公開市民講座

いただいたご質問について、

話題提供者やコメンテーターからのお返事をまとめました


Q&A 1:主催者および動物園研究者にお尋ねします。動物園の役割は域外保全だけではないと思いますが、動物園のリソースのうちどの程度を域外保全に割当てるべきとお考えでしょうか。また、似たような質問ですが、希少種保全のためのリソースのうち、どの程度を域内保全ではなく域外保全に割り当てるのが適切とお考えでしょうか。

<木下>域外保全には個体数維持だけでなく教育活動も含まれるかと思います。例えば、老若男女問わず訪れる動物園は、保全に興味関心のない方にも、園内を巡っているうちに知らずに何かを持ち帰る(学び)を提供することもできます。見方によっては、これは教育や娯楽に関する動物園の役割に見えるかもしれません。そのため、動物園の活動のうち、どれが域外保全活動であるのか定義づけをすることは難しいと感じています。また、希少種保全の中で、域内でなく域外保全に(個体を)割り当てるかは、域外でのそれぞれ動物種の生息状況によって変わるため、一概には言えないのではないでしょうか。

<土田>域外保全は、飼育下での個体数維持や、繁殖計画、再導入計画などの直接事業と、教育活動などの間接事業が含まれると思います。飼育している稀少種数は動物園によって様々なので、定義するのは難しいかもしれませんが、野生下での動物の生態を知ってもらう・動物の本来の生息地を知ってもらう等の教育活動は、どの動物園も近年力を入れておられます。ですので、現状でも多くの動物園が少なくはないリソースを域外保全に割かれているのではないでしょうか。また、希少種保全全体における域外・域内のリソース投入割合ですが、基本的には域内保全でなんとかなる動物種であれば、域内保全に力を注ぐのがいいと思います。

<赤見>ご質問ありがとうございます。希少淡水魚など一部の動物種を除き、動物園で飼育されている動物が域外保全として野生復帰などで貢献する可能性はとても低いと思います。私は動物園のスタッフですが、研修や調査補助などで生息地を訪れるたびに、複雑な関わりの中で生きる野生動物の姿に感動する一方で、飼育下の姿とのギャップに愕然とします。生息地域ごとの知識や文化、腸内細菌などなど失われてしまったものは計り知れません。「生息地に何かあったら飼育個体を野生復帰する」という夢のあるストーリーは最終の保険のようなものだと考えた方がよさそうです。スタッフを生息地に派遣しておこなうような直接的な域内保全へリソースを割けるかどうかは動物園の体力や姿勢次第ではありますが、「保全教育や研究を通じた域内保全への貢献」へは全力をあげて取り組むべきだと考えます。希少種保全のためのリソースのうち、どの程度を域外保全に割り当てるのが適当かどうかは、対象種や対象地域の事情により異なるでしょうから、わかりません。

<半谷>もっとも望ましいあり方は、もともとそこに生息していた個体群が、その場所に残ることです。域内保全が可能な状況であれば、域内保全を目指すのが原則だと考えます。

<田中>べき論はあまり意味はないと思うのですが、敢えて言うならば、動物園のリソースの半分以上は「域内」保全に回すべきだろうと思います。が、現実はほぼ100%が飼育下繁殖、つまり域外保全に回しています(少なくとも都市部の動物園では)。国内の稀少種については、生息環境保護の活動や、生息数調査についての活動などで域内保全に取り組んでいる動物園もあります(とくに、地方の園の場合)。今の国内の動物園は、とくに個体数の少ない稀少種に関しては、国内個体群の維持が至急の課題なので、そちらにリソースを回さざるを得ないのが実情です。

<藤田>直接の回答ではありませんが、飼育下(域外)で種を維持することだけが域外保全ではなく、野生動物の保全のためには野生復帰や再導入まで含めた計画を考える必要があると思います。また、再導入した個体が野生で生息できる環境を回復することや、それらの個体が野生で生きていけるかどうかも課題だと思います。

