・日時/令和5年11月20日(月)14:00〜16:30

・会場/静岡県立農林環境専門職大学 A棟4階 視聴覚室

・講師/静岡県立農林環境専門職大学 教授 前田 節子 氏


第4回ガストロノミーツーリズム研究会は磐田市にある「静岡県立農林環境専門職大学」を会場に開催されました。生産者や料理人、観光事業者、大学関係者、学生など39人が集まり、オンライン参加者は33人。前田節子教授の講演終了後には、とろろ汁の老舗・丁子屋の店主、自然薯生産者らによるパネルディスカッションが行われました。

■ 講演

講師 静岡県立農林環境専門職大学 教授 前田 節子 氏

(プロフィール)

助産師、管理栄養士を経て静岡大学農学部へ。「イネ品種の機能性富化」に関する研究で学位取得後2010年静岡英和学院大短大部へ。農と食の連携を視野に入れた栄養士養成に携わる。静岡県立農林環境専門職大学では開学時より食文化論・6次産業化実践論・食品加工実習等を担当し現在に至る。研究ではとろろ汁に関する調査やワークショップの開催、在来サツマイモ“にんじん芋”の機能性に関する研究など、静岡の食文化に関する調査・研究を行っている。静岡在来作物研究会副会長。

「今日はガス“とろろ”ノミーツーリズムの話をしようと思います」。講演は前田氏のそんな言葉から始まり、とろろ汁の歴史や芸能との関わり、薬効・機能性、地域で異なる作り方など日頃慣れ親しんでいるとろろ汁の深~い話に参加者は楽しそうに聞き入っていました。

静岡県の伝統食「とろろ汁」

最初にモニターに映し出された資料は静岡県の伝統食「とろろ汁」の歴史や由来、飲食方法が記されたものでした。とろろ汁とは、自然薯をすりおろして出汁で割ったものです。それを麦飯にかけていただきます。昔は山に自生していましたが、現在は栽培が多くなっているといいます。

 「静岡県内の主な産地は中部地域です。歴史については後ほど登壇いただく『丁子屋』14代目店主の丁子屋平吉さんにもお話を伺いたいと思います。丁子屋は東海道の宿場町・丸子宿のスタミナ料理として人気があったとされています。その光景は浮世絵にもなり、松尾芭蕉は『梅若菜 丸子の宿のとろろ汁』の句を残しています」。

 パネルディスカッションに登壇いただく自然薯生産者の増田さんのお話では、今年は収穫時期が少し遅く12月に入ってからのようで、これからがちょうどシーズン。一年の健康を祈り正月の2日に食べる地域もあったようですが、現在はそうした習慣が残る地域はないようです。

 調理法としてはおろし金やすり鉢でおろした後にいろいろな出汁でのばし、すりこ木で滑らかにします。

「今日は東西南北、高低差のあるふじのくにの地域によって異なるとろろの出汁についてご紹介させていただきたいということで、まずは前置きをさせていただました」。

粘り気の強さが魅力の自然薯

    「山芋」と一口にいっても、いろいろな名前があります。示されたのは「ヤマイモとジネンジョの名称・特性」の一覧です。まずヤマノイモが「ヤマイモ」と「ジネンジョ」に分かれ、ヤマイモはさらに「ナガイモ」「イチョウイモ」「ツクネイモ」に分かれています。注目したいのは収穫量と粘り気です。自然薯は他のイモより収穫量が低く、貴重なものとなっています。そして粘り気が最も強いことが示されています。 

静岡は自然薯栽培に適している

続いてそれぞれのイモの形状について解説いただき、次に提示された資料は「ヤマイモの産地」について。「ナガイモ」は北海道、東北、長野など寒いところ、「イチョウイモ」は関東近辺、「ツクネイモ」は九州など西の方で栽培されていることがわかります。

自然薯は水はけの良い場所を好み、そうした特徴から、お茶栽培の盛んな静岡は環境的に自然薯栽培にも合っていると言えます。東北でも栽培しているところがあるようですが、気候や土壌的にみて西よりの地域に産地があるようです。

