第1回 「チンパンジーの子育てを語る」

日時:2020年7月26日(日)13:30~14:20

講師:廣澤麻里(日本モンキーセンター)、林 美里(京都大学霊長類研究所)

内容について、こちらから動画をご覧いただけます。


オンライン講座での質問に対する講師からの回答は以下のとおりです。


Q1:域内保全の活動は霊長研をはじめ、どういう団体と活動しているのでしょうか

A1:欧米だと組織的に活動している団体もありますが、日本ではフィールドワークをしている研究者が個別にNGOなどを設立して、研究のかたわらで域内保全の活動をしていることが多いようです。

Q2:絶滅危惧種のどの分類になりますか?

A2:種全体のカテゴリーとしては、「危機(Endangered)」になります。

Q3:雌が文化を運ぶということはあるのでしょうか?

A3:あります(詳細はライブ回答済み)。

Q4:定位操作が一度消滅する理由は何ですか?

A4:定位操作以外の全身的な運動(移動など)が多くなった印象がありました。物を操作している母親からはなれて、別の場所で遊んでいることが多かったようです。

Q5:ニホンザルも一部道具を利用する群れがいる、と伺ったことがあります。類人猿ではなくサルでも、一般的に道具使用は見られるのでしょうか。

A5:道具使用が必要な環境や、飼育下で訓練されたばあいには、道具使用が出現することが知られています(詳細はライブ回答済み)。大型類人猿の中でも、野生のボノボではあまり道具使用をしないといった種差もあります。

Q6:西アフリカの石器によるナッツ割りは群れを越えて地域内に広がっているのですか。その場合、群れを出たメスが伝えていると考えられるのでしょうか

A6:群れによって割るナッツの種類が違います。さらに、距離的に近い群れでもナッツ割りをしないこともあるので、地域内のすべての群れで見られるわけではありません。また、何らかの要因でナッツを割る群れでも、割る行動を獲得することができないチンパンジーもいます。群れを出た女性によって、近隣の群れに新しい文化が広まることがあります。

Q7:チンパンジーの出産時間はどれぐらいでしょうか?

A7:ヒトに比べて安産なことが多く、陣痛のために四足立ちの姿勢になりはじめると、比較的短い時間で出産します。歩きながら産んで、自ら手で受け止めることもありました。

Q8:母親が育てたチンパンジー の子供と、そうでない(ヒトが育てた)子で、定位操作の出方が違う理由は何でしょうか?

A8:おそらく、チンパンジーの子どもは、母親がしている行動に自然と興味をもつということが影響していると思われます。また、チンパンジーの母親がつねに同じ行動をお手本として見せ続けるという状況も、チンパンジーらしい学習の基盤となっているのでしょう。

Q9:現代の人間の育児の再考にも活かせる視点があるのではというまとめでしたが、母親が専念して育てるべきという結論でしょうか

A9:チンパンジーは、父親が誰かわからない社会の仕組みになっているので、母親が子どもを守り育てるということが、子どもの生存にとって最重要になります。ただし、チンパンジーの母親は孤立して子育てをしているわけではありません。群れの中で子どもをつれた母親同士が一緒に行動して互いの負担を軽減したり、おとなの男性が血縁関係の有無にかかわらず子どもと遊んだり、群れのなわばりを守ったり、条件がそろえば祖母が若い母親の子育てに協力したり、姉が弟妹の子育てに協力したりと、群れ全体が様々な形で母親をサポートするような機能をもっています。ヒトは、家族という単位をもち父親をはっきりさせることで、父親も子育てに協力し、祖父母や上の姉兄のサポートも得られるというのが伝統的な社会のありかただったはずです。さらに、ヒトの特長ともいえる積極的な助け合いや協力行動を基盤として、血縁関係のない人からでも、保育などの形で育児中の母親を支える社会的な仕組みが整備されてきました。ただ、現代日本では、核家族化が進み、より広い社会集団との日常的なつながりが希薄になって孤立した形で、母親のみに育児を負担させるという、長い人類進化の歴史から見れば非常に不自然な状態で育児がおこなわれるようになってしまっていると感じています。ヒトは、周囲からの積極的なサポートがあったからこそ、年齢の近い複数の子どもを同時に育てることができるようになりました。母親が子育てをするのはだいじだけれど、周囲のサポートなしに母親だけでは子育てできないということが、もっと明確に意識されるべきだと思います。(とくに女性の)霊長類研究者は、ヒト以外の霊長類の自然な子育てを知っているので、子育て中の研究者同士が必要な場面で協力しあって、全体として子どもに寛容な雰囲気があるように思います。

Q10:人間の子供とチンパンジーの子供が積み木遊びをしたときに、達成の喜びの感じ方 或いは忍耐や我慢できる時間は異なりますか?

A10:チンパンジーの子どもで、自発的に積木をつむようになったパルでは、つんだあとに笑顔をうかべながら、積木の塔のそばを走りまわる行動が見られました。また、つむ練習をしているときも、ご褒美の食べ物をもらうことだけが目的なら、積木を5個ほどつんで崩したほうが早くもらえるのに、なるべく高くつもうと努力していました。これらのエピソードから、チンパンジーも達成感を得ていると推測されます。人間の子どもは、さらにその達成感を他の人と「共有」しようとするところがチンパンジーと大きく違うように感じます。人間の子どもは、積木をつんだあと、見守っているおとなの顔をみつめて、おとなも「すごいね」とほめてあげるという形で、物を介して子どもと他者がつながる「三項関係」が成立するといわれています。

Q11:チンパンジーも指さしをしますか?

A11:ヒトのように人差し指だけで指差しをすることはほとんどありませんが、欲しいものに手全体を差し伸べる「手差し」は、とくに飼育下のチンパンジーでは頻繁に見られます。一方で、ヒトの子どものように「あれを見て」というような叙述の指差し(手差し)は、チンパンジーでは見られないとされています。飼育下のチンパンジーでは、ヒトの指差しを理解していることがわかっていて、チンパンジーの後ろにある物をヒトが指差すと、後ろを振り返って見ることが確認されています。