横濱 堀川先生には、日本のお茶の生産の状況から流通、そして消費のあり方について、現代人の様々な志向性にも触れていただく形でご報告いただきました。韓国、中国のお茶の生産や消費に今後の日本のお茶のあり方のヒントがあるのではないか、というようなこともご紹介いただきました。この後、いろいろ質問させていただきたいと思うのですが、その前に杵塚さんに堀川先生のご講演をお聞きになっての感想をいただきたいと思います。
杵塚 堀川先生ありがとうございました。お茶の産業というと悲観的になりがちなのですが、堀川先生のお話を聞いて、400年のスパンとか、1960年代になってから急須で飲み始められたとか、お茶に携わっているのですが知らないことばかりで、今課題を与えられたような気持ちになっております。新しいお茶を今の時期に作り出すとか、本当に興味深いお話をありがとうございました。
横濱 杵塚さんがいろいろな試みをなさっていることを拝見して伺いたいことがいろいろあるのですが、有機栽培のお茶をかなり早い段階から、まずはお父様がなさっていて、それを今、さらに発展させていらっしゃると。また「椿邸」というゲストハウスもやられ、藤枝市で子どもたちにお茶を飲んでもらう試みもなさっているとのこと。こうしたことを始めようと思われたきっかけとか、動機ってどういうものだったのでしょうか。
杵塚 簡単に説明させていただきますと、1976年に父が有機無農薬に切り替えてお茶を栽培し始めました。藤枝の瀬戸ノ谷という自然豊かなところなのですが、若い頃の私は、もうそこを早く出たくてしょうがなくて、高校卒業と同時に瀬戸ノ谷を出て、語学に興味があったので海外留学をしました。外に出たことで藤枝市の魅力とか、父がやってきたお茶の素晴らしさに気づき、ユーターンし、後を継ぐことを決めました。父がやってきたことは本当に大切なことで、そういう伝統的なものを大事にしながらも、新しいことを取り入れていかないとお茶の未来はないなと感じておりました。
海外に留学していた経験も活かされています。海外の方はお茶や有機農法に結構興味を持っていて、こちらから発信しなくても向こうから連絡が来て、ぜひ訪問させてもらいたいという要望が増えました。お茶のツアーだったり、海外の方の農業ボランティアだったり、インターンも受け入れるようになりました。ただ、せっかくツアーに参加しても、その後静岡に寄って、その日のうちに東京か京都の方に向かってしまう方が多く、すごくもったいないと感じておりました。というのも藤枝市って面白い人やお店、場所がすごく多いんです。だからゆっくり滞在してもらい、見ていただきたいという思いが強くなり、それが古民家を改修し1棟貸しの宿「椿邸」を始めたきっかけになりました。
横濱 かなり海外の方が来られているというお話ですが、そういう方々は「椿邸」に来られてどういう反応をされ、どういうことに関心を持たれるのでしょうか。
杵塚 基本的にはお茶ですね。今はもう日本よりも海外の方がお茶に詳しい方が多くてびっくりしてしまいます。実際に体験して、お茶のことをよりもっと知りたいという方が来られています。
横濱 「椿邸」の試みの元となったのは、いち早く取り組まれていた有機栽培のお茶の生産ですよね。堀川先生に伺いたいのですが、有機栽培のお茶を押していくことでどういう可能性が考えられるのか。それから、杵塚さんのお父様とお知り合いだとのことですが、その辺りも含めてお願いします。
堀川 杵塚さんのお父様とは、私が30歳になる前からの付き合いです。杵塚さんは1976年から有機栽培をやっていて、静岡でやった最初の一人がお父様でしたね。やっているというけれど、できないんじゃないかと思い見に行ったんです。そうしたらすごくいい茶園ではなかったけれど、まあまあの茶園で有機栽培をやっていました。それを真似る人も結構出るようになって、県の研究機関でも有機栽培をやったらどうかという話が出ました。