「静岡県の自然薯の品種として知られるのは『農試60号』です。今日は増田さんに実物をお持ちいただいていますので、後ほどご紹介をしていただきます」。

薬効や機能性にも優れた自然薯

 漢方の世界では「山薬」と言って、自然薯は昔から薬効があるとされ研究が続けられてきました。最近では「むかご」の周辺に「ジオスゲニン」という有効成分が多く含まれていることが静岡県立大学の三好先生のグループによって明らかになっています。「自然薯は伝統食というだけでなく、薬効や機能性など有効成分としての特徴もある」と前田氏は話します。

県中部地域で盛んに栽培

 静岡で栽培されている自然薯「農試60号」は、元々は在来で、それがどのように選抜されてきたかについて資料を基に解説がされました。「昭和62年に地区会員に配布されて以降栽培が進み、平成14年に『農試60号』という名前になり県下に普及していきました。現在『農試60号』が作られているのは中部地域が中心で、今日も会場に生産者さんがいらっしゃいますが、牧之原、川根で栽培されています。岡部でも作っていると聞いています」。

 ※このデータは自然薯研究会に属する地域のもので、研究会に属さない伊豆の松崎などのデータは入っていません。

とろろ汁は文学や芸能にも登場する

お話はとろろ汁の文化についてへと移り、最初に紹介されたのは鯖街道の茶屋から始まったという京都のとろろ汁老舗、創業440年の「山ばな 平八茶屋」です。ここには18代目当主の還暦のお祝いに魯山人が贈った「とろろやの主ねばって六十年平八繁昌子孫萬采」の書が今も残っています。江戸時代の料理本にもこの店のとろろ汁のことが記されていて、壬生狂言にもこの店を舞台にした演目があるといいます。

「福井県の小浜は鯖街道の拠点で、ここにも『とろろ滑り』という壬生狂言の演目が残り、今も奉納されています。そして丁子屋さんも、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に、『けんくはぁする夫婦は口をとがらして鳶とろろにすべりこそすれ』と記されています。とろろ汁は文学や芸能の世界にも大きく関わりを持っていると言えます」。

「ふじのくにとろろ汁さがし」

 前田氏と農林環境専門職大学の学生によって行われた県内のとろろ汁調査の結果が報告されました。「各地で様々な出汁が使われています。浜松ではサバ出汁、下田のイセエビ出汁は足が取れるなど出荷できないものを冷凍して使うそうです。鶏飯の食文化がある南伊豆町では鶏で、サンマ漁が盛んだった松崎ではサンマで出汁を取っています。静岡市ではカツオ出汁、湖西ではボラ出汁が使われています。こうした調査を経て、今年2月に丁子屋さんで7種類のとろろ汁の食べ比べ会なども行いました」。また調査報告の第一弾として「ふじのくに とろろ汁さがしマップ」を発行。裏面には各地のとろろ汁の作り方も紹介されています。マップはさらに調査を続けバージョンアップしていくということです。

鮎を焼く囲炉裏の光景に癒される

 「今年はとろろ汁探しのフィールドワークとして、一級河川の流域を調査しました。対象は天竜川流域の水窪・龍山、大井川の千頭・地名・笹間渡、安倍川の梅ヶ島です。天竜川流域ではアユ汁でとろろ汁をつくるエリアがあり、実際に鮎を串に刺し囲炉裏で焼き乾燥させる工程を学生たちと体験しました。炭がはぜるパチパチという音や、揺れる鮎の串、だんだんと鮎の色が変わっていく光景など、とても時間がかかる作業なのですが、見ているだけで楽しい、不思議な感覚を覚えました」と話されました。

東は醤油、西は味噌、出汁もいろいろ

 昨年と今年の調査を経てわかったこととして、富士川を境に東はカツオ出汁と醤油でとろろ汁をのばすところが多いようです。三島、富士、御殿場あたりは一部味噌というところもありましたがほとんどが醤油でした。ただ伊豆半島は別と考えたほうよく、サンマあり、鶏あり、イセエビありといろいろです。

