悪魔憑き

真っ暗な夜の闇の中。

歴史あるこの街は、現代でありながら中世の面影を色濃く残していた。

そんな古い街並みに不釣り合いなパトカーが鎮座していた。

「異常ありません。パトロールを続けます」

パトカーの助手席の几帳面そうな警官がそう言って無線を置いた。

もう一人の、小太りの警官は運転席でピザを頬張っている。

「休憩終わり、行くぞ」

「もうちょっとで食べ終わる、待ってろ」


そう言って、最後の一切れに手を伸ばす。


だがさっと助手席の警官が最後の一切れを奪い取り、口に放り込んだ。


「よし、食べ終わったな。じゃあ車を出せ」


「おい、俺のピザだぞ」


「のろのろ食べてるからだ。さっさと出せ」


不服そうな顔をしながら運転席の警官はサイドブレーキを上げた、その時。


「おまわりさん」


いつの間にか、パトカーの横に男が立っていた。


中肉中背でひげ面の男だった。


「何か困ったことがありましたか?」


助手席の警官が答える。


「道に迷ってしまって」


「案内しましょう、目的地はどこですか?」


助手席の警官は、パトカーから降りて男に近づく。


その時、警官は男の足についている千切れた鎖に気がついた。



「その鎖は何です?」


「ああこの鎖か、すっかり忘れていた」


警官の表情が険しい物に変わった。


「身分証明書を見せてもらえますか?」


男の口元が歪む、男は警官へ拳を振るった。


警官の顎に拳が当たり、警官は地面に勢いよく倒れこんだ。


警官はピクリとも動かない。


「地獄にそんなものはねえ」

しわがれた、低い低い声で男が言った。



同僚が殴り倒されたの見て、運転席の警官は無線を手繰り寄せる。


「応援を!不審者が暴行を、相棒が殴られて……」


そう言いつつ、パトカーのドアをロックする。


しかし、男はパトカーのドアを掴むと、そのままドアをパトカーから引きちぎった。

男と自分を遮るものが無くなった、運転席の警官は目を見開く。

「嘘だろ・・・?」

「嘘じゃない、現実だ、人間」


そのまま警官は首根っこを掴まれ、運転席から引きずり降ろされた。

警官はじたばたと手足を振り抵抗するが無駄だった。

そして、男が内ポケットへ手を入れ、中から拳銃を取り出した。


そして、警官の頭に銃口が突きつけられる。


「やめろ、やめてくれ」

引きずり出された警官は泣きながら懇願する。



「やめないね」



運転席にいた警官は体型通りそれなりに重かった、しかし男は苦もなく引きずって行く。


「おい豚野郎、死ぬのが怖いか?」


再び銃口が警官の頭に突きつけられ、警官は声も出せず、恐怖で歯をガチガチと鳴らし、必死にうなづいた。


「そうか、じゃあ神に祈って見ろ」


茫然自失となっていた警官は男の顔を見返す。


男の眼には邪悪な物が宿っていて、本能的にそれを感じた警官をさらに震え上がらせた。


「祈れ!」


「主よ、悪からお救いください、主よ・・・」


警官は必死に祈りの言葉を口走った。


「祈り終わったか。これで分かったか?」


「何がですか・・・・・・?」


「神様は無力だってことさ。じゃあ死ね」


そう言って、男は引き金に指をかける。






「そんなこともないぞ」


男の後ろから、低い声威圧的な声がした。


男は、引き金を引くのを忘れ、振り返る。



そこに『神父』が立っていた。


その神父は2mほどの大男で、身体には普通の神父服を着ているのだが、妙なことに頭には十字架をあしらった鎧兜

グレートヘルムを被っていた。


そのために表情はまったく伺い知れない。


「エクソシストか」


男が問う。


「そうだ、俺はグレゴリオ。神父だ。ついでにエクソシストもやってる」


神父のどこか芝居がかった自己紹介を聞いた男は、不気味に口元を歪ませる。


「そうか、よく分かった、じゃあ死ね」


男は神父に銃口を向け、容赦なく撃った。