有機栽培は野菜の栽培と同じように、蒔いたものを全部収穫して100%位の収益を上げようと思ったら、なかなかできないだろうと思います。でも虫の出るところは全部一斉に出るわけでもないし、病気が全部一斉に出るわけでもありませんから、出るところも出ないところもある。全体の7割位のところで正常に栽培ができて、正常に収穫することができていけば、有機栽培としては面白いのかなと思っています。
ただ、ある一定の面積がないと、例えば2反とか3反とか作っていて、それで生計の足しにしようと思っている人はなかなか難しいですね。できる年もあるし、できない年もある。うまくいく畑もあるし、うまくいかない畑もありますから。いろんな地域に自然環境の違う畑があれば、有機栽培っていうのは今でも十分に可能だと思います。たぶん杵塚さんのところはそういう茶畑ですよね。あの辺りのいろんなところに茶畑があって、みんな環境が違って。有機栽培を売りにして付加価値をつけて売る力があって、杵塚さんは今のような経営になっているのだと私は思っています。
横濱 いかがでしょうか。有機栽培で作ることの苦労もいろいろあると思いますが。
杵塚 そうですね。父は本当にちょっと変わっていて、いろんな新しい試みをしております。語学ができないのに台湾に何度も通ってウーロン茶の勉強をしたり、スリランカに通ったり。海外の方とどうやってしゃべっていたのかよく分からないのですが、小さい頃からいろんな交流があったのを覚えております。私たちは藤枝市の山間部でお茶を作っているのですが、この地の自然環境が有機栽培に向いておりまして、その自然があるからこそ可能になっております。やはり昔はすごく苦労したようですが技術も確立してきて、今は特に問題なく作っております。
横濱 お父様が有機栽培に注目されたというのは、何かきっかけがあったのですか。
杵塚 そうですね、もう昔は本当にお金がなくて、父が朝、牛乳配達をしていまして、その時にお客さんから、お茶って有機栽培できないの?と言われ。ああそうかって。それがきっかけになったそうです。
横濱 そういうある種のイノベーションというか、その転換っていうのが、ひょんなことで起こったということなんですかね。
杵塚 そうですね。それをきっかけに有機に対する思いが生まれたというか、それと、当時は環境汚染が叫ばれていた時だったので、農薬を使わないで作れないかと試したそうです。
堀川 お父様を見ていて、十分話したことがあるわけじゃないですが、物事の本当に大事なものは何かということを、自分の頭で考えることのできる人であって、実践しようと思ったことの一つが、有機栽培だったんだと思いますね。
横濱 杵塚さんの取り組みのお話を少し続けたいのですが、一つは流通の話です。茶商を挟んでの取引もあるんですか、それとも自分たちが作ってるものは消費者に直に届けるということをなさっているんですか。
杵塚 昔から大事にしてきたのが直接販売です。一般的には、お茶農家さんは荒茶まで作って、それを茶市場や茶商に販売し、今もそうしていると思うのですが、そうすると、価格が下落するとどうしても農家さんがやっていけなくなるという問題が発生します。そうした中で父が昔から大事にしてきたのが直接販売です。
横濱 直接販売すると消費者の反応が直に来るので、刺激を受けられるというか、どういうものを作っていくかということを、そこで考えることができるということなんですかね。
杵塚 そうですね。国内ですとやっぱり顔の見える関係を大事にしております。
横濱 生産者の想いを消費者に直に届けるっていうことでいうと、茶商が間に入らない方がいいというところがあるんですか。
杵塚 私はそれもちょっと違うと思っています。今、藤枝市で「TEA SEVEN(ティーセブン)」といって、6社の茶商と協同組合を立ち上げ7社で活動しています。昔は農家、JA、茶商さんで敵対心を持ってバチバチやっていたとよく聞くんですが、今は協力体制を作ることがすごく大事だと思っています。藤枝のお茶を何とかしたいという思いでやられている茶商さんが多くて、そういった方々と協力して、一緒になって藤枝市を盛り上げてくというのが、今後大事だと思っています。