 県の中心部はカツオ出汁と味噌です。多くが白味噌を使いますが、京都の白味噌とも信州味噌も違う白い味噌です。さらに西に行くとサバ出汁と味噌になってきます。山の方に行くとシイタケが入ってきます。龍山、梅ヶ島では煮干しを使います。水窪ではハレの日は鮎を使い、普段は煮干しを使うそうです。

 千頭でははんぺん出汁もありました。昭和30年代、大井川鉄道に乗って海産物や加工品を売りに来る人がいて、そのはんぺんで出汁を取りとろろ汁を作ったと言われています。千頭駅の近くのカフェで季節になるとはんぺん出汁のとろろ汁を食べることができるそうです。

「ふじのくに 自然薯ねばる とろろ県」

 「静岡県のとろろ汁の味付け方法には地域性があります。そこにしかないもの、そこに行ったら食べられるものという視点から考えると、とろろ汁はガストロノミーツーリズム的な体験ができる可能性があると考えます。また、相手を選ばない、何でも来いの食べ物。サバでもサンマでもカツオでもはんぺんでもOK。包容力があります。地域特有の食材や味付けを利用し、そこに歴史や文化などを加えて作られる粘り強さを持つ郷土食ではないかと思います」。

 「一部の報道では今話題の棋士も勝負飯としてとろろそばを食べたとか。粘り強くという意味で食べられたとも聞きます。『ふじのくに 自然薯ねばる とろろ県』というものを考えてみたのですがどうでしょうか。とろろには栄養、美味しさ、機能性と3つの機能がありますが、芸能・文化、音風景など第4の機能がある食品なのではないかと思います」。前田氏はとろろ汁の可能性を熱く語ってくれました。

横の繋がりの強化を

 「ガストロノミーツーリズムを推進するには、横の繋がりを強化していかなくてはならないと思います」。前田氏はそう話します。生産者、飲食店、JA関係者、大学、研究機関、行政…。そうしたものをうまく繋いでいくコーディネーターの役割も大きいと。それぞれが手を取り合い連携していけば、もっとさまざまな可能性があるのではないかと続けました。

「今回の調査ではいろんな方にお世話になり、お話を聞かせていただきました。今日ここにいらっしゃっている方も、オンライン参加してくださっている方もいらっしゃいます。本当にありがとうございました。これからもとろろ汁探しを続けていきます。ご協力のほどよろしくお願いします」と、話し講演を締めくくられました。

■ パネルディスカッション 

パネリスト/静岡県立農林環境専門職大学 教授 前田節子氏

       14代目丁子屋 店主 丁子屋平吉氏

       ヤマゴ農園5代目お茶農家、2代目自然薯農家 増田亘氏

コ―ディネーター/静岡県立大学 経営情報学部経営情報学科 教授 大久保あかね氏


第2部は毎回恒例のパネルディスカッションです。パネリストは講演を終えたばかりの前田節子氏、講演の中でもお話の出た14代目丁子屋店主・丁子屋平吉氏、ヤマゴ農園 5代目お茶農家で、2代目自然薯農家の増田 コーディネーターは静岡県立大学 経営情報学部経営情報学科 教授・大久保あかね氏が務められました。

(大久保) 前田先生の講演で紹介いただいたとろろ汁のマップ、まさにガストロノミーとツーリズムを繋げるもので、皆さん食べに行きたいと思いましたよね。講演内容について、まずお二方から感想をいただきたいと思います。


(丁子屋) 正直、先生の話を聞く前までは「ガストロノミーツーリズムの神髄を“とろろ汁”から知る」というタイトルはちょっと恐縮だなあと…。でも話を聞くうちに、そう言いきってもいいかなと思えてきました。食べ物は旅や観光の一番の楽しみで、入り口でもありますから。その一杯から歴史や文化や時を楽しむことができるという先生のお話が腑に落ちました。先生にはもっとガンガン発信してもらい、僕はまた違うところで役割分担があると感じています。


