第4回 「ヤクシマザルとベニガオザルの社会を比較する」

日時:2020年8月16日(日)13:30~14:20

講師:舟橋 昂(日本モンキーセンター)、豊田 有(中部大学創発学術院)

内容について、こちらから動画をご覧いただけます。


オンライン講座での質問に対する講師からの回答は以下のとおりです。


Q1:マカク属サルの「マカク」とはなんでしょうか?

A1:「マカク」とは分類学上の属の名前です。この属に属ずる種の学名はラテン語でMacacaがつきます。英語のMacaqueに該当します。ラテン語の由来は不明ですが、調べたところ、元々ポルトガル語で猿を意味するMacacoという言葉が由来のようで、1840年にこの属の学名として用いられるようになったようです。


Q2:食に恵まれた環境だと平等主義になりやすいですか。

A2:現在生きているサルの集団を仮定したときに、社会性が環境に応じて途中で切り替わることはありませんので、専制主義的な社会を持つ種の集団が仮に食物環境の豊かな場所に移動したとしても専制主義的特徴は保持されると考えられます。もともとマカク属の祖先は平等主義的な社会を持っていたと考えられており、その要因の一つとして食物環境が豊かで競合度合いが低かったからではないかと言われています。


Q3:専制主義的、平等主義的という社会性の分類は猿特有の分類でしょうか? 他の大型哺乳類と社会性について共同研究などもあるのでしょうか?

A3:マカク属の社会性を「専制主義的」「平等主義的」に分類するこの分類基準(社会性の定義)には、霊長類学上複数の基準があり、それらはサルの社会に準拠した項目となっておりますので、同じ定義をそのまま他の動物種に当てはめることは難しいと思います。一言で「社会性」と言っても、何を基準に分類するかによって分類の仕方は様々です。他の動物種にも適応可能な社会性の基準には、例えば群れの性比や群内の血縁構造などが挙げられます。


Q4:和解行動について、他の猿ではどういうものがありますか?また、性別や子供特有の行動もありますか?

A4:野生と飼育下では行動が多少異なると思いますが、飼育下のニホンザルでは高順位の個体が低順位の個体に馬乗りになる乗駕行動が見られます。知らないヒトが見ると交尾に見えるようですが、前後の行動を見てもらえれば分かるかなと思います。ミナミブタオザルとシシオザルでは、耳を倒しながら口を窄めて敵意が無いことをアピールすることもありますし、チベットモンキーは抱擁して仲直りすることがあります。(舟橋)

和解行動の報告は、原猿類、新世界ザル、旧世界ザル、類人猿全てのサル類において多くの種で報告されており(ざっとカウントするだけで30種以上)、行動も様々です。和解行動の定義にもよりますが、基本的には攻撃交渉直後にみられる行動ですので、マウンティングや、毛繕い、交尾、その他社会交渉など、普段から見られる行動が和解の機能をもつ場面もあります。ベニガオザルの場合、通常のグルーミングと違って、喧嘩直後のグルーミングには口をパクパクさせるという特徴があるなど、微妙な差がある場合もあります。(豊田)


Q5:なぜベニガオザルは平和主義的社会なのでしょうか

A5:マカク属の祖先はもともと平等主義的社会を持っていたと推定されますので、ベニガオザルの祖先もまた平等主義的社会を引き継いで現在まで生きてきたのでしょう。マカク属の中で専制主義的な社会を持つ種は、ニホンザルやカニクイザル、アカゲザルなど、いわゆる「カニクイザル種群」とまとめられる仲間に多く、彼らは適応放散の過程で専制主義的社会に移行したサルたちだといわれています。これらの種群にはベニガオザルは含まれていません。


Q6:類人猿でも社会性の分類はされていますか?

A6:厳密には、マカクの「専制主義的」「平等主義的」社会性の分類基準の中に、集団内のメス内の家系に基づく順位関係に関する基準がありますが、これは母系社会を形成するマカク属における分類であるからで、類人猿のように父系社会を持つ種には同じ分類は適応できないと思います。ちなみに類人猿の場合、テナガザルのペア型、オランウータンの単独型、ゴリラのハーレム型、チンパンジーやボノボの複雄複雌型といった集団の構成を基準とした社会分類がよく用いられるのではないかと思います。


Q7:サルの仲間に限らず、強い個体が繁殖しやすく結果的に種全体としても強い遺伝子が残されて行くものだと漠然と思っていたのですが、平等な社会の場合その辺はどうなるのでしょうか?強いものも弱いものも均等に生き残っていくのですか?

