MC 雅博さん、真弓さんの講演を聞かれていかがでしたか?
雅博 私の知らないお話も聞かせていただき非常に面白かったです。私の先輩でもある河村先生のお話では、地域食とのマッチングを念頭に静岡酵母を設計したと聞き、昭和50年代からそういうことを見据えておられたのかと、先見の明があったのだなと感じました。
MC 横濱先生はいかがでしょうか?
横濱 静岡に来てから13、14年ぐらいになりますが、静岡のお酒がおいしくておいしくて。今日のご講演、非常に面白かったんです。河村先生に関しては、あそこまで深く入っていく方ってそういらっしゃらないだろうなというのが素朴な印象です。
真弓 各地方から来ている頑固な職人杜氏さんたちを納得させるにはものすごい根気がいたと思います。
横濱 お互いプロですからね。よくちゃんとコラボできたなと、そんな印象を持ちました。
MC では、ここからは横濱先生にファシリテーターをお願いいたしまして、マイクもお預けいたします。
横濱 私の肩書きに関してですが、2年程前に静岡大学に地域社会研究所ができ、昨年の大河ドラマ「どうする家康」との連動で、クラフトビール「家康公CRAFT」を造りました。あっという間に売り切れてしまいまして。雅博さんとはその時からお世話になり、非常に助けていただきました。ではお話を伺っていきましょう。静岡酵母というのは、「誉富士」の開発とも連動していたのですか?
真弓 していないです。お米の開発は農業技術研究所で県の組織の中でもジャンルが違います。河村先生も誉富士が開発される前の段階の米の試作試験醸造には携わっておられましたが。
雅博 静岡酵母は昭和の頃から研究されていましたが、誉富士は平成の16年、17年とかその頃に開発されたと思います。
横濱 実は雅博さんが今、新しい静岡酵母を造りたいと、研究所でクラウドファンディングをなさっていているんですね。そのきっかけとして説明されていたのが、「令和誉富士」があり、種麹も実用の可能性が出てきている。後は酵母だという話なんですよね。
雅博 そうです。誉富士が昨年度リニューアルし、令和誉富士になりました。地元の食材に合わせたお酒を造ることが私の目指したいところで、今ある静岡のお米、静岡の麹に合った静岡酵母を作りたいと始めたのがクラウドファンディングの取組です。
横濱 新しいお米には新しい麹、新しい酵母があった方が美味しくなるということでしょうか。これまでのまるい静岡のお酒とはちょっとニュアンスが変わることになるのか、それともそれを継承するのか、どうなんでしょうか?
雅博 基本的には継承するようなお酒を造りたいと思います。今の静岡のお酒は、ある程度完成された本当に美味しいお酒だと思いますので、そこをブラッシュアップしていきたいと。先頃、静岡県のお酒が地理的表示GIの認定を受けまして、海外にも輸出をしていこうという動きが今、業界全体に出てきています。そういったところにもアプローチできるように、これまでの静岡のお酒の良さは残しつつ、さらにブラッシュアップしていきたいと考えています。
横濱 なるほど。静岡のお酒と食とのマッチングが、ツーリズムの話とも繋がってくるわけですが、食という部分も少しずつ変わっていくんじゃないですか。それとの合わせというのもあるのかなという気がするのですが。
真弓 静岡のお酒は、もう昭和50年から食材との食べ合わせを意識して酵母開発しています。静岡酵母の酢酸イソアミル系の香りは基本食材を選ばないんですね。どんな食材にも合います。しかも温度帯も冷やでも燗でもいい。カプロン酸エチル系の香りはその両極にある酵母で、自己主張するようなお酒なので、食べる料理もお酒の温度帯も限定されます。静岡酵母の私が好きな酢酸イソアミル系の香りは、食材を選ばないし、どんな食材にも合わせやすい。新しく開発される酵母がもしカプロン酸エチル系になってしまったら、静岡のお酒のファンはちょっとむっとするんじゃないかなと思いますが、大丈夫ですよね、先生?
雅博 そこはご安心ください。
横濱 やはり継承するということなんですね。私も静岡のお酒が本当に好きで、どれを飲んでもちゃんと食事に合う。過度に主張してこない。
真弓 「飲み飽きしない」というキーワードをよく聞きますね。蔵元さんの言葉ですが「何杯でもおかわりしてもらえるようなお酒を作るんだ」と。
横濱 水の話もすごかったです。一般的に使われてる水の倍の量を使わないとできないんですね。水に恵まれてるいるのが大前提だとは思いますが、これもやっぱり河村先生のおかげなんですか?
