(佐藤) 竹川さんにお入りいただきましたので、自己紹介を兼ねて、お二人のお話の感想などを聞かせてください。
(竹川) 富士高砂酒造の営業戦略課・竹川と申します。地元・富士宮の水について、まだまだ知らないことがたくさんあると痛感しました。僕の仕事は日本酒作りの企画や伝統的な製法を皆さんにお伝えすることですが、食文化の中ではペアリングが大変重要になるのではないかと考えます。中でも水は重要な役割を果たしています。もっともっと勉強していきたいと思います。
(佐藤) 大高さんがお話になった善徳寺酢、ぜひ復元したいですよね。そのあたりの目途についてお聞かせください。
(大高) 富士山東泉院の調査を富士市が10年程かけて行いましたが、具体的な製法を伝えるものや道具などは全く見つからず、途方にくれていたところ、岡山大学附属図書館の池田家文庫に製法が書かれた記録がありました。ただその製法を元にして本当に酢になるのかは、実際に酢の製造に関わっているプロの御助言をいただかないと。まだその手前という段階です。
(佐藤) 私たちの知識では、まずお酒が必要ですよね。
(竹川) 富士高砂酒造でも実は酢を造っていました。酒粕から作った酢です。吉原の方では醤油を造るなど、富士高砂酒造の歴史をたどると食に関するいろんなことをやっていました。
(佐藤) 教科書的な知識でいうと、米酢を造るには、酒を作り酢酸菌を入れないとならないわけですが。酒屋さんとお酢屋さんは仲が悪いんですって?
(竹川) そうなんですよね。仲が悪いという話はあります。なので、高砂でも蔵を変えて作っていました。
(佐藤) 納豆屋と麹屋は仲が悪い、酒屋とお酢屋も仲が悪いとよく聞きます。酒の中に酢酸菌が入っちゃったら酢になってしまいますからね。先ほど大高さんに見せてもらったスライドでは酢酸菌を添加するような工程が見えなかったですが。
(大高) まあ、記録としてはもっと細かく書いてありますが、それで本当に酢になるのかというところはあると思います。愛知県半田市の有名なお酢メーカーの博物館にも行ってみたのですが、粕酢を造っているという話は聞くのですが、善徳寺酢は米で造る点が重要ポイントでして。今やられているところがなく、手掛かりを掴むのも難しい状況です。
(佐藤) 先ほどの大高さんの話の中に出た万年酢。酢酸菌が生きていればその中に酒を足せばなんとなく再生しそうな気がするのですが。
(竹川) そうですよね。
(佐藤) 善徳寺酢の再現について、最初は難しいかもしれませんね。
(大高) 地域のブランドをつくることは、地域の活性化に繋がると思います。東泉院自体はもうありませんのでどこの地域が受け皿となりブランドとして立ち上げるのかというのも課題です。京都の宮津に「富士酢」という米酢を造られているところがありますので、そういった方々に聞いて、製法としての裏付けが得られるとちょっと違ってくるかなと思います。
(佐藤) 市販の酢は工業的に造った酢酸を水で割って米酢と言っているのだと思いますが、本来はお酒に酢酸を入れもう一回発酵させるみたいです。今名前の出た宮津の富士酢は、こだわりのお酢屋さんで、それでは儲からないだろうと思うようなものを造っているんです。
(大高) 米酢を今も造っているところがないか調べた中で、京都の宮津なのになんで富士酢という名前なのか、もしかすると善徳寺酢に関わる製法を参考にしたので名付けたのかと思い調べてみたんです。富士山が日本一高い山ということで、日本に轟くような酢を造りたいと名付けたそうです。こだわって時間をかけてでもやってみたいという方がいれば、ちょっと違ってくるかなあと思います。地域の特産になるというところも重要です。
(佐藤) 造った酢をどうするか、というのも重要ですよね。富士高砂酒造ではどこに出していたんですか。
(竹川) 今は作っていませんが、基本的には酒屋さんに卸していました。
(佐藤) 井上さん、もし富士、富士宮あたりで酢を造ったとして、出口というか、なにか思いつかれますか。
(井上) 富士宮にはすごく立派な農協さんの直売所があって生産者が持ち込む野菜や米を販売するコーナーは土日など行列ができるほどです。富士宮の「う宮~な」で売ればすごくいい宣伝になるのでは。
(佐藤) 酢と野菜でピクルスにしますか。
(井上) 他にもいろいろできるんじゃないですか、酢の物とか。
(佐藤) だけどそれではたいした量を使わないでしょ。宮津の富士酢が何を目論んでいるかというと、あそこは海があるから魚が獲れる。酢を作るための米も造っている。米で酢を造り、魚を獲って┅、となると鮨でしょ。ホテルまで建てて、うちへ来て鮨を食って酒を飲んでくれ、8時になったら電車がないから泊まっていけというような。そういうことを考えている人なんです。このあたりでそういうことできますかねえ。
(井上) 宿泊施設はたくさんありますし、今はグランピング施設も。キャンプブームでたくさんの人が来るのでこういう人たちが買えるような所があれば。
(竹川) キャベツの酢酒、シュークルートとかも面白いですよね。