<牛田>一般論として、動物園のリソースのうち展示からはずして域外保全のためにのみ使用する個体(群)が、想定できるケースは稀だと思います。まず、動物園の多くが地方自治体の設立したもので、選挙で選ばれる設置者の意向として、動物園設置の主たる目的がその地域の住民(納税者)へのサービスとされたときに、絶滅危惧種の域外保全、とくに野生復帰をめざした域外保全を動物園の主たる課題とすることは困難に思われます。私の関与しているニホンライチョウのケースでは、ライチョウを県鳥に指定している長野、富山の動物園では、行政の課題として取り組むことが可能ですし、最近まで生息が確認されていた白山をかかえる石川でも動物園での取り組みが進んでいますが、もともとライチョウが生息していない自治体の動物園で同じように取り組むのは上野や横浜市のような例外を除くと難しいことだと思います。こうしたことから考えるとアフリカなど遠い地域の絶滅危惧種の保全に対して日本の動物園が直接コミットできることはあまりなくて、観客に対する教育施設としての展開が精一杯ではないかとも思います。しかし、その教育に関しても日本の取り組みは始まったのがとても遅い印象があります。たとえばウガンダの野生生物保全教育センター(UWEC)は、元々1950年代にエンテベ動物園として開園したものが、1994年には保全教育センターとして改称し、保全教育の組織としての機能を強化しています。現在では、原生息地に近い立地を生かした中間施設としての機能をはたし始めています。ところで、輸出されて増殖された個体数のほうが原生息地よりも多くなっているような動物の場合、そのまま野生絶滅にむかうにまかせれば良いのかどうかということは生息地から遠く離れた動物園の課題として認識されるべきだと思います。たとえばチンパンジーはウガンダ1国の個体数よりもアメリカ合衆国にいる個体数の方が多かったと記憶しています。鳥や爬虫類などでも同じことが起こっているのではないかと危惧していますが、こうした動物種を保護し、原生息地に戻すのは我々の責務でしょう。そのために動物園には、こうした中間施設となり得る現地の施設と連携を取って、原生息地での保全へ積極的な役割を果たしていただくことを期待してます。

Q&A 2:演者のみなさんには遠く及びませんが、私も大型類人猿の保全活動をしています。しかし、自分の活動がいったいどれだけ効果があるのだろうかと思うと、日々、強い無力感を覚えます。みなさんの自信溢れた語り口が眩しくて、うらやましいです。みなさんにあって私に足りない物はなんなんだろうか?と自問して胸が締め付けられる思いです。そこで質問ですが、みなさんのご活動は、実際にどのくらい希少種の絶滅回避に貢献しているのでしょうか?

<徳山>発表では自信にあふれたように(?)話しましたが、実際には迷いながら悩みながら活動しています。特に、実際に森が切られてしまったとき、大規模な密猟を見つけたときなど、無力感や強いフラストレーションを感じます。また、ワンバのボノボだけ守っても、他が全部いなくなってしまったら同じではないかとも思いますし、今のように世界やコンゴ国内の情勢に影響されてしまってはなにもできないではないかとも思います。しかし、村や周辺地域を対象にしたアンケートで、「なぜボノボを守るのか」という質問に、「調査をする人が来るから、支援があるから」という答えが多いのを見ると、頑張ろうかなという気持ちになります。

<木下>保全活動にはさまざまな動物種や人が関わる問題ですので、いつも自問自答が付きまとうものだと思っています。そのため、一概にどの程度貢献しているかは測れないかと思います。やめてしまったらそこで終わりですので、自分の活動を信じてつづけている、というのが現状です。個人の活動でできることは微力かもしれませんが、それが種となって、知らないところでも芽吹いているかもしれません(今回の公開講座でも!?)。時にはネガティブな効果もあるかもしれませんが、プラスマイナスしてプラスであることを願っています。

<土田>どの程度というのが、定量的であるとすれば、生息域内の個体数などで貢献度をはかるしかないと思うのですが、そういった目で見える貢献は、保全に関わりはじめてまだそう時間が経っていないのでわかりません。しかし、現在関わっているニホンライチョウでは、公開講座でお話しした内容を、登山者の方が山で話しているのをよく耳にします。「あ、私が話した話しを覚えていて、他の登山者の方に広めてくれているんだな」と、とても嬉しくなります。研究で明らかになった希少種に関する新発見を、今回の公開講座のような場でお話し、少しでも関心を持ってくれる方が増えるといいなとおもっています。

