来る。静岡のものにこだわっています。
佐藤 熱海に釜鶴さんという干物屋さんがあって、そこに一度体験をさせてもらいに行きました。朝市場に行って魚を買ってきて、自分で開いて干物にして、お昼になったらその干物を焼いて干物定食にして出してくれるわけです。よく考えたなと思うのだけど、参加するとか、そういうことがあると、それ自体が記憶になるので、いろんな人を引っ張り込んでくるようなことを考えると面白いと思います。
横濱 そうですね。釜鶴は私も行かせていただいたことがあるのですが、近くに簡易的な宿泊施設があって、そこに泊まった人が朝ごはんに干物を買いに来て、焼いて食べることができるという、すごく贅沢なことができる。ご近所で楽しんでいる、地域で楽しんでいる、そういう場所っていうのは確かにすごく大事だなと思います。
佐藤 そういうのがないと、できない。
横濱 地理的に恵まれているということがあるわけで、それをいかに活かすか。活かし方というのも重要で、生産者にとっても、提供する側、それから消費者にとっても。それを理解し、意識しながら楽しめるというのが大事だと思います。時間になっていますよね。私が聞くよりも、この後、皆さんが直接お伺いになった方がずっと豊かな食文化の体験になるかと思いますので、私からは以上ということにさせていただきたいと思います。