(井上) 地域の酪農畜産、ソーセージなどと酢漬けの野菜を合わすのもいいですよね。
(竹川) でもブランド力ですよね。これはすごい酢なんだよ、手作りなんだよというところがどこまで消費者に伝わるかが一番重要なんじゃないでしょうか。
(佐藤) 大高さん、どんなブランドにしましょう。
(大高) 一時期、酢のブームがあって、よく飲まれましたよね。「飲むお酢」がとても売れたイメージがあります。健康に良いというアプローチと、後は酢を使って他の名産品とどうコラボできるかということになると思います。牛乳とかを酢で割ってなにか使えるものがあるといいのですが。キャンプに来られた方は、そこで料理なり、現場で消費できるものがいいと思うので。入り方としては飲むというのが一番入りやすいですかね。
(佐藤) 最近、豆乳を酢で割って攪拌したヨーグルトのようなものが健康的だと流行っているようですが、こういうものを富士山の名前を使ったブランドにするというのもいいかもしれませんね。善徳寺酢をぜひ復活させてください。
(大高) 「三所の酢」ということで紹介した平塚の酢は行政も入り再現をしているという話です。藤枝の方は民間の方で今造ろうとされている方がいると新聞記者の方から聞きました。そうしたところとコラボレーションして、相乗効果が生まれればいいなとも思います。
(佐藤) それはとても楽しみな話題です。
(竹川) 作ってみたいとは思いますが、もっと情報が必要ですね。
(大高) 裏付けを持って学術的にサポートする方、実際に製造に関わっている方の知識が一番必要になると思います。我々にはなんでそれを入れるのかということからしてわからないですから。
(佐藤) あの製法はよくわかりませんね。ミョウガねえと思って聞いていましたが。
(大高) 製法、材料の中には今なら同じように作らなくてもいいものもあるかもしれませんが、当時は代替えできるのがそれだったというところもあるとは思います。
(佐藤) 酢を造るとなると水だと思いますが、地理的利点といいますか、善徳寺酢の場合あそこの場所が酢造りによかったという、特異性みたいなものはあるんですか。
(井上) 東泉院のあった場所は溶岩が流れて来て止まったいわゆる溶岩流の先端部分で、そこで水が湧くというのは地形的にも考えられます。東泉院の場所には和田川という湧水の川も流れ、豊富な水が存在していたところなので、酢も造れたのでは。
(佐藤) 富士山世界遺産センターの方がいるので私が言うまでもないのですが、とにかく富士山というのは特異な山で、表面を流れている川はあまりなく、雨は全部地下に潜ってどこかで出てくるわけですよね。養鱒や水かけ菜、酢もそうですが、湧水によるもので、他にこれはというものはありますか。 富士山の湧水を使った酒蔵さんはたくさんありますよね。
(竹川) 富士宮市には今4蔵あります。こういう会で高砂が出させてもらえるのはうれしい限りです。やはり水がきれいだから酒を醸した時に米の旨味をダイレクトに反映できるという特性はあります。富士山の伏流水が富士山頂から湧玉池区域まで来るには100年かかるといわれています。先ほどのスライドにもありましたが富士山は5層に分かれていてそこを隔ててやって来る。ロマンを感じる天然の超軟水です。
(佐藤) 井上さん、富士山の湧水はおしなべて軟水ですか。
(井上) はい。ただ何年かかっているかというのはいろいろな説があります。去年、一昨年ぐらいから毎月、富士宮市内の4カ所で湧水の調査をしています。降水量と湧水量の関係ですとか、場所によって成分も多少異なっていることがわかってきています。来年度センターの展示でご紹介しますので、ぜひ見に来ていただければと思います。
(竹川) 富士宮の4蔵も、杜氏によって手法は違ってきますが、やはり70%は水になってきます。原料として大切なものです。それが蔵によって少しずつ違ったら、また面白いですよね。
(佐藤) 富士宮だけでなく沼津にも蔵がありますよね。
(竹川) 沼津には白隠正宗さんが、伊豆の方には万大酒造があります。県内には27蔵があるといいますから。それぞれがいろんなチャレンジをし、静岡酵母を使いつつ日本酒を醸すのは面白いことです。
(佐藤) ちょっと思うのですが、みんな富士山の水を使う、みんな静岡酵母を使う、米も一緒ならできる酒も同じなんじゃないかとちょっと余計な心配をしていまして。ここらでひとつ飛び抜けたことというのはできないんですかね。
(竹川) 全部静岡酵母にこだわっているわけではありません、高砂も。協会酵母も使っています。最近酒造メーカーが気にしている7号酵母など、香りが華やかで飲みやすいライトな甘みが特徴的なものが流行っているので、そういったところにチャレンジする蔵があってもいいと思います。
(佐藤) いろんな場所のいろんな植物から天然酵母を採ってきてビール製造を研究している静岡大学の先生が、会場に来ておられますが、酒でやるとどうなるのか。山もいろいろ、地形もいろいろなので棲んでいる植物もいろいろ。酵母の種類もいろいろになるわけですよね。先生と交流会の時にお話してみてください。