<赤見>「動物のことを知って好きになってもらえば、希少種保全に役立つはず」と思い込んで動物園の教育活動にあたってきましたが、そうはいかない現実に落ち込むこともあります。「かわいい!」という感想のあとに「飼いたい!」という声が聞こえてくることも・・・。一方で、子どもの頃から動物園に通ってくれている方が動物の研究者になりたいと話してくれたり、特定の個体のファンだった方が環境保全にも関心が出てきたと語ってくれたりなど、来園者のおかげで前向きになれることが多いです。ご質問の件、実際にどれくらい貢献できているのか、いまは測る術がないというのが正直なところです。今後は各活動について測定可能なゴールの設定と評価をもっとおこなっていかなければいけないのだろうと思います。ソフトな部分での交流やモチベーション維持と、きちんとした方法論や効果測定。両方を大切にすべきなのでしょうが、後者が足りません。がんばります。

<中村>私も野外研究の傍らで保全活動にも携わっているという程度ですので、とても「貢献」と言えるほどのことはできていません。それぞれの個人のできることは小さいと思いますが、その輪を広げられればいいなと思います。

Q&A 3:野生動物保護にとても興味があります。密輸問題なども。しかし、一市民に何ができるのか、寄付くらいしかできません。他に行動したいのです。私に何ができますか?

<徳山>周りの方との直接のやり取りを通してやSNSなどで情報を広めることができると思います。また、実際に加入して活動できるNPOなどもあります。私たちのNPOでも、研究者以外の方が加入されて、広報やイベントでのブースなどでご支援くださっています。ちなみにご寄付は金額によらず、応援いただいているということが分かってとても嬉しいです。

<木下>寄付も素晴らしいことだと思います。すでに今回のように公開講座に参加されており、次なる行動を見つけようと懸命に活動されていると思います。友人に密輸の問題や今回の講座についてお話ししてみたりSNSで伝えたりするのも、とても大切な活動だと思います。また、色々なNPO団体もありますので、そのような団体活動に参加するとネットワークも広がってよいかもしれません。

<土田>寄付はとても素晴らしいことだと思います。実際にクラウドファンディングなどで、多くの野生動物保護に関する寄付の機会がふえてきています。また、寄付された団体が主催する講座などに参加されると、同じ意識を持った仲間と話すことができると思います。「〜だけしかできない」でも、それがたくさん集まればすごく大きな力になると思います。

<半谷>世界はつながっていて、地球の裏側で起こっている野生動物の絶滅は、わたしたち日本人の日常生活と無関係ではありません。オランウータンの生息地破壊の最大の原因は、アブラヤシのプランテーションの拡大です。そこで生産されるパーム油は、「植物油脂」として、多くの食品に使われています。パーム油を使わない生活をしないことはほとんど不可能ですが、インスタント食品を避け、日本の伝統的な食事をとるなどして、消費量を減らすことはできます。持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)によって認証された、自然環境に配慮して生産されたパーム油由来の商品を選ぶこともできます。生産者、商社、生産国政府に、環境に配慮した生産活動を取らせる最大の原動力は、消費者が、環境に配慮した製品を選び、そうでないものを拒否する、という選択をすることです。アフリカ諸国で採掘されるレアメタルについても、同じことが言えます。世界中のありとあらゆる社会問題と同じく、たった一人の力で、絶滅の危機に瀕した野生動物を救うことはできません。無力感を感じるのは、専門家も同じですし、おそらく政治家や大企業の経営者でも同じではないでしょうか。しかし、世界中の人々の行動が変化すれば、世の中を変えられることも、また、確かなことです。自分自身が変わり、それが自分の身の周りの人に伝わり、それが世界のあちこちで起これば、きっとよい世の中を作ることはできると、わたしは信じます。

<田中>国際的に活動している団体は国内にもいくつかあります。WWF-Japanとか、ボルネオ保全トラスト日本支部とか、他にも探せばいくつもあると思います。霊長類学会の会員が活動している団体も多いので、まずはそれらの団体から野生動物の現状を知り、会の活動を支援しようと思うならば、会員になったり、寄付をしたりすればよいと思います。広い視野を持てば、動物の密猟などの問題は、地球の南北間格差、貧困問題などに起因している場合が多いので、人間の貧困対策に向けた支援や、地球温暖化問題などへの対策も、回りまわって野生動物のためになるはずです。