横濱 堀川先生のご講演の中にあった、画一化、多様へというのは、一つは差別化ということだと思うんですが、流通の仕方であるとか、有機栽培であるとか、それからお茶のツーリズムだとか、差別の仕方ってそれ自体も多様だと思いますが、差別化に対する意識ってどういうものなのか、杵塚さんに伺いたいと思います。それから堀川先生には杵塚さんの試みも含めてですが、差別化のあり方について、今後どうしていくのがいいのか、順番に伺えるとありがたいです。
杵塚 差別化で言いますと、父が有機でずっとやってきて、今後の新しいチャレンジがすごく必要だと思っております。海外のお客さんが増える中で、ツーリズムとお茶をセットでやる意味がどんどん大きくなっているんじゃないかなと感じております。
横濱 ちょっと加えて言うと、堀川先生のご報告の中で静岡の地図が出て、茶の名産地がいくつかあったと思うのですが、例えば本山茶なら本山茶で、一つのまとまりではなく、さらに細かく個々の農家のこのお茶が美味しいとか、この試みが面白いからこのお茶を買ってみようみたいな、そういう感じでお茶を買い消費する方向って、今後期待できそうですか。
杵塚 海外の方が私たちを見つけて来てくださっているのは、産地がはっきりしている、どこの誰が作っているかもはっきりわかっている、なおかつ私たちを知って、私たちのお茶を自国で販売したいという方々です。そういった点に海外の方々は今注目しているんじゃないかと感じています。
横濱 堀川先生には今までのお話を踏まえつつお願いしたいのですが、いかがでしょうか。
堀川 静岡のお茶は大きく分けると、山の方のお茶と平坦地のお茶に分けることができます。例えば菊川茶と牧之原茶を区別できる人がいたらすごいと思います。産地としていくつかありますが、静岡の今のお茶の作り方を見てみると、先程説明しましたように、同じような品種で、同じような機械で、同じような製造方法で作っているものが多いから、産地を当てること、区別することは簡単じゃないと思います。お茶の鑑定の技術を競う大会がありますが、専門家でも100%、どこの産地のお茶か当てることはなかなか難しい。私がさっきインストラクターの資格を持っていると言いましたが、インストラクターのテストに、一番茶の初め、一番茶の終わり、2番茶の初め、2番茶の終わり、番茶の5種類を飲み比べて当てなさいというテストがあるんですが、なかなか当たらないですよね。だから、それを今杵塚さんがおっしゃったように、この人が作ったお茶というのは、どこかのお茶と比べるということじゃなくて、この人が作ったお茶だという信頼感があって飲むことができる。そういう意味では差別化だろうと思います。
もう一つ、お茶そのものの話なんですが、最近、問屋の中では、お茶を使ったお菓子を作っているところがあり成功しています。例えば昔、1600年に茶道が流行った時、お茶は味わいますけど、お茶の道具やお茶碗、茶室など他にもお茶と一緒に味わうものがたくさんありました。おもてなしもそうだし、食事と一緒であればその食事も。どんなお話がそこで聞けて、どんな契約が結べるのかということもあり、お茶を軸にしてものすごく多様なものがお茶に付いていて、それがお茶の楽しみであり、ある一定の需要がそこで確保できていたとも思います。江戸時代の終わり頃に煎茶道が流行った時も同じような感じでした。
例えばヨーロッパの人がお茶を飲む時にも、カップとかいろんな道具がたくさんありますよね。それを見ているだけでも楽しいし、カップを趣味で集める人もいる位ですから。そういう何か新しいものを付けて受け入れてもらう。流行のようなものにするには、シュンペーターという人が言っていましたが、何かと何かが一緒になってくっつかなきゃだめだと。そうしないとイノベーションが生まれないと言っていました。そういうものが今のお茶に必要なんじゃないかと思います。品質を変えるなど、お茶そのものを変えたりするだけでは需要を爆発的に伸ばすことは難しく、静岡のお茶やこの産地のお茶を世界中に売っていくためには、何かくっつけるものが必要なんじゃないかと思います。
