ある特定の述部は目的語に「を」または「が」をつけることができます。
(1) 私はすしが { 食べたい / 食べられる}。
(2) 私はすしを { 食べたい / 食べられる}。
「が」と「を」のどちらを使用しても文の意味(命題)が変わらないことから、「が」と「を」は文法のバリエーションを形成している考えることができます。
以下ではこれまでの研究成果のごく一部を紹介いたします。くわしくは拙稿をご覧ください。
述部が「ーたい」の場合
(Nambu et al. 2018より抜粋)
(i) まさしは居酒屋で焼き鳥 {が/を} 食べたい。
(ii) まさしは焼き鳥 {が/を} 居酒屋で食べたい。
左のグラフは、田村(1969)(久野 1973での引用)で指摘されていたように、目的語が動詞と隣接していない場合(ii)に「が」の容認度が落ちることを示しています。
この隣接性効果は、(a)日本語の焦点の基底位置は動詞の直前であり、(b)「ーたい」の目的語の「が」は焦点(の一部)であること(Post-focal reductionを除く)を示唆しています。また、隣接効果自体はガーデンパス効果の一種であると考えられています。(Nambu et al. 2018)
語彙述部の場合
(Nambu et al. 2020 より抜粋)
(i) まさしは花子 {が/を} 好きだ。
(ii) まさしは花子 {が/を} 好きな人を知っている。
「好き, 嫌い, わかる, 欲しい」のような語彙述部に「を」目的語を使用することは一般的に正しくないと言われていますが、実際には「を」の使用が散見されます。
コーパスデータ(左のグラフ)によると、埋め込み節の場合に「を」の使用がより多く観察され、また「好き」のような語彙述部での「を」の使用は主節より早い時代に始まっていることが観察されました。従属節で変化が先に起きている理由には「が」を使用した際の曖昧性を回避することが挙げられます。(Nambu et al. 2022)
可能述部(e.g. 「食べられる」)の場合、「を」をより多く使用する方向への言語変化の可能性が指摘されていましたが(渋谷1993, 1994)、左のグラフは目的語には「を」を使用する方向への文法変化の一端を示している可能性が考えられます。(Nambu et al. 2022)
参考文献
久野すすむ. 1973. 日本文法研究. 大修館書店.
Nambu, Satoshi, Hyun Kyun Hwang, David Yoshikazu Oshima, and Masashi Nomura. 2018. The nominative/accusative alternation in Japanese and information structure. Journal of East Asian Linguistics 27(2), 141-171. (リンク, pdf)
Nambu, Satoshi, Shin-ichiro Sano, and David Yoshikazu Oshima. 2020. The nominative-to-accusative shift in modern Japanese: A diachronic observation. In Proceedings of the 26th Japanese/Korean Linguistics Conference [online/electronic version only]. Stanford: CSLI. (semi-final draft: pdf)
Nambu, Satoshi, David Y. Oshima, and Shin-ichiro Sano. 2022. The nominative-to-accusative shift in Japanese: Diachronic and synchronic considerations. Journal of Japanese Linguistics 38(2), 161-191. https://doi.org/10.1515/jjl-2022-2057 (pre-final draft)
渋谷勝己. 1993. 「日本語可能表現の諸相と発展」『大阪大学文学部紀要』 33(1), p. i–262..
渋谷勝己. 1994. 「可能文における格パタンの変遷」『阪大日本語研究』6, p. 53-75
田村 すゞ子. 1969. 「 日本語の他動詞の希望形・可能形と助詞」『早稲田大学語学教育研究所紀要』8, 16-33.