(竹川) そういうのも面白いですね。浜松のほうでは忍冬酒とか薬草を使って酒を造っているところもあり、富士山なら薬草がいいと思いますね。
(佐藤) 南アルプスも面白いですよ。山が深くて高さもいろいろ。人が入っていないのでいろんな植物があり面白いと思います。
(竹川) 勉強になりました。お酒と健康って相反しますけど、そうしたところも高砂は意識しています。なにか情報があれば教えていただきたいです。
(佐藤) 今日のお話は富士・富士宮ですが、富士山をぐるっと回ってみて、他にも富士山の水があればこそというもの、なにかありますか。
(井上) 山梨の事例になりますが、水かけ麦が栽培されていました。麦は冬から栽培するのですが、寒冷地なのでなんとか農業ができないかと水かけ麦を作り、それがその後水かけ菜になってくるのですが。この麦がほうとうや吉田のうどんを支えるものになっている。富士山麓は住みやすいところでは必ずしもありませんが湧水を使っていかに生きていくかを長く試みてきた。富士山をいかに使っていくかを追い求めてきた地域は面白い地域だと思います。それが地域によって違っているというところも。
(佐藤) 清水町の方にところてん屋さんがいますよね。たぶん柿田川水系の水を使っているのだと思いますが、そのあたりの歴史をどなたか研究していらっしゃいますか。
(井上) ところてんの歴史を実際にやっている方は存知あげませんが、やはり江戸時代ですかね。伊豆で採った天草を富士川で山梨に上げ、製品にしてこちらの海の方に下す。富士川の船運品の一つであったと歴史的資料からわかっています。
(佐藤) 寒天を作るには寒くないとできないですからね。
(大高) 山梨との境、小山町の須走で寒天を作っていたという話は聞いています。今はやっていませんが。
(佐藤) 寒天は和菓子の重要な素材の一つですが、静岡には和菓子屋さんが少ないですよね。静岡の街でどこか美味しい羊羹屋はないのかと思うのですが。追分羊羹は蒸し羊羹で、寒天となると練り羊羹ですよね。あんなに天草、寒天があるのになんでだろうと。
(大高) 京都にはあんこ屋さんが多いですけれど、あんこは元々静岡の職人が京都に行って作ったといいます。駿河屋という名の和菓子屋さんも多いです。たぶん駿河の国から和歌山に行って、徳川家から広まったのではという話もあったりします。静岡にも古い和菓子の木型のある老舗があったと思います。
(佐藤) 事前にいくつかの質問をいただいています。一つ二つ伺っていこうと思います。「富士の湧水のブランディングについて。何か今後の戦略はありますか」。これは井上さんに聞きましょう。
(井上) 湧水だけのブランディングはなかなか難しいと思いますが、そこから作られるものを結び付けていくとオリジナリティーが出てくると思います。高砂酒造さんなんかは富士山の湧水を使ったお酒ということで、すでにブランディングができています。富士山の湧水を使ったなにかということで、十分ブランディングできるんじゃないかと思います。
(佐藤) 水を使ったというと、白隠酒造の「WASAN」は水で売っていますよね。次の質問です。「静岡は東海道が通っていたところで宿場町がいっぱいある。その宿場ごとの飲食文化を復元し観光に繋げられないか」。回答はどなたでも結構です。
(竹川) 富士に、浮世絵にもある「白酒」というものがあって調べてみました。あるお茶屋さんが旅人に出していたものでした。ですがレシピ化されていないからどれが白酒か分からない。ちょっとチャレンジしてみたい気持ちはあります。白酒も有名な吉原宿、富士市の産物ですから。
(井上) お話の白酒は富士の本市場あたりで造っていたようでその記録を見ると富士山の湧水を使い醸したお酒だというのが出てきます。富士山の別名「芙蓉」から、白酒でなく「芙蓉酒」とも呼ばれていたという記録もあり、供養のお酒みたいな感じで売っていただくといいのかなあと。
(竹川) お話を聞いてぜひチャレンジしたいので、情報があれば教えてください。
(井上) その記録を見ると、飴のようなものすごく甘いお酒だったそうです。
(佐藤) アルコールが入っていたのでしょうか。甘酒とは違うんですね。それで思い出しましたが、飴って今は大麦で作りますが、米でもできるはずです。どうでしょう。
(大高) 飴が名物になっているところ、東海道でありましたっけ。
(井上) 小夜の中山。
(佐藤) 幽霊飴でしたっけ。ああいう伝説って各地にありますよね。
(大高) 名物になっているものは東海道の名所の記録にもたくさん出てきますよね。本市場の白酒もそうですが、有名になってしまった袋井のたまごふわふわ、岩淵は団子でしたっけ。
(井上) 栗の粉餅。
(大高) 栗の粉餅とか安倍川餠なんかは再現できるかなと思います。
(佐藤) 再現して並べると面白そうなものはまだまだありますが、この顔ぶれだとどうしてもアルコールの話になってしまう。今日は下戸の人には不満足だったかもしれません。今日はこれで終わりにしたいと思います。みなさんどうもありがとうございました。