上のBは「い」抜き言葉と呼ばれることがあります。この現象はとても有名ですが、「てる」は最近になって使われるようになったと誤解している方がいらっしゃるかもしれません。実は、少なくとも江戸時代後期の作品では「てる」の使用が観察されています。(石川 1958, 坂梨 2002)
能く人のしつてるお薬さ 「浮世風呂」(石川1958 から抜粋)
私たちはどのくらいの割合で「ている」と「てる」を使っているのでしょうか? 書き言葉、話し言葉、日常会話のコーパスを使って調べてみました(南部 2025)。
まず、直感でもわかるかもしれませんが、書き言葉と話し言葉では「てる」の使用率が大きく異なり、話し言葉、特に日常会話では「ている」ではなくほぼ常に「てる」を使っていることがわかります(下図, 南部2025 ; 小磯 2022の報告と同様の結果です)。
南部(2025)より抜粋
次に、話し言葉でもフォーマルな場面であれば「ている」を使うだろう、と思われるかもしれません。確かに、フォーマルな場面では「ている」の使用が増えて「てる」の使用が減りますが(統計的有意差あり)、「てる」使用率は92.0%と依然として非常に高いことがわかります。(下図, 南部 2025)
南部(2025)より抜粋
「てる」使用に関わる条件には他に、言語内的な環境が影響することが知られています。たとえば、動詞語幹が短いほど「てる」率が高く(「生きてる」など)、動詞の活用では特に促音便の時に「てる」率が高い(「知ってる」など)ことがわかっています(新井 2009, 南部 2025)。
日常会話データ(CEJC)を使った統計解析の結果
南部(2025)より抜粋
参考文献
新井文人(2009) 「「い抜き」に関わる言語内的制約条件」第23 回社会言語科学 会発表論文集: 20–23.
小磯花絵(2022)「書き言葉・話し言葉における縮約形の実態―コーパスに基づく分析を通して―」窪薗晴夫・朝日祥之(編)『言語コミュニケーションの多様性』61–78.東京:くろしお出版.
坂梨隆三(2002)「『浮世床』『浮世風呂』のテルとテイル」東京大学国語国文学会(編)『国語と国文学』 79(8): 38–48.至文堂.
南部智史 2025. 「複数のコーパスを利用した言葉のバリエーションの研究:言語外的要因の探索」国立国語研究所論集 28, 79-94. オープンアクセス ダウンロード
南部智史 (近刊)「い抜き言葉「ている」と「てる」:コーパスを用いた使用実態の調査」『郡司隆男先生退任記念論文集(仮題)』