強い=健康面、身体能力や知能など総合的な意味で。

A7:生き残るかどうかで言えば、自然状態であれば(過度の飢餓状態など例外的な状況を想定しなければ)順位が高くても低くてもみな普通に生活しています。順位の高い個体が遺伝子を多く残すかという点で言えば、順位が低いよりはその期待値は高まりますが、実際には順位が低い個体には低い個体ならではの繁殖戦略があり、順位の高いオスに隠れてこっそりメスと交尾し、子どもを残すことに成功していたりします。また、闘争によって縄張りを保持し、そこにメスを迎え入れるような動物とは異なりますので、サルの世界では順位が高いことと、メスからモテることとは一致しないこともしばしばです。


Q8:チベットモンキーは専制主義的な種かもしれないという、今年出た文献を読みましたが、今後の研究で変動・修正がありそうな種は他にもいますか?

A8:チベットモンキーの社会性に関する今年出版の文献ということで、おそらくThe Behavioral Ecology of the Tibetan Macaqueの第8章のことであると推察しますが、この文献は私も拝読いたしました。この文献にも書かれている通りですが、マカクの社会性に関する議論では「専制主義」「平等主義」も大事ですが、「寛容性」という視点からの研究も必要であると思いますし、またそれをオスとメスについてそれぞれ精査し種間で比較することが今後マカクの社会進化を議論する上で期待されると思います。専制・平等の分類での変動もあるかもしれませんが、社会性の定義そのものも変化していくかもしれません。マカクは種数が多い割に研究は特定の種に偏っている傾向がありますので、研究が増えれば更新されるべき情報も多々あると思います。私も現在まさにこの観点からベニガオザルのオス間関係に着目した分析を進めているところですが、比較対象としてシニカグループからの知見は非常に有益です。英語での最新情報に触れてみえるので専門の方と推察いたしますが、どこかでお目にかかる機会があればぜひ議論のお時間をいただけましたら幸いです。


Q9:ヤクシマザルの順位はどのように決まりますか?

A9:大体は、強い母親のコドモが強いっていういわゆる家系ですが、オスだと『どう考えても弱い家系の個体』が高順位にいたりします。今のモンキーバレイのαオスのタイマツも、タイマツ以外は低順位なのですが、ケンカの強さで今の順位にいるようです。

良く観察していると、高順位の個体程臆病な性格な気がしています。性格(神経伝達系)と順位の間の関係なんか調べられたら面白いだろうなと感じています。その他は、飼育員の介入で順位が低くて食べられない個体も十分に食物を食べられるので、その影響で飼育員の存在の有無でも順位に多少変動はあるようです。


コメント:ニホンザルでも地域差と遺伝性による集団の専制性の差を研究されている


Q10:猿の種類によって専制主義的な社会と平等主義的な社会とに分かれる要因は何だと考えられていますか?

A10:マカク属の進化の過程が要因の一つだとされています。カニクイザル種群は分布域でいえば最も広いエリアに進出していった種ですが、その過程で専制的な社会に移行していったと言われています。


Q11:ヒトの髪の毛で歯磨きをするカニクイザルの話がありましたが、他のものを使うことはあるのでしょうか?

A11:ヒトの髪の毛以外に、仲間のサルの毛を引き抜いて歯磨きに使っている様子は観察したことがあります。グルーミングと見せかけて毛を抜くので相手も怒っていましたし、サルの毛は短いので歯磨きはやりにくそうでした。


Q12:ヤクシマザルの和解行動にはどのようなものがあるのですか?和解行動によって大きい喧嘩を避けるようなことはありますか?

A12:主には乗駕行動ですが和解はほぼありません。ケンカで割とすぐに決着がつきます。高順位の血縁個体が割り込んでケンカがおさまることはあります。


Q13:平和主義の群れと専制主義の群れ、それぞれが生きる環境でのメリットにはどんなことがありますか?

A13:祖先が平等主義から専制主義に移行するプロセスとして、資源を獲得するための競合によって順位関係が強化されたとする指摘があるように、専制主義的社会≒順位関係がはっきり決まっていることのメリットとしては、平等主義的社会と違って限られた資源をめぐっての不毛な争いを避けることができるという点があげられるかもしれません。


Q14:ニホンザルは、アルファが尻尾を上げる行動をとると思うのですが、ベニガオザルはそういう行動は見られるのでしょうか?

A14:ベニガオザルでは特にアルファオスしかしない特有の行動というのはありませんが、順位が高いオスはそれ以外のオスと比べて交尾の際に音声を発する傾向がある、という研究を論文で出しました。


Q15:専制主義的社会と平和主義的社会の系統的な分岐点については、現時点で明確になっているのでしょうか。

A15:カニクイザル種群の祖先が分岐する段階で専制主義的社会に移行したことは間違い無いようです。例外として、シシオザル種群の中でミナミブタオザルのみが専制主義的社会傾向を持つとされています。


Q16:家系はボスの決定に全く無く、あくまで個体により決まる?