横濱 杵塚さん、今の堀川先生のお話どうですか。
杵塚 そうですね、私もとても大事だと思っております。私たちも今、お茶を売るだけじゃなく、本当に幸いなことに、周りの方々からお茶を使って何か作りたいとか、例えば「TEA SEVEN」ではお茶を使ったクラフトビールが造られ、次回は紅茶のビールが出ます。まるか村松商店さんのところで抹茶を使ったアイスクリームを作ってくださったり、ペットボトルですがマツバ製茶さんと西光エンジニアリングさんの技術開発で私たちのお茶を使って開発してくださったり。自分たちだけではできない、得意分野を持つ方々からいろいろお声をいただいて開発が進められています。今の時代、お茶を飲むだけじゃない、そういうものが大事だと感じています。
横濱 そういういろんな展開って、いろんな人たちの付き合いや横のつながりが必要になってくるじゃないですか。静岡でも盛んになっているんですか、それとも一部の方々がやってるという感じなんですか。
杵塚 先程も言いましたが、藤枝市って本当に面白い方々が多くて、そういう方々と結構繋がるんですね。なので自然発生的にいろんな取組、今度こうこういうのをやろうよとか、こちら側からもみんなの助けをいただいて、新たな取り組みをさせていただいたり、逆に相手側からこういったものを、みたいな提案があったり。連携が今後も大事だと感じています。
堀川 ロイヤルブルーティージャパンという会社がありますよね。知っている方もあるかもしれませんけど。ワインボトルのような瓶にお茶を入れて1本30万円で売っている。30万か35万かちょっと分かりませんが。今のこの会社の役員で会社を経営している女性の方がいるんですけれど、その人が昔、僕のところに来て、ものすごく高くお茶を売りたいと。お茶を低温で抽出する技術は作ったから、それで高く売りたいと。高く売るんだったら高く売れるお茶を使ったらどうか、品評会で1位になった天竜の方のお茶とか、川根の日本で一番になったお茶とか、品評会で一番になったお茶を使って、それを抽出して売ったらどうかと言ったことがありました。彼らはウーロン茶みたいなものでやってましたが、それを作った後にお茶を作りまして、1本30万円で売ったと思います。
誰が買うんだろうと思いますが、PRの仕方がすごくうまくて、例えばそれを一流の企業が採用してくれたら、売れるようになるかもしれないと、彼らが一生懸命やったのは航空会社へのアプローチ。ファーストクラスとか、あるいはビジネスクラスに乗る方々にお茶を出したらどうかとか、あるいは超高級なレストランで試飲会のようなものをやるとか。それでそのお茶をPRする。あの時はベンチャーでしたけれど、成功していますよね。そういう誰も考えないような発想で、そんなことやっても売れないよと言うんじゃなくて、こういう風にすれば売れるんじゃないかと、どんな商品づくりをしたらいいかというようなことを考える人がたくさん出てくれるといいと思いますね。
そのコピーのようなものを最近静岡でも売り始めて、結構高く売っています。ペットボトルでも1,000円位で売っていますね。だけど飲んで違いが分からないとだめだと思います。普通のペットボトルのお茶と値段を1,000円にしたお茶と飲んで分からないと。自分で日常的に1本1,000円のペットボトルをゴクゴク飲む人はあんまりいないから、特別な時に飲むんでしょう。特別な時が来た時にちゃんと説明して、このお茶を飲んでもらうというものを作っていかないと売れ続けない。それが必要だと思います。
横濱 付加価値を付けると言っても、何かいろんなやり方があって、それはアイデアがいろいろあるんだろうと思います。本当にボトルのお茶はみなさんもたぶんご覧になったことがあると思います。静岡駅のキヨスクなんかにも置いてあり、立ち止まって見ている人がいますよね。そういう新しい発想がどこら辺から出てくるのか、私もすごく関心があるところです。藤枝にはそういうアイデアを持った方が結構いらっしゃるということなんですよね。