(増田) 牧之原ではサバ出汁がポピュラーなのですが、カツオとかイセエビとかいろいろな食べ方があることは知らなかったです。丁子屋さんの歴史が400年以上あることは知っていましたが、京都にも440年の老舗があり、その頃から生産して、売っている人がいたことも知らなくて。いいお話でした。


(前田) 私も最初はこのタイトルにドキッとしました。でも学生や仲間といろいろ調べているうちに、とろろ汁は深いなあと強く感じるようになりました。県内では自然薯のとろろ汁が当たり前ですが、県外では長芋でとろろ汁を作るんですね。私の出身地・安曇野もそうです。静岡県には自然薯の文化が根付いている。それは生産者がいて、とろろ汁を長い年月提供してくださる方がいるおかげだと思います。


(大久保) 私の出身地・名古屋のとろろ汁はイチョウ芋だったと思います。先ほどの講演で話に出た自然薯の在来種を復活させた「農試60号」についてもう少し詳しくお話しください。


(増田) 今日は実際に今年の1月に採れた自然薯を持ってきました。収穫から10カ月を経ても腐ることなく長持ちしています。「むかご」も持参しました。これを植えてまず種芋を作ります。その種芋を植えて一本の大きな自然薯ができるわけです。むかごを植える前にも大事な作業があります。「農試60号」はむかごが劣化しやすいので毎年選抜作業をします。原種を切ってすりおろし粘りや香りをチェックし、選抜した原種を植えてむかごを作ります。つまり、むかごを作ってむかごを植えて、種芋を作って種芋を植えて、ようやく一本ができる。一本作るのに3年がかかります。いい自然薯を作る一番のミソは、いいむかごなんです。


(丁子屋) 牧之原の中島自然薯園ではむかごの栽培もしているのですが、自分が種の栽培に失敗したら県内の農家さんにむかごが配れなくなるというプレッシャーから、畑を枯らしてしまう夢を見るそうです。すごい重圧を背負っているんですね。


(大久保) 「農試60号」の優位性というのはどんなところにあるのでしょうか。


(増田) 自然薯の命、粘りです。と言っても糸を引くような粘りではなく、粘りが強いというのも違う、トロトロっと垂れても落ちないようなイメージ。その特性を丁子屋さんがすごく好んでいるんですよね。そして香りも強い。食べた時に土の香りがするのが特徴です。


(丁子屋) うちはカツオ出汁を使っていまして、カツオの風味と味噌の香りと、60号の香り。この3つのバランスがすごくいいんです。お客さんに「よくかき混ぜてザアザアとすすって食べてください」とお話するのですが、泡立てることでふわふわ感が増したとろろを吸い込むと鼻の抜けがいいんです。60号はものすごくきめが細かく断面を見るとつややかで、それが滑らかさに繋がり香り立つ。他品種、他県産のものは在来種でないので、60号の香りとは別物です。


(大久保) そのあたり、研究者の視点からもお聞かせください。


(前田) 60号をたまたま知ることがあり調べてみようと思った時に、資料がなかなか集まらなかったんです。地域でこんなにも使われている農試60号のことを何らかの形で残しておかないと、記録が途絶えてしまったらいけない。それが自然薯の研究を始めるきっかけでした。そして始めて見たらいろいろな食べ方があり、いやいやこれは面白い!となりました。


(大久保) ガス‟とろろ”ノミーツーリズムの目的地である丁子屋さんですが、海外の方もとろろを召し上がるとか。ネバネバはハードルが高い印象がありますが。


(丁子屋) 欧米の方からはアメージングという言葉をいただいくことも。未知との遭遇みたいです。海外でとろろを出したことがあるのですが、一番喜んでもらったのは現地の日本人。地元の国の食だというのが、DNA的にあるのでしょうか。最近の来店はアジア、特に台湾、中国の方が増えています。食や健康に対する意識が高い国というイメージがあるのですが、そういう点で、とろろ汁が響いているのかなと思います。

