上のBは「だ」抜き言葉と呼ばれることがあります。「だ」抜き言葉は頻繁に起きていますが、それでも母語話者の直感では「だ」があった方が正しいと判断するようです。その背景に何があるのか調査を行ったところ、 (a) 日本語の歴史では「だ」がない方が元々正しかった、(b) 「だ」ナシから「だ」アリへの変化には2段階のステージがある、(c) 統語理論で提唱されているECM構文(Chomsky 1981)の発達との関わりを示すデータが得られました (Nambu 2023)。また、日本語学習者による「だ」の使用についても調査しました(本ページ一番下のグラフ)。(Nambu 2020)
以下は以前作成した概要のため、内容を正確に反映できていない部分もあります。詳しくは拙稿をご覧ください。
※ NHK放送文化研究所の塩田 雄大さん著『変わる日本語、それでも変わらない日本語 NHK調査でわかった日本語のいま 基礎から身につく「大人の教養」』で引用いただきました!
参考文献
Nambu, Satoshi. 2019. Da-deletion in Japanese: Zero form as the conservative variant in an ongoing change, The biannual conference of the Japanese Studies Association of Australia, Monash University, Australia.
Nambu, Satoshi. 2020. Zero Copula in Japanese: Learners’ Use and Attitude. (in press, semi-final version)
Nambu, Satoshi. Zero copula in Japanese. (under review)
Nambu, Satoshi. 2023. A quantitative study on zero copula in Japanese. Language Sciences 96. Link to the article in the journal doi: https://doi.org/10.1016/j.langsci.2022.101534 (pre-final draft)
BCCWJコーパスのデータでは、「だ」ナシから「だ」アリへの変化が確認されました。
「思う」vs. 「思われる」の差、男女差、書き言葉vs.話し言葉の差も確認されており、それぞれが、「だ」ナシがかつてデフォルトの形式であったことを示唆していました。
また、規範意識調査では、『「だ」アリが正しい』という判断が共有されていることがわかりました。
日本語歴史コーパスでの調査では、数量が少ないですが、「だ」ナシから「だ」アリへの変化があったことを示唆する結果が得られました。(「(だ)と」思う)
注) この部分に関しては、論文で色々と議論しているのでそちらを参照していただけるとありがたいです。
統語理論では古代日本語にECM構文が存在していたかどうか議論があります(Miyagawa & Ekida 2003, Yanagida 2006)。
「多言語母語の日本語学習者横断コーパス」の調査では、日本語レベルが上がると「だ」アリの使用率が母語話者のそれに近くことがわかりました。また、日本語学習者の意識調査も行いました。(Nambu 2020)