<中村>そういった問題に興味がない人に少しずつでも興味を持ってもらうようにしてはどうでしょうか。最近はSNSで発信するなど、個人レベルでも比較的簡単に広報活動ができるようになってきました。

Q&A 4:同じアフリカの類人猿でも、ゴリラについては一般観光客のエコツアーを受け容れその入山料収入を保全施策に回していますが、ボノボについては、そのような枠組みは無いものと理解しています(間違いであればご指摘下さい)。ボノボについても今後、そのような方途を検討する機運はありますでしょうか。また、保全の論点とは離れた質問ですが、ボノボはチンパンジーと比べ集団内及び他集団に対する好戦性が低いと言われるところ、2種間では体格や筋力等にも特に有意な差異は無いのでしょうか。

<徳山>私が調査を行っているルオー学術保護区では、今のところエコツアーの受け入れは行われていませんし、計画もありません。首都からのアクセスがとても悪いこと、水道・電気・ガス、電話など、観光客を受け入れるのに十分な設備をそろえるのが難しいことなどが理由です。しかし、ボノボのエコツアーを行おうと準備を行っていて、すでに少しずつ受け入れを始めている場所もあります。日本から訪れる際には、コンゴ国内(特に首都)での治安が一番のネックになってくるとは思います。

ボノボはチンパンジーより華奢な体格をしています。ボノボではチンパンジーよりも雌雄の体格差が小さく、オスの犬歯はチンパンジーのオスのものよりも小さいです。これらは、オスの闘争の激しさの違いからくるものと考えられます。ただ、ボノボやチンパンジーの力は高い木に登ったり、硬い果実を噛み割ったりするためのものでもあり、両種とも握力などはヒトよりもずっと強いです。また、チンパンジーよりもボノボのほうがバランス能力や跳躍力には優れていると言われています。

Q&A 5:保全と並行して、「サル食」といった文化とどう付き合っていくべきか、ご意見をお持ちでしたらお聞きしたいです。

<徳山>ルオー学術保護区ではサルの狩猟禁止のルールがあるので、本当ならば獲らないでほしいですが、サル食は文化でもあるので全くの禁止というのは難しいです。地域の住民とは、自らの子や孫がサル食の文化を持ち続けるためには、獲りつくさない持続的狩猟が必要で、そのためにも大量に獲って売るという行為や、外部からの密猟者は取り締まられるべきだというように話し合っています。

Q&A 6:ボノボはメスが集団外から入ってきて、強い権力を持つというお話でしたが、外部から入ってきた個体が権力を持つ過程は明らかになっているのでしょうか?

<徳山>いくつか要因があると考えられます。まず、ボノボではメスが交尾を受け入れる期間が長く(妊娠中や出産のあと比較的すぐに性皮が腫脹する)、チンパンジーに比べてオス間の競合が低いことで、オス同士が激しく争ったりメスを「力で従えて」交尾をしたりするという戦略ではなく、メスと親和的な関係を形成することが交尾につながるという戦略をとっているようです。また、母親が息子の繁殖成功に大きな影響を及ぼすので、息子はいつまでも母親に頭があがりません。さらに、ボノボではメス同士に強い協力関係があり、オスがメスやコドモに対して攻撃的な行動を取ると、メスたち協力してそのオスを攻撃します。メスの攻撃は時にとても激しく、オスが傷を負い、群れから何か月も姿を消すことがあるほどです。このようにメスの性的受容性、母息子の関係、メス同士の協力により、オスの攻撃性が抑制やメスの高い社会的地位が獲得維持されていると考えられます。

Q&A 7:学術保護区内での禁止事項に対する具体的な罰則などはあるのでしょうか?

<徳山>明確な罰則はなく、ケースごとに村や地域と話し合って解決しています。

Q&A 8:地元の住民の方とのコミュニケーションにおいて、困難なこと、大変だったことなどはありますか?