参加者からの質問なのですが、「これからのお茶業界にとって、伝統と革新の割合は何対何だと思いますか。海外の方や若い人にもっとお茶を飲んでいただくには、従来のどんな考え方を捨てなければならないと思いますか」ということです。何か変えなきゃいけないっていうのはあるんですか。
杵塚 そうですね、変えるのも大事なんですが、伝統的な部分も忘れちゃいけないと思っていて、私は半々って大事だとすごく感じております。100%伝統だけに固執してしまうと、どんどん廃れていってしまいますし、伝統を忘れて革新的な部分だけを重視してしまうと、中途半端になってしまうと感じております。なので、私が気をつけていることは、父がやってきた伝統的な部分も大事にしながら、新しい取り組みも重要視して今活動しております。
堀川 お茶に携わる業界全体から見てみると、今やっている商売でうまくいっているところはそのままやればいいと思っていて、それをやめて新しいところに行くことはないと思っています。経営ですから、それはそういう風にすればいいんですが、新しいものに取り組む人たちが出てきて、お茶を使って何か始めるという、そういう新陳代謝が起こっていけば、お茶の業界全体としては売上が落ちないし、大きく伸びていくのではないかと思います。
静岡銀行が「TECH BEAT」というのを始めました。今年で2回目なのですが、どういうものかというと、新しいベンチャーとかスタートアップの企業を全国から静岡に集めて、見に来た静岡の企業や、参加した人たちの新しい結びつきを作ろうというものです。私も行きまして、どういう風にして大きな会社にするのですかと聞くと、まず信用を得るためにみんなが知っている大きな企業に採用してもらうんだと言うんです。そこに採用してもらえれば、普通の企業に採用してもらえる確率が高いんだと。いい方法だなあと思いながら聞いていました。
それと同じようなことをしたのが、静岡の「エムスクエア・ラボ」という会社の加藤百合子さんです。彼女はものすごく能力があって、企画力もあって、新しい事業をみんなにPRする力があるんです。何かイベントをやろうと思うと、みんなが知ってるような一流企業、日本の代表的な企業を仲間に引き込むんですね。その代表の人に直談判してくるんです。それでいろんなことをうまく進めることができて。それは彼女の持っている独特の力だと私は思いますが、それで今の事業が続いている。何か新しいことを始めたら起爆剤になるようなところを探して、それで事業を展開していくというような方法も有力なんじゃないかと思います。
横濱 その方の話を伺っていると、何かを引きつけたり巻き込んだりする力って大切なのかなって思いますね。さて続いての質問です。「茶農家がお茶だけでは生活が成り立たず、後継者が育たないので、耕作放棄地、つまり放棄茶畑が急増している。茶農家の存続のためにはどのような手立てがあると思われますか」というものです。
杵塚 そうですね、お茶のブランド化というのがすごい大切になってくると感じておりまして、今、藤枝市がオーガニックビレッジ宣言をして、有機に力を入れている状況で、他の産地はわかりませんが、藤枝市だけで言いますと、オーガニックでやってきているお茶農家さんだと、比較的後継者問題とかいうものがなく。私たちのところもそうですが、オーガニックでお茶を昔ながらでやってるところには後継者がいて、今問題となっているようなことが少ないかなと思います。産地のブランド化、有機のお茶の産地という差別化がいい宣伝になっているんじゃないかと感じております。
横濱 今更ですが、杵塚さんにとって藤枝という町、コミュニティーがすごく大切なんだなと感じました。愛郷心というか、そこに根ざしているという感覚があるのかなと思いました。藤枝に対するこだわりってやっぱりありますか。
杵塚 小さい頃から父に連れられて、茶畑で農作業を手伝うのが普通になっておりまして。父の背中を見て育ったのが一番大きいと思いますね。藤枝市ってすごくいいところで、やっぱり好きですね。