日本に来て最初の食事がとろろという方もいるんですよ。静岡空港から丁子屋というルートもすごいですよね。今年10月くらいから空港に「静岡県のとろろ」というPRブースが設けられ、そこでうちのほか数店舗を紹介してくれています。「静岡と言えばとろろ、とろろ県」と数年前までは生産者と僕たちだけで言っていましたが、ちょっとずつ認知度が上がってきて、とろろを伝えようとしてくださっている方が増えてきているように思います。


(大久保) 生産者としては外国の方の口に入るというのは、どんなイメージですか。


(増田) 日本人シェフがいる海外のお店で使ってもらい広めていくというのはあるかもしれないですが、時間がかかるかなと思います。すりおろして食べるだけでなく、煮たり焼いたり何でもあると思います。肉や魚にもすごく合うと思うのでいろいろな食べ方を提供していけば外国の方にも受け入れてもらえるのではないかと思います。


(丁子屋) 実は今日、会場に来てくださっているのですが、今、静岡県農林技術研究所と一緒に自然薯を使った乳酸菌の研究をしています。それも菌は駿河湾のものです。ラーメン店やパスタ店などの仲間がそれぞれ乳酸菌を使った自然薯をどう使うかチャレンジしています。こうした今までにない繋がりや取り組みの可能性はまだまだあるのではないかという気がします。


(前田) 外国人はネバネバを敬遠するという説もありますが、6次産業化を考えた時、農泊とか農家レストランとか観光というあたりはまだ伸びしろがあると思います。直売所で売るのは頭打ちになりますが、そうした分野ならまだ数%しかシェアがないので、伸びていくと思います。海外の方は中山間地が好きだとよく聞きます。そこでツアーをしながら自分で自然薯をすりおろす体験をすれば、ネバネバが克服できることもあるかも。宿泊者に囲炉裏のところでとろろをすってもらうという体験を学生と一緒にしましたが自分で作ったものは美味しいなと思いました。

今年は学生と一緒にとろろ汁入りのシフォンケーキを作りました。冷凍とろろを使いケーキ屋さんに委託して、サバ出汁味噌、カツオ出汁味噌のものが完成しました。これがしっとりして美味しいです。和菓子で上用饅頭があるなら洋菓子でもできるはずと思い取り組みました。切れたり割れたりした未利用品が使える可能性もあるかもしれません。


(大久保) SDGsまで話が広がりましたね。農泊や料理体験から入っていけばファンになるんじゃないかという気がします。インバウンドの観光は爆発的にスケールする商品ではなく、静岡の文化を、とろろを通して理解していただく活動なら着実にファンが増えていくことに繋がると思います。観光客が食べている姿や、美味しいと言ってくださる場面とか、生産者さんにとってはどうですか。


(増田) 意欲や励みになりますね。自然薯は掘ってみないと、収穫してみないとどんなものができたのかわかりません。不安と楽しさが50%ずつなんです。今年はまだ掘っていないのでわかりませんが、他の人の話ではかなり苦戦しているようです。夏が暑すぎて雨が少なかったからかと。いいものをたくさん作りたいと思っているけれど、掘ってみないとわからないというのが本音です。美味しかったとか、また食べたいという言葉は励みだけでなく、そういうものを作れば買ってみもらえる。販売に繋がります。