<徳山>異国で暮らす際にはどこでも同じだとは思いますが、ワンバの人々の考え方に馴染むまでは大変でした。ワンバの人々は平等主義に近い考え方を持ち、「自分よりものを持っている人にはどんどん要求する」という特徴をもちます。なので、個人的にも調査隊に対しても際限なく要求があります。日本人の「断るのが苦手」という性質と相まって最初はかなりつらかったです。

Q&A 9:野外調査において、霊長類の個体識別方法について簡単に教えて戴きたいです。

<徳山>種によって見分けにくい種、見分けやすい種があります。顔に毛が生えている種類では見分けにくいようです。類人猿は、顔や体つきにバリエーションが大きいのでとても見分けやすいと思います。最初は傷などの特徴を探しますが、慣れてくると、人間の友達を人ごみでも見分けられるというのと同じ感覚です。ボノボは樹上性が強く、下から見えるのはお尻なので、お尻で見分けることが多いです。背中の毛色や体格、睾丸や性皮の色や形などで、慣れると誰でも見分けられます。

<藤田>外見から個体識別するだけでなく、糞や尿など野生個体から得られる試料について、遺伝子を使って個体を識別することも可能です。

Q&A 10:オランウータンの精液凝固についての質問です。凝固成分に多くの精液があるということでしたが、精液の液状化の際に、活性を維持したまま液状化するにはどのような方法が良いと考えていますか。

<木下>動物種によって凝固部の性質が異なるので一概にお答えできませんが、オランウータンの場合は、射出後30分程度で凝固部の一部が液状化します。その後、活性を維持したまま微量に液状化を続けます。今回の発表では紹介しませんでしたが、精液を保存する温度は室温(25℃:37℃と比較した場合)が適しており、ヒトで用いられているP1希釈液よりもマカクでよく用いられているTTE希釈液の方がより長く活性を維持していました。

Q&A 11:オランウータンの育児放棄について、野生環境と動物園での違いはありますか?

<木下>野生下での育児放棄の観察例が少ないためはっきりとしたことは言えませんが、初産では死亡率が少し高いので、育児経験がないとうまく育てられない可能性が考えられます。動物園に関しては、人工哺育によって育てられたメスが育児放棄をした例がありますので、育てられた対象(オランウータン・ヒト)による影響があるかもしれません。

Q&A 12:なぜ、飼育ゴリラではビフィズス菌が消失してしまったのでしょうか?

<土田>飼育ゴリラもビフィズス菌は持っています。ただ、野生下のビフィズス菌とは違った種類のビフィズス菌です。飼育ゴリラのビフィズス菌は、人からよく見つかるビフィズス菌と同じです。野生のビフィズス菌は食物繊維分解能力が高いのですが、人のビフィズス菌は食物繊維はほとんど分解しません。野生の食べ物(高繊維質)と、飼育の食べ物(野生に比べると低繊維質)が違うので、野生のビフィズス菌は必要なくなってしまったのかもしれません。

Q&A 13:生物種にもよると思うのですが、飼育個体に新たな腸内細菌を定着させる場合どの程度時間がかかるのでしょうか?

<土田>新たな腸内細菌を定着させるのはとて難しいです。大人の個体は、すでに定着している腸内細菌でいっぱいなので、最も有効とされるのは抗生物質などを使ってすでに定着している腸内細菌を追い出して、そこに新しい腸内細菌を植え付ける方法です。人の糞便移植はこの方法がとられます。抗生物質なしで定着させるには、まだ先住の腸内細菌がいない生まれたばかりが最も適した時期です。うまくいけばすぐに腸管内に定着し増殖します。

Q&A 14:日本の動物園に最初に導入されたゴリラは、アフリカで捕獲され日本に連れてこられたものです。とすると、これらの個体には野生型のビフィブス菌がいた可能性が高いですよね? そうした中、飼育型が生じたのは、ビフィブス菌が変異したという理解で良いのでしょうか? とすると、仮に域外で生まれた個体を野生に再導入する際に、わざわざ野生型のものを与えなくても、野生下で生活するうちに、野生型に変異していくのではないでしょうか? しかも20年程度でこうした変異が起こるのであれば、少なくともゴリラのように寿命が長い動物を野生に再導入する際に、腸内細菌に配慮する必要はないように思うのですが。