真弓 最初のきっかけはたぶん、「志田泉」にいた杜氏さんの「いってんくっきりの麹造り」に河村先生が驚いて、この麹造りの秘密を探ろうと、志太泉さんに3日3晩通い張り付いて観察し、そこで見たのが半端な量ではない米洗いだったらしいです。米を洗う時に職人さんがザルを持ってゴシゴシ水をかけながら洗うのは肉体的な負担が大きいということで、先生は吟醸用の精米機を自分たちで造った。自動精米機を平成の初め頃に開発したっていうのがきっかけだったと思います。今では自動洗米機もいろいろな種類が出てきましたけれど。
雅博 実はうちのセンターでは青島式の精米機がまだ今も現役です。
真弓 「喜久酔」の青島さんと河村先生と工業技術センターさんで共同開発したのが最初ですね。
横濱 その青島さんが喜久酔さんを継がれた時の話が真弓さんの本に書かれていて、感動的なんですよね。世界を股にかけたディーラーをやっていた人が、とある時にぱっと辞めて帰ってきた。酒造りに関わるいろいろなところを案内する時に真弓さんがいらっしゃったっていう話。
真弓 今日会場に来ている松下明弘さんというお米農家さんと私と二人で、青島さんが帰ってくるのを蔵で待ち構えていました。それが1996年、私が地酒研究会を作ったのと同じ年のことで、その年に松下さんも「山田錦」という米を作り始めています。
横濱 これもこの本の中にあった話ですけど、酒蔵が技術を継承していくというのは簡単なことではなく、それで口で伝わらないことはちゃんと文章の形に起こして伝えていくみたいなことをなされたという。そういう人が入ってきたからこそ、変わっていくことがある。日本酒って面白いなあと思います。
真弓 酒造りにも哲学がないといけない「醸造哲学」という言葉を最近耳にします。すごい人気の入手不可能なお酒、「きょうかい6号酵母」を作った秋田の「新政」の蔵元さんが、醸造哲学を確立したお一人です。6号酵母で、しかも無添加。生酛づくりのような酒造りの王道を自分たちが守っていくという姿勢です。純米酒だけを造るという酒造りを最初に始めた埼玉の「神亀」の蔵元さんもそうです。日本酒とはどうあるべきかみたいなものをしっかりと考えて造っていらっしゃる。そういう哲学がないと人が育たないんだそうです。新しい技術にぱっと飛びついても、その技術が定着したら、また次の新しい技術にハシゴしたり浮気したりする若い人が多い。そうじゃなく、蔵にしっかりした哲学があるところにはきちっと人がついてくるということをおっしゃっています。日本杜氏組合連合会の石川達也さんという日本の杜氏の代表格みたいな方のお話なのですが、「酒づくり」と書くとき「作」でなくて「造」を使う意味、分かりますか?
横濱 どう違うんでしょう?
真弓 酒造の「造」はしんにょうの付く字を使いますよね。しんにょうは継続する、続けるという意味があるらしいです。「告」は元々お供え物をして神様に捧げるという意味の漢字だそうです。ですから酒を造る場合は「作」でなく「造」ですね。でも今はどちらかというと「作」のつくり方をする人が増えてきたと。「作」は生け垣を作るというのが元々の漢字の意味なので、人の手で創意工夫して作ると言えばいいんでしょうか。考えてみると静岡もそういう意味では「造」でなく「作」の方だったのかなあと。人の手が加わって今の静岡のお酒の形ができたのかもしれません。でも元を正せば水という天の恵みですよね。これがなければできないわけで、「作」「造」のつくりを意識しながら、どう酒造りを極めていったらいいかという考え方を造り手さんがしっかり持っているかどうか。あんまり「作」にブレ過ぎても…。静岡県のお酒にはまだ「造」の方の想いも残して欲しい気持ちがどこかにあります。
横濱 継承していく部分と、イノベーティブな部分の両方があるというお話だと思いますが、イノベーティブな部分を支えているのは、それこそ酵母だと思います。酵母開発はまさに河村先生がやったわけですが、今、沼津のセンターはどういう形で進めているんでしょうか?
