眼には眼を 一

私は魔術師の元へ向かっていた。


呪いを解くためにだ。


字面だけ見ると、剣と魔法のファンタジーのようだが、私が乗っているのは古ぼけたタクシーだった。


かぼちゃの馬車でも、王子同伴の白馬でもない。


今は21世紀、もはや騎士もお姫様もいない。


だが呪いはまだ残っているらしく、私はそんな昔話の遺物の被害者だった。



「その怪我はどこでしなさった?大丈夫かい?」


呑気な運転手は私の包帯をまいた腕を見て言う。


こちらは切羽詰まっているのに、ゆっくり安全運転のタクシー運転手が恨めしい。


「階段で転んでしまって、それで診てもらいに行くんです」


私はタクシー運転手の問いを適当に返す。




「こっちに病院はないがねえ」


「ええ、でも特別な治療法を知っている人がいまして」


ここで私の目的地について正直に話したら笑われるだろう。

魔術師の住処に向かっているなどと話したら。



魔術師、そんな存在を信じるなど21世紀の今ではお笑いだ。


でも、私は魔術師に頼らなけれいけないほど追い詰められていた。


私は文字通り、呪われていたからだ。



「着いたよ。この住所だ」


携帯電話のナビを見ると、たしかに目的地に到達していた。



そして、それらしい建物が目に入る。



その建物をネットで見つけた魔術師の建物と同じものだと確認すると、タクシー代を払い 車中から飛び出す。



私は焦りに焦っていた。



私が魔術師の住処に押し入るように飛び込むと、中では少女が本を読みながら椅子に座っていた。



その少女は金髪のサイドテールで、東洋の島国で流行ったらしいゴシックロリータ風の服を着ている。

その奇抜な服装の少女を見ると、 私は急に異世界に足を踏み入れたように感じた。


今なら、騎士やお姫様が出てきてもおかしくない。

もちろん、魔法使いも。


「ここであっているの?例の・・・・」


魔術師の住処なのか。


その声に応え、少女が本から視線をこちらに上げいう。


「お客様ですね。先生がお待ちです」


『お待ちです』?もしかして私が来ることが分かっていた?


「・・・・・・ええと、あなたは?」


少女のブルーの瞳は、ぬいぐるみの目のビー玉のように無機質に見え、人形のような衣装も相まって感情を感じさせなかった。


「魔術師の助手です」


それだけ言って、少女は本を置き、後ろにあるドアへ向かう。





まともに、科学的に考えれば魔術師なんて連中全員、詐欺師だ。

事実、今まで会った自称霊能者は全部偽物だった。

でも、あの老婆は『本物』だった、私に呪いをかけたあの老婆は。

もしかしたら、ここにいる魔術師も『本物』なのかもしれない。



それに懸けるしかない。



そんな思考を頭の中をかき回しているうちに『魔術師の助手』の声が聞こえた。


「先生がお会いになられるようです」



そう言って魔術師の助手は、扉のドアノブに手をかけた。


扉が開く。


その部屋には髑髏の仮面をつけた男が、机に向かって座り待っていた。



「ようこそ、私はロッソ・クラーテオ。白魔術師です」


白魔術師と名乗った男はどう見ても、ロール・プレーイング・ゲーム に出て来る死霊使いと言った方が的を得ている。


髑髏の仮面で顔を隠した細身のその男はで、茶色のスーツに黄色のクラバットを着けた目立つ格好を

している。



「今回はどのようなご相談で?」


魔術師は言う。


私は少々早口でことの次第をしゃべり始めた。


一週間前のバスの中での出来事だった。



□□□







たまたま私はバスの中で眠り込んでいた。


その時は、乗客はほとんどおらず、荷物を座席に置いて寝ていた。

かなり長い間寝ていたと思う。


そしてこんな言葉を投げかけられ目を覚ました。


「あんた席を譲らないのかい?」


目をはっと開けると、そこには一人の老婆がいた。



そしてバスの中は乗客でいっぱいで、老婆は立ったままでこちらを恨めしそうに見ていた。



私の目の前の老婆は私のことをじっと睨むように見つめる。





「寝たふりで、無視かい。これだから最近の若者は」


「え、あの、すっすみません・・・・・・・・・・」

目覚めたばかりでで混乱しつつ、頭を下げる。

老婆は私の謝罪を意に返さず、こう言い放った。


「あんたのこと呪ってやったよ、あんたの体は石になる」



それが本物の呪いの言葉だったとはその時は思いもしなかった。







□□□




話を一通り終えると、魔術師の様子を観察する。

本物かペテン師か判別するためだが、 顔は仮面で相変わらず隠れているので表情は分からない。

魔術師は何も答えない。


しょうがないので、話を続ける。


「それでこの通りです、その日からだんだん腕に違和感が・・・・」


そう言って包帯を巻いた腕を見せる、石のように筋肉が硬直した左腕を。


魔術師の反応はない。


「指はかろうじて動かせますが・・・・」

とりあえず言葉を続ける。



「・・・・・・・・・・めんどくさいもの持ち込んでくれたな、あんた」


魔術師は、急に口調を変え、言い放った。


「・・・・・・・・・・どういうことです?」


私は虚をつかれた、魔術師の態度が急に変わったのもそうだが、その雰囲気が私が今までに会った

自称霊能力者たちとは、まるで違ったからだ。


「めんどくさい呪いだってことだよ、これは本物の呪いで、強力だ。並みの魔術師じゃどうにもならない。当ててやろうか、腕だけじゃない体全体が重いだろ?体、そのものが動かしずらくなってる」


「・・・・・・・・・・!」

事実だった。


「持って一か月だな。あんたは石のようになる、体中が動かなくなって・・・・・・・・・・最後は心臓が止まる。

医者は死因を心臓麻痺かなんかだと決めつけて、はいおしまい。あんたは土の中だ」


「・・・・・・・・・・」


医者はあてにならないというのも事実だ、どこの病院でも手が動かないと医者に言ったが、原因がよく分からない

と言われ追い返されただけだった。


「本当ですか?」


「本当だ」


「私はどうすれば・・・・・・・・・・・・・」



「簡単だ、俺に金を払えばいい」


その髑髏の仮面の口元が歪む。

作り物のマスクの表情が変わるわけないので、そう見えただけだけだろう。



「だが、さっき魔術師でもできないと……」


「普通の魔術師にはできないと言ったんだ。俺は普通じゃない」


そう言って、魔術師は立ち上がり得意げに言い放つ。


「俺は偉大なる魔術師、ロッソ・クラーテオだ。悪魔でも、ドラゴンでも俺には敵わない。

そんな俺を働かせるなら、金はそれなりに貰うがな」




私は魔術師に見下ろされるままだった。