神父と男の間合いは、素人でも的を外すことはないほど近かった。

銃声が夜の街に響く。


五、六回の空気を切り裂く音がする。


そこで弾が切れ、男はカチカチと弾切れの銃を鳴らす。



それでも、神父は平然と立っていた。


「外れだ。下手糞だな、悪魔」


嘲笑うように神父は言った。


「何か仕込んでいるな、鎧は頭だけじゃないようだ」


不気味な笑みを顔面に張り付けた男が言う。


「俺は信心深いからな。弾が避けたんだ」


男は、拳銃を放り投げ警官を突き放した。


「そうか、なら首をへし折ってやる。エクソシスト風情が俺に勝てると思っているのか?」


そのまま、男は拳を振り上げエクソシストへ殴り掛かる。

車のドアを素手で破壊する常識外れの腕力で。

そのパンチは一流のボクサー以上の破壊力を持っていた。



しかしその拳を、エクソシストは苦も無くを左手で掴み押し止めた。


男が発揮していた怪力が嘘のようだった。


男がその邪悪な目を見開き、神父の顔を見る、だが兜に隠され表情は分からない。


「どうした悪魔?首をへし折るんじゃなかったのか?」


男の顔面に張り付いていた笑みが消えうせた。

「・・・・くそったれたのエクソシストが!くそが!くそが!くたばれ!」


男は悪態を付き、じたばたと抵抗したが、掴まれた拳は微動だにしない。


「悪魔如きがエクソシストに勝てると思っていたのか?」


そう言って、神父は男の額に右手を置いた、そして男の頭を掴む。


「やめろ、エクソシスト!やめ・・」


「諸聖人の権勢、守護天使の権威、主なる神の御子、イエス・キリストの御名 に寄りて命じる!悪魔よ!立ち去れ!」

神の力を纏う言葉の詠唱が悪魔に刻み込まれた。

神父の右手に頭を鷲掴みにされたままの男は、痙攣し、膝を着く。


そして男の口から、粘性をおびたタールのようなドス黒い液体が吐き出された。


吐き出された液体は、不思議なことに自切された蜥蜴の尻尾のように、のたうち、もがいていた。


「地獄に堕ちろ、悪魔め」


その一言で黒い液体は動きを止め、地面に染み込むように綺麗に消えて行く。


後には、糸が切れた人形のように男が地面に突っ伏しているだけだった。


「終わったぞ」


気を失った男の顔を見下ろしつつ、神父は言う。


さきほどまで銃を突きつけられていた警官は呆然と、その一部始終を見ていた。



「悪魔って本当にいたのか……」


「あれが見えたのか、運が悪いな。めったに見えないはずなんだが」


「撃たれましたけど……大丈夫なんですか、神父様……?」


「防弾チョッキを着けてた。いつも悪魔に命を狙われているからな」

「悪魔が実在するなら、なぜ教会はその事実を隠蔽しているんですか!?」

神父は、殴られて倒れている警官に息があることを確認してから答える。

「隠してなんかいない、教皇猊下だって悪魔はいるとおっしゃっている。誰も信じないだけだ。そんなことよりさっさと救急車を呼べ。悪魔祓いはどぎつい、被害者の体にはな。それにお前の同僚も伸びてる」



「はっはい……!」


小太りの警官は、慌てて携帯電話を取り出す。



その時だった、サイレンをけたたましく鳴らしながら数台のパトカーが現場に滑り込んで来たのは。


そして、パトカーから拳銃を手にした警官たちが降り立った。


つい先刻、不審者が暴れているとの無線を聞き、応援に駆け付けたのだ。



「動くな!」「手をあげろ!」「両手を頭の後ろに置け!」


すぐに神父へ向け、警官たちの怒声が飛んだ。


兜を着用し、2mほどある大男である神父、グレゴリオ神父に拳銃が一斉に向けられていた。


神父の周りには小太りの警官以外に、気絶し倒れた人間が二人、そして半壊したパトカーがあった。


「誤解だ。全部悪魔の仕業さ」


呆れたような声でそう言いつつ、グレゴリオ神父は手を上げる。



グレゴリオ神父に救われた警官は慌てて間に入って行った。