<土田>乳酸菌(Lactobacillus gorillae)のお話かと思いますので、以下乳酸菌に関してお答えします。野生からの導入個体には野生型の乳酸菌がいたはずです。飼育型が生じたのは飼育下で変異したと考えていいと思います。おっしゃるように再導入して野生環境で生活するうちに徐々に野生型に変異していくことは考えられます。ただし変異には一定の時間がかかります。野生型乳酸菌が持っているような繊維分解能力や、講座ではお話を省いてしまいましたが、病原細菌に対する抗菌作用をすぐに発揮できるわけではありませんので、下痢を起こしたり病気に感染するリスクは高いと思います。そうならないために野生型腸内細菌を再導入前に定着させておくことが重要だと考えています。

Q&A 15:もしかしたら、話しの中にあったかもしれませんが、現在の飼育個体に野生個体と同じ食べ物を与えることで野生個体特有の腸内菌を獲得することができのでしょうか。それとも、ライチョウのように菌を摂取することで獲得すものなのでしょうか。もし菌を摂取することで獲得する場合は、菌を与える際に体内で分解されたり、死滅することはないのでしょうか。

<土田>動物は生まれてすぐは無菌ということになっていますので、生まれてすぐから環境中の細菌をとりこみます。飼育下の環境と野生下の環境が違うので、野生下の腸内細菌と同じ菌を持っているかどうかはわかりません。ライチョウを例にとると、人工孵化で母鳥との接触もないので、野生ライチョウの腸内細菌とは全く別の細菌叢になってしまいます。いないものを増やすことはできませんので、その場合は食べ物を野生と同じものにしても野生型腸内細菌は獲得できません。野生個体特有の腸内菌を獲得するためには、菌を摂取する、もしくは野生個体の糞便を摂取するなどする必要があるかと思います。菌を与える場合は、胃酸や胆汁酸で分解される可能性もありますが、カプセルなどを使えば消化されずに腸まで届けることが可能です。

Q&A 16:腸内細菌の構成は、食べるものを変えることで変わるのでしょうか?野生動物の採食生態が分かってきたことで、動物園での動物のエサも以前に比べ野生の状態に近づいてきていますが、動物たちの腸内細菌は飼育者からは見ることができず、彼らの体がついてきているのか不安になることがあります。

<土田>全く変わってしまうということはないかと思いますが、ある程度は菌種構成は変化すると思います。また、変化しなくても徐々に性質が変わって、今まで分解能力が低かったものがきちんと分解できるように変異する可能性も考えられます。菌も生き物なので、環境に慣れるのには時間がかかります。ですので、エサを変える場合は急に全部入れ替えるのではなく、徐々に徐々に増やしていくと、菌もそれに適応できる場合があります。適応できない場合は、下痢を起こしたり体重が減少したりするので、糞の状態がよく、体重が激減したりしない場合は問題ないかと思います。

Q&A 17:オオカミの保全では、生まれたばかりの飼育個体と野生個体をスワップする方法が行われていますが、これは腸内細菌という面からもメリットがありますか?

<土田>メリットがあると思います。オオカミは頻繁に毛繕いしますし、何より野生の母親の体についた細菌を摂取できるいい機会だと思います。

Q&A 18:飼育個体に乳酸菌を与える場合、理想的な年齢層などはあるのでしょうか?若い個体の方がより効率的に対応できるようになるのでしょうか?

<土田>Q&A 12と重複してしましますが、新たな腸内細菌を定着させるのはとて難しいです。大人の個体は、すでに定着している腸内細菌でいっぱいなので、まだ先住の腸内細菌がいない生まれたばかりが最も適した時期です。

Q&A 19 ツアーは研究者が対象だったのですか?

<赤見>「京大モンキーキャンパス」という連続講座の受講者が対象でした。ツアーを企画実施したのはモンキーセンターですが、受講生からの「現地を訪問したい!」という声がきっかけや後押しとなり、実現しました。

Q&A 20:動物園による保全教育を「行動」に繋げるのは重要な課題だと思うのですが、具体的にはどのような行動変容を想定・期待していらっしゃいますか?