A16:ヤクシマザルのαオスの移り変わりを見たことが無いので詳しくは分かりませんが、ニホンザルで一番強いメスが不在になった瞬間に、その息子の順位が一番下まで落ちたのを見たことはあります。母親の存在は大きそうです。(舟橋)

家系はボスの決定に関係なく、どの母親のもとに生まれるかで決まります。(豊田)


Q17:ベニガオザルの分配行動は血縁関係がある個体が多いですか?

血縁関係に関係なく行われますか?

A17:血縁関係にある個体同士、特に母親とその子どもの間での食物分配は普通に起きます。母子間の分配は他のサルでも報告があります。ベニガオザルの場合、オトナのオス同士など、血縁関係にないと推定される個体間での分配も頻繁に観察されます。非常に興味深い現象です。


Q18:ベニガオサルの社会における赤ちゃんの果たす役割が独特と感じましたが、その後の研究の成果はありますか?

A18:現在分析を進めていますが、残念ながらコロナウイルス感染拡大の影響で調査が中断しており、追加で必要なデータを収集に行けない状態が続いています。論文化までもう少しお待ちください。


Q19:食物分配の行動は、血縁に関係しているのでしょうか?

A19:A17と関連しますが、血縁にないと思われる個体間でも分配が起きるのがベニガオザルの興味深い点です。


Q20:それぞれの社会では、繁殖できるオス・メスに順位などの違いが出てくるのでしょうか?平等主義的社会のサルでも繁殖期には性格が荒くなったりなどありますか?

A20:繁殖できないオスがどのような個体を指しているか分かりませんが、病気等で生殖腺を摘出した(去勢した)オス個体は、性ホルモンが極端に減少するために筋肉量が著しく低下するので、基本的に順位は下がるし、見た目でもはっきりと分かります。ただ、過去に去勢したオスでもαオスになった例がモンキーバレイではあるようです。メスでは、(モンキーバレイではインプラントによる繁殖数のコントロールをしているため)繁殖できる個体が強いオスにチヤホヤされるので、直感的にすぐに分かる程度に順位は上がります。(舟橋)

オスにとって、順位はメスへのアクセスと直結しますので、当然順位の高いオスは高い交尾成功が期待できます。この傾向は順位がはっきりしている専制主義的社会でより顕著になると思います。しかし、繁殖成功(実際に何頭のコドモを残せたか)は、交尾成功(実際にどれだけ交尾できたか)と直結しないという報告も多々あります。これは、オスの都合のみならず、メス側もまた戦略を持って繁殖相手を選んでいるからであり、メスにとっては順位のみがオスの魅力ではないことを示唆しています。また、メス同士にも繁殖をめぐる競合がありますので、群内の実効性比が偏りメスが多い状態になれば順位が高いメスの方が有利かもしれません。(豊田)


Q21:平和主義的か専制主義的どちらになるかは住んでいる場所に関係があるのですか。

A21:現在の状態とは直接関係ありませんが、かつて祖先が適応放散していく過程で進出していった地域の環境とは関係があります。また、現在住んでいる場所の条件によって社会性が移行することもないと考えられます。


Q22:が今回の繋がりについて、または↑に質問があるようにボノボとチンパンジーの差は川を挟んで食糧の供給量差ではないかといった知見もありますがやはり今回の🐵も食糧環境が影響してるのでしょうか

A22:マカクの祖先が適応放散の過程で平等主義的社会から専制主義的特徴を獲得していった過程は、類人猿の例と生態学的メカニズムは似ているかもしれません。


Q23:専制主義的な猿の種を平等的な社会で育てたという様な、あるいは先行研究はありますか?ある場合、その結果はどうなりましたか?

A23:質問内容そのもの、という実験的研究を私は知りませんが、「本来専制主義的社会を持つサルの赤ん坊を平等主義的社会を持つ種の代理母に育てさせたらどうなるか」という思考実験は興味深いです。子どもは周囲の個体との関わり合いの中で育った環境に適応し平等主義的に振る舞うかもしれません。あるいは、みんなが順位を気にしない中でひとりだけ横暴な態度になり圧倒的高順位個体に育つかもしれません。また、この逆パターン「本来平等主義的社会を持つサルの赤ん坊を専制主義的社会を持つ種の代理母に育てさせたらどうなるか」も比較として重要です。動物実験許可を取得して、挑戦してみてください。


Q24:順位の低い個体が群れにとどまるのはなぜでしょうか

A24:群れに所属する理由は順位のみではありません。群間関係において他群より強い集団に属していれば、群内では順位が低くても群れが獲得している良質なエサ場の恩恵を受けることができるかもしれません。集団でいれば天敵の発見も早く、捕食リスクが軽減されます。繁殖・採食ともに競合に敗れても、生きのびてさえいれば、いつか順位変動が起きたときにチャンスを掴めるかもしれません。


Q25:コロナ によるタイへの渡航が難しい現在

仮に収束したらやはりタイでベニガオサルの研究を続けたいですか?