横濱 茶農家を続けていく、ないしは生き残っていくためにどういうことが必要かということについて、堀川先生、お伺いできればと思います。
堀川 お茶だけじゃありませんけどね、儲からなきゃだめですね。それが一番だと私は思っています。「儲かるビジネス農業」という本を書いたことがありますけど、一定の売上がないと農業をやっていけないと思っています。昔、富士のある茶農家の人と話している時、自分の家は息子もお茶を手伝うことになっていて、かなり順調にいってると。それで彼の目標は一反100万円だと言うんです。これはお茶でやるには相当難しいですよね。普通50~60万が一番いい時の平均で。今はたぶん平均すると一反15万とか20万円位になっちゃうんじゃないかと思います。それがお茶から離れていく一番大きな理由かなと思います。売上をカバーするには、面積や単位面積当たりの売上を伸ばすことが重要だと思うので、その両方で取り組むことが必要だと思います。
県にいた時に、儲かる農業を県として支援するにはどうしたらいいか、ということを考えたことがあって、ビジネスとして農業を成り立たせるにはまず第1に規模だと。一定以上の規模が必要だから、規模をしっかり確保すること。それから、自分の家族だけで経営していると、自分の家族なら多少貧乏になってもまあいいやと思う人がいるから、必ず人を雇用して責任を持った経営をするようにすること。それと売上をある一定以上にすること。その3つを条件みたいなものにして、県行政として支援できることを考えたことがありました。
それをやった時のモデルが森町で水田をやっている鈴木農園です。その方は水田でトウモロコシも作っています。彼の経営が偉いのは、レタスと水稲とトウモロコシで2年で3回転する。二年三毛作っていうんですかね。我々が考えると、一年二毛作か二期作か、一年一毛作ということになるんですが、水田で稲が育たないような時期はレタスを撒いてトウモロコシもやる。水田は一旦水田にすると、土壌がリセットされるということもよくわかっていて、それをまた畑に戻すと土壌消毒する必要がない。そういう工夫をしていて、トウモロコシがよく売れたこともありましたが、1反100万円、たぶん超えてるいのでは。近所の人から農地を使ってくれと言われたら積極的に借りて、貸した農家の人を雇用して賃金を払う、そういう経営を始めました。そうしたら売上が伸びて息子さんや娘さんが帰ってきて。今息子さんが社長をやっています。子どもたちが希望を持って、この農業ならやってもいいという農業にしないと、人は続かないと思います。一定の売上があることと、何か面白い経営をしていて、こういう経営ならやってみたいと思うようなことが茶業の中に必要だと思います。冒頭に言いましたよね。茶畑がたくさん残っている、荒れていてもそれを活用して、自分のやり方を見つけようと思えばできないことはない。そんなに悲観したもんじゃないと私は思っています。
横濱 その余力がまだあるはずだというお話で、まだ伸び代がある。
堀川 今、農家がどれ位あるかというのを数字で調べてみれば分かりますけど、畑がすごくたくさんあるわけじゃないんです。水田も含めて、たぶん400万ヘクタール位じゃないでしょうか。ちょっと数字違っているかもしれませんが、誰がそれを活用して、いくら位の売上になるかが重要です。今全部で10兆円位の売り上げだと思いますけれど、それをもう少し伸ばすようにして、なおかつその分を、どういう人たちにどう配分するか、そういう行政的なことを考えていくことも必要だと思いますね。だから小さな農家、私も小さな農家で、一反位で作っているだけでが、私みたいな農家を生き長らえせるためにいろんなことをやってくれなくてもいいんです。趣味でやっていて楽しいから。だけど本当に農業をやっている人がちゃんとやっていくためには、しっかり儲かるような仕組みを作っていくということが必要と思います。
横濱 この質問も聞いておく必要があるかと。「お茶のテアニンの旨味成分の有効利用で、抹茶アイスや出し汁としての利用をよく聞きますが、他の利用の仕方もありますか」という質問につて、先程もビールにしたというお話がありましたが、有効活用の方法というか、いろんな使い方をして売っていくということについては、どういう方法があるとお考えですか。