雅博 静岡酵母と呼ばれるものが最後に開発されたのは2006年で、もう20年くらい新しい静岡酵母は開発できていません。ただ、その後、色々な酵母開発はやっていまして、例えば伊豆の河津桜から分離した酵母でお酒を造ったり、日本酒からは離れますがビール酵母を開発したりしています。そんな中、今のお米と麹にあった酵母を開発したいという気持ちが私の中で非常に強くなり、今回クラウドファンディングで寄付の募集をさせていただいております。新しい静岡酵母を約20年ぶりに造ろうというところが今年からやる新しい研究です。
横濱 これまでずっと静岡酵母できていて、それはちゃんとお客さんを満足させてきているわけですよね。ただ、そこに満足せずに、もう一つ先を行くということなんですね。
雅博 伝統と革新ですよね。守るべきところは守って、進化させるべきところはする。先程横濱先生が「ガストロノミーと絡めて食も変わっていくよね」というお話されていましたが、お酒も伝統は守りつつ、変えるべきところは変える。時代に合わせていくことも大事だと思います。そのバランスをきっちり取りながら、酒蔵さんですとか、ひいては消費者の方に満足いただけるようなお酒を届けていきたいと思います。
横濱 私も日本酒を飲む時は間違いなくお魚を食べる。静岡のお酒は魚が第一だというのはわかるんですが、東海道の真ん中ですからいろんなものが集まってくるところですよね。全国の食の変化の影響を受けて変わっていく部分も多いと思います。それに合わせる形で新しい静岡の日本酒というのができるんだとすると、それはすごく面白い。どういう状況の変化があるのでしょうか?
真弓 100年以上続いてるお酒のコンテスト全国新酒鑑評会に毎年取材に行っているのですが、最近の傾向として甘いお酒、酸味の強いお酒が多くなっています。これはもう間違いなく食べ合わせが影響しているんだと思います。静岡のように新鮮な食材で、くどい味付けの料理が少ないところばかりじゃないですから。静岡の酒はパンチのある料理、無国籍な料理に合わせる時に、少し弱いという部分があるかもしれません。雅博さんが今開発されている酵母は、そういう意味から少し厚みも感じるような、少し酸度が出るようなタイプの酵母になるのでしょうか?
雅博 実は逆に酸度はなるべく抑えていきたいと思っています。真弓さんもおっしゃるように全国的により甘酸っぱいようなお酒が増えてきて、これはこれで美味しいとは思いますが、食事と一緒に食べていくと、どうしても口が疲れてしまうところがあるのかなと私は感じています。なので静岡のお酒は食中酒として疲れずにすむ、月並みな言葉ですけど、水のように飲める、そんなお酒を目指していきたいと思います。
真弓 香りはカプロン酸も少しは出るような?
雅博 まあバランスとしては多少出るようにしようと思ってますが、あくまで酢酸イソアミル主体というのが静岡のお酒の目指すべきところだと思っていますので、そのバランスが出るような感じにしようとは思っています。
真弓 もうずっとカプロン酸系の香りのお酒じゃないと金賞が取れなという時代が続いてますが、最近、ちょこちょこ他所の県の蔵ですがイソメル系が金賞を取っています。しかも「山田錦」という最高峰の米でなくご当地米で。そのうちオール静岡で勝負ができる時代が来るんじゃないかと期待しているのですが、カプロン酸で、ブレずに静岡の王道を貫いてほしいというのが本音のところです。
横濱 新しく酵母を造ることになると、蔵元さんと協力して造っていくってことなので、対話というか技術提供というか、そういうのも行っていくということなんですよね?
雅博 そうですね。今回の酵母をどういうコンセプトで造るかというところも、酒蔵さんからいろいろお話を伺った上で設計しています。酵母ができた後も、河村先生もそうでしたけれど、酒蔵さんに技術移転をしていく。この酵母はどういうふうに使ったら一番ポテンシャルが出るのかというところを伝えていくことも大事だと思っています。そういうアフターフォローもしっかりしていきたいと思います。
横濱 私はそれが飲める日をただただ待ちわびております。海外展開するという話も先程ありましたがそれも込みでどうすれば静岡の日本酒がより広く知られるようになるのか、どうすればより好まれるようになるのかという点についてはどうでしょう?