<赤見>好きになる、興味をもつ、他の人に話す、といったことから、募金する、購入する物を選ぶ、資源を大切にする、さらには投票する、発信するといったことまで、いろいろな行動がありそうです。対象となる年齢などによっても異なるでしょう。行動変容には、動機を高めることと、障壁を下げることが有効だと言われます。多様な来園者が訪れる動物園なので、何をしたらよいかわからないという方にいろいろな行動を提案するとともに、それが一部の人の特殊な行動ではなく、新しい常識なんだよ、という雰囲気を作っていけるといいなと思います。ミュージアムショップでのレジ袋廃止、レストランでの使い捨て容器の削減など、まだまだではありますが少しずつ取り組んでいます。今後は、特定の動物と行動をターゲットにしたキャンペーンや教育プログラム開発に取り組みたいと準備中です。

<田中>一番簡単なのは、環境保全のための活動を行っている企業の製品を選択的に使うことだと思います。さまざまな団体が、野生動物の保護や地球環境問題などに取り組んでいるので、ご自身の関心の高い活動に対して、その団体を支援する(会員になる、寄付をする等)といった活動を想定しています。動物園の活動によって、具体的にリードできればよいのですが、動物園の運営主体によって(とくに公立の直営動物園)では、さまざまな制約があって、特定の団体の活動を支援することができない場合が多いので、困っています。

Q&A 21:動物園関係の先生方に質問です。高等学校教員です。小学校の遠足とは異なる、動物園と学校とのつながりについて、たとえば、どのような連携がありますか、また、学校教員の側に求めたいことは、どんなことですか。

<赤見>モンキーセンターで実施している学校向け教育プログラムのほとんどは、学校教員との交流から生まれたものです。学校教員のみなさまには、ぜひいろいろな要望を言っていただき、ひざを突き合わせて(今は少し離れて、ですが)相談する時間をいただけるとありがたいです。今おこなっている連携は、例えば理科の授業での校外学習や出前授業があります。犬山市の小中学校は全校が小学4年生と中学2年生の理科で「モンキーワーク」をおこないます。また、遠足ではあっても理科や国語、生活、総合、道徳などの授業に絡めた校外学習などを、先生との打合せを経て組んでいます。高校では、研究者体験などもあります。

<田中>動物園に来られる学校の多くは、小学校か幼稚園で、小学校高学年以上になると、課外活動にかける時間が限られているので、動物園を利用しにくいというのが、教育委員会などとの協議の場で述べられた意見です。高校で関連する単元としては、理科(とくに生物)になると思いますが、最近は履修者が多くないとも言われています。以前ならば、総合学習の時間が取れたようですが、最近ではそのような時間が減ってしまいました。理科担当の先生たちの研修会などで、動物園を利用していただくこともありました(昨年までは)。しかし、今年はもはや、そんな時間は取れそうにありません。今後は、せっかく普及したオンラインによる動物園との接続の活路を見出せればと思います。それから、京都に限定した活用法だと思いますが、修学旅行で京都に来る生徒(グループ学習)への対応したプログラムも売り込みたいと考えています。

Q&A 22:JMCは多くの種類の霊長類を展示しており、個人的には感銘を受ける施設の一つです。しかし、やはり霊長類に興味がある来園者の方には、魅力的な施設ではありますが、霊長類に興味がない方々を引き込むにはどのような方法があると考えていますか。

<赤見>おっしゃるとおり、難しい面があります。以前は霊長類以外の動物(ヤギ、モルモット、リクガメなど)にふれあえる施設がありましたが、動物福祉の面と、JMCのミッションに照らして優先度が低いということで終了し、より霊長類に特化した形になりました。そんな中、どのように興味がない方を引き込むかですが、一つは、マスコミやSNSなどを活用し、来園していない方にストレートに霊長類の魅力を伝えていくという方法があります。今まで興味がなかった方も、きっかけがあれば興味を持っていただけるかもしれません。「たき火にあたるサル」などの話題や各種イベントなどもきっかけになるでしょう。霊長類に特化した特殊性を出していきたい一方で、「動物園に遊びにいこう」という方の選択肢に入ることができるよう、例えばレジャー雑誌に掲載してもらえうるような情報発信のバランスも大切にしていきたいです。