(丁子屋) 僕は数年前から契約農家さんの畑を全部回っています。以前、旅行会社への営業セールスをやっている時期がありまして、そこではどうしても、いくらで出来るという、数字の話になります。その時、これでは丁子屋の価値は上がらないと強く思い、生産者の方へと視点を向けました。畑に行けば行くほど、生産者の苦労を知ることになり、それをちゃんと伝えるのが僕らレストランの役割で、責任でもあると思うようになりました。一生懸命美味しい自然薯を作ってくれるので、それをちゃんと美味しく提供することに集中していけば、金額を上げても通用するし、そこをしていかないと生産者はなにも儲からない。ここ数年資材の価格も上がっているので、僕らも買取の価格を上げています。それでも追いついているのかどうか、全然余裕がない状況なので、そこをちゃんとしていかないといけないと思っています。生産者なしでは僕らはやっていけないですから。金額を上げて、価値も上げて、苦労も努力も伝えていくということを、両方していかないといけない。一人で頑張っても限界があるので横のつながりを強めガストロノミーツーリズムの価値を高めてもらいながら、みんなで生き残っていければいいかなという気がします。


(大久保) 確かに顧客接点に立っていらっしゃる方々が一番価格に敏感で、消費者の感覚的な高い安いという言葉にばかり持っていかれてしまうと、生産者にどんどん負担がかかっていく。ツーリズムの中でもちゃんと伝える場面を作っていかなければいけないですね。


(前田) それと自然薯は「3年の時を食べる」というところもポイント。ガストロノミーツーリズムはまさにそういった物語を食べるのだと思います。3年の時をいただくというストーリーを伝えるツーリズムですね。


(大久保) ストーリー、時間、生産者のご苦労、畑が枯れる夢をみる人がいるなんて切なくていとおしいお話ですよね。そういうものをちゃんとくみ取り旅行商品として世界へ、日本中に販売するのが静岡版の「ガス‟とろろ”ノミーツーリズム」です。とろろに限らず静岡の産物をストーリーや時間の経過などと一緒に販売する仕組みを、この研究会で作っていかなければならないのかなと思いました。

時間がまだあるようですので、先ほどお話に出た乳酸菌の研究について伺えたらと思います。


(村上) 農林技術研究所、加工技術科の村上と申します。静岡県の海から採った乳酸菌を使い農産物の付加価値を上げることに取り組んでいます。いろいろなものを発酵させてみたのですが、とろろってヨーグルトっぽいなと思いました。ただそれだけがきっかけなんです。試してみたらまるで別物になりまして、結構派手に変わったんです。丁子屋さんに持っていったらなんか話が弾み、またまだ調べている段階ですが今後いいものに繋がればいいなと思います。


(大久保) 思い付きからとおっしゃいましたが、もしかしたら丁子屋さんの新しいメニューが誕生するかもしれない夢のある研究ですね。


(丁子屋) そういう方がいないと僕らの発想も広がらないし、いい刺激をいただいています。僕らは僕らにしかできないこと、村上さんには村上さんにしかできないことがあるので、その役割分担が徐々に広がり形になればいいなと思います。


(大久保) 少しお時間があるようなので、質問のある方どうぞ。


(質問者) 出汁で割るというのは、全国的に見て一般的な食べ方なのでしょうか。


(丁子屋) 店には県外のお客さんが多くいらっしゃいますが、味噌仕立てや醤油仕立てというのは珍しいようです。みなさんとろろに醤油をかけて食べるくらいの味付けのようです。静岡県の食べ方はテレビのケンミンSHOW的内容じゃないかと僕は思っています。すごく多様性があって、だから「とろろ県」と言ってもいいんじゃないかと思います。

 

この後さらに会場から「天然の自然薯と栽培では味が変わるのか」という質問があり、粘りについては天然の方があるかもしれないが、その分灰汁が出る。それ以外は変わらず美味しいとのことでした。

■ 交流会

研究会の最後を締めくくったのは試食が楽しめる交流会です。今回は丁子屋さんがカツオ出汁、アユ出汁などを使ったとろろ汁の食べ比べをご用意くださり、みなさんその違いを語り合うなど楽しく美味しい時間を過ごされました。試食の後は参加者同士名刺交換をしたり、前田節子氏、丁子屋平吉氏、増田亘氏とお話をしたり和やかな雰囲気の中で交流されていました。


■試食メニュー

▪️「丁子屋」のアユ出汁とカツオ出汁のとろろ汁の食べ比べ

▪️ ムカゴの焼酎