雅博 研究者の立場というより一人の地酒ファンとして申し上げますと、静岡に地酒の文化が根付く、静岡県民の方にまず知っていただくことが今後外に出ていくために大事なところになるのかなと感じています。
横濱 あんまり地酒が飲まれていないということですか?
雅博 そうですね。私も地酒が飲みたい時には、ここだったら静岡のお酒が飲めるなっていうような居酒屋さんを探すのですが、調べなくてもどこのお店に入っても静岡の酒が置いてあるみたいな感じになってくれればいいなと思いますね。
真弓 海外プロモーターのJフードっていうところの先生から聞いた話なんですが、日本酒の需要拡大には3つの大事な要素があって、一つはお酒を飲みたいと思った時に日本酒が選ばれるようにしなくてはいけない。お酒の種類は他にもいろいろありますからね。そして好みの日本酒が選ばれるようにしなくてはいけない。メニューに酒としか書いてなかったらダメですよね。あともう一つは、飲みたいと思った時に飲める、買える、そういう環境がなければいけない。これが最大ですよね。
横濱 日本国内もそうですが、海外となると保存状態も含めて…。
真弓 海外に輸出することも大事ですが、それよりも日本国内、静岡県内で静岡のお酒を飲みたいと思った時に買えて、飲める状況をつくり、インバウンドの方が来た時に、まず地元で静岡のお酒の美味しさを知っていただく。それをお土産に帰っていただくということが大事なんじゃないかと思います。飲みたいと思った時に買える、飲める環境をまず作るということですよね。それをずっと私は37年間情報発信しながら頑張っているんですよ。最近は、はしご酒みたいなイベントが増えてきましたし、飲食店さんの中には蔵元さんをお店に呼んで、お酒を知ってもらおうという取り組みを始めてるところも多くなっています。ただ試飲会やイベント止まりなんです。そこに来たお客さんが、日常的に静岡のお酒を買ってくれる、飲んでくれる、というところまでまだ行き着いていないですね。
横濱 日常的に身近にあるお酒になりきれていないということですね。
真弓 静岡のお酒ってなかなか買えるところがないと、今もよく言われます。
横濱 私の認識にバイアスがあって、私はもう日本酒がないと困るので、ここに行けば買えるという店を持っている。だからそれで済んでいるんですね。
真弓 これから新しい客層を開拓していくには買いたい、飲みたい時に手に入れやすい環境を作るというのが大事ですね。
横濱 そうしていけば根付いていくだろうということですよね。静岡の日本酒好きとして、今後より多く飲まれていくことを本当に期待していますし、自分もたくさん飲みたいと思っています。もっともっと盛り上がっていけばいいなと思います。
MC もう少しお話を伺いたいところなのですが、残念ながらお時間となってしまいました。結びに、何かございますか?
雅博 もう一度宣伝させていただきます。クラウドファンディングは100万円が目標金額で、期間はあと2週間を切っているのですが、実はあと40万円程。まだ全然目標金額に達してない状況です。これからの静岡のお酒を応援するというような意味も含め、ぜひ皆様からの温かいご支援をお待ちしております。よろしくお願いいたします。
横濱 クラウドファンディングで集めたお金で開発をして、その成果の発表の場もあるんですよね?
雅博 成果の発表会もやりますし、センターのwebサイトの方で随時、どんな状況で酵母開発しているかも報告させていただこうと思っております。興味のある方はぜひよろしくお願いいたします。
横濱 私もその成果を楽しみにしております。
真弓 雅博さんや横濱先生と静岡のお酒の話ができる機会をいただき、本当にありがたく思います。私もこの道30何年。まわりの環境も、作っている人も売っている人も世代交代をしてくる頃なんですね。雅博さんは私がお酒の取材を始めた頃はまだ生まれてなかった? 新しい方には思い切ったものを作っていただきたいし、そういう環境を守っていきたい。未来にどういうことが起きるかを予測するのは大変ですが、過去にこういうことがあったということはすごくいい参考になると思いますので、私自身はそういう過去の記録をきちっと残して、次の人にバトンタッチできたらなと思います。
横濱 まさに静岡の酒の語り部でいらっしゃるので、今後の活動も楽しみにしております。本当にありがとうございました。
真弓・雅博 ありがとうございました。