杵塚 料理とか、飲料、ビールとか、そういったものにも使われるようになってきていますが、再度注目したいと思うのが機能性の方です。今ギャバロン茶が高血圧などに良いということで、海外で人気になってきています。ただ、作るのがちょっと面倒くさくて、においもあり。でも、海外から作ってほしいという依頼があります。海外の方は健康のためにお茶を飲まれる方が多く、機能性に注目しています。その視点からお茶の有効活用を考えるのが面白いと思います。
堀川 私も機能性の視点はここから伸びる力があると思います。機能性食品のサプリメントを飲んで腎臓を悪くしたというニュースがありましたが、機能性食品というものがどういうものかということについて、かなり広くみんなが知ってくれたんじゃないかと思います。機能性食品で認可を取ろうと思ったらものすごく書類が面倒で、書類通りにちゃんと作れるかどうかを実証するような資料も必要なんですね。今回の事件で、提出書類の通りにちゃんと製造できているかどうかも定期的に調べるってことになりましたから、機能性表示食品は意味のある制度になってきたと思います。ぜひ進めてもらいたいと思っていますし、海外にはない制度ですから、海外の方にも日本の信頼できる制度として、商品の付加価値を上げることにもなると思いますね。
横濱 時間になりましたのでそろそろおしまいにしたいと思いますが、最後に一言ずつ言葉をいただいて締めたいと思います。杵塚さんからお願いします。
杵塚 何を言ったらいいか分からないんですが、藤枝市はすごい可能性のあるまちだと思っておりまして、ガストロノミーツーリズムも含めて、いろんな方々と連携して一緒に進み、みんなで盛り上げていく、盛り上がっていくことがすごく大切だと思っております。引き続きよろしくお願いします。
堀川 ふたつありまして、ひとつはですね、昔、県にいた時に食の仕事人という制度を作ったことがあります。静岡県の中で、地域の中で作っているものを美味しくかっこよく、綺麗に雰囲気のいいところで食べさせてくれるレストラン、食堂を見つけたいと、部の職員に調べるように言いました。自分でお金を出して食べて、レストランのシェフなりオーナーに取材して、どうしてこういうお店を開いて、何が自分の店の特色かというようなものをレポートにして出させました。これをまとめて本にしたのですが、これがよく売れました。今も続いてるのですが、有名な店しか載らないようになってしまい、もっと自分の足でしっかり調べて載せると面白いものになると思います。これのお茶版を作ってみると面白いと思います。自分の地域にはこんなお茶の面白い家があるとか、こんな面白い生産をしてる人がいるとか、そういうものを作ってPRするということが一つあるかなと思います。
もう一つは、コロナがあって海外に出なくなりましたけど、とにかく海外に行ってもらいたいと思っています。お茶の生産をしている人、お茶を売っている人、それから商売している人、食に関係してる人には、どんなことが世界の中で起きているかということを見聞きしてきてください。一人一人の行けるところは限られていますが、その総和として知恵を蓄えていけば、静岡県に何か新しいものが生まれるのではないかと思います。
横濱 まさにこのパネルディスカッション全体をまとめていただくようなお話で、本当にありがたいと思っております。コミュニティーに根ざしてやることの可能性というか、それがいかに面白いか楽しいかっていうことを杵塚さんから伺いました。堀川先生にはいろんなお話を伺いましたけれど、最後の話で言えば外からの目線というか、この中で留まるのではなく、外から置かれている状況を見る、という視点を持つことが肝心であると言うお話で、私自身もちょっと分野は違いますが、学問の領域でもそういうことがあるなと思っておりました。以上でパネルディスカッションを終わらせていただきたいと思います。