他に実現したい夢はありますか?

A25:残念ながら、コロナの影響に政情不安が重なり、いまだ研究のためのタイ入国は厳しい状況ですが、渡航規制が解除されれば調査を再開したいです。ただし、サルたちは野生動物ですので、人間の私から彼らにコロナを移してしまうリスクも回避せねばなりません。ワクチンの早期普及を期待します。ベニガオザル研究は私のライフワークですので、どのような形であれ研究はずっと続けていくつもりです。できればタイに移住してベニガオザルたちの観察をのびのびと続けられたら一番です。


Q26:和解行動は個体によって個性があるものなのでしょうか?それとも群れや種単位で共通する和解行動も存在するのでしょうか?

A26:和解行動は「これ以上ケンカをしません」という意志の伝達が目的ですので、個性があっては相手に通じないのでは?と思います。しかし、種単位で共通するのはもちろん、群れ単位であっても、その地域集団独自のルールに則った和解行動(文化)があっても不思議ではありませんし、そういう発見は非常に重要な報告となります。


Q27:専制か平和かで寿命への影響は

A27:社会性の違いが寿命に与える影響についての報告は、私が知る限りではないと思います。


Q28:専制主義的な社会と平等主義的な社会では子育ての仕方には差があるのでしょうか

A28:社会性と子育てスタイルの関連はわかりませんが、少なくとも私が観察経験のあるニホンザルとベニガオザルで比較すると、ベニガオザルの方が圧倒的に放任主義的な印象を受けます。また、ベニガオザルでオスが子どもを運搬する場面を度々目撃するなど、オスの子育てへの参加は結構あります。これは社会性の違いもあるかもしれませんが、ベニガオザルの赤ちゃんは毛が真っ白いという特徴によるものかもしれません。



Q29:平等主義的なサルの社会なのであれば、群れのリーダーが雄ではなく雌になる可能性はあるのですか?

A29:オスとメスの間では体格の差もありますので、オスメス間で一対一でケンカが起きる場合はやはりオスの方が強くなる傾向が一般的ではあると思います。しかし、ニホンザルの例ですが、上野動物園ではメスが最上位になった例が複数回報告されているようです。


Q30:平和主義な群の方が寿命が長かったりしますか?

A30:A27を参照


Q31:他の動物に見られる「ボスが転落した場合のその子孫抹殺」みたいな行動はサルではありますか?

A31:マカクでは分かりませんが、リーフイーター(舟橋)と呼ばれるサルではあるようです。ハヌマンラングールやシルバールトンが有名です。

「ボス」が入れ替わった際の子殺しは、オス一頭にメス複数頭という、いわゆるハーレム型の群れを形成する動物で起こる可能性が高い行動です。これは、ハーレム型という群れの性質上、子どもの父性が明確なために起きる行動です。よって、複雄複雌型で乱婚型のマカク属サルでは父性は撹乱されているため、このような行動が起きる可能性は低くなります。(豊田)


Q32:ベニガオザルの喧嘩をとめる行動において、雌雄の違いはありますか?

A32:オス同士に特有の和解行動としては、相手の睾丸を握ったり噛んだりするという行動があります。腕噛みや唇噛みなどはオスメス共にみられます。


Q33:若い行動で特に面白かった行動はなんですか?ベニガオザル の

A33:腕噛み行動はとても面白いです。特に、腕を噛まれたあと、噛まれた側の個体が呆然としたり、噛まれたところをじーっと眺めて考え込んだりする様子はとても可愛く、横で見ていてとても面白いです。


Q34:マカク以外のサルでも平等主義的や専制主義的があるのですか?

A34:A3、A6参照


Q35:社会生活の違いは自然環境が大きく影響していると思いますが、2つの種の環境の大きな違いはなんでしょうか?

A35:ライブで回答済み


Q36:平等主義的サルの群同士が遭遇した場合でもその社会性は同じか?

A36:ライブで回答済み


Q37:繁殖においても専制主義、平等主義になりがちですか。

A37:ライブで回答済み


Q38:順位が入れ替わり一位から落ちたら群れの中でどのような扱いを受けますか。

A38:ライブで回答済み