日本語ではフィクションや翻訳において、現実世界の話者とは異なる言語特徴が利用されることがよく見られます。その中に「役割語」と呼ばれる言語使用も含まれています。「役割語」とは、「そうじゃ、わしがしっておる」(博士)や「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」(お嬢様)といった言葉遣いがそれぞれのキャラクターに割り当てられるように、フィクションの世界で使われる人物像に応じた言葉遣いを指します。(金水 2003)
この研究では、そのような言葉遣いや言語特徴と、現実世界の話者や言語イデオロギーとどの程度の繋がりをもって利用されているのか、社会言語学の"enregisterment" (Agha 2003)に言及して、分析を進めています。
Trowell and Nambu (2023)の要旨の日本語訳:
この研究は、1936年の小説『風と共に去りぬ』(マーガレット・ミッチェル著)の1938年、2015年、および2015-2016年の三つの日本語訳における方言や独特な言語特徴の使用について考察しています。先行研究によると、これらの翻訳は、黒人奴隷キャラクターが話すアフリカ系アメリカ人バーナキュラー英語に影響を受けたアイダイアレクト(文字表記による方言描写)を表現する際、日本の東北地方の方言に由来するさまざまな言語特徴を採用し、この翻訳ストラテジーが実際の東北方言話者に対する否定的な社会的認識を引き出し、さらに強化していると指摘されてきました。しかし、比較テキスト分析と定量的認知調査を組み合わせたアプローチを通じて、この研究ではこれらの話し方を、歴史的起源とは切り離されていると大多数の読者に見えるキャラクターのアーキタイプを識別するために機能する、フィクションの文脈に特有の話し方として、「役割語」として"enregister"されていると見るべきであると主張しています。
参考文献
Agha, Asif. 2003. The social life of cultural value. Language and Communication 23, 231-273.
金水敏 2003. 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」岩波書店.
Trowell, Haydn, and Satoshi Nambu. 2023. ‘Pseudo-Dialect’ or ‘Role Language’? Speech Varieties in Three Japanese Translations of Gone with the Wind. Journal of Japanese Linguistics 39 (2), 237-260. doi: https://doi.org/10.1515/jjl-2023-2